レベル20未満の怪しい依頼
首都3日目。
時刻は午後になる少し前、天気は曇り、心は晴れ。
門の前で僕はストレッチをしながら、お使いに行く子供の気分で世話を受けていた。
レナはまるで母親のように。
「いい、危なくなったら逃げるのよ?ハンカチとタオルと包帯と王露丸は持った?あと」
これ以上、小言を言われては堪らないので僕は遮る。
「大丈夫だよ。遠出するわけでもないし」
アルトは胸の前で両手を組み。
「本当に1人で大丈夫ですか?やっぱり、私達も付いて行きましょうか?あと」
「心配ありがとう。でも、1人で行くのが条件だから」
カエデは、お札を渡してくれ「激励符だ。無理だけはするな」と、何て言葉が込められているか気になるけど、多分いらない。
サリアは、「死んだ後の処理はまかせて」と、いらない所で頼もしい。
「そろそろ行かないと、じゃあ、行って来ます」
「トラック」
その時、サリアが追跡魔法を使った。
「遠くからなら問題ないでしょ?別に心配とかじゃなくて、い、遺体とか探すのが面倒なだけだからねッ!」
うーん、離れているならいっか。
せっかくの厚意、なんだかんだ言って、サリアも心配してくれているようだ。
それ以上は、文句は言わず歩き出した。
周囲は平原で、草木は茶色く枯れているモノも見られた。
時折、吹く風によって木々が揺れ、葉を落としている。
葉を残している木は、これから紅葉が始まるだろう。
曇りのせいか肌寒い、長袖にして良かった。
袖を直し服装を整える。
靴紐も緩んでいたので結び直していると、僕と同年齢に見える若者が横を歩いて行く。
向かう方向が同じなので、この人も参加者かもしれない。
僕は舐める様に彼の一挙手一投足を、するどい目つきで見つめる。
同身長で、装備は腰に短剣、防具は皮製品。
歩く姿もぎこちなく、隙だらけ。
今なら後ろから襲えば、簡単に倒せそうなほど弱々しい。
では、身ぐるみ剥がせて貰おう、などとは考えていない。
コボルトにも負けそうで心配しているのだ。
まあ、少し前まで、そのコボルトと同じ強さしかなかった僕が、そう思うのは失礼かもしれないけど。
紐を結び終えると、目の前に棒切れが落ちているのに気付いた。
それを拾い上げ立ち上がり、いざ目的地へ。
石蹴りなんかも始めちゃって、気分は冒険初期の頃。
鼻歌も調子が良い。
「棒と剣で冒険♪るるるらるー♪」
そうだこういう時こそ!
僕は歩きながらルールを決める事にした。
土の地面は安全、石を踏んだら罠が発動、草の上は毒の沼地だ。
ひょいひょいと避けながら進み始める。
すると目の前に絶望の広がる光景が広がっていた。
草が生え放題の道だ。
こんな毒の地帯を無事に抜けれるだろうか。
「ぐ、ぐぁ、ぐぉ、ぐふ」
ダメージをかなり受けたが、なんとか渡り終えた。
草をマグマの設定にしていたら、命を落としていたかもしれない。
危なかった。
安心するのも束の間。
目の前に、ついにモンスターが現れてしまった。
カオス・魔王スライム・EXと勝手に名付けてみた、普通のスライムだ。
青い体に、ぷよぷよとした軟体生物。
見るからに弱そうだと侮ってはいけない。
もしかしたら神聖魔法の使い手かもしれない。
棒を構えるとスライムは、恐れをなしたのか、ポヨンと飛び跳ね草むらの中に消えて行った。
良かった。
僕達が本気で戦ったら、ここら一帯は焦土と化しただろう。
さて、こんな馬鹿な遊びは、そろそろ止めて気を引き締め直そう。
なぜなら先ほどの彼が、遠くでモンスターと戦いをしていたからだ。
すぐに駆け寄り加勢に加わる。
相手はコボルトが2体で、彼の前後を取っている。
すぐさま後方にいるコボルトを背後から攻撃する。
頭部に命中し倒したと思ったが、コボルトは何事もなく振り返る。
僕の一撃に顔色一つ変えないなんて、まさか特別なレアモンスターかと驚いたが、どうやら持っていた棒切れで殴ってしまったせいだった。
そんな物では流石に倒せず、先制攻撃を無駄にしてしまった。
すぐに剣を抜き、コボルトと対峙する。
2:2なら負けはしない。
そう自信を持っていると、どうやら様子がおかしい。
目の前のコボルトが2匹に見えるのだ。
決して分身したわけではない。
助けようとした彼が逃げだしてしまったため、2体同時に相手をしなければならなくなっただけ。
あの野郎!
コボルトは同時に鋭い爪で襲って来る。
剣で上手く攻撃を受け流し、隙が出来た腹部を斬りつける。
残り1体は、仲間がやられても気にせず、攻撃を続けて来る。
レナやカエデの剣に比べれば遅すぎる動きに、冷静に対応する。
爪の間合いを見極め躱し、空いた右わき腹を真横に斬りつける。
左の爪の攻撃に、コボルトにも左利きがいるのだろうか、などと考えれるほど落ち着いていた。
2:1でも分が悪いと判断したのか、コボルト達はジリジリと下がり始める。
間合いが広がったら、こちらは魔法だ。
「2矢、ウィンドアロー」
それぞれ手と足に突き刺さる。
これには相手も参ったのか、一目散に逃げだした。
追いかけてまで倒そうとは思わない。
僕が追うべき相手は、あの彼だ。
すぐにウィンドスプリントや、身体強化などを使い追いかける。
結構、時間を取られてしまった。
追いつけるならいいけど。
心配をよそに、彼はすぐに見つかった。
どうやら体力が無かったのだろう、道端に座り込んでしまっている。
さあ、1人で逃げるとは良い度胸、お仕置きの時間さ。
という恨みは別にない。
逆に心配だったのだ、コボルトから逃げるレベルでは、街に戻るのも危ないだろう。
僕は彼に声を掛けた。
「怪我はないですか?」
「ひっ、化け物!」
せっかく様子を見に戻って来たのに、化け物とはひどい。
特に怪我はないようだし、それだけ喋れるなら問題はないだろう。
彼を送り届けることになると、約束の午後を過ぎてしまう。
どうしようか悩んでいると、突然、彼が叫ぶ。
「う、後ろ!」
彼の叫び声と同時に背中に悪寒が走り、彼を抱き抱え全力で前に走っていた。
すぐ後ろで轟音が響く。
振り返ると、1つ目のサイクロプスが、大きなこん棒を地面に叩きつけていたのだ。
推定レベル30、大型の巨人で体長は3メートル近い。
青白い肌に、白い目は血走り、ホブゴブリンのようにたるんだ体ではなく筋肉質。
オーガをさらに成長させたような肉体を持っている。
防具は何もつけておらず、ボロボロの腰布だけだ。
とにかく彼を退避させなければ。
だが、腰を抜かして、その場で放心状態に陥っている。
逃がしている時間もない、すぐにサイクロプスがこん棒を持ち上げ、次の攻撃へ移ろうとしているからだ。
手荒になるが仕方ない。
「ウィンドバースト」
彼を吹き飛ばすと同時に、僕は真横に回避。
地面を抉る一撃にゾッとする。
だが、チャンスだ。
僕はすぐに懐に入ろうと動くが、そう上手くはいかなかった。
こん棒を横に薙ぎ払い、入り込もうとした僕の顔面スレスレを通り過ぎる。
意外に俊敏性もある。
1人だけなら逃げる手もあるのだけど、彼も一緒では、それは困難と判断する。
ならばと魔法を撃つ。
「5矢、ウィンドアロー」
顔に集中して放った矢だったが、左腕でガードされると、魔法は簡単にはじかれてしまった。
なんて硬い体だ、生半可な魔法では通用しそうにない。
ジャベリンを出そうとしても猛攻が続く。
手当たりしだいに振るので、隙がなかなか得られない。
そこで思い出す。
そう言えばアルトは、魔法を出し、その場に止めていたっけ。
躱しながらも詠唱を続け、サンダーショットを宙に止める。
ゆらゆらと揺れ、まだまだ不安定だが、なんとか成功。
あとは弧を描くように回避し、後ろに回り込んだ時に放つ。
サイクロプスの背中に直撃し、雷撃が走り体を硬直させた。
勝負。
今度こそ懐に入ろうとするが、硬直時間が短かったのか、左手が動き殴ろうとしている。
目標を変更。
こん棒の持ち手の部分、細くなっている箇所を狙い、こん棒を叩き斬る。
左手は間合いには入らなかったので、拳は空を切り体勢を崩した。
その間にサンダージャベリンを宙に止めて置く。
サイクロプスは両手を組み、頭上に上げた。
叩き潰す一撃を繰り出す気だ。
ギリギリで躱し、ジャベリンを目に向けて放つと直撃し、目を覆い悶絶する。
すぐにがら空きになった腹部を深く斬り裂き、凶器となる右手首も切り落とした。
そこからは一方的だ。
視力を失っては、もうどうしようもない。
なるべく苦しめないよう、首筋に狙いを定め、真横に斬ると大量に血が噴き出した。
膝から崩れ落ち、絶叫をあげると、やがてサイクロプスは動かなくなった。
深く息をつき、僕は顔についた返り血を手で拭った。
一撃でも食らっていれば、危険な相手だった。
あとは彼を送り届けるだけだ。
僕は彼に近づくと、同じく近づいて来る人影が見えた。
レナ達だった。
「もー、いきなり。戻り出すんだもん」
コボルトを倒した後に全力で戻ったので、レナ達は追いつけなかったようだ。
それにしても本当に付いて来てくれてるとは、心配し過ぎだけど、嬉しかった。
サリアは驚きの声を上げた。
「うわ!サイクロプスが倒れてる!?」
カエデは僕の方を見て。
「まさか倒したのか?激励符が役に立ったようだな」
と満足気な表情をする。
残念ながら、それは使っていない。
僕は皆にお願いした。
「お願いがあるんだ。彼を街まで送り届けてくれないかな?」
アルトは頷き。
「了解です。私とカエデで送り届けます」
コボルト戦を見ていたからだろう、話が早くて助かる。
となると戦力が減るレナ達が逆に心配だけど。
「レナとサリアも戻った方が?」
すぐにレナは断る。
「サイクロプスが闊歩してるのよ、あんたを1人にして行けないわよ」
サリアのトラックが無ければ、万が一の時に追跡出来ない。
当然の様にサリアは胸を張る。
「まあ、私達を過小評価しない。こっちがピンチになったら、ナユタの方に逃げるわ」
とんでもないモンスターを連れて来なければ良いけど、僕は微笑した。
随分と時間を取らされてしまった。
「少しスピードを上げて行くけど大丈夫?」
2人は親指を突き出す。
それを見て頷き、僕は目的地に走り出した。
目的地に付くまで戦闘は無かった。
というより、モンスターがいたけど走って無視したのだ。
辿り着いた場所は、朽ち果てた建物があり、木の柱だけが残されていた。
周囲に人の気配もない。
時間も遅くなったし、タイムオーバーかと思い立ち尽くしていると、平原の奥から女性が1人歩いて来るのが見えた。
女性は身長165cmほどで、髪は茶色で首筋までのフレンチ・ショートヘア、左側の髪が耳元に流れる。
装備は立派な長剣を腰に差し、防具も立派な装飾が付いた、最新式のフリューテッドアーマー(マクシミリアン)だ。
従来より薄い金属板を使い軽量化しているが、おうとつを付けることによって、強度が増すことに成功した鎧だ。
材質はなんだろう。
鉄か鋼か、ミスリルではない。
鎧が膨らんでいるため正確な体型は分からないけど、首の細さから、細見であることは間違いないだろう。
惚れ惚れとする出で立ちに魅入っていると、女性は近づき声を掛けて来る。
「初めまして。私は”セラ”と申します」
「あ、どうも。ナユタと申します」
反射的に会釈していた。
どうやらこの女性が依頼者のようだけど、何のためこんな場所に呼び出したのか聞く。
「依頼者でよろしいですよね?わざわざ、こんな場所ですることでもあるのでしょうか?」
セラさんは答える。
「レベル20未満でも、ここに辿り着ける強者を探しておりました」
強者と聞いて照れてしまう。
いやいや、それほどでも、とにやけそうになる。
セラさんは続けた。
「私は依頼者ではありません。その方にお会い頂くために、私に付いて来て貰っても、よろしいでしょうか?」
うーん、僕は悩んだ。
目的も分からず付いて行くのは、危険だ。
もしかして奴隷商人だったら困る。
「目的を伺ってもよろしいでしょうか?」
「私には分かりません。もしかして信用されてないでしょうか?」
「はい。こんな場所を指名されたのでは」
セラさんは悩んだすえに出した答えは。
「それでは剣をお預けします。これでも心配でしたら鎧も脱ぎます」
と剣を差しだして来る。
ここまでされて拒否するのもなんだ、僕は素直に受け取った。
剣は驚くほど軽かった。
剣を握る部分と十字のガード部分の色を見て驚く。
重さと色で間違いない、これはミスリル製の剣だ。
やったー、良い剣貰ったぞー、逃げろー。
ということはしないよ。
滅茶苦茶、欲しいけど、剣太郎が嫉妬しちゃう。
そんな事を考えていると、まだ信用されていないと思ったのか、セラさんは籠手と前掛けも外し始める。
このままでは全部脱いでしまいそうだ。
僕は慌てて止める。
「分かりました。鎧は脱がなくて良いですからー」
はははッ、鎧を着たままの肌着無しが、そそるんだよ!
などとは考えておりません。
セラさんは納得したのか鎧を装備し直した。
「それでは私に付いて来て下さい」
セラさんのお尻を追うように僕は続いた。
やがて森の前まで来ると、セラさんが振り返る。
「ここで目隠しをして貰います」
まさかの目隠し、ここまで来たのだ。
あーだ、こーだ言うのは時間の無駄だろう、僕は素直に従った。
なぜなら心眼で丸見えだから死角はない。
タオルで目隠しをされた時に気が付く。
「あれ?このタオルの刺繍ってエル国の紋章ですよね?」
「はい。そうです」
ん?んん?
ということは立派な鎧だったし、剣はミスリルだし、んー。
もしかして王族関連なのか。
やばい、とてもじゃないが、僕では役不足だ。
厄介ごと、面倒くさい臭いがプンプンしてくる。
お断りしなければ。
「あの」
そこまで言って声が出なくなった。
セラさんの柔らかい手が、僕の手を握って来たからだ。
く、この手は簡単に振りほどけそうにない。
そのまま森の中へ入り、少し歩いてから足を止めた。
「ここで回転して貰います」
方角を知られないためだろうか。
僕はその場でクルクルと回転する。
ツーブロの風呂覗きを阻止した時に、鍛えた体幹をお見せしよう。
高速回転にもふらつかず、僕は見事に回りきり、セラさんの方を向きピタっと止まった。
セラさんの表情が曇る。
「見えてませんよね?」
やりすぎた。
すぐに否定する。
「見えてません!」
その後は森の中を、あっちやこっちに移動している。
やがて森の奥に、人が一人通れる大きさの洞窟が見えて来た。
その中に入って行く。
中は人工的に石が積まれ、細い通路になっていた。
もしかしたら王族の避難通路かもしれない。
機密情報を見てしまったようで、後味が悪い。
ある程度進むと、目隠しがはずされた。
心眼をとき世界が色を取り戻す。
改めて周囲を見ると、奥はどこまで続いているか分からないほど深い。
積まれたレンガには、苔も生えており、地面は水で濡れていた。
セラさんが歩き出したので付いて行く。
一方通行ではないのか、途中で道が分かれているけど、セラさんは迷うことなく進む。
1時間ほど歩いた頃だろうか、出口が近いのか空気が変わった気がする。
やがて光も見えると、再び目隠しをされた。
出口となる場所は秘密なのだろう。
心眼を使っちゃうから分かるけど、ごめんなさい。
数段の階段を登り、鉄の板を動かすと、光が差し込み目を細めた。
立派な庭園に、立派な像に、立派な屋敷。
相当なお金持ちであることは間違いない。
裏口から中にお邪魔すると、さらに廊下を歩かされる。
一旦、正面玄関と思われる出口から外に出され、別の門へと入って行く。
うーん、回りくどい。
見えちゃってます、てへッ、と言っちゃったほうが早かったかも。
やっと辿り着いたのか、目隠しを外された。
目の前には立派な屋敷。
や・し・き?
いえ、これどう見ても城です……。
目の前には、たしかに首都にあるはずの城がそびえ立っていた。
門兵に逆に武器を取り上げられ入城していく。
城の中に贅沢品は、それほど多くは見られなかった。
壷も置かれていなければ、絵画も飾られていない。
いざ、戦闘となったときに役立ちそうな、実用的な鎧や槍などが並ぶ通路。
どこまで歩かせるのか。
途中では立派な服を着た王族関係者か貴族が歩いて行く。
その度に足を止め頭を下げ、通り過ぎるのを待たなければならないのが鬱陶しい。
逆に侍女らの足を止めるので、申し訳ない気分になる。
城壁の上も歩き、やがて城の一番奥の居館に辿り着く。
数多くの部屋が並ぶ中、中央の扉をセラさんがノックしたる。
女性の声が聞こえ入室すると、中はメルヘンチックな可愛い部屋だった。
部屋の色はピンクで、目が疲れそう。
クイーンサイズのベッドに、ぬいぐるみや人形が多く並び、見るからに女の子の部屋だ。
僕は辺りを見渡していると、セラさんが報告するように話し始める。
「ティゼ・エル・カトライト様。該当者1名をお連れしました」
今、エル入ってましたか?
エルを入れることが出来るのは、王族だけなんですけど、はて、聞き違い?
聞き違いであってー。
リゼ様と呼ばれ、きんきらりんの立派な鏡の前に座り、侍女に髪を梳いて貰っている女の子は振り返りもせず。
「ご苦労」
とだけ、僕は背中に嫌な汗が流れる。
鏡に映っていらっしゃるのは、僕でも知っている正真正銘の第三王女だった……。
帰りたいッ!




