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女神温泉

 看板の通りに森の中を進むと、硫黄の独特の臭いが漂って来た。

 まさか本当にあるとは、そこには湯気が立っている温泉があった。


 人工的に岩で囲まれた風呂に、お湯が上流から流れてくる。

 どうやら源泉掛け流しのようだ。


 手を入れてみると、ちょうど良い湯加減。


 まさか離島サバイバルで、温泉に巡り合えるとは思ってもみなかった。

 だが、目的はこれじゃない。

 女神に会うために、僕は死ぬ思いをしてここまで来たのだ。

 それを忘れてはいけない。


 いけないんだけど。


 周囲を見渡し誰もいないことを確認する。

 ここまで辛い思いをしたのだから、少しくらい休みをとっていいのではないか。

 そうだ、これはご褒美なのだ。


 誘惑に負け、僕は服を脱ぎ始める。


 全裸にタオル一丁姿で、いざ温泉へ。

 かけ湯をし足を入れると、痺れるような感覚だけど麻痺ではない。

 凍えた体に染みわたっているのだ。


 そして全身が浸かると、知らずにため息が出る。


 嗚呼。


 至福。


 冒険がてらに秘湯探しも悪くないなー。

 のほほんとした事を考えてしまうほど心地よい。


 温泉は乳白色で濁り、泥が沈殿し、タオル無しでも僕の下半身の象さんは隠せそうだった。

 タオルを取り岩の上に置き、枕変わりにし横になる。

 体が浮き、危なく象さんが顔を出してしまう所だった。

 誰もいないのに、あわてて腰を沈める。


 体が温まって来た所で、サキを呼ぶことにした。


 ムフフ、混浴♪とやましい事を考えたわけではない。

 この温泉を独り占めするのも悪いし、ねぎらいをするのは当然だろう。


 本当です。


 サキが現れると、目の前の温泉に驚いていた。


「お、温泉だー!」


 どうやら温泉は魔族も大好きなようだ。


 僕は腰にタオルを巻き、木の下にバスタオルで簡易的な仕切りを作ってあげる。

 湯船に戻ると、布が擦れる音が聞こえて来た。

 いけない事をしているようでドキドキしてしまう。


「マスター、覗かないで下さいね」


「覗かないよ!」


「本当に覗かないで下さいね」


「覗かないって!」


「絶対の絶対に覗かないで下さいね!」


「しつこい!」


 そんなやり取りをしていると、サキがバスタオルを巻いて登場する。


「本当に覗かないとは、がっかりを通り越して呆れました」


 まさか覗いて欲しかったとは、それならば。


 ぐへへ、今からでも遅くないだろうがぁ、温泉にタオル?そんな無粋な物は排除だぁ!

 と野蛮なことは決してしません。

 紳士で真摯に対応します。


「足が滑るから気を付けてね」


「そこまでおっちょこちょいじゃなキャー!」


 そう言っているそばから足が滑り、サキはサマーソルトを決めて入湯した。

 斬新な入り方だ。

 ちなみにタオルは死守していたので何も見えていないよ。


 サキが頭だけを出し、唇を突き出し不機嫌な顔をしている。

 だけど温泉の効果だろうか、しだいに顔が自然とほころぶ温泉マジック。


 僕はタオルを絞り呟いた。


「はー、極楽、極楽」


 そんな言葉がつい出て来るけど、極楽ってなんだろう?と正直に思う。

 昔から伝わってきた風呂での決まり文句のようなものだ。

 気にする必要はないか。


 サキは逆に。


「はー、地獄、地獄」


 と湯船に浸かり、だらしない顔つき。

 そのまま湯船に溶けて行ってしまいそう。


 気分も良くなってきたので、会話がはずむ。

 僕は顔に泥パックをしながら話し始める。


「はぁー、生き返るー。ここまで散々な目に合ったけど、そのおかげで格別に感じる」


「ですねー、まあ、私は寝てただけですけど、温泉最高」


「え?昨日はいつ寝たの?」


「マスターが寝て、色々悪戯してからすぐに。あ、すいません」


「悪戯って何を!?」


「頭をナデナデしたり、耳をいぢったり、唇をプニプニしたくらいです。

それ以上はしてません、我慢しました!えらい?」


 えらくはない。

 それで我慢したと言えるのだろうか、寝ている間にそんな事をされていたとは。


「それで気持ちよさそうに寝てるのを見てたら、自分も温かくなってきて、つい。

”ナイトメア”さんも言ってましたが眠気は伝染しますね」


 ナイトメアとは悪夢を見せるモンスターのことだ。

 それはさておき、まさか速攻で寝ていたとは思いもしなかった。


「とにかく、寝ている間に触ったりは駄目だから!」


「はい。今度は起きているときに正々堂々します!」


 そういう意味で言ったんじゃないんだけど。



 ふいに一陣の風が吹いた。

 サキの髪がべったりと顔に張り付き、かき分けている。

 その後ろにいつのまにいたのだろう、人影が見えた。


 影はゆっくりとこちらに歩き、やがて姿がはっきりと見えて来た。


 長身で180cmはある美しい女性が、そこには立っていた。

 赤と青い瞳のオッドアイで、目鼻立ちがはっきりとし、小顔な女性は人間で20歳頃に見える。

 銀髪がお尻までストレートに伸びていた。


 服装は王女が着るような立派な純白のドレスで、胸元には豊満な胸に赤いリボン。

 長袖のドレスは袖がラッパ状に広がり、そこから白い指がわずかに見えている。

 下は、これでもかと、ひだが多く長いスカート。

 そんなにいらないと思うほど長すぎるけど、魔法で浮いているのか、地面についていない。

 同じく魔法で浮いているのか、シルクのレースのような羽衣が、体の周りを浮遊していた。

 

 人間でと言ったのは、そのあまりの美貌が人間とはとても思えなかったのと、ここが女神の温泉であるからだった。

 さらにここは無人島、わざわざ温泉に来る人は、まずいないだろう。


 女性はどこからともなくおうぎを取り出し口元に当てた。


「侵入者がいるから来てみれば。人の子よ、どんな死に方をしたい?」


 いきなりの殺人予告に唖然とした。

 僕は慌てて事情を説明する。


「すみません!美の女神に会いに来たのですが、温泉を見つけて休みを頂いておりました。

そこに現れた貴女様が大変美しく、もしや美の女神様を越える逸材ではないかと見惚れております」


 女性は笑う。


「フフフ、わらわが、その美の女神じゃ。

それを妾より美しいと表現するとは、なかなかに愉快。話を続けることを今しばし許そう」


「機会を与えて下さり感謝します。

まさか貴女様が女神様だったとは、想像以上の美しさに戸惑っております」


「それ以上の世辞は良い。立ち話もなにか、久しぶりにこんな地まで赴いたのだ、妾もひと風呂浴びるとしよう」


 まさかの女神との混浴に驚く、神と魔と人が揃ってしまった。


 女神は指をパチンと鳴らすと、ドレスが下から消え始める。

 いきなりの事態に目を閉じることが遅れたけど、羽衣が丁度良く隠してくれていた。


 女神はゆっくりと湯に浸かる。

 サキは恐れ多いのか、僕の隣に移動して来た。

 どさくさに紛れ、腕を組んでいる。


 まさかの状況に陥ってしまった。

 願わくば、粗相を犯し乳白色の温泉が真っ赤に染まらない事を祈ろう。


 女神は一息つき話し始めた。


「して、妾に用とは?」


 僕はここで起こったことを話す。


 昔、この付近でパンツを盗ってしまったこと、そのパンツが体の中に消えてしまったこと。

 そのためか、パンツを見ることでレベルアップすることなど。

 下着の形状は覚えていなかったけど、出来る限り詳細に状況を説明した。


 その話を聞き、女神は微笑んでから返す。


「ふむ、心当たりがある。たしかに昔、百合の女神から貰った下着がなくなった事があったな」


 花の女神だろうか、考えていることを読まれたのか女神は付け加える。


「花ではない。まあ、俗に言う女性なのに、女性を好む者の隠語だな」


「その女神様はどちらに?」


「久しく会ってない。それこそ数百年単位。

どこかで野垂れ死んでいるか、天界で余生でも過ごしているか、今となっては分からぬ」


 せっかくここまで来たのに。

 元凶の女神が行方不明だなんて、僕は項垂れる。


「そこまで残念がることでもない、仮にも妾も女神。呪いならば解くことも容易いであろう」


「本当ですか!?」


 僕は顔を上げ、女神の方を見る。

 豊満な胸が浮かんでいるのに気づき、咄嗟に焦点を顔に合わせた。


「うむ。ただし、妾の手を煩わせるのじゃ、タダと言うわけにはいかぬの」


 今こそ宝石が役に立つときか、僕は祖父から貰った宝石を取り出し見せる。


「宝石か、悪くはないが」


 しかし、反応は今一つのようだ。

 困っていると、女神から提案してくる。


「酒はないか?」


 僕は祖父から貰ったアイテムを思い出してみる。

 たしか消毒用と薬用のアルコール度数が高いお酒はあったはずだ。

 その一つのラム酒を手渡した。


 いつの間にか手にはグラスを持ち準備万端。

 蓋を開けグラスに注ぐと、トクトクという小気味良い音が聞こえる。

 続いてグラスの上に氷が出現した。

 無詠唱で氷を出したようだ。


 氷がグラスに落ちると、今度はカランと音を響かせる。

 そしてまさかの一気飲み。


「うむ。美味い酒だ。悪くない」


 まさかの酒豪だったとは。


 女神は機嫌が良くなったのか、僕に近づくよう指示する。

 恐る恐る近づくと、アイアンクローで顔を鷲掴みされた。

 このまま握りつぶされてしまうのでは、という不安が頭をよぎる。


 女神はしばらくして、手を離した。


「呪いと言うよりは、加護を装備した形になっておる。

おそらくステータス上昇の効果と、覚えられるスキルを強く願えば得られるじゃろう」


 僕の特性を見事に言い当てた。

 どうやら間違いはないようだ。

 でも、どうして加護なのだろう?


「本来であれば、その呪いは下着泥棒のやましい心に反応するタイプ。

盗んだ者に対して発動したが、そなたの心が奇麗だったので不発に終わったようじゃ。

じゃが、呪いのプライドもあったようで、ギリギリでパンツを見る事でしか、経験値が入らないようにはできたみたいじゃ」


 呪いにもプライドがあったなんて初耳だ、意思でも持ってるの?

 というか、諦めてくれれば良いのに、そんな下らないモノのために、こんなに悩まされる僕の身にもなって欲しい。


 僕はお願いする。


「呪いを解いて欲しいのですが!」


 女神はグラスに酒を注ぎ直し、あっさりと答える。


「無理、長年にわたり呪いと加護が魂魄レベルで結合してしまっておる。

解こうとすると、ステータス上昇の加護も消え、衰弱死するであろうな」


 ……。


 言葉を無くした。

 まさか解けない状態になってしまっていたなんて、あまりにも酷い。


「どうにかなりませんか!?」


「受け入れるしかないのー、そもそもレベルなんて飾りじゃぞ?」


「いえ、人間界ではレベルで地位や名誉が得られるんです。決して飾りじゃないんです」


「下らぬな。それならばパンツを見まくって、上げれば良いではないか」


「そんなことをしたら捕まっちゃいます」


「ならば、そのレベルの概念を打ち砕く気概くらい持て、以上」


 もう世界に浸透してしまっているレベル主義を、個人で覆せるとは思えない。

 ここで僕は改めて考えてみた。


 そもそも僕は地位や名誉が欲しいのか?

 答えは否だ。

 現時点で困っているのは、依頼が限定されるのと、高価な店に入れないだけ。


 それよりも、心躍り胸弾ませるような冒険が出来れば良い。

 今回、この温泉を見つけたような程度の幸せくらいで。


 吹っ切れた気がした。

 僕は真剣な顔で、女神に感謝を告げる。


「ありがとうございました。はっきりと言って貰えて良かったです」


 女神は瓶に口をつけ、豪快に酒を一気に飲み干した。


「ふむ。良い顔になったようじゃな」


 感謝の気持ちに、今度はブランデーを手渡した時だった。

 乳白色の湯で気付かず、女神の細い腕に手が触れてしまった。


 心臓の鼓動が早くなる。

 顔が赤くなっているかもしれない。

 まさか、僕は……。


 僕は大きな声を出してしまっていた。


「すみません!もう我慢できないです!」


 女神は悪戯な表情に変わる。


「ふふ、まさか発情したのか?そなたもやはり男だったか、人との交わりなどいつ以来じゃろう」


 そう言って僕の首筋を指でなぞる。

 もう、駄目だ。


「我慢できないので、お先に失礼します!」


 すぐに風呂からあがり、岩の上に座り込む。

 長湯し過ぎて頭がボーっとし始めていた。

 これ以上入っていたら、倒れていたかもしれない、危なかった。


 女神はポカーンとした表情で、口を開けたまま硬直している。

 どうしたのだろう?

 そう言えば頭がぼんやりしていて、良く聞いていなかったけど、何か言っていたような。


 心配してくれたサキが近寄り、タオルで風を送ってくれる。

 涼しくて気持ちいい。


 女神は面白かったのか、突如、大声で笑い始めた。


「あはは、面白いヤツじゃ。殺すのは止めにしておこう。

供物の酒も頂いたことだし、ここに入った事は許す」


 最終的には殺すつもりだったの!?

 まさか命の危険が続いていたなんて。

 と、とりあえずは助かったみたいだ。


 女神は続ける。


「しかし、妾の美貌に惑わされんとは、その娘のように貧相な体の方がタイプなのか?」


 貧相と言われ怒ったサキは、女神に食って掛かる。


「普段はこんな体だけど、魔力が溜まれば負けないほどのナイスバディになれるんだから!」


「悪いとは言っておらぬ。どっちが好みかによるではないか」


 サキは僕の方を見る。


「マスター、どっちが好きなんですか?」


 いきなりの質問に戸惑う。

 タイプと言われても。

 僕がある人物を思い描いていると、女神が頭の中を読んだのか。


「なるほど、これがそなたの思い人か」


「ちょっと!勝手に頭の中を覗かないで下さい!」


 気になったサキは、僕の肩を揺さぶる。


「え?誰なんですか?小さい私?大きい私?それとも中間?」


「い、いや、普通の子かな」


「普通。中間の私か」


 サキは自分限定で考えているようだ。


 満足したのか女神も風呂から上がる。

 再びドレスを纏うのかと思ったけど、湯上りだからかタンクトップにショートパンツのラフな格好になった。

 先ほどの姿とのギャップが激しい。


「久しぶりに楽しめた。して、これからどうするつもりじゃ?」


「待っていてくれる仲間の元に帰ります」


「うむ。まずは思い人を安心させてやるのがよかろう」


 もー、思い人とかじゃないのに。


 僕は頬を膨らませながら、野営の準備に入る。

 でも、ここは安全なのだろうか、不安になっていると女神が答えてくれる。


「安心せい。ここは聖域で守られておる。例えルフが襲って来ても入れぬ」


 あんなシャボン玉のような壁で?半信半疑だったけど、女神が言うのなら本当なのだろう。

 ならばと薪も出し、夜は冷えそうなので火を焚く準備もする。


 続いて食事の準備をしていると、岩の上に座り込み、頬杖をついたままの女神が気になり、僕は聞いていた。


「あのー、どうかしましたか?」


「供物を待っておる」


 まさか食べて行くつもりなのか。

 豪勢な食事は出せないのだけど、怒らないだろうか心配になる。


「えーっと、苦手な食べ物とかあります?肉は駄目だとか?」


「ないが、出来れば酒のつまみになるものが良い」


 とりあえずはステーキを焼き、サイコロ状に切り分ける。

 それを女神の目の前でパンパンと手を叩き供えてみる。


「なんじゃ、その柏手かしわでは?」


「えーっと神様にお供えするときの作法では?」


「ふーん、そんな物があるのか知らなかったぞ」


 なかったのか。

 僕の宗教観が崩れていきそうだ。

 

 サキは自分で肉を焼いて食べている。

 僕も遅れて食事を摂った。



 食事の後片付けも終わり、寝袋を敷いて行く。

 広い場所で寝られるので、サキの寝袋は遠めに置こう。


 気になるのは、ブランデーをチビチビ飲みながら、まだ居座っている女神だ。

 時折、こちらをチラ見しているのが気になった。

 暇なのだろうか?


「あのー、僕達はこれから寝ますが?」


「なんじゃ、もう寝るのか?」


「はい、疲れてますし」


「少しは妾を楽しませよ」


 単刀直入に聞いてみる。


「もしかして暇なんですか?」


「うっ。そうとも言う」


「早朝には出発しないといけませんし」


「なら、転移で送ろう。それなら余裕は出来るじゃろ」


 どんだけ暇つぶしをしたいのだろう。

 でも転移して貰えるのはありがたい。

 仕方なく僕達はしばらく女神に付き合うことにした。


 これまでの冒険の話や、他愛もない出来事。

 サキは魔界での話や、悪魔ジョークを話している。

 どんなジョークかって?高度過ぎてとても理解できない内容だ、とだけ言っておこう。


 話の成り行きで、祖父の話をしたとき、女神の表情が変わった気がした。

 神妙な面持ちで話は始める。


「ゴウガか、まだ生きておったとは」


「祖父を知ってるんですか!」


「ああ、変わり者でな。最強に近い力を手に入れたせいか、人間界ですることもなくなって、一時は天界をも騒がせた迷惑なヤツじゃ」


 こんな所で祖父の話を聞けるとは嬉しい。

 話に耳を傾ける。


「とにかく女癖が悪くてな、手当たりしだいに告白してはフラれておったらしい、妾もその一人じゃったが。

そうか、そなたの祖父だったか。それにしては似ておらんの。まあ、性格は似ないで良かったか」


 女神は続ける。


「面倒くさい、なるようになる、が口癖で特に人間界では何もしておらん。

本気を出せば勇者になれる素質は、十二分にあったはずじゃが」


 それであんなに凄い祖父が、無名なままだった理由が分かった。

 まさか天界で迷惑をかけていたなんて、そこは孫として謝りたい。


「祖父が迷惑をかけたようで、本当にすいません」


「そなたが謝る事ではない、特に当時は平和だったからの、刺激があって暇つぶしにはちょうど良かった」


 その後も祖父の武勇伝を聞き、誇らしくなる。


 そうこう話をしていると、辺りはすっかり真っ暗になっていた。

 サキはいつのまにか、寝息を立てて寝てしまっている。

 寝袋が近くに寄せられていたので、僕のを離し直す。


 女神は満足したのか。


「すっかりと夜が更けてしまったか」


「貴重な話をありがとうございます」


「うむ。そなたもそろそろ眠かろう、あとは」


 そう言って女神は頭上に手を伸ばした。

 キュウがアイアンクローで、鷲掴みにされ登場し驚く。


「なんだ、この姉ちゃん。無理やり空間から引っ張り出されたぜ!」


「ふふ、妾の目を誤魔化せると思うたか。残りはこの奇妙なヤツから話でも聞こう」


 キュウは顔をしかめっつらの表情に変え。


「えー、めんどくせぇ」


「捻りつぶすぞ?」


「怖ぇよ。分かった。と言っても話すことなんてないぜ。俺のお勧めの本でも読む?」


「本か悪くない」


 キュウは本と残りの酒を取り出してあげていた。

 しかし、その酒はマムシ酒、女神の口に合うかどうか不安だ。


 気にすることなく飲み始める。

 酒ならなんで良さそうだ。


 僕は横になって思い出す。


 ああ、そう言えば今日は僕の誕生日だったか。

 大変過ぎて忘れていた。

 お祝いする雰囲気でもないし、わざわざ言う事でもないだろう。


 ハッピーバースデー僕。


 心の中で呟き。


 僕はやがて眠りについた。



 目覚めると、ずっと本を読み続けていたのだろうか、女神の横には本が積まれていた。

 さらに酒も追加したのか、から瓶が散乱している。


 女神がずっと見守っていてくれたとは、こんな貴重な経験は2度とないかもしれない。


 起き上がり足元に大きい物があるのに気付いた。

 1メートルの高さのあるそれは、白い岩にも見えたが、そうではない。

 卵のような形状をしており、目を擦り再度確認してみると女神の声が聞こえる。


「朝食用の卵じゃ。朝の供物は卵焼きを頼む」


 僕が逃げるだけで精一杯だったルフから卵を盗って来るとは、流石は女神。

 しかし、こんな大きな卵どうすれば?

 何人分あるんだろう、とてもじゃないけど1日では食べきれない量になりそうだ。


 卵の上部を剣で叩き割って行く。

 硬い、まるで岩を叩いているようだ。

 何度か剣を振って、やっと割ることが出来た。


 卵の中身を入れる器がないので、木の皮をむいた棒を直接入れかき混ぜる。

 適度にかき混ぜたら、卵をすくいフライパンで焼いていく。

 香ばしい匂いがしてきた。


 女神は今か今かと焼けるのを待っている。

 匂いにつられたのか、いつのまにかサキも正座をし、皿の準備をしていた。

 手伝ってはくれないらしい。


 味付けなしの卵焼きを、まずは女神にお供えする。

 一口食べて感想を口にする。


「うむ。濃厚でやはり美味い」


 サキにも渡し。


「美味しい。大きい卵なのに味がしっかりしています」


 僕も食べてみた。


「鶏の卵とは全然違いますね。濃厚でしっかりとした味わいに、野性味が加わったような。

でも、それは決して邪魔ではなく、むしろ味を引き立てている」


 最高だ。

 祖父が求めていただけの味はある。

 これなら全て食べられる。


 はずはなかった。


 女神は2皿でギブアップし、サキと僕も3皿で諦めた。

 味変あじへんをする調味料や食材も少ない。

 かといって残すのはもったいない。

 出来るだけ卵を焼き、あとはアイテムボックスで保存しようと思う。

 皆にも良いお土産が出来そうだ。


 料理の片づけをし、合流するまで時間はある。

 空いた酒瓶に温泉の湯の花を入れて行く。

 これで温泉気分を味わえるはず。

 予想外の収穫に顔が微笑む、冒険の醍醐味だ。


 時間にまだ余裕があったので、名残惜しむように朝風呂に入る。

 今度は混浴ではない、僕が収穫をしている間に女性陣には入って貰っていた。


 風呂が空いていたので入らせて貰う。

 野宿で冷えた体が温まる。

 悪くない1日の始まり、活力がみなぎる。


 武器防具の確認を終え、転移の時間になる。

 午後までにはまだ早いが、時間通りに島に辿り着くとは限らない。

 早めに崖で待機していた方が、良いとの判断だ。


 女神は転移ゲートなるものを開く、ここに入れば合流地点に辿り着けるとのこと。

 僕は頭を下げる。


「ありがとうございました。お話が出来て良かったです」


 女神は微笑み。


「妾も久しぶりに楽しめた。また来るが良い、その時には酒を多めに頼むぞ」


「えー、ルフのいる島にですか?」


 こんな危険な島は二度と御免なのだが。

 女神は扇を僕の顔に突き付けて言い切る。


「ならばルフにも恐れぬ力を手に入れれば良い。

それくらいの気概がなしに、冒険とは笑止ぞ、フフフフフ」


 笑止なのに笑っているし。

 ルフにも負けない力か、僕に得られるだろうか、せいぜい頑張ろう。


「それでは」


 僕は手を振りゲートに入る。


「うむ、気を付けて行け」


 ゲートに入り体が光に包まれると、もうそこは合流地点だった。

 上空を警戒しマップを確認する。


 どんぴしゃだ。


 流石は女神の転移、誤差がほとんどないとは、祖父の危険な転移とは大違いだ。

 いや、祖父はわざとかもしれないが。


 念のために海岸に棒を立て、そこにタオルをかけておく。

 これで人がいることを確認して貰えるだろう。


 あとは岩場で隠れそうな場所に潜む。

 フナムシが大量に出てビックリしたが害はない。

 お邪魔します、と中に入るとヤドカリやイソガニもいるようだ。

 しばしの新しい仲間が、また見つかった。


 やがて陽は高くなり、予想では午後の時間帯だ。

 今日はまだ、ルフの姿は一度も見ていない。


 天気は相変わらずの曇りだが、風が南に向かって吹いているのが気になる。

 島に向かうには逆風、予定時間より遅れることもありそうだ。


 それから待つこと小一時間、船が一隻見えた。

 見間違うはずもない、僕が乗って来た船だ。


 僕は手を振ると気づいてくれたのか、船はこちらに近づいて来る。

 そして接岸し、ボートが出された。


 届きそうな距離になり、ウィンドバーストで飛び乗るが、勢い余ってボートにいた人物、レナの胸に飛び込んでしまう形になってしまった。


 また、怒られてしまう。

 あたふたとしていると、予想に反して逆に強く抱きしめられた。

 レナは泣いていた。

 随分と心配をかけさせてしまった。


「ごめん」


 その言葉しか出なかった。

 他に掛けれる言葉が見つからなかった。


 レナは鳴き声で。


「ごめんじゃすまないわよ」


 とだけ。

 ロープが引かれ、ボートは船へと戻って行く。


 船上にあがると、甲板には皆が揃っていた。


 アルトは泣きそうな顔で「おかえりなさい」とだけ。


 カエデは「お疲れ様」と素っ気ない。


 サリアは「亡霊やゾンビじゃないわよね?」と死人扱いしている。


 締めくくるようにツーブロは叫ぶ。


「よっしゃ、積もる話もあるかもしれへんけど、まずはこの危険な場所からおさらばや」


 その言葉を待っていた、早く帰りたい乗組員達が帆を大急ぎで広げる。

 帰りは追い風、船はどんどん島から離れて行く。


 名残惜しい気持ちはある。


 今度はもっと強くなり、必ずまた皆でここへ。


 こ、混浴したいわけじゃないよ!

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