プロローグ
目の前で悲鳴が響く。
「いやぁぁぁ!!助けてぇぇぇ!!」
目の前で怒号が響く。
「急げぇぇ!!早く逃げろぉぉぉ!!巻き込まれるぞぉぉぉ!!」
目の前で泣き声が響く。
「あぁぁぁ!!!なんでぇぇぇ……どうしてぇぇぇ……」
目の前で人が倒れていく。目の前で人が燃えていく。そして……
「に……げて……」
息をしていない妹を抱き、そう言って伸ばした母の腕が地に落ちた。
『本日の天気予報です。本日は……』
学校に向かう電車の中で、俺はイヤホンを付けてラジオを聞いていた。別に世の中に興味がある訳ではなく、ただ何気なく聞いていた。その為ラジオの内容なんてちゃんと聞いてないし覚えてもいない。ただ、とある内容だけはよく耳に聞こえてくる。
『続いてのニュースです。昨日の夕方5時頃に魔物が出現し、魔法少女によって討伐されました。防衛省の報告によりますと、数人の怪我人はいるもののこの件における死者は出ていないとの事です』
「嘘だ」
俺は思わずそう呟いていた。とても小さい声だったが、この満員電車の距離感では聞こえていたようで、隣に座っていたサラリーマンが訝しげな目線を送ってきた。
『え〜まもなく中畑町、中畑町です。お降りの際は……』
アナウンスと共に電車が速度を落とし始め、俺はスマホのラジオを切ってイヤホンをポケットに突っ込んだ。
「よ、おはようさん」
「ああ、おはよう」
教室に入ると、俺は真っ直ぐに自分の席に向かう。するとすぐ後ろの席に座っていた男子が挨拶をしてくるのでそれに返す。
「幸樹、お前いつも早いよな」
「ん?そうか?普通だろ?」
後ろの席に座る男子、早田幸樹は俺の質問に対して不思議そうに返し、思い出したかのように口を開く。
「ってかお前今日日直だろ?早く行かねぇとゴリラに締められっぞ?」
「うげ、忘れてたぁ……すぐ日誌取りに行かないとな」
ゴリラこと俺達の担任の怒る姿を想像して身震いする。恐らく今の俺は相当すごい顔をしているに違いない。
「んじゃあ行ってくるわ」
「おう」
幸樹にそう言うと黒板の日直の欄に、『復音秋司』と書いてから教室を出た。
「遅い!」
職員室に入って開口一番に怒られた。時間的にはまだホームルームまで時間はあるし、遅いと言われるほど遅くなったわけでもない。
「あの……丹波先生……そこまで遅くはないと思いますが……」
俺が時計を確認して言うと、俺達の担任である丹波芯剛はやれやれと呆れたような表情を浮かべる。
「いいや、遅いね。なぜなら俺が遅いと思っているからだ」
滅茶苦茶すぎる……
「ほれ、日誌だ」
「ありがとうございます」
丹波先生から日誌を受け取ろうと手を伸ばすと、いきなり先生が日誌を引っ込め、俺の手は空を切る。
「あれ?どうしたんです?」
「いや、お前に一つ聞かなきゃいけないことがあったのを思い出してな」
「はぁ……」
いつになく真剣な表情をする先生に、俺は変な返事をしてしまう。
「昨日の夕方、隣の早霧町で魔物が出たのは知ってると思うが、その現場で俺の知り合いがうちの生徒を見たらしくてな。まあ、隣町から通ってる奴もいるから変な話ではないが、その特徴がお前に似ている気がしてな。たしかお前は反対方向の根倉町から通ってると記憶してるから一応確認だ」
「いえ、早霧町には行ってないですね」
「そうか、ならいいんだ。最近魔物の被害が増えてるだろ?だから学生が夜に出歩くのはあまりよくないから立場上確認しなきゃならんかったんだ。悪かったな」
そこまで言うと、先生はいつものニカッと笑った表情に戻り、俺の背中を叩いてきた。
「よし、話は終わりだ!早くしないとホームルームに遅れるぞ!って事で俺は先に行くから、俺より遅く来たら宿題倍な!」
「はぁ!?待ってくださいよ先生!!」
先生の発言で一瞬硬直したものの、そそくさと職員室を後にする先生の後ろ姿を見て慌ててその後を追いかけた。