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アルトとの出会い

 早朝。


 娼館の仕事に入る前、僕は渚停の前で鼻歌を歌いながら掃き掃除をしていた。


 その時、路地裏から出てきた1人の人影が目につく。

 ローブにフードを深く被った人影は、やがてこちらに向かって歩き始める。

 足取りがどこかおぼつかず、今にも倒れそうだと心配で見守っていると、案の定、膝から崩れ落ちた。

 慌てて駆け寄り抱きかかえると、フードがめくれ顔が露わになった。


 同い年に見える少女は、肩まで伸びた青髪。

 僕より少し小さい背丈をし、細身の体型だった。

 よく見ればフードも顔も土埃にまみれ、おまけに頭に葉っぱまでつけて、まるで遭難でもしていたかの様子だ。


「大丈夫ですか!?」


「み……水を、あと何か食べ物を分けてくれませんか?」


「水ですね。すぐ持ってきますから気をしっかり」


 すぐに水を持ってくると、彼女はそれを一気に飲み干した。


「あ、ありがとうございます」


「とりあえず中に入りましょう。歩けますか?」


 立ち上がろうとするけど、どうやら自力では無理なみたいだ。

 僕より小さい彼女を、お姫様抱っこし、宿の中に運び椅子に座らせる。


「とりあえずスープだけですが、どうぞ」


 テーブルの上にスープを置く。

 目の色を変えた彼女は、それをスプーンなしで一気に飲み、干せるわけはなく盛大にむせた。


「ゴホゴホッ!すみません」


「ゆっくりで大丈夫ですよ」


 続いてパンと目玉焼きを添えると、鼻水を垂らしながらガツガツと食べ始めた。

 黙ってハンカチを、そっと差し出す。

 勢いよく鼻がかまれ、そのハンカチは、そっとそのまま僕に返された。


 え?洗ってくれないの?


 よっぽどお腹がすいていたのだろう。

 あっという間に食事は平らげられた。


「ありがとうございました。3日ぶりのまともな食事でした」


「こんなにボロボロになるなんて、何があったんですか?」


「はい実は……」


 間を開け、両手を胸に添えて彼女は話し始めた。


「すみません、挨拶が遅れました。

私の名前は”アルト”と言います。

”エルフォードの街”に向かうため、3日前に乗り合いの馬車に乗ったんです。

けど、途中のお手洗い休憩で忘れられ、置いて行かれました。

気付いた私は、すぐに馬車を追いかけましたが追いつけず。

途中でシルバーウルフ単体に襲われ逃げていると、方角すらわからなくなってしまい、一言で言うと迷子に。

命からがら彷徨いながら、やっとこの町を見つけ、恥ずかしながら、ここで限界を迎えました」


「それは災難でしたね」


「はい。昔からなんですけど、影が薄いのか存在感がないようで、良く忘れられたりしてるんですよね」


 自分の頭をコツリと軽く叩いて苦笑いする。


「それで……言い難いんですが、彷徨っているうちに、お財布も落としてしまったようで、いまお金がなくて、その」


 指をクルクルと回しながらモジモジする姿が可愛らしい。

 こんな可愛い子を、じゃなく人として、困っている人は助けてあげなければ。


「料理はまかない料理でしたし、お金は良いですよ。困ったときはお互い様です」


「本当にいいんですか?」


 僕は笑顔で頷く。


「ありがとうございます!ですけど、ちゃんと恩はお返しします。

路銀ろぎんもなくなってしまったので、しばらくこの町に滞在して稼がなければならないですし、その時にでもなにか」


「では期待してお待ちしますね」


「はい!それでは本当にありがとうございました」


 そう言って立ち上がったアルトさんだったけど、すぐにその場にへたり込む。


「あれれ、足に力が入らない」


 倒れそうなアルトさんを支えてあげ。


「まだ本調子はないようですし、よければ僕の部屋で休みませんか?

これから僕は、仕事で部屋を開けますし」


「いえ、さすがにそこまでして貰うわけには」


「最後まで付き合わせて下さい。遠慮はせず、さあ」


 僕は手を伸ばし、再びアルトさんをお姫様抱っこする。


「え?いえ自分で歩きますので」


「でも歩けなかったじゃないですか」


「それはそうなのですが……」


 彼女はなぜか再びフードで顔を隠した。

 寒いのだろうか?僕は特に気にせず自室へと向かうが、そこでミレイユさんと目が合ってしまった。


「あら、女性を連れ込むなんてやるわね。でも静かにお願いね」


 ミレイユさんはからかうが、すぐに反論する。

 しなければ僕のイメージダウンだ。


「ち、違いますって!この子、アルトさんが宿の前で倒れたので、部屋で休んで貰おうと思って」


 ミレイユさんは一転、心配そうにアルトさんの様子を窺う。


「大丈夫だったの?病気とか?怪我は?」


「遭難したらしくて、おそらく疲労と栄養失調だと思います。怪我はなさそうです」


「ならいいわ。部屋で休ませてあげなさい」


 ミレイユさんの許可も貰い、自分のベッドにアルトさんを優しく乗せる。


「困ったことや具合が悪くなったら、先ほどの女性、ミレイユさんに声をかけて下さい」


「何から何までお世話になりまZzz」


 そう言い終えるやいなや、アルトさんはすぐに眠りに落ちたのだった。

 寝るのが早い。

 よほど疲れていたのだろう。

 優しく布団をかけ直し、静かに部屋を後にし娼館へと向かった。



 エリーさんがハタキを手でパシパシと叩きながら、僕を見下ろす。


「ナユタさん遅刻です。

罰として腕立て千回、腹筋を千回しても時間の無駄ですので、すぐに仕事に取り掛かり遅れを取り戻して下さい」


 娼館の仕事に遅刻した僕は、言い訳をさせて貰う機会も与えられず、すぐに仕事にとりかかった。

 すでに作業場にはパックの姿があった。

 互いに「「おはようございます」」と挨拶だけすませ、仕事が始まった。


 私語厳禁だ。


 黙々と作業を終えて、気づけばあっと言う間に午後の休憩時間になった。


 パックはテーブルの上で果物を頬張り、エリーさんはパンを咥えながら書類に目を通していた。

 僕はやっと着席が許可され、その隣で静かに珈琲をすする。


 パンを飲み込んだエリーさんが質問して来る。


「本日の遅刻の件ですが、何か言いたそうな顔をしていましたね。弁明があればお聞きしましょう」


「倒れた女性を助けて遅刻してしまいました」


「そして弱っている所を付け込み、獣のように襲い掛かったと、なるほど理解しました。自首をお勧めします」


「絶対に理解してないですよね?」


 パックが話の輪に加わり、物騒な事を言う。


「でも生きてて良かったですね。僕の見つけた倒れている人間は、だいたい死んでますぅ」


 言うだけ言い、また食べ始めた。

 エリーさんは残りのパンを食べながら話す。


「まあ何にせよです。どこの輩か分からない人間に、注意する事にこしたことはありません。

ましてや女性に弱いナユタさんの事です。

骨抜きされた上に、身も心も抜かれるかもしれませんし」


「怪しい人ではないと思うんですけど」


「人は見かけによりませんよ」


 随分と突っかかってくる。

 それとも僕を心配してくれてるんだろうか。

 表情が読めない。



 それから仕事を終え、あまりの疲れに朦朧としながら宿へと戻る。

 相変わらず娼館の仕事は、ハードモードだ。


 街灯はなく、辺りはすっかり闇に包まれていた。

 道行く人の姿もなく、辺りは虫の鳴き声しか聞こえない。

 

 ようやく辿り着いた自室。

 眠気も限界に来て布団へ潜り込む。


「うーん……疲れたぁ」


 布団の位置が悪くモゾモゾとしていると、手に柔らかい感触を感じる。

 この柔らかさはなんだろう。

 人肌の温もりを持った、この柔らかさはどこかで。

 人肌の……。


「!!??」


 すぐに飛び起きライトの魔法を唱えると、ベッドの上には、ねまき姿のアルトさんが、悲鳴をあげるでもなく無言で横たわっている。

 やがて消え入るような声を出す。


「いいんです、わかっていました。無一文の私の命を助けて頂いた恩人です。

これくらいの事は覚悟していました」


「いや、あの、その、違うんですッ!」


「優しくして下さい」


「あ、あのですね。

疲れ過ぎてて頭が回ってなかったというか、アルトさんの存在をすっかり忘れていてしまっていて、そういう意味では全然なくて!

本当に何もしないですから、なんなら僕は外で寝ますから!」


「恩人にそんなことさせれません」


 アルトさんはベッドから起き上がったが、足がもつれ僕に抱き着くような形になる。

 心臓がバクバクと跳ねる。


「すみません。まだ体が上手く動かないようで」


「わ、わかってます」


 しばらくの沈黙。

 女の子ってこんなに柔らか。

 だめだ、だめー。

 邪念を振り切るように頭を振り、アルトさんの脇に手を入れ体を持ち、ベッドの上に戻した。


「とにかくです。僕の事は気にせずにベッドを使って下さい。

僕はベッドの下で十分です。お願いします!」


「は、はい……」


 小さく返事をし、身をくねらせるアルトさんは、顔までが真っ赤に染まっていた。

 僕もおそらくそうだろう。


 1階から毛布を持って来て、僕はベッドの下に敷いた。


「おやすみなさい」


「お、おやすみなさい」


 まだ心臓がバクバクしている。

 その日は疲れているのにかかわらず、なかなか眠ることは出来なかった。

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