アルトと2人っきり
僕は目視でターゲットを捉え、思わず叫んでいた。
「絶対に逃がさない!カエデは左から。殺さないように」
「まかせろ」
「レナは右から、優しくね」
「分かってるわよ」
「サリアは魔法のトラックをお願い」
「了解」
「アルトは、あれ、いない?」
夢中だったせいか、アルトはいつのまにかいなかった。
大丈夫、4人でも対処できるはずだ。
僕達は巧みに連携し、ターゲットを追い詰めて行く。
だが、街の構造が僕達を阻む。
狭い路地を猛スピードで逃げる相手に苦戦。
地形に詳しいのか、迷うことなく逃げられる。
体力も申し分なさそうだ、全力疾走でなおスピードが衰えない。
痺れを切らしたカエデが声を上げる。
「くっ、無傷では厳しい。足をちょっとだけ斬っていいか?」
僕はすぐに止める。
「駄目だよ、生け捕りにしないと」
レナは怒る。
「あー、もう!人が通れない場所に入って行ったぁ!」
サリアは言う。
「トラックで追跡出来るから、一旦、追うのを止めましょう」
僕達は息を荒げ、トラックの画面を確認する。
追跡が止んだと思ったのか、相手は動かなくなっていた。
レナが息を整えてから言う。
「馬鹿にされてる感じ、全員で囲みましょう。もう容赦しないわよ」
カエデは真剣な顔つきで。
「こういう場合も想定し、無傷で捕らえる技を取得しておくべきだった」
サリアは困った顔をしている。
「ホーリーフィールドって効くかしら」
ようやく僕の息も整う。
「とにかく全員で四方から挟み撃ちしましょう」
その時だった、姿が見えなかったアルトが合流した。
何か香しい匂いを漂わせている。
「ワンちゃん(犬、チワワ)はどうですか?大好物のお肉を買ってきました」
くっ、餌で釣れば良かったのか。
相手に翻弄され冷静さを失い、そこに気付かなかったとは、僕もまだまだ甘い。
そう、僕達は今、全力で迷子犬の捜索依頼をこなしていた。
ギルドで受けられる依頼は、相変わらず高レベルのものばかり、なのでこんな依頼をするしかなかったのだ。
今回は人数もいるし、サリアのトラックもある。
簡単で、すぐに終わると高を括ってたけど、追跡開始から小一時間は経っていた。
光明を見出したアルトに感謝。
アルトの頼もしい指示が飛ぶ。
「ナユタ、レナ、カエデは3方から囲って下さい。逃走に備えサリアはトラックで随時確認を」
全員が顔を見合わせ頷く。
なんて頼もしい仲間達よ。
これなら上手く行く!
アルトがゆっくりと、家と家の間の隙間に近づいて行く。
そして、取り出だしたのは、ワイルドブルの肉だ。
美味い肉を欲するとは、なんて贅沢なチワワめ。
しかし、警戒しているのか、なかなか出てこない。
どうした?追いかけたせいで怯えているのか?お腹の調子が悪いのか?
ここからは根気比べ、アルトは体育座りし、ただ待つ。
全員が固唾を飲んで見守る中、やがて気を許したのかチワワは、肉を食べにアルトの元へ歩き出した。
そして、肉に食らいつこうとした瞬間だった。
一転、般若の形相に変わったアルトが、素早くチワワを捕獲した。
すぐにローブの中からリードを取り出し、首に取り付ける。
般若に恐れをなしたのか、降伏したチワワは大人しく、いや、再び怯えているかもしれない。
こうして犬捕り物は、やっと終了したのだった。
依頼完了の報告のため、ギルドへと向かう。
3つある受付に、泣きぼくろの”カイラ”さんがいたので、そこで報告をすることにした。
カイラさんの名前を聞いたのは、今日の朝、依頼を受ける時だ。
「あら、ナンパ?カイラよ、よろしくお願いね。食事とかのお誘いなら喜んで受けるわよ」
とナンパ扱いされてしまったけど。
今後のコミュニケーションのためであって、そんなやましい気持ちは全くなかったのに。
まあ、大きな収入があったら、お礼を兼ねて食事くらいには誘ってあげようと思う。
もう一度言おう、やましい気持ちはない。
カイラさんは、アルトに抱きかかえ暴れる犬を見てほくそ笑む。
ちなみに暴れすぎて、この間にもアルトの手には傷が増えていっている。
「早かったわね。でも残念。そのチワワじゃないのよね」
「え?」
僕達は全員が唖然とした。
全然関係ないチワワを追いかけまわし、あげくに捕獲してしまったのか。
じゃあ、このチワワはどちらさんのだろう?
まいった。
カイラさんは続ける。
「私の知り合いの犬なので、わかっちゃうのよね。
まあ、犬種がブルドックなので、全然違うんだけど」
!?、いや、依頼にもきちんとチワワと書かれていたはずなのに、それは一体どういうこと?
レナがチワワを指さし。
「それじゃあ、この犬は何なの?痛っ!」
そして指を噛まれた。
「チワワは犬の名前なの。説明不足だったわね」
無茶苦茶だ、僕達の苦労は一体。
仕方なくチワワを離す、そして皆に話す。
「どうしよう、今からまた探すとなると」
サリアはこれ以上、歩きたくないのだろう。
「えー、また、いちから探し始めるのー」
レナは、アルトにヒールを掛けて貰いながら、諦められないようだ。
「こうなったら街中の犬を捕まえてやる」
犬泥棒になってしまう。
すでに一匹捕獲してしまっているけど、これはノーカン。
すぐに逃がし証拠は走り去った。
受付前でわいやわいやと騒いでいると、バルトワさんがギルドへと入って来た。
一匹のブルドックを連れて。
「騒がしいようだが、どうした?」
どうしたもこうしたもない。
すぐさまカイラさんが声を上げる。
「その犬よ」
犬と言われ、バルトワさんはブルドックをひょいと抱きかかえた、人懐っこい。
「この犬がどうかしたか?菓子店から、ずっと付いて来て困っていたのだが」
僕達は念のためバルトワさんを包囲する。
サリアはトラックを掛け、入口前を塞ぐ。
バルトワさんは、そのまま受付カウンターに犬を置くと、アルトによってリードが結ばれ依頼完了だ。
まさかの展開に困り果てる。
カイラさんは、念のために犬を確認した。
「この不細工顔は間違いないわ」
結構、毒舌だ。
いや、ブルドックには誉め言葉かもしれない。
そして報酬である銀貨10が差し出された。
僕達には受け取る権利がないと思っていると、バルトワさんは全額を渡して来た。
「ガハハ、役に立ったようだ」
僕はすぐに報酬を返す。
「迷子犬の捜索依頼があったので、これはバルトワさんの報酬です」
バルトワさんは、困った顔をした。
「しかし、横から報酬をかっさらうのは、どうにもな。
皆の姿が見えたからギルドに寄ったまで、そうでなければ気付かなかっただろう、儂だけの手柄ではない。
なので儂が銀貨3だけ頂いて、他は皆で分けてくれ、それ位がちょうど良いだろう」
なんて優しい人なんだ。
バルトワ株が上昇した。
僕達はその提案に感謝して受け取る。
カエデは貰うだけでは申し訳ないのか、付け加えた。
「ありがたい。今度バルトワ殿が困った時は助力しよう」
「そうしてくれると、こちらとしてもありがたい」
サリアは5人で分けた報酬を受け取るが、愚痴をこぼす。
「半日かけてこれだけ、労力に合わないわね」
レナは前向きに依頼掲示板を指さしていた。
「まだよ!ほら、ここにインコの捜索依頼がある」
インコか、小さいし鳥だし、見つけるのは困難だろう。
インコという名前のチワワだったら、まだ見つけ易いんだけど。
そんな心配をしていると、カレラさんは答えてくれる。
「それね、随分前の依頼だけど、今度はちゃんとした鳥のインコよ。
体は青で、足に小さい木の指輪をしているわ」
レナは随分前と聞いてもやる気を失わず、皆を連れて行こうとする。
「よし、じゃあ行くわよ」
サリアは、もちろん乗り気ではない。
「えー、やだー」
「サリアがいないと、見つけても追跡出来ないでしょ」
と無理やり襟首を掴まれ、引っ張られる。
カエデは無言で付いて行く。
アルトは用があるのか、レナに声を掛けた。
「私は赤ちゃん用の玩具でも見に行こうと思って、別行動で良いでしょうか?」
ナイスアイディアに、僕は笑顔で乗っかることにした。
「アルトだけじゃ心配だから、僕も付いて行くよ!」
レナは少し考えた後、納得したようだ。
「分かったわ。でも報酬はあげないからね」
こうして僕達は、ここで別行動をすることになった。
アルトと二人っきりになるのは、随分と久しぶりな気がする。
玩具専門店は無いので、とりあえず雑貨屋に行って見ることにした。
日用品が所せましと並べられ、その中から玩具になりそうな物を探す。
今更ながら僕は聞く。
「あれ、赤ちゃんって男の子だっけ?」
「女の子ですよ」
それを聞いてハッとした。
おむつ交換をする所を、遠巻きながら見ていたからだ。
すぐにステータスをオープンする。
良かった経験値に変動はない。
もし入っていたら、僕は人として終わっていたかもしれない……。
アルトは不思議そうに僕の方を見ている。
気を取り直し、咳払いを1つ入れた。
「コホン、べ、別になんでもないよ」
「それなら良いんですけど、何か困った事があったら言って下さいね。
3歳児あたりから経験値が入ってしまうかもしれませんし。
もし、そうなったら……」
流石に1桁の年齢に反応したくない。
僕は誤魔化すように、適当な物を手に取った。
「これなんて良いんじゃないかな?」
「料理用のおたまですか?奥さんなら喜びそうですけど、まさか奥さん狙い!?」
おたまから始まる、不倫と憎悪からの略奪愛は狙ってません!
それに、その言い方だと、赤ちゃんも守備範囲だと言われてる気分だ。
「たまたま、おたまがあったから」
「駄洒落ですか……」
冷たい空気が流れる。
今ならギャグで滑ったツーブロの気持ちが、痛いほど分かるような気がした。
彼も僕の様に、アルトの無茶ぶりで焦っていたのかもしれない。
アルトは駄洒落は無かったように振る舞う。
「これなんて良いと思いません。布製のボールです。球、繋がりで」
「布だと破れた時に、中身を誤飲しないかな?」
「あるかもしれませんね。じゃあ木製にしますか」
「うん、そっちの方が良いと思う」
こうして真面目に玩具を選ぶ。
他に口に入らない大きさの、起き上がりこぼしも購入した。
店から出ると、レナ達が走って行くのが見えた。
「いたわよ、捕まえろー」
そう叫びながら鳥を追いかけている。
どうみてもスズメだけど、後で青色に塗るのかもしれない。
放っておこう、僕は生暖かい目で見送った。
昼食にしようと、昨日のサンドウィッチ屋によると、ギター弾きの青年が販売をしていた。
ギターでは食べていけなかったか、賢明な判断だ。
2つだけ購入しようと指を2本立てた時だった。
カエデが物凄い速さで戻って来て、指を無理やり3本にする。
昼食も抜きで走り回っていたのだ、よほどお腹がすいているのだろう。
仕方なく3つ購入し、カエデは咥え走り去る。
僕は握られ赤くなった指を、ヒラヒラと振って見送った。
お腹を痛めないようにねー。
どこで食べようか迷っていると、青年が樽と板で座席を用意してくれる。
なかなか気が利く、そこで頂く事にした。
食べ始めると、青年は話し掛けて来た。
「シチューもいかがっすか?俺、考えたんすよ。シチューが続くのなら売ってなくしちまえって」
うーん。
昨日も食べたばかりだし、それは遠慮しておこう。
最悪、今日の夕食もシチューの可能性がある。
「ごめん、これだけでいいや」
そう言うと青年は、本当に残念そうな顔をした。
アルトも小食なので、お断りしている。
またカエデが戻って来るかと心配したが、流石にそれは無かったので安心した。
青年は暇なのか、話を続ける。
「彼女っすか?いいっすね」
食べていたサンドウィッチを吹きそうになった。
「ち、違います。パーティの仲間です」
アルトも慌てて否定する。
「そ、そうです。彼女じゃありません」
「焦ってるみたいすけど」
そう言って青年は、いやらしい顔になる。
僕は冷やかされては堪らないので、すぐに注意。
「ほら、仕事中は私語厳禁です」
青年は両手を頭の後ろで組んだ。
「そう言われても、昼食時を過ぎると、お客さんこないんすよ、ようするに暇なんすよ」
座るべきでは無かった。
こうなれば早めに食べておさらばしなければ、僕はすぐに食べ終わる。
しかし、アルトはゆっくりとマイペースだ。
その隙をつかれた。
「あ、一曲浮かんだんで歌っていいすか?」
嫌な予感。
青年は僕達の了承を得る前に歌い出してしまう。
「あなたと食べたー、一緒のサンドウィッチ♪今日は君との間でサンドされたい♪
ラブラブ、Love Me♪ラブラブ、Love you♪らーぶ、らぶ」
恥ずかしい歌詞が聞くに堪えなく、僕は耳を塞いでしまっていた。
やがて静かになったのを確認し耳から手を離すと、人だかりから拍手が沸き起こっていた。
いったい、どんな歌だったんだ!?聞いておけば良かったかもしれない。
隣のアルトは、涙を零している。
「素晴らしいです。パンパンに詰まって挟まった愛情が、とても心に響きました」
ようするに駄洒落では?
拍手喝采の中、僕達にも視線が向けられている。
耐え切れなくなり、アルトも食べ終わったようなので、この場を離れよう。
そして街の中をラブラブする。
違う、ブラブラする。
何をするわけでもなく、アクセサリー屋で足を止めたり、服屋のショーウインドーを眺めたり、これではまるで。
「まるでデート見たいですね」
アルトは両手を後ろに回し微笑み言う。
「で、デート!」
アルトはしまったと思ったのか、首を振った。
「み、みたいです。デートとは言ってません」
「そ、そうだよね。僕達がまさか」
この言葉に、アルトは少し寂しい顔をしたように感じたのは、気のせいだろうか。
僕は動揺してしまった。
そんな気持ちは、一切無かったのに。
言われてみれば、女性と一緒にご飯を食べたり、お店を眺めたり、ブラブラしたり。
これを人は、デートと言うのではないだろうか。
改めてそう実感すると、急に恥ずかしくなる。
困っていることを察したのか、アルトは笑顔に戻り。
「それじゃあ、そろそろ帰りましょうか」
「そうだね。買える物は買えたし、その前にトイレ良いかな?」
すぐそこに公衆トイレがあったので、用を足しておきたかった。
それは建前で、少し落ち着きたかったのもあるかもしれない。
「はい。それじゃあ、ここでお待ちしてますね」
僕はトイレにつき深呼吸。
あ、臭い……、深呼吸するような場所ではなかったと後悔した。
トイレから戻ると、アルトはローブを着てフードを深く被った女性と会話をしていた。
誰だろう?見覚えがない。
会話中にお邪魔するのも悪いので、しばらく待っていると、アルトが持っていた玩具を入れた袋が落ちた。
何か不幸な事でもあったのか?僕が近づくと、フードの女性は逃げる様に、素早くその場を去った。
「アルト?大丈夫?」
アルトは下を向いたまま、青ざめていた。
「あの人に何かされたの!?」
アルトはすぐに否定する。
「な、なんでもないです。大丈夫です。ちょっと具合が悪くなって」
「あの人は誰?」
「さあ、知らない方でした。道を聞かれただけです」
説明がたどたどしいけど、本当に具合が悪かったら大変だ。
とりあえず宿へ戻り、アルトは休ませることにした。
部屋へ戻る所まで確認し、僕は声を掛ける。
「辛くなったら言って下さいね」
「ありがとうございます。少し休めば元気になると思いますから」
そう言い扉は閉められた。
やがて、レナ達も帰って来る。
「無理、鳥なんて捕まえられないわよ」
サリアはテーブルに突っ伏して愚痴をこぼす。
「無駄骨。時間を返して」
カエデはあっけらかんとしていた。
「走る修行だったと思おう」
レナは姿が見えないアルトを心配する。
「アルトは?」
「具合が悪くなったって、部屋で休んでる」
「そうなの?後で様子を見に行くわね」
「お願い」
僕はそれだけ言う。
また、着替えを覗いてしまったりしては大変だ。
その後、夕食にアルトの姿は無かった。
レナが言うには、眠っているようだと。
気になりながらも夕食を終え、僕達は各自の部屋へと戻って行った。
まさか、この夜に大変な事が起こっているとは思ってもいなかった……。




