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首都エルカトライトへ

 ソルトフレート滞在、7日目の早朝。


 僕とレナとカエデは、屋敷の裏庭でバルトワさんと訓練をしていた。

 内容はフル装備のバルトワさんを、一方的に殴るというモノで、はたからみれば虐めをしているように見えるかもしれない。


 しかし、いくら打ち込んでもビクともしないので、こちらが虐められているのではと思ってしまう。

 疲れて僕はレナと交代、続くレナの真剣での攻撃にも、モノともしない雄姿に惚れ惚れしそうだ。

 レナも鉄壁の前に敗れ、カエデとタッチし交代だ。


 バルトワさんの元気な声が響く。


「次!」


 カエデは前に出て構えた。


「全力で構わないか?」


「構わん!」


 カエデはジリジリと間合いを詰める。

 バルトワさんは盾を構え前屈みの姿勢で、ただ待つ。


 次の瞬間にカエデの残空が飛ぶが、真正面から余裕で盾で受け止められてしまった。

 だが、残空は小手調べ。

 その隙に間合いを詰めていたカエデが次の攻撃に移る。


「残岩!」


 ガギーン!


 鈍い金属音が辺りに鳴り響く。

 刀と盾がぶつかった衝撃で火花が散る。

 受けきったバルトワさんは、わずかに後方に押されたものの、体勢は全く崩れていない。

 逆にカエデが後ろに仰け反った。


「どうした、この程度か?」


 挑発にカエデは乗ってしまう。

 一度、脱力し、右足を前に出し前屈みに、いつもの構えより体を捻る。


「ならばこれでどうだ。斬鉄!」


 捻じった体をバネの様に戻し、速さを増した一閃が走り、盾とぶつかり合う。

 先ほどのような衝撃音も火花もない。

 破壊力こそなかったが、盾をよく見ると側面に剣筋の傷が浅く付いていた。


 技の名前の通り、金属を斬ったのだ。

 斬られたと分かり、バルトワさんは降参した。


「ガハハ、降参だ。まさかこの盾を斬られるとは」


 それに対して納刀したカエデは。


「まだ降参するには早い気がするが」


「盾の厚みだから良かった。それを首筋にでもやられたら、儂の首が吹っ飛ぶわ」


「私もまだまだ未熟。本来なら豆腐のように盾を斬れるようにならなければ」


「ガハハ、豆腐か。東に行ったときに食べたことがある。

ちょうど良い時間か、朝食にしようではないか」


 その言葉に大賛成し、屋敷に戻り食堂に入ると、そこにはまだ誰もいなかった。


 着席して朝食を待っていると、寝間着姿のアルトが目を擦りながら入って来る。

 いくらなんでも恰好がラフすぎ。

 完全に、ここを自宅と思ってそうだ。


 やがてメイドがサービスワゴンで運んできた料理を並べ始める。

 目の前の料理を見てバルトワさんが口を開いた。


「ここでの最後の食事を楽しむとするか」


 最後?そう聞いて僕は聞いていた。


「遠出するような予定でも?」


「午後に”エル国”の首都エルカトライトに向かうつもりだ」


 レナはフィンガーボールで指を洗った後。


「剣闘でもしに?」


 バルトワさんは大きく笑う。


「ガハハハ、それも悪くはないが儂は守り専門、とても戦えはせん。

私情で少し用があってな」


 アルトは茶化す。


「ははーん、女性ですね」


 バルトワさんはスキンヘッドをペシッと叩いた。


「それならどれだけ良いか、生憎そう言った用事ではない。

代わりにアルト殿が付き合ってくれると嬉しいのだが」


 アルトは茶化し返され慌てる。


「わ、私は、ごめんなさい」


「ガハハ、速攻振られてしまったか、ショックだ。

タンクとして防御には自信があったが、精神面ではまだまだ未熟か」


 レナは食事をしながら、今後の事を話し始めた。


「ソルトフレートですることはしちゃったし、海産物も飽きたし、そろそろ次の行動でも決めない?

ここからまたエルフォードに戻るとして4日。

航路なら2日で首都に着くのよね?どうせなら行って見ない?」


 僕は答える。


「そうだね。一度、首都を訪れてみるのも悪くないかもしれない。

首都からなら川を利用すれば、エルフォードに3日で帰れるし」


 船が通れる大きな川ある。

 首都からなら下流へ向かう形になるので、船を利用した方が早い。


「皆はどう思う?」


 アルトは「どこに付いて行きます、リーダー」とフォークを持った手を上げる。

 カエデは黙々と食事し「どこでも構わん」とだけ。


 レナは食事を手早く済ませ。


「よし、そうとなったら実行よ」


 すぐに行動に移った。


「そうと決まれば船の手配ね」


 そこでバルトワさんは大声で笑う。


「ガハハ、気に入った。儂の乗る船、我が家が所有する船でよければどうだ?」


 まさに渡りに船だ。

 その提案に快く乗らせて貰う。


「そうとなったら準備よ」


 レナは意気込んで食堂から出ようとする。


 ガンッ。


 その時、勢いよく開いたドアに頭をぶつけ、うずくまってるのは寝間着姿のサリアだ。

 痛そうに頭を押さえている。


「サリア、ごめん。急ぐから」


「痛っー、なに?なんなの?」


 事情を理解していないサリアは涙目で困惑顔をする。

 アルトが頭をヨシヨシしながら慰め、説明してくれる。


 僕達も食事を済ませ、準備をするため部屋に戻った。



 船着き場に着くと、そこには2本のマストに加え、前後にも帆を付けたキャラック船が泊まっていた。

 庭付きの1軒屋が丸ごと入りそうな大きさ、まさかこんな立派な船じゃないよね?

 隣にある貧相な漁船ではないかと迷っていると、船からツーブロが降りて来た。


「なんやバルトワの見送りか?いらんでそんなもん」


「いや、僕達も同行させて貰うことになって」


「はぁ!?急すぎるやろ、食料とか増やさなあかんやん」


 愚痴をこぼすが、ツーブロは近くにいた船員に声を掛けると、テキパキと荷物が運び込まれた。


「ツーブロは行くの?」


「ワイは商売があるから行かん。なんや、もしや寂しのぉて、付いて来て欲しいんか?」


「良かった。道中が静かになりそう」


「最後まで可愛くないなー、ホンマの事、言ってええんやで」


「ホンマ清々するわー」


「なんやとワレ、海に沈めるぞ!」


「キャー、怖いわー」


 僕は大袈裟に叫び逃げ回る。

 そんなやり取りをするほど仲良くなったツーブロとは、ここでお別れのようだ。



 出航前に全員で並び最終確認。

 アルトが声を上げた。


「忘れ物なーし、体調よーし、心構えよーし、よーしよーし。

ではリーダー、一言」


 え?今まで一言なんてなかったのに、僕は戸惑いながらも話し始める。


「えー、本日はお日柄も良くー、お足元の悪い中ー、えー」


 そこでツーブロが突っ込む。


「天気良いのか悪いのか、どっちや!」


 船員も含め皆が笑ってくれるけど、ギャグをしたかったわけじゃない、至って真面目にやったのに。


「では気を引き締め直して、これから僕達はエルカトライトへ向かいます。

道中は危険な事もあるかもしれませんけど、一致団結して困難を乗り越えましょう。

また、船上では迷惑をかけないように、それと体調が悪くなったらすぐに申し出る様に、あとはー」


「長い!」


 そこでレナが話を遮る。


「あとはー、以上!」


 そして僕達は船に乗り込んだ。


 ツーブロに手を振られ、船が進み始める。

 そこにもう1人の影が加わった。


 誰だろう?迎えに来てくれる人に心当たりはない。

 よく見てみると、手を振っているのはバルトワさんだった。


 まさか乗っていなかったのか!

 レナはすぐに気づき、船員に船をバックさせるよう伝えるけど、バックは出来ない。

 船は大きく回り、バルトワさんを回収した。


「ガハハ、まさか置いて行かれるとは思ってなかったぞ」


 アハハ……僕達もまさか乗ってないとは思っていなかったぞ。


「大事な物を取りに戻っていた。乗り遅れてすまん」


 そう言って懐から取り出したのは、まだ温かい貝の形をした焼き菓子マドレーヌだった。

 もっとこう、最愛の人のペンダントとか、亡くなった友の防具とかであって欲しかった。


「やはり旅に菓子はかかせん。買い過ぎてしまったんだが、一緒に食わんか?船員の分もあるぞ」


 本当にお菓子好きなんだと再認識された。


 モグモグ。


 そんな理由で。


 モグモグ。


 乗り遅れるなんて呆れる。


 ゴクン。


 さあ、気を取り直して航海の始まりだ。

 順調に行けば、2日目にはエルカトライトに到着出来るだろう。


 ヨーソロー(直進)。



 やがてソルトフレートも見えなくなった。

 甲板では船員が、慌ただしく動いている。


 僕達に手伝えることはなさそうだ、と見守っていると、1人のずぶ濡れの船員がこちらに近づいて来るのに気付いた。

 まさか、海にでも落ちたのか?半裸姿だ。


 その船員は、さらに近づいて来る。


 1メートルほどしかない身長に、顔は青ざめ、手には杖の代わりだろうか、石の槍を持っている。

 上半身は緑の鱗の鎧を着用、下半身の大事な部分にも鱗と生足。

 随分と変わった船員だ。

 その時、バルトワさんが大声を上げた。


「皆の者、お客さんだぞ!」


 お客さんだったとは、僕は近づくと、客はよろめき槍を前に突き出し倒れそうになる。

 危ない刺さる所だったぞ!


 走って来たレナは、客にドロップキックをかました。


 お客様!?


「なにやってんの!マーマンよ、敵!」


 そこでやっと気が付く、マーマン(半魚人)だということを。


 ならば乗船拒否だ。


 すぐに甲板に登って来たマーマン達に斬りかかる。

 船首ではバルトワさんが、盾で突き飛ばし海に落としていた。

 レナは後方で相手をしている。


 船体にもしがみ付かれたようで、手すりから身を乗り出してみると、大量のマーマンが張り付いていた。

 カエデは残空で、アルトとサリアは魔法で、船員達は銛や弓で、それそれ攻撃をする。

 僕も手薄な場所に参加し、サンダーショットでマーマンを海に落とす。


 雷を嫌ってか、僕の場所から登ろうとする者はいなくなった。

 他の場所に向かう。

 鱗が硬いせいか残空、雷以外のアロー系の魔法は効果が薄そうだ。

 かといって効きそうなジャベリンを、この数、相手に撃つとなると魔力が足りそうにない。


 バルトワさんの大声が響く。


「チマチマするのは好かん!」


 そう言うや否や、重装備のまま海に飛び込んだ。

 まさかの捨て身とは、いくらタンクでも無茶だ。


「サモン、サキ!」


「はーい、マスター」


 念のためサキを呼び出し、すぐに救助に向かえる準備をする。


「マスター、何をすればいいの?船上でイケナイことしちゃう?」


 甘ったるい声で、僕の首に絡みつくように手を回すが無視。


 バルトワさんに大量のマーマンが群がって来た。

 周囲を埋め尽くすほどの数。

 まさか、本当に僕達のために身を捨てたのか。


「バルトワさーん!」


 そう叫んだ時だった。

 水面から顔を出した瞬間、わずかに声が聞こえる。


 「”ライトニングボルト”」


 その場に本物と変わらないほどの落雷が落ちた。

 まさかの自爆特攻!?


 雷にやられた大量のマーマンが、焼いた魚の香ばしい匂いと共に浮いてくる。

 僕はすぐにサキに叫んでいた。


「あの人を助けてあげて!」


 サキは一瞬、嫌な顔をしたが、マスターの命令は逆らえないようで飛んで行く。

 どうか無事であってくれ。

 そう願っていると、装備を脱いだバルトワさんが顔を出した。


「泳げんのだー、助けてくれー」


 とりあえずは生きているようだ。

 しかし、泳げないのに飛び込むとは無茶が過ぎる。


 サキに両手を持たれ、はりつけにされた人のようにダラーンとした状態で、甲板に落下させられるパンツ一丁のバルトワさん。

 僕はすぐにハイヒールを掛け、声を掛けていた。


「大丈夫ですか?」


「ガハハ、問題ない。どうだ、まさに一網打尽」


 サリアが体を確認している。


「火傷とかはなさそうね」


「痺れて危なかったが、雷耐性のある鎧で助かったか、あとは日頃鍛えていた体に感謝だ」


 鍛えても雷は防げないと思うんですけど……。

 アルトはタオルを渡すと顔を拭き始める。


「助かったから良かったものの無茶しすぎです」


「すまん。だが助けてくれると信じていた。持つべきものはやはり仲間」


 カエデは呆れた様に言う。


「とりあえず着替えてきたらどうだ?」


 パンツ一丁の姿にやっと気づいたのか。


「レディーの前で、これはすまん。では失礼してオート・イクイップメント」


 海中ではずしたはずの鎧が戻って来たのか、すぐに重装備に戻る。

 そして問題なく立ち上がり、船室へと入っていた。


 僕は首に纏わりつくサキを剥がす。


「頑張ったよマスター、ご褒美頂戴」


「はい、マドレーヌ」


「えー……。熱いキスがいいなー。食べるけど」


 そこにレナが加わった。


「はいはい、終わったらさっさと帰るー」


「あー、またお前か邪魔女!」


「あんたこそ何よ、痴女!」


「あったまきたー、今日こそ私の本当の恐ろしさを見せる時ね」


「面白いじゃないの、その力とやらを見せて貰おうじゃないの!」


 さて、問題は片付いた。

 僕は船の修理を手伝うことにしよう。


 船体にはあちこちに爪痕や槍の傷などが見られたが、航行不能のような傷は見当たらなかった。

 船は再び帆に風を受け進み始めた。


 恐ろしさを見せる、と意気込んだレナとサキの取っ組み合いは、いつのまにか終わり、女性陣はクイズ大会をし始めていた。


 レナは声を張り上げている。


「”オルトロス”でしょ!」


 サキは腰に手を当て舌を出し。


「冥府の番犬は”ケルベロス”でーす!」


 仲が良い事で。

 2人を放っておいて、船首で警戒に当たるバルトワさんの元へ、飲み物を届ける。


「異常はないですか?」


 飲み物を受け取りバルトワさんは兜を脱いだ。


「ない」


「疲れたら交代しましょう」


「うむ」


 飲み物に口をつけ。


「良い仲間を持ったな。笑いあえる仲間は貴重だ」


「はい。最高の仲間です」


「まあ、女性が多すぎる気がするが」


「うっ、それは流れで仕方なかったというか」


「ガハハ、気にするな、良いではないか華があって。

儂なんぞ男としか組んだことがないので、むさ苦しさで死ぬかと思ったぞ。

一度は女性を募集したが、だーれも集まらなかった」


 僕は苦笑いしか出来なかった。


「飲み物、馳走になった」


 それだけ言い、また前を見据えた。


 戻る途中、その貴重な仲間はというと。


 サキが大声で。


「はぁ!?私が天使の名前なんて知るわけないでしょ!」


「ミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエルでしたー、バーカ!」


「じゃあ、ソロモンの封印した72体の悪魔の名前は」


「はぁ!?そんないっぱい分かるわけないでしょ。サキは言えるの!」


「あ……言えないわ」


 低レベルの争いは、まだ続きそうだ。



 やがて陽も暮れ始めたけど、夜でも航行は続くらしい。

 新月の明かりでは、暗闇を進むことになる。

 あとは船乗りの経験と勘を信じよう。


 簡単な夕食をサキとバルトワさんを含め頂き、船室へと入る。


 しかし、そこは3段ベッドが2つ並んだ部屋で、寝るスペースは本当に1人分しかない。

 寝返りを下手に打とうものなら落下してしまいそうだ。


 もちろん他に部屋はない。

 諦め全員が入ると、室内は満杯になった。

 というかサキは戻ってもいいのでは?

 そう伝えたが「やだやだー、私だけ除け者なんてひどい」と駄々をこねられてしまった。


 どこに寝るかのベッド争奪戦と言う名のジャンケンが繰り広げられ、僕は最終的に残った一番上に眠ることになった。

 着の身着のままで横になると、やがて寝息も聞こえて来る。


 時折、女性のなまめかしい声も聞こえ、とてもじゃないが眠れそうにない。

 耳を塞ぎ、目を瞑り、やっと静かになったかと思うと、誰かの寝返りの音で目が冴える。

 さらには同じく最上段のサキが手を伸ばしてくる始末。

 その手を上手く躱し、寝たふりでやり過ごす。


 やがて疲れたのか、サキの手はベッドからダラーンとはみ出ていた。

 本当に眠りについたようだ。


 しばらく我慢していたが、もう限界だ。


 女性陣に近寄る。


 起こさないように、そっと手を伸ばし。


 毛布をかけ直す。

 

 風邪を引いてしまうではないか、全く!


 僕はそのまま甲板へと出た。


 甲板の上で大の字になると、満天の星空が良く見える。

 肌寒いけど、ここで寝るのもありかもしれない。


 そんな気分だ。


 そんな呑気な事を考えていると、船が揺れゴロゴロと転がってしまう。

 やはりここは無理だ。

 すぐに立ち上がろうとすると、もう1人転がって来て僕とぶつかってきた。


 痛い、重い、誰だ!

 バルトワさんだった。


「ガハハ、ここでは眠れんな!」


 同じような事を考えていたとは、バルトワさんは先に立ち上がり、僕に手を差し出す。

 手を取ろうとした時だった。

 奇麗な歌声が聞こえた気がし、誘われるように立ち上がり、手すりに手をかけ暗い海を覗き込む。


 船員の声が船上に響く。


「”セイレーン”だ、耳を塞げ!」


 セイレーンはたしか、上半身が人間で下半身は魚の亜人種。

 人魚と酷似しており、違いと言えば背中に羽が生えているくらいだ。

 その歌声は人を魅了し、海に引きずり込むという特徴があったはず。


 隣にいたバルトワさんも手すりにつかまり、海に手を伸ばしていた。

 魅了されている。

 すぐに後ろから羽交い絞めにするが、物凄い力で跳ねのけられた。

 船員も加わり、バルトワさんを抑え込むが、動きを止められない。


 応援を呼んでは、その人も魅了されてしまうかもしれない。

 そうなれば、元を断つ。


 僕は歌声がした方を心眼を使い見た。


『度重なる魅了を受け、魅了耐性を獲得』


 久々のリトルライブラリの声、説明が多くなってきている。


 「フラッシュ」を使い、わずかながらでも明かりを点ける。

 一瞬だが50メートルほど先に、海面に浮かぶ奇妙な物体を確認。

 あとはジャベリンが使えれば届くのだが。


『投擲要望、規定値を確認、”サンダージャベリン”を獲得』


 それに狙いを定めた。


「サンダージャベリン!」


 雷の槍が手元に出現し、助走をつけ投擲する。

 命中したのかは分からないが、歌の途中で悲鳴が聞こえた気がした。

 奇妙な物体も姿を消している。


 歌が止んだことを確認し、バルトワさんをすぐに見る。


 意識を失っているけど、呼吸もしているし、心臓もちゃんと動いている。

 すぐに気付けを行うと、意識を取り戻した。

 頭を押さえ、何があったか分からないというような表情をしている。

 セイレーンに魅了されていたことを告げると、納得したように無言で頷いた。


 肩を貸し船室まで連れて行き横にならせると、疲れからだろうか、すぐに眠りについた。


 まさか夜の海でも危険な目に合うなんて、前途多難な航海だ。

 僕も船室に戻ると、今度はすぐに眠りにつけそうだ。


 もしかしたら、魅了耐性で女性を気にしない体質になってしまったのかもしれない。

 それはそれで男性としてどうなのだろう。


 眠れるならのなら、まあ、いっか。



 次の日の朝。

 天気は快晴、風向きも良し。


 夜にも進んだおかげか、首都まで続く大河の目前まで辿り着いていた。

 流れ穏やかな川だけど、ここからは下流から上流へと向かう。

 もちろん風頼りだけではない、人力と、必要ならば馬に引いて貰う事になる。

 元気になったバルトワさんは押す気だったようだが、流石に船は押せないだろう。


 大河は川幅も広く、十分な深さもあり、船が座礁する心配はないそうだ。

 ただ、進み方は遅い。

 今は風が上流へと拭いてくれているが、それでも川の流れに逆らうのだ、減速は致し方ない。


 帆にウインドバーストでも当ててやろうか、と思ったけど、帆が破れては困るので諦める。

 川の流れが急な場所では、人力での漕ぎと馬力で引いていく。


 歩いた方が早いのでは?と思う速度だが船を見捨てては行けない。

 僕とバルトワさんも長いオールを漕ぎ加勢に加わる。

 女性陣は食事の準備や飲み物を配ったりと、そちらも忙しそうだ。


 やがて両腕がパンパンになる頃、やっと首都に辿り着くことが出来た。


 もう航海は嫌だ、と後悔したのは言うまでもない。

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