バルトワの恋?
あの後、ガウスはどうなったかは、翌朝に門兵が訪れ事情聴取で聞かされた。
フードの女性が自ら出頭したそうだ。
何のお咎め無し、というわけにはいかなったけど、マリオネットで操られていたのだ。
アルトとも友人のようだったし、減刑を望む。
ガウスとは何者だったのか、後で聞いた話によると。
南にあるソリルージュ領の領主の次男で、予想通りに性格も評判も悪かった。
アブソーブションを悪用し、様々なスキルを奪い、その結果が身の丈に合わない時間干渉を得ての暴走。
ガウスは、もう一生を牢獄で終えるだろう。
アルトは、自分はソリルージュ家とは疎遠で、言い方は悪いけど、ガウスが手あたり次第に産ませた子供の1人。
エルフォードへ行こうとしたのは、アブソーブションの呪縛から逃れるためでもあったかもしれない。
皮肉にも、そのおかげで僕達は出会えたのだ。
その点についてだけは感謝しよう。
そして、サリアとアルトは遠縁に当たり、代々続くルージュの血を2人は持っていた。
サリアが以前、会っていたのは、子供の頃にどこかで会っていたかもしれない。
クラッシュダミーで作った、子供の頃を見せたら思い出していた。
窮地を救ってくれたサリアに感謝だ。
あとで何か買ってあげよう、安い物を。
そんな話を、その日の夕食を摂りながらしていた。
メンバー全員の顔触れが揃い、食べ物を奪い合う姿、些細な事で言い争う姿に、僕は自然と顔が綻ぶ。
鼻先をフォークが掠って飛んで行ったが気にしないよ。
今は気分が良いからね。
サリアがフォークを拾い上げ、顔を上げた時に気付いたのか、僕の頬を指さした。
「パンくずが、ほっぺに付いてるわよ」
ほっぺ!?
キスの事を思い出してしまい、すぐに頬を叩く。
耳に熱がこもるように感じ、赤くなっているかもしれない。
それにしても、パンがほっぺにくっつくとは、なかなかしつこいパンである。
レナは食卓の上のパンを取った。
「ほっぺぱんって良いわよね。具材が乗せやすい」
アルトは訂正する。
「こっぺぱんですよ、これ」
!?、く、ちょっとした事で意識してしまう。
というか、なぜレナはそんな間違いをしたんだ。
もしかして、知っていてわざとか?
レナの顔色を窺って見るが、表情はいつもと変わらない。
相変わらずのあほ、いや凛々しい顔立ちだ。
落ち着け僕。
「ははは、レナもおっちょこちょいだね。ほっぺぱんって面白い」
レナは唇を突き出すと、自然と唇に目が行ってしまう。
「そうよね。名前が似てたし、ほっぺの硬さと同じくらいで勘違いしちゃって」
アルトが料理の感想を言えば「シチュー美味しい」、チュー!?
カエデが「隙だらけだ」と僕の肉を奪えば、スキ!?
サリアがその様子を見て「カバね、あ、間違えた。バカ」、スキを逆さにするとキス!?
レナが僕の頬を指さし「もー、ほっぺに注意してよね。シチューが付いてるわよ」、あばばばッ!?
間違い方があざとい。
遠回しに、全員で僕を陥れようとしているのか、もしくは時間干渉の暴走で、実は別の世界に来てしまったのかもしれない。
ここは空気を変えなければ。
無関係そうなバルトワさんに救いの手を求めるが、どこか上の空のようで、食事にも手を付けていない。
どうしたのだろう?気になったので、僕は小声でレナに聞いてみる。
「バルトワさんの様子がおかしいけど、どうかしたの?」
「さあ。アルトの事で精一杯だったし、戻って来た時から、ずっとあの調子よ」
もう一度、バルトワさんを見て見ると、今度はニヤけていた。
ちょっと気持ち悪い。
アルトも小声で会話に参加する。
「あれは恋ですね。Likeではなく、Loveの匂いがプンプンします」
そうだろうか?
なんでもかんでも、恋愛と結びつける恋愛脳のアルトのことだ、直観か想像だけで考えてそうだ。
全く。
そして次の日の朝を迎えた。
朝食を済ませ、宿を出るスーツ姿のバルトワさんを追うレナとアルト。
どこに向かうかと思えば、花屋で花束を購入し、街の中央にある噴水広場へ。
え?なんで見た様に話しているかって。
気になって付いて来ちゃいました。
僕達は建物の陰に隠れている。
アルトは、スキンヘッドを気にするように触るバルトワさんを見て。
「ほぉー。花束にあの身だしなみ、デートですね、これは」
スキンヘッドを気にする必要はあるのだろうか、はさておき。
十中八九、異性と会うのは間違いないだろう。
同性だったら、僕はバルトワさんと距離を置かなければならない。
レナは鼻息を荒くし、僕の頭に息がかかっている。
「誰が来るかな?やっぱり貴族?それとも平民?それともすっぽかされる?」
最後の悲しい結末だけは、勘弁して欲しい。
もしそうなったら、バルトワさんを慰める会でも開いてあげよう。
しばらく待っていると、カエデが噴水に近づいて行く姿があった。
まさか!?相手はカエデなのかッ!
と思ったが、軽く手を振って挨拶しただけで、そのまま素通りして行った。
僕は安堵のため息をつく。
次にやって来たのは、衛兵の1人だ。
同じくスキンヘッド、いや、やや毛はある髪に、バルトワさんと同身長に同等の体格。
僕は強く願っていた。
やめて、この人だけは。
衛兵は足を止め、会話をし始め不安が膨らむ。
ただ、花束を渡す素振りもないので、どうやらただの尻合い、あ、ちが、知り合いかもしれない。
そう思っていると、衛兵は膝に手を当てて笑った後、去って行った。
膝が悪いのかもしれない。
そして、ついにその時が訪れた。
やって来たのは、ギルド受付嬢のカイラさんだ。
まさか、彼女なのか?妹というオチではないのか!?
カイラさんがバルトワさんに近づき、花束が渡された。
レナが身を乗り出し、僕におぶさるような形になり重い。
「え?えー!まさかの、えぇー!」
アルトは目をキュピーンと光らせ、勝ち誇った表情をした。
「ふふふ、私の目に狂いは無かった」
勝負などしていないのに、なぜか負けた気分だ。
まあ、これでモヤモヤは消えたのだ。
僕達もそろそろ消えようとしよう。
そう思って振り返ると、2人の姿が見えなくなっていた。
いつの間にかアルトとレナの姿も無く、後を付いて行く気満々のようで、スパイさながらに陰から陰に移動している。
もう、しょうがないなー。
2人が2人の邪魔をしないよう、監視しないとならなくなったじゃないか。
ステルスを使用して、僕も後に続いた。
仲睦まじい様子で、笑顔で会話をしている。
ハイヒールを履いていたせいか、石畳で躓きそうになるカイラさんの手を取って支えてあげたり。
馬車が通る際には、身を挺して守る動作をしたり。
怪しい男が声を掛けて来たら追い返したり。
なんか、あまりの紳士っぷりにイラっとした。
アルトは楽しんでいるようで、男が追い払われる時に。
「いけー、やれー、倒せー」
と剣闘でも観戦しているように、はしゃいでいた。
暴力は行けない。
男はレナにも声を掛けて来た。
「お姉ちゃん、可愛いねー」
レナは無視していたが、しつこいので仕方ない。
僕はクラッシュダミーで、ネクロマンサを出して威嚇してあげた。
「ひっ」
男は悲鳴をあげて逃げて行く。
それにアルトはなぜか怒り出す。
「私には声を掛けなかったんですけど!」
それはどうでもいい。
しばらく歩き、2人が到着したのは教会だった。
レナは「お祈り?」とだけ。
アルトは「結婚ですか!?」と、超展開を期待している。
流石に結婚はないと思う、それなら隠す必要もないし、僕達にも一言あって良いだろう。
教会の前には、珍しく多くの人がいた。
スーツやドレス姿の人が多く、中にはおめかしをした子供まで。
結婚式があってもおかしくない状況ではある。
カイラさんは、入口前で花束を関係者に渡し、話をしている。
その横でバルトワさんは、いつもの笑い声を響かせていた。
しばらくして話を終え、2人は教会に入って行く。
関係ない僕も入って良いのか迷っていると、アルトとレナは臆することなく、まるで関係者ヅラで突入して行った。
図太過ぎる神経に呆れてしまう。
恐る恐る僕も続いた。
街の教会は、30人程が入れる小ささだった。
長椅子が並び、天井に採光窓は無く、両脇の窓から明かりを取り入れている。
ステンドグラスもなければ、神の象も、豪華な装飾品も見当たらない、質素な構え。
アルトは参列者に声を掛けられても冷静で。
「この度はおめでとうございます」
完璧に振る舞っている。
これでお葬式だったら最悪だけど、笑顔溢れる和やかな雰囲気なので、それはなさそうだ。
バルトワさんと、カイラさんは最前席に近い席に座り、残りの参列者も席に座る。
席が新郎側なので、新郎の関係者なのだろう。
やがて式は始まり、白いスーツを着た新郎の入場。
続いてバージンロードを歩き、白のウェディングドレスに、ベールダウンした新婦の入場が始まる。
レナとアルトは黄色い声を上げた。
「「キャー、奇麗」」
もはや隠れる気はゼロのようだ。
司祭の咳払いで注意され沈黙する。
バルトワさん達は気にしていないのか、気づいていないのか無反応。
式が始まってしまったのだ、騒ぐわけにもいかないだろう。
そして、結婚式はおごそかに行われ、誓いの言葉に、指輪の交換、結婚証明書からのキスの流れだ。
キスの場面で僕は、チラリとアルトの方を見たけど、アルトは目を輝かせているだけで、特に反応はなかった。
新郎新婦が再びバージンロードを歩き外に出ると、フラワーシャワーの祝福が待っていた。
もうレナとアルトは、式に興味が移ってしまったようで、完全にゲストになってしまっている。
お待ちかねのブーケトスにまで参加しようと、ひしめく女性達の中に混ざり始めた。
何を考えているのか、知人でも友人でもないのに迷惑すぎる。
力尽くで排除しようにも、式で暴れるわけにもいかない。
すでに新婦は、背中を向けてしまっているし、後は運にまかせるしかない。
投げられるブーケ。
修羅の形相に変わった女性達の熱いバトル。
あっちやこっちにブーケが飛び跳ね、落ちようとした場所はアルトの目の前だった。
僕はすかさず、風魔法を使用してしまっていた。
するとブーケは風に飛ばされ、運命にでも吸い寄せられるように、参加していなかったカイラさんの胸元に落ちる。
驚いたものの、受け取ってしまったのはしょうがない、という表情に変わり、バルトワさんの方を見て微笑する。
なかなか良い雰囲気に見えたのは、僕の気のせいだろうか。
さて、戦場で散ったアルトはと言えば。
「無念。あと一歩。いえ、一手届かなかった」
と地面を叩きながら悔しがっている。
レナは、それほど欲しくは無かったのか「残念」と一言だけ。
なぜ、参加した。
そこで、僕達に声を掛けて来たのはバルトワさんだった。
「ん?皆も呼ばれていたのか?」
呼ばれていないです……。
アルトは誤魔化すように感想を述べている。
「いやー、良い式でしたねー。途中で新婦を奪いに来る、男が現れなかったのは残念でしたけど」
現れたら困る。
冗談と捉えてくれ、バルトワさんは笑う。
「ガハハ、それはそれで面白そうだ。この後の披露宴で余興の1つにしてみるか」
ああ、アルトのせいでとんでもない披露宴にならなければいいのだけど……。
カイラさんも僕達に話し掛ける。
「それにしても驚いたわ。まさか、あなた達も親族だったなんて。
新郎とは、どんな間柄なのかしら?」
レナは諦めたのか、項垂れて小声で返す。
「じ、実は、他人です……」
カイラさんは驚き、開いた口を手で押さえ。
「あら、やだ。知らない人の式に参加しちゃったの」
そう言った後に笑ってくれる。
僕達は頭を下げ。
「「「ごめんなさい」」」
声が重なった謝罪をした。
バルトワさんは気にする様子はなく。
「良いじゃないか、祝福してくれる人は、多くても構わんだろう」
カイラさんも笑顔のまま。
「私達に謝られてもね。まあ、新郎か新婦を奪いに来たわけじゃないし、許してくれるわ、きっと。
それじゃあ、私達はこれから披露宴があるから、ここで」
その場を後にしようとする、2人にアルトは声を掛けてしまっていた。
「お2人は、どういった関係ですか?」
直球だ。
2人は顔を見合わせ、バルトワさんは両腕を組んで考えた後に答える。
「新郎の従兄弟だが」
次にカイラさんは。
「新郎の友人よ」
ふむ、どうやら血縁関係はないようだ。
これで2人が、もし、もしも、万が一、結婚というのがあっても、おかしくはないかも。
それ以上の事を聞くのは無粋なので、これだけにしておこう。
2人はこの場を後にし、残された僕達はすることもなくなった。
「うーん、モヤモヤが残っています」
アルトはそう呟く。
レナは背伸びをした後。
「昼食にでもする?」
「良いですね」
アルトは調子良く返事をした。
あとはそう、ブーケにでも託そう。
2人が結ばれるとは限らないけど。




