ガウス戦・時間の暴走
翌朝、ドアを強くノックする音で目覚めた。
ツインベッドで図太く寝続ける、バルトワさんの横を通りドアを開くと、そこにはレナがいた。
焦っているようで、口早に話す。
「起きたらアルトの姿が、何処にも見えないの!
昨日の夜に部屋から出るのを見たんだけど、お手洗いかと思って、そんなに気にしなかったのが悪かったかも」
自責の念を抱くレナの肩を掴み。
「レナのせいじゃないよ。書き置きとかはなかった?どんな格好で出て行った?」
レナは必死に思い出し。
「書き置きはない。ローブ姿だったはず」
「分かった。レナは他の皆を起こして!」
僕も口早になり、アルトの部屋へ入る。
室内は僕の部屋と同じ間取り、荒らされている形跡もない。
ベッドを触り温もりを確認するが、冷え切っている。
どうやら随分前から使われていないようだ。
念のため布団をどけ、さらにはベッドの下まで覗いて見る。
特に手紙など気になる物はない。
部屋の外が騒がしくなる。
皆が起きたようだ。
レナが同じ説明をする声が聞こえていた。
空き室や厨房、宿中を探すが姿は無い。
「アルトー!」
大声でも叫んでも返事はなかった。
皆と合流すると、問い詰められる。
レナは僕の頭を両手で掴み、自分の方を真っすぐに見させた。
「アルトに何かしたんじゃないわよね!」
「してないよ!」
天地神明に誓って、嫌われたり、いなくなってしまう事はしていない。
僕の動じない姿に納得してくれたのか、レナは手を離す。
「それじゃあ、どうして……」
サリアが欠伸を噛み殺し。
「散歩じゃないの?」
まだ夜明け前で外は薄暗い、散歩に出るには早すぎる。
レナはまだ自分を責めているのか、唇を噛み表情は険しい。
「そうだ、サリアのトラックは?」
「魔法をかけてない状態で探すのは無理よ」
「キュウは?」
レナの悲痛な声に、キュウは応えてくれたのか出て来る。
「普通の人間にも反応するんだぜ。どれがアルトか特定なんてできねぇよ」
「動いてるので絞り込むとかは?」
「今の時間帯じゃあ、反応は大量にある。
それに最悪の事態を想定して、もし動けない状態だったらどうするよ」
最悪と聞いて、背筋が凍る。
他に何か使える物はないだろうか、必死に考えを巡らす。
カエデは確認する。
「この街の門が開くのはいつだ?」
それにサリアが答えた。
「たしか、あと2時間って所ね。
アルトが1人で、あの塀を越えれるとは思えない。
賭けになるけど、まだ街の中にいると思った方がいい」
門が開けば捜索範囲は、一気に広がってしまう。
時間との勝負にもなってきた。
僕達はすぐに行動に移した。
杞憂で会ってくれと願い、左右に分かれ散らばる。
捜索ならと、キュウも上空から手伝ってくれ心強い。
街中を走り、時には大声を出しながら、アルトの名前を叫ぶ。
住人に怒られようが、それでも続ける。
倒れているかもしれないと、出来るだけ路地裏まで探すが姿はどこにも見えなかった。
やがて街を半周し、僕達は収穫も無く合流してしまう。
レナは真っ先に確認する。
「いた?」
サリアは、いつになく真剣な表情で「どこにもいない」
カエデは、辺りを見渡しながらも「見当たらないな」
キュウは回転し「それらしき人物はいねぇ。建物の中だったら厄介だな」
建物内なら手が出せない。
とにかく外を重点的に探そうと、2層の上流階級の地域に入って行く。
そこも同じく半周したが、結果は同じだった。
見落としている箇所があるかもしれない、すれ違いがあったかもしれない。
各自、役割を決め捜索を続ける。
レナには一度、宿に戻って貰う。
カエデは衛兵や門兵に聞き取りに向かう。
サリアとキュウは街の中を、もう一度。
僕は皆と別れた後に思いついた、ある方法を試してみる。
「クラッシュダミー。アルト」
リトルライブラリの反応は。
『応答がありません。対象が効果範囲外の可能性があります』
僕は声を出して、聞いていた。
「効果範囲は?」
『スキル説明。球状で直径10メートルまで、障害物がある場合は、範囲は狭まります。
また、魔素が届かない密室の場合は、範囲外となります』
10メートルでは心もとない。
せめてもう少し範囲が広がれば。
『拡張要望。規定値確認。直径30メートルまで拡張可能。
魔力消費量が2倍になり、コストパフォーマンスが増大します』
「拡張して」
僕の声に反応してくれる。
『拡張を完了しました』
少し進んでは、クラッシュダミーで応答を待つを繰り返す。
『応答がありません。対象が効果範囲外の可能性があります』
が、何度も繰り返される。
それでも魔力が続く限りは、いや、魔力切れを起こそうとも続けてやる。
声を出す力も勿体ない。
アルトどこに?昨日の女性と、やっぱり何かあったのか?
もっと注意しておくべきだった。
もっと心配しておくべきだった。
もっと、もっと。
その時、街の外れで反応が変わった。
『一定時間経過。キャンセルしました』
僕は周辺を見渡す。
範囲内にある建物は3つ。
もちろん、外にアルトの姿は無い。
「範囲縮小は出来る?5メートルに」
『範囲縮小します』
あとは1軒、1軒反応を試していく。
そして辿り着く。
外見は2階建ての普通の民家だった。
窓にはカーテンが引かれ、中を覗うことは出来ない。
扉には鍵がかかっており、強硬突入しかないように思える。
開錠魔法のピッキングを使えるサリアを呼びに戻るべきか考える。
だが、一定時間経過のキャンセルが気になる。
ダミー生成の要請画面に触れない状態となれば、束縛されているか、もしかしたら怪我をし重体で動けないのかもしれない。
助けを呼ぶ時間はない。
すぐにドアを蹴破り中に突入する。
1階の部屋には、家具などが並ぶだけで人の気配はなかった。
階段に向かい2階へと向かう。
片っ端からドアを開け、一番奥の部屋を開けると、そこにはアルトと、フードを被った女の姿があった。
僕は抜剣していた。
アルトはローブで縛られ、気を失っているのだろうか反応はない。
女はドアを蹴破った音に反応していたのか、ナイフをアルトに近づけ人質をとる。
僕は叫んでいた。
「何が目的だ!?」
女も叫ぶ。
「近づくな!それ以上、近づけばこの女の命はないぞ!剣を捨てろ!」
女は興奮していて、いつ暴走するか分からない状態だ。
素手でも問題ない、素直に剣を捨てた。
「これでいいか?アルトを離せ」
「駄目だ、出来ない。命令なんだ!」
「誰の?」
「言えない!」
駄目だ。
とりあえず話をしないと事情も分からない。
「分かった。話をしよう。確認したい、アルトは無事なのか?」
そう言い僕は跪く。
女は少し安堵したのか話し始めてくれる。
「薬で眠らせているだけだ、命に係わるようなことはない」
それを聞いて安心した。
あとはこんな事をしでかした理由と、要求が何なのかが分かれば。
「なぜこんな事を?それと要求があれば聞く」
「命令としか言えない。要求は、この女自身が必要だからだ」
「アルトは渡せない」
このままでは膠着状態だ。
誰かと連絡する手段があればいいが、1人で乗り込んだのは失敗だったか。
その時、背後に人の気配がする。
慌てて振り返ろうとするが、女に止められた。
「動くな!」
従うしかない。
コツコツと革靴の音を響かせ、目の前に現れたのは、立派なスーツを着た1人の男だった。
身長は170cmほどで、年齢は30代後半、青いショートヘアーと顎髭に、右目には深い傷に義眼のようだ、この顔を脳裏に焼き付ける。
「”ガウス”様、すみません。侵入を許してしまいました」
女は男をガウスと呼んだ。
男を覚える趣味なんてないが、その名前も忘れないでやる。
ガウスは僕の顔を鷲掴みにした。
「ネズミが紛れ込んだようだな。
健気にも、この女を取り返しに来たか?安心しろ、使い終わったら逃がしてやる」
僕はその汚いツラに唾を吐きかけてやる。
男の顔に直撃し、さぞかし男前になったじゃないか。
その代償に、僕は顔面を思いっきり殴られたが。
「元気なのは良い事だが、反抗的なのはよろしくない」
続いて頭を踏まれる。
こいつにやり返したいことが、どんどん増えて嬉しくなってしまう。
「さて、”スティール・グランス・ステータス”」
ガウスは聞いたこともない魔法を唱えた。
かろうじて分かるのは、ステータス部分だが効果は不明。
しばらく黙っていると、やがて驚いたように口を開く。
「おお、時間干渉とは素晴らしい、いや、奇跡のようなスキルだ!」
どうやら他人のステータスを、盗み見する魔法だったようだ。
お前らしい、いやらしいスキルだな。
ガウスは続ける。
「こんな小僧がまさか、これほどのスキルと値を持つとは。ああ、目移りしてしまう。
よろしい、君が素直に従ってくれるのならば、女をすぐに解放しよう」
踏みつけられた足をどけ、顔を上げる。
「何をすればいい?」
「素直でよろしい。少し説明が長くなるが、互いに納得した方が、やりやすい。
むしろ、君を警戒しなければならなくなった。
こんなスキル持ちに暴れられては、私の力を以ってしても、抑えるのは骨が折れそうだ。
さて、本題に入ろう。
私は”アブソーブション・スキル”というスキルを持っている。
名前の通り、相手のスキルを吸収する。
しかし、困った事にこのスキルを使うには、自分の血族を仲介者として使用しなければならない。
安心しろ、仲介者に害はない、あるとすれば1回しか行えないという制約がある。
使い捨てなのだ、これで君も安心できるだろう」
「お前の声を長く聞きたくない。早めにすませろ」
「まあまあ、焦る気持ちは分かるが、女が目覚めなければ出来ない。
もう少し会話をしようではないか」
「反吐が出る」
「反抗的な目だ。お急ぎなら仕方ない、おい」
ガウスはフードの女に声を掛けると、アルトの手首を少し斬りつけた。
痛みで目覚めたのか、アルトは声を出す。
「!?、痛っ」
『緊急時限定転移します』
僕はすぐにアルトの目の前に転移していた。
女を突き飛ばし、アルトの手を掴み脱出しようとしたが、その手は空を切った。
「逃げられると思うな。転移」
すぐに男も転移魔法を使い、アルトを自分の手元に引き寄せた。
その間に女は立ち上がり、僕の喉元にナイフを突き立てる。
男は笑う。
「ハハハ、良い。流石は超常のスキル持ち、これくらいの余興は、して貰わないとつまらん」
僕はもう一度、転移を唱える。
しかし、発動しない。
もしかして1回キリのスキルなのか、これでどちらかの魔力が尽きるまでの転移合戦の選択肢はなくなった。
ガウスはアルトを人質に取り命令してくる。
「その場で跪け、すぐに始めよう」
素直に従うしかない。
ガウスは詠唱を始めた。
「仲介者を介し、我と汝を繋ぐ魔力回路を解放せよ。
スキル、時間干渉を我が元へ、アブソーブション・スキル」
詠唱が終わると、3人の前に四角いステータス画面と同じ、承認画面が出現する。
僕は確認する。
「本当にアルトに害はないんだな?」
ガウスは「なんなら、その女にも確かめて見ろ」とだけ言う。
アルトは苦痛の表情をしつつも、僕の顔を見て無理に微笑む。
「本当です。何度か私も立ち会ったことがあります」
アルトが言うなら信頼出来る。
僕がイエスを押すと、体が青白く光り始める。
やがて3人の承認が確認されると、リトルライブラリの声が響いた。
『時間干渉が消失』
やがて光は消え、フードの女とアルトが倒れ込んだ。
僕はすぐさまアルトの容態を確認する。
息はちゃんとしているが、魔法をかけておく。
「ハイヒール」
ガウスは満足したのか、僕の行動を気にも留めずステータスを開き笑っていた。
「ステータス。これで私は最強になった、ハハ、ハ?」
様子がおかしい、笑うのを止めて手で義眼を押さえている。
「そんな馬鹿な、他のスキルが大量に消えている!?超常のスキルのせいか!」
どうやら万能な魔法ではなかったようだ。
スキルを得る代償に、必要な量のスキルを失ったのかもしれない。
「まあいい。この力があれば、問題ないだろう」
ガウスが愉悦に浸り、隙だらけなのを確認し、僕は殴りかかる。
しかし、その拳は当たることは無かった。
目の前にいたはずのガウスは、いつのまにか僕の真横に移動していたのだ。
「気性が荒いな。時間干渉、予想以上に素晴らしい」
どうやら僕にも使えなかった時間干渉を使いこなしているようだ。
それでも諦めずに殴りかかる。
嘲笑うかのように移動は続く。
「ハハハ、どんなに足掻こうと、無駄。む……」
が、様子がおかしい。
まるで魔力切れを起こしたかのように、フラフラとよろめく。
スキルを連発したのだ、その消費魔力はとてつもない量だろう。
なら、治療してあげなくては。
まずは。
僕は男の顔面をぶん殴る。
「ぐぉ」
そう、まずはその醜い顔の治療だ。
ガウスは倒れ込み鼻血を流す。
物理反射スキルは持ってないようだ。
それとも消失したのか?まあ、どうでもいい。
あとは何をされたっけ?
そうだ、頭を踏みつけられた。
僕も同じように、倒れ込むガウスの頭部を叩き込むように踏んであげた。
「ぐぁ」
お礼はちゃんとしないと悪い。
顔を鷲掴みにし、無理やりこちらを向かせる。
「最強はどんな気分?」
返事は無く、愛想が無いな。
意識はちゃんとあるのだ。
さらに握る頭部に力を込めると、義眼がはずれ、床を転がった。
特別な魔法具かもしれないので、僕は手で叩き割ておく。
「ステータスを見せろ」
「す、ステータス」
ガウスは諦めたのかステータスを開いた。
レベル35の魔導士、いくつかの中級魔法に、闇には上級も含まれている。
闇属性か、こいつにはお似合いで当然か。
スキルは消失した、というのは本当だったようで、気になるスキルは無い。
おめでたいことに、アブソーブションも書かれていない。
これでスキルを得ることは、出来なくなったわけだ。
ステータス値を確認していると、突然、画面が消えた。
ガウスの体が痙攣を起こしたかのように震えだす。
ガウスは消え入るような声を出していた。
「時間が無茶苦茶だ、た、助、れ、て、助け、時間が」
途切れながら同じ言葉を繰り返している。
明らかに様子がおかしい。
まるで時間が巻き戻っているかのような現象だ。
ガウスの体が大きく跳ねる。
「ぐぁ、す、ステータス。時間が無茶苦茶だ」
もはや暴走している!?
このままでは、どんな影響が起こるか分からない。
しかし、本人も止められないのをどうすれば良い?
考えている間にもガウスの体は、まるで時を遡るように動いて行く。
もう、僕には理解不可能な状況だ。
一縷の望みをかけ、倒れていたフードの女の肩を揺らすと、意識を取り戻してくれた。
女は目の前で起こる異常事態に、顔を歪め怯える。
「な、なに?なにが起こってるの!?」
「時間干渉のスキルが暴走している。何か止める方法はないか!」
僕は声を荒げていた。
女は提案してくる。
「私もアブソーブションが使えます。それでスキルをあなたに戻せれば」
「早速、やってくれ!」
「ですが、仲介者がいません!」
何か手はないか、どうすれば?
そして、恐れていた事態が発生し始める。
「ですが、仲介者がいません!私はすでに使用済みなんです!」
女の時間だけが巻き戻った!?
これ以上の暴走は、何としても阻止しなければ、影響がどんどん広がってしまう。
その時、窓を突き破り、誰かが部屋へと飛び込んできた。
その正体はサリアで、トラックでもかけていたのだろう、ありがたい助っ人だ。
僕は叫ぶ。
「サリア。時間が暴走している。ここにいると巻き込まれる。アルトを連れて逃げて」
「はぁ!?なに言っているのか、全然わかんないんだけど」
こんな状況を、どう説明すればいい。
そもそも、そんな時間もないのに。
「とにかく」
そこまで言った所で、サリアがキョトンとした表情をしている。
何があったのか分からなかったが、サリアの言葉ですぐに理解する。
「同じ事を2回言わなくても分かるってば」
おそらく、僕の時間が戻った。
もう、頭を抱えて思考停止してしまいたい!
サリアは、のんびり状況をいちから確認しちゃってるし、あぁああ!
サリアは何かに気付いたのか、女の方を見て声を上げた。
「あんた、”ソリルージュ”家の女よね?見たことある」
ルージュという部分に引っかかる。
サリアはたしか、サリア・マリルージュ。
もしや、藁にも縋る思いで聞いていた。
「スキルを奪う、アブソーブションって知ってる!?」
「ああ、知ってるわよ。私の分家が持ってる、最低のスキルよ」
神をも恐れぬ聖職者に言われたく言葉だが、つっこんでいる暇はない。
「その仲介者には、ソリルージュ家の血族が必要なんだけど」
「なるほどね。だいたい理解した。多分なれるわよ、やり方は知らないけど」
話が早くて助かる。
早速、女は作業に取り掛かる。
その間にも影響は、この部屋の外にも及んでいた。
犬がさっきから「ワン」と吠え続けている。
犬の気まぐれかもしれないが、うるさい!
しまいには、割れたはずの窓だけが直ってしまうし、いつのまにかドアが勝手に閉まってる。
もうこうなったら、蹴破ったドアも直してくれれば、修理代を払う必要もないのだが、あー……。
準備が整ったのか、承認画面が目の前に現れた。
すぐにイエスを連打するが、肝心のガウスが押せるような状況ではない。
もはやホラーと化し、残像があちこちにあって、どれが本体なのか特定できない。
救いなのは、この狭い部屋の中で、人的被害が発生していないことが奇跡だ。
『規定値を確認。度重なる時間干渉の影響で”時間抵抗”を獲得』
ずっと時間を止めようとしていたご褒美だろうか、ありがたい。
リトルライブラリさんがいたら、キスしてあげたい気分だ。
『実体は無いため不可能です。
代替案、ライブラリ画面にキスすることで、多少の満足感を得られる可能性はあります』
うん、じゃあ自己満でそうするよ。
抵抗を得たおかげか、ガウスの動きが止まって見える。
そして顔面を掴み、承認画面のイエスに叩きつける。
お前も感謝の気持ちを込めてキスしろ!
ガンッ!
『時間干渉を獲得』
辺りを見渡すと、異常は無くなっていた。
サリアが倒れたので、ハイヒールをかけて…。
あ、ぱ、パンツが見えてしまってますッ!
れ、レベルは上がってないけど、経験値は入ってしまっただろう。
すぐにスカートを戻し「ハイヒール」。
息もある、ひとまずは大丈夫そうだった。
さて、元凶のガウスはと言うと、まるで1人だけ長い年月が過ぎたかのように、青かった髪が真っ白になっていた。
顔もしわくちゃで、年齢は80代になってしまっている。
だが、意識は残っているようで、力なく地面を這いずり逃げようとする。
僕はそれを上から押さえつけておく。
こんな風になってしまったら、もう力は残されていまい。
やがてサリアと女が目を覚ました。
サリアは頭を押さえ。
「頭が痛っ、やるもんじゃないわね。とりあえず状況を説明してくれない?」
どう説明したら良いのか、ひじょーに悩む。
「僕の時間干渉が盗られて暴走してました」
それ以上の説明は不要とでも言うかのように、サリアは首を振った。
「あー、はいはい。なるほど」
本当に理解するつもりはないらしい。
次に女は説明するように話し始めた。
「ガウスに魔道具、義眼の効果の”マリオネット”で操られておりました。解放して下さって、ありがとうございます。
ですが、してしまった過ちは消せません。どんな罰でも受けます」
操られていたのならしょうがない、と言いたい所だけど、そのせいで大変な目にあったのだ。
どうするべきか悩んでいると、アルトも目を覚ました。
アルトは僕の顔を見るなり、ほっぺにキスをし、抱き着いて来た。
慌てる僕だったけど、物凄い馬鹿力で首が絞められる、苦しい。
アルトは泣いていた。
僕は引き剥がすのを止め、優しく頭を撫でていた。
「大丈夫、大丈夫」
と連呼することしかできなかった。
やがて落ち着きを取り戻したのか、アルトは女を庇う。
「彼女は知り合い、いえ、友達なんです。
操られていたのを知っていました。どうか許してあげられないでしょうか?」
張本人のアルトがそう言うなら、仕方ない。
個人的にはなんらかの罰があって然るべきとも思うが、色々あって疲れた。
ガウスの暴走も止められたし、結果的にアブソーブションを含めた、危険なスキルを消せた。
その元凶の本人は、もはやただの老人になってしまっているし。
喧嘩両成敗?とはちょっと違うか、まあ、なんでもいっか。
ただ、気になるのは、女がまだアブソーブションを所持したままだと言う事。
念のため、それも消せれば良いけど、そう考えていると、リトルライブラリの声が響いた。
「規定値を確認。”スキル・シールド”を獲得。
両者の同意で相手のスキルを封印できます」
今回はリトルライブラリが大活躍だ。
早速、僕は提案すると、女は素直に応じてくれた。
これを罰としよう。
これにて一件落着。
皆も心配しているだろうし、すぐに報告しなければ。
その時、サリアが茶化す。
「どさくさに紛れてキスしてたわよね?」
アルトは慌てふためく。
「い、いえ、し、しましたけど、それはほっぺですよ!」
「まあ、そうだけど」
僕も慌てふためいてしまう。
「勢い余っての事故だったかもしれないし!」
アルトは、なぜか頬を膨らませてしまう。
「事故じゃないですけど」
「え?」
その疑問にアルトは答えてはくれず。
「さあ、行きましょう」
そう言って手を差し出してきた。
え?本気の?え?
それ以上は深く考えず、手を握り、皆の元へ走り出した。
「おんぶしてよー。したらキスしてあげるから」
と叫ぶサリアは放っておいて。




