10.鉄泥棒
『続いてのニュースです。先日、山形の工事現場で発生した鉄の盗難事件についてですが、現場の関係者によりますと、早朝には全ての鉄が元に戻っていたとのことです。この一連の事件について防衛省より魔法少女が関係している旨の声明が出されており、この件の詳しい説明については本日の午後より会見を行うとの事です』
ようやく元の身体に戻れた俺は、登校する準備を終え出かけるためにテレビを消そうとした時、テレビからそんな内容が聞こえたため一瞬止まった。どうやら例の件は俺とゼルの推測通り魔法少女が関係しているようで、そんな芸当が出来るのは俺の知っている限り一人しかいない。
「秋司、早く出ないと遅刻するよ」
「ああ、分かってる」
ゼルにそう言われ、俺はカバンを片手に家を出た。
「おはよう」
教室に入り、俺が一言そう言うと教室にいたメンバーは一斉にこちらを見た。
「おい、おはよう……じゃねぇよ!お前大丈夫だったのか!?」
そう言って幸樹を始めとする数人のクラスメイトが近づいてきた。
「復音くん貴方大丈夫だったの?あの後皆からはぐれたと思ったら重傷で運ばれたって聞いたから皆心配してたのよ」
そう言ったのは、つい昨日色々と関わった永瀬だった。
「あ、ああ……永瀬にも心配かけちまったな」
俺がそう答えると、ある男子生徒が口を開いた。
「そう言う委員長こそ大丈夫なのか?昨日あのショッピングモールにいたんだろ?」
「え!?何で知ってるの!?」
そう言って驚いた表情をした永瀬にその男子生徒はとあるSNSの写真を見せた。
「ほら、この写真。これって委員長だろ?もう一人滅茶苦茶可愛い子と踊ってる。SNSでバズってるぞ?『美少女二人の白熱バトル!結果はまさかの同点パーフェクト!』ってさ」
「い、いつの間に……」
(いつのまに……)
その写真を見た永瀬の呟きと俺の心の声が被る。
「ま、まあ私は何とか脱出できたから大丈夫だよ!それより復音君の方よ」
「重傷って言っても、吹っ飛ばされて気絶してただけで外傷があるわけじゃないから大丈夫だ」
「そう、それならいいけど……」
そんな話をしていると、オタクが俺に茶封筒を渡してきた。
「はい、快気祝いにこれやるよ」
「おう、悪いなわざわざ」
俺はそう言って封筒の中身を見た瞬間に吹き出しそうになった。
「こ、これは……」
「凄いだろ!!最高のベストショットだと思わないか?」
その茶封筒に入っていたのは二枚の写真で、一枚は敵の攻撃で負傷した俺ことスカーレットローズが写っており、その時は気にしてなかったが衣装が所々破けて肌が露出している。
(なんて恥ずかしい写真だ!いま男だからいいけど、女の状態でこれ見てたら泣き出す自信あるぞ!)
そしてもう一枚はステッキを片手に魔法を使うリリーの写真だった。
(なにこれ滅茶苦茶かっこいいな……ってよくこんな写真撮れたな!!頼むからさっさと避難してくれ!!)
頭が痛くなってくる……恐らく今の俺は羞恥と呆れが混ざったとてつもない表情をしているに違いない。
「あと、今朝のニュース見たか?山形の鉄消失事件のやつ」
「ああ、なんかやってたな」
「政府が魔法少女関連だって声明を出したんだって!それで考えたんだけど、多分その魔法少女って『カルド・タイタン』で間違いないと思うんだ!通称『リトル・ジャイアント』!」
そう言ってノートを広げるオタクはとても興奮しているようだった。
「凄い興奮してるな」
「当たり前だろ!?『カルド・タイタン』と言えば魔法少女の中でもトップクラスの実力を持つ『ワルプルガのサバト』のメンバーなんだよ!?一年前から海外に派遣されていたはずだけど、戻って来ていたなんて!!」
俺はオタクの話を聞きながらノートに貼られている写真を見つめ目を細める。
『鉄を操る力を持ち、近くに鉄があれば自由に武器などを作るほか鉄の塊を相手に投げる事もできる』
ノートに書かれている情報は間違ってはいない。相変わらず素晴らしい情報収集能力だ。
(まあ、足りないっちゃ足りないけどな)
「そういえば『ワルプルガのサバト』については知ってるか?」
「名前だけな。詳しい内容は知らない」
「なら教えてやるよ!魔法少女は世界中にかなりの数がいるけど、特に実力のある魔法少女の中から選ばれる12人の精鋭部隊なんだ。そうして選ばれた魔法少女は、その実力の高さから魔物が出た際には最前線に立って戦うから、他の魔法少女の憧れでもあるしファンも多いのさ。だけど、噂だとその内の一席が未だに空席って話だよ」
「へぇ……そうなのか。それでなんで空席なんだ?」
「それが、各国が実力のある魔法少女を候補としてそれぞれ推しているらしいんだけど、既にメンバーとして在籍している魔法少女が誰一人納得しないんだって」
俺は勿論その事を知っている。と言うのも、その連中は大体が何年も魔法少女をやっている古参が多い為、全員と顔馴染みで全員の能力なんかも知っている。
(まあ、例の一件がタイタンの仕業だとほぼ確定している以上、俺もそれなりに準備をしておかないとな。タイタンと戦うなら、来るのを待つのではなく、戦いの舞台を用意して挑む必要がある……間違っても街中で戦うわけには……)
俺が考えている間も絶え間なく喋り続けるオタクの話をなんとなく聞きながら、俺はノートの写真に映る魔法少女に目を落としていた。
『まず今回の件におきまして、関係者ならびに国民の皆様には多大なるご迷惑、ご心配をおかけし、報告が遅くなりました事を心より謝罪申し上げます』
そう言って頭を下げるのは、防衛大臣を始めとする政府関係者。
『今回の経緯ですが、先日、山形県北部にて強力な魔物が出現いたしました。しかしその近隣に魔法少女は居らず、最も近い場所では秋田県からの出動となるため、やむを得ずその場にいた魔法少女『カルド・タイタン』が対処いたしました。その際、魔物の進行速度が予想を遥かに超えていたため、緊急性が極めて高いと判断し各所への連絡をせずに対処を優先した次第であります。今後暫くは、『カルド・タイタン』が山形県に留まり、調査及び警戒に努めてまいります』
そう言ってもう一度頭を下げると、防衛大臣等はそそくさとその場から立ち去り、その背中に記者等が各々の質問を投げかけるものの、立ち止まる事もその背中から返事が来る事もなかった。
「タイタン、戻ってきて早々働いてもらうことになって悪かったな」
政府管轄のとある旅館の一室で防衛大臣、佐賀巳克也は窓際で携帯ゲーム機をいじる一人の少女へと声をかけた
「別に、その分の報酬は出るわけだし。僕も暇だったから」
ゲームの画面から目を逸らすことなく、そう答える少女に、佐賀巳は「そうか」と一言言い部屋をあとにしようとしたとき、微かに少女の呟きのような物が聞こえた。
「二匹と五羽」
「え?」
少女の呟きに、佐賀巳は思わず振り返る。するとゲームをしていた少女は相変わらず画面を見つめているものの、手は止まっていた。
「昨日……僕が把握できただけでも、野良猫と狸……そしてカラスが死んでた」
「それは昨日の戦闘の話かい?だが、あれだけの魔物が相手だったんだから犠牲は出る。人間の被害が無かっただけマシと言えるだろう。まあ、君たちがそこまで気にする必要は無い」
佐賀巳はそれだけ言うと、部屋をあとにした。
「…………」
一人残された少女の呟きは、広い部屋の静寂へと消え、その後部屋にはゲーム機を操作する音だけが響いた。