女神温泉
看板の通りに森の中を進むと、硫黄の独特の臭いが漂って来た。
まさか本当にあるとは、そこには湯気が立っている温泉があった。
人工的に岩で囲まれた風呂に、お湯が上流から流れてくる。
どうやら源泉掛け流しのようだ。
手を入れてみると、ちょうど良い湯加減。
まさか離島サバイバルで、温泉に巡り合えるとは思ってもみなかった。
だが、目的はこれじゃない。
女神に会うために、僕は死ぬ思いをしてここまで来たのだ。
それを忘れてはいけない。
いけないんだけど。
周囲を見渡し誰もいないことを確認する。
ここまで辛い思いをしたのだから、少しくらい休みをとっていいのではないか。
そうだ、これはご褒美なのだ。
誘惑に負け、僕は服を脱ぎ始める。
全裸にタオル一丁姿で、いざ温泉へ。
かけ湯をし足を入れると、痺れるような感覚だけど麻痺ではない。
凍えた体に染みわたっているのだ。
そして全身が浸かると、知らずにため息が出る。
嗚呼。
至福。
冒険がてらに秘湯探しも悪くないなー。
のほほんとした事を考えてしまうほど心地よい。
温泉は乳白色で濁り、泥が沈殿し、タオル無しでも僕の下半身の象さんは隠せそうだった。
タオルを取り岩の上に置き、枕変わりにし横になる。
体が浮き、危なく象さんが顔を出してしまう所だった。
誰もいないのに、あわてて腰を沈める。
体が温まって来た所で、サキを呼ぶことにした。
ムフフ、混浴♪とやましい事を考えたわけではない。
この温泉を独り占めするのも悪いし、ねぎらいをするのは当然だろう。
本当です。
サキが現れると、目の前の温泉に驚いていた。
「お、温泉だー!」
どうやら温泉は魔族も大好きなようだ。
僕は腰にタオルを巻き、木の下にバスタオルで簡易的な仕切りを作ってあげる。
湯船に戻ると、布が擦れる音が聞こえて来た。
いけない事をしているようでドキドキしてしまう。
「マスター、覗かないで下さいね」
「覗かないよ!」
「本当に覗かないで下さいね」
「覗かないって!」
「絶対の絶対に覗かないで下さいね!」
「しつこい!」
そんなやり取りをしていると、サキがバスタオルを巻いて登場する。
「本当に覗かないとは、がっかりを通り越して呆れました」
まさか覗いて欲しかったとは、それならば。
ぐへへ、今からでも遅くないだろうがぁ、温泉にタオル?そんな無粋な物は排除だぁ!
と野蛮なことは決してしません。
紳士で真摯に対応します。
「足が滑るから気を付けてね」
「そこまでおっちょこちょいじゃなキャー!」
そう言っているそばから足が滑り、サキはサマーソルトを決めて入湯した。
斬新な入り方だ。
ちなみにタオルは死守していたので何も見えていないよ。
サキが頭だけを出し、唇を突き出し不機嫌な顔をしている。
だけど温泉の効果だろうか、しだいに顔が自然とほころぶ温泉マジック。
僕はタオルを絞り呟いた。
「はー、極楽、極楽」
そんな言葉がつい出て来るけど、極楽ってなんだろう?と正直に思う。
昔から伝わってきた風呂での決まり文句のようなものだ。
気にする必要はないか。
サキは逆に。
「はー、地獄、地獄」
と湯船に浸かり、だらしない顔つき。
そのまま湯船に溶けて行ってしまいそう。
気分も良くなってきたので、会話がはずむ。
僕は顔に泥パックをしながら話し始める。
「はぁー、生き返るー。ここまで散々な目に合ったけど、そのおかげで格別に感じる」
「ですねー、まあ、私は寝てただけですけど、温泉最高」
「え?昨日はいつ寝たの?」
「マスターが寝て、色々悪戯してからすぐに。あ、すいません」
「悪戯って何を!?」
「頭をナデナデしたり、耳をいぢったり、唇をプニプニしたくらいです。
それ以上はしてません、我慢しました!えらい?」
えらくはない。
それで我慢したと言えるのだろうか、寝ている間にそんな事をされていたとは。
「それで気持ちよさそうに寝てるのを見てたら、自分も温かくなってきて、つい。
”ナイトメア”さんも言ってましたが眠気は伝染しますね」
ナイトメアとは悪夢を見せるモンスターのことだ。
それはさておき、まさか速攻で寝ていたとは思いもしなかった。
「とにかく、寝ている間に触ったりは駄目だから!」
「はい。今度は起きているときに正々堂々します!」
そういう意味で言ったんじゃないんだけど。
ふいに一陣の風が吹いた。
サキの髪がべったりと顔に張り付き、かき分けている。
その後ろにいつのまにいたのだろう、人影が見えた。
影はゆっくりとこちらに歩き、やがて姿がはっきりと見えて来た。
長身で180cmはある美しい女性が、そこには立っていた。
赤と青い瞳のオッドアイで、目鼻立ちがはっきりとし、小顔な女性は人間で20歳頃に見える。
銀髪がお尻までストレートに伸びていた。
服装は王女が着るような立派な純白のドレスで、胸元には豊満な胸に赤いリボン。
長袖のドレスは袖がラッパ状に広がり、そこから白い指がわずかに見えている。
下は、これでもかと、ひだが多く長いスカート。
そんなにいらないと思うほど長すぎるけど、魔法で浮いているのか、地面についていない。
同じく魔法で浮いているのか、シルクのレースのような羽衣が、体の周りを浮遊していた。
人間でと言ったのは、そのあまりの美貌が人間とはとても思えなかったのと、ここが女神の温泉であるからだった。
さらにここは無人島、わざわざ温泉に来る人は、まずいないだろう。
女性はどこからともなく扇を取り出し口元に当てた。
「侵入者がいるから来てみれば。人の子よ、どんな死に方をしたい?」
いきなりの殺人予告に唖然とした。
僕は慌てて事情を説明する。
「すみません!美の女神に会いに来たのですが、温泉を見つけて休みを頂いておりました。
そこに現れた貴女様が大変美しく、もしや美の女神様を越える逸材ではないかと見惚れております」
女性は笑う。
「フフフ、妾が、その美の女神じゃ。
それを妾より美しいと表現するとは、なかなかに愉快。話を続けることを今しばし許そう」
「機会を与えて下さり感謝します。
まさか貴女様が女神様だったとは、想像以上の美しさに戸惑っております」
「それ以上の世辞は良い。立ち話もなにか、久しぶりにこんな地まで赴いたのだ、妾もひと風呂浴びるとしよう」
まさかの女神との混浴に驚く、神と魔と人が揃ってしまった。
女神は指をパチンと鳴らすと、ドレスが下から消え始める。
いきなりの事態に目を閉じることが遅れたけど、羽衣が丁度良く隠してくれていた。
女神はゆっくりと湯に浸かる。
サキは恐れ多いのか、僕の隣に移動して来た。
どさくさに紛れ、腕を組んでいる。
まさかの状況に陥ってしまった。
願わくば、粗相を犯し乳白色の温泉が真っ赤に染まらない事を祈ろう。
女神は一息つき話し始めた。
「して、妾に用とは?」
僕はここで起こったことを話す。
昔、この付近でパンツを盗ってしまったこと、そのパンツが体の中に消えてしまったこと。
そのためか、パンツを見ることでレベルアップすることなど。
下着の形状は覚えていなかったけど、出来る限り詳細に状況を説明した。
その話を聞き、女神は微笑んでから返す。
「ふむ、心当たりがある。たしかに昔、百合の女神から貰った下着がなくなった事があったな」
花の女神だろうか、考えていることを読まれたのか女神は付け加える。
「花ではない。まあ、俗に言う女性なのに、女性を好む者の隠語だな」
「その女神様はどちらに?」
「久しく会ってない。それこそ数百年単位。
どこかで野垂れ死んでいるか、天界で余生でも過ごしているか、今となっては分からぬ」
せっかくここまで来たのに。
元凶の女神が行方不明だなんて、僕は項垂れる。
「そこまで残念がることでもない、仮にも妾も女神。呪いならば解くことも容易いであろう」
「本当ですか!?」
僕は顔を上げ、女神の方を見る。
豊満な胸が浮かんでいるのに気づき、咄嗟に焦点を顔に合わせた。
「うむ。ただし、妾の手を煩わせるのじゃ、タダと言うわけにはいかぬの」
今こそ宝石が役に立つときか、僕は祖父から貰った宝石を取り出し見せる。
「宝石か、悪くはないが」
しかし、反応は今一つのようだ。
困っていると、女神から提案してくる。
「酒はないか?」
僕は祖父から貰ったアイテムを思い出してみる。
たしか消毒用と薬用のアルコール度数が高いお酒はあったはずだ。
その一つのラム酒を手渡した。
いつの間にか手にはグラスを持ち準備万端。
蓋を開けグラスに注ぐと、トクトクという小気味良い音が聞こえる。
続いてグラスの上に氷が出現した。
無詠唱で氷を出したようだ。
氷がグラスに落ちると、今度はカランと音を響かせる。
そしてまさかの一気飲み。
「うむ。美味い酒だ。悪くない」
まさかの酒豪だったとは。
女神は機嫌が良くなったのか、僕に近づくよう指示する。
恐る恐る近づくと、アイアンクローで顔を鷲掴みされた。
このまま握りつぶされてしまうのでは、という不安が頭をよぎる。
女神はしばらくして、手を離した。
「呪いと言うよりは、加護を装備した形になっておる。
おそらくステータス上昇の効果と、覚えられるスキルを強く願えば得られるじゃろう」
僕の特性を見事に言い当てた。
どうやら間違いはないようだ。
でも、どうして加護なのだろう?
「本来であれば、その呪いは下着泥棒のやましい心に反応するタイプ。
盗んだ者に対して発動したが、そなたの心が奇麗だったので不発に終わったようじゃ。
じゃが、呪いのプライドもあったようで、ギリギリでパンツを見る事でしか、経験値が入らないようにはできたみたいじゃ」
呪いにもプライドがあったなんて初耳だ、意思でも持ってるの?
というか、諦めてくれれば良いのに、そんな下らないモノのために、こんなに悩まされる僕の身にもなって欲しい。
僕はお願いする。
「呪いを解いて欲しいのですが!」
女神はグラスに酒を注ぎ直し、あっさりと答える。
「無理、長年にわたり呪いと加護が魂魄レベルで結合してしまっておる。
解こうとすると、ステータス上昇の加護も消え、衰弱死するであろうな」
……。
言葉を無くした。
まさか解けない状態になってしまっていたなんて、あまりにも酷い。
「どうにかなりませんか!?」
「受け入れるしかないのー、そもそもレベルなんて飾りじゃぞ?」
「いえ、人間界ではレベルで地位や名誉が得られるんです。決して飾りじゃないんです」
「下らぬな。それならばパンツを見まくって、上げれば良いではないか」
「そんなことをしたら捕まっちゃいます」
「ならば、そのレベルの概念を打ち砕く気概くらい持て、以上」
もう世界に浸透してしまっているレベル主義を、個人で覆せるとは思えない。
ここで僕は改めて考えてみた。
そもそも僕は地位や名誉が欲しいのか?
答えは否だ。
現時点で困っているのは、依頼が限定されるのと、高価な店に入れないだけ。
それよりも、心躍り胸弾ませるような冒険が出来れば良い。
今回、この温泉を見つけたような程度の幸せくらいで。
吹っ切れた気がした。
僕は真剣な顔で、女神に感謝を告げる。
「ありがとうございました。はっきりと言って貰えて良かったです」
女神は瓶に口をつけ、豪快に酒を一気に飲み干した。
「ふむ。良い顔になったようじゃな」
感謝の気持ちに、今度はブランデーを手渡した時だった。
乳白色の湯で気付かず、女神の細い腕に手が触れてしまった。
心臓の鼓動が早くなる。
顔が赤くなっているかもしれない。
まさか、僕は……。
僕は大きな声を出してしまっていた。
「すみません!もう我慢できないです!」
女神は悪戯な表情に変わる。
「ふふ、まさか発情したのか?そなたもやはり男だったか、人との交わりなどいつ以来じゃろう」
そう言って僕の首筋を指でなぞる。
もう、駄目だ。
「我慢できないので、お先に失礼します!」
すぐに風呂からあがり、岩の上に座り込む。
長湯し過ぎて頭がボーっとし始めていた。
これ以上入っていたら、倒れていたかもしれない、危なかった。
女神はポカーンとした表情で、口を開けたまま硬直している。
どうしたのだろう?
そう言えば頭がぼんやりしていて、良く聞いていなかったけど、何か言っていたような。
心配してくれたサキが近寄り、タオルで風を送ってくれる。
涼しくて気持ちいい。
女神は面白かったのか、突如、大声で笑い始めた。
「あはは、面白いヤツじゃ。殺すのは止めにしておこう。
供物の酒も頂いたことだし、ここに入った事は許す」
最終的には殺すつもりだったの!?
まさか命の危険が続いていたなんて。
と、とりあえずは助かったみたいだ。
女神は続ける。
「しかし、妾の美貌に惑わされんとは、その娘のように貧相な体の方がタイプなのか?」
貧相と言われ怒ったサキは、女神に食って掛かる。
「普段はこんな体だけど、魔力が溜まれば負けないほどのナイスバディになれるんだから!」
「悪いとは言っておらぬ。どっちが好みかによるではないか」
サキは僕の方を見る。
「マスター、どっちが好きなんですか?」
いきなりの質問に戸惑う。
タイプと言われても。
僕がある人物を思い描いていると、女神が頭の中を読んだのか。
「なるほど、これがそなたの思い人か」
「ちょっと!勝手に頭の中を覗かないで下さい!」
気になったサキは、僕の肩を揺さぶる。
「え?誰なんですか?小さい私?大きい私?それとも中間?」
「い、いや、普通の子かな」
「普通。中間の私か」
サキは自分限定で考えているようだ。
満足したのか女神も風呂から上がる。
再びドレスを纏うのかと思ったけど、湯上りだからかタンクトップにショートパンツのラフな格好になった。
先ほどの姿とのギャップが激しい。
「久しぶりに楽しめた。して、これからどうするつもりじゃ?」
「待っていてくれる仲間の元に帰ります」
「うむ。まずは思い人を安心させてやるのがよかろう」
もー、思い人とかじゃないのに。
僕は頬を膨らませながら、野営の準備に入る。
でも、ここは安全なのだろうか、不安になっていると女神が答えてくれる。
「安心せい。ここは聖域で守られておる。例えルフが襲って来ても入れぬ」
あんなシャボン玉のような壁で?半信半疑だったけど、女神が言うのなら本当なのだろう。
ならばと薪も出し、夜は冷えそうなので火を焚く準備もする。
続いて食事の準備をしていると、岩の上に座り込み、頬杖をついたままの女神が気になり、僕は聞いていた。
「あのー、どうかしましたか?」
「供物を待っておる」
まさか食べて行くつもりなのか。
豪勢な食事は出せないのだけど、怒らないだろうか心配になる。
「えーっと、苦手な食べ物とかあります?肉は駄目だとか?」
「ないが、出来れば酒のつまみになるものが良い」
とりあえずはステーキを焼き、サイコロ状に切り分ける。
それを女神の目の前でパンパンと手を叩き供えてみる。
「なんじゃ、その柏手は?」
「えーっと神様にお供えするときの作法では?」
「ふーん、そんな物があるのか知らなかったぞ」
なかったのか。
僕の宗教観が崩れていきそうだ。
サキは自分で肉を焼いて食べている。
僕も遅れて食事を摂った。
食事の後片付けも終わり、寝袋を敷いて行く。
広い場所で寝られるので、サキの寝袋は遠めに置こう。
気になるのは、ブランデーをチビチビ飲みながら、まだ居座っている女神だ。
時折、こちらをチラ見しているのが気になった。
暇なのだろうか?
「あのー、僕達はこれから寝ますが?」
「なんじゃ、もう寝るのか?」
「はい、疲れてますし」
「少しは妾を楽しませよ」
単刀直入に聞いてみる。
「もしかして暇なんですか?」
「うっ。そうとも言う」
「早朝には出発しないといけませんし」
「なら、転移で送ろう。それなら余裕は出来るじゃろ」
どんだけ暇つぶしをしたいのだろう。
でも転移して貰えるのはありがたい。
仕方なく僕達はしばらく女神に付き合うことにした。
これまでの冒険の話や、他愛もない出来事。
サキは魔界での話や、悪魔ジョークを話している。
どんなジョークかって?高度過ぎてとても理解できない内容だ、とだけ言っておこう。
話の成り行きで、祖父の話をしたとき、女神の表情が変わった気がした。
神妙な面持ちで話は始める。
「ゴウガか、まだ生きておったとは」
「祖父を知ってるんですか!」
「ああ、変わり者でな。最強に近い力を手に入れたせいか、人間界ですることもなくなって、一時は天界をも騒がせた迷惑なヤツじゃ」
こんな所で祖父の話を聞けるとは嬉しい。
話に耳を傾ける。
「とにかく女癖が悪くてな、手当たりしだいに告白してはフラれておったらしい、妾もその一人じゃったが。
そうか、そなたの祖父だったか。それにしては似ておらんの。まあ、性格は似ないで良かったか」
女神は続ける。
「面倒くさい、なるようになる、が口癖で特に人間界では何もしておらん。
本気を出せば勇者になれる素質は、十二分にあったはずじゃが」
それであんなに凄い祖父が、無名なままだった理由が分かった。
まさか天界で迷惑をかけていたなんて、そこは孫として謝りたい。
「祖父が迷惑をかけたようで、本当にすいません」
「そなたが謝る事ではない、特に当時は平和だったからの、刺激があって暇つぶしにはちょうど良かった」
その後も祖父の武勇伝を聞き、誇らしくなる。
そうこう話をしていると、辺りはすっかり真っ暗になっていた。
サキはいつのまにか、寝息を立てて寝てしまっている。
寝袋が近くに寄せられていたので、僕のを離し直す。
女神は満足したのか。
「すっかりと夜が更けてしまったか」
「貴重な話をありがとうございます」
「うむ。そなたもそろそろ眠かろう、あとは」
そう言って女神は頭上に手を伸ばした。
キュウがアイアンクローで、鷲掴みにされ登場し驚く。
「なんだ、この姉ちゃん。無理やり空間から引っ張り出されたぜ!」
「ふふ、妾の目を誤魔化せると思うたか。残りはこの奇妙なヤツから話でも聞こう」
キュウは顔をしかめっつらの表情に変え。
「えー、めんどくせぇ」
「捻りつぶすぞ?」
「怖ぇよ。分かった。と言っても話すことなんてないぜ。俺のお勧めの本でも読む?」
「本か悪くない」
キュウは本と残りの酒を取り出してあげていた。
しかし、その酒はマムシ酒、女神の口に合うかどうか不安だ。
気にすることなく飲み始める。
酒ならなんで良さそうだ。
僕は横になって思い出す。
ああ、そう言えば今日は僕の誕生日だったか。
大変過ぎて忘れていた。
お祝いする雰囲気でもないし、わざわざ言う事でもないだろう。
ハッピーバースデー僕。
心の中で呟き。
僕はやがて眠りについた。
目覚めると、ずっと本を読み続けていたのだろうか、女神の横には本が積まれていた。
さらに酒も追加したのか、から瓶が散乱している。
女神がずっと見守っていてくれたとは、こんな貴重な経験は2度とないかもしれない。
起き上がり足元に大きい物があるのに気付いた。
1メートルの高さのあるそれは、白い岩にも見えたが、そうではない。
卵のような形状をしており、目を擦り再度確認してみると女神の声が聞こえる。
「朝食用の卵じゃ。朝の供物は卵焼きを頼む」
僕が逃げるだけで精一杯だったルフから卵を盗って来るとは、流石は女神。
しかし、こんな大きな卵どうすれば?
何人分あるんだろう、とてもじゃないけど1日では食べきれない量になりそうだ。
卵の上部を剣で叩き割って行く。
硬い、まるで岩を叩いているようだ。
何度か剣を振って、やっと割ることが出来た。
卵の中身を入れる器がないので、木の皮をむいた棒を直接入れかき混ぜる。
適度にかき混ぜたら、卵をすくいフライパンで焼いていく。
香ばしい匂いがしてきた。
女神は今か今かと焼けるのを待っている。
匂いにつられたのか、いつのまにかサキも正座をし、皿の準備をしていた。
手伝ってはくれないらしい。
味付けなしの卵焼きを、まずは女神にお供えする。
一口食べて感想を口にする。
「うむ。濃厚でやはり美味い」
サキにも渡し。
「美味しい。大きい卵なのに味がしっかりしています」
僕も食べてみた。
「鶏の卵とは全然違いますね。濃厚でしっかりとした味わいに、野性味が加わったような。
でも、それは決して邪魔ではなく、むしろ味を引き立てている」
最高だ。
祖父が求めていただけの味はある。
これなら全て食べられる。
はずはなかった。
女神は2皿でギブアップし、サキと僕も3皿で諦めた。
味変をする調味料や食材も少ない。
かといって残すのはもったいない。
出来るだけ卵を焼き、あとはアイテムボックスで保存しようと思う。
皆にも良いお土産が出来そうだ。
料理の片づけをし、合流するまで時間はある。
空いた酒瓶に温泉の湯の花を入れて行く。
これで温泉気分を味わえるはず。
予想外の収穫に顔が微笑む、冒険の醍醐味だ。
時間にまだ余裕があったので、名残惜しむように朝風呂に入る。
今度は混浴ではない、僕が収穫をしている間に女性陣には入って貰っていた。
風呂が空いていたので入らせて貰う。
野宿で冷えた体が温まる。
悪くない1日の始まり、活力がみなぎる。
武器防具の確認を終え、転移の時間になる。
午後までにはまだ早いが、時間通りに島に辿り着くとは限らない。
早めに崖で待機していた方が、良いとの判断だ。
女神は転移ゲートなるものを開く、ここに入れば合流地点に辿り着けるとのこと。
僕は頭を下げる。
「ありがとうございました。お話が出来て良かったです」
女神は微笑み。
「妾も久しぶりに楽しめた。また来るが良い、その時には酒を多めに頼むぞ」
「えー、ルフのいる島にですか?」
こんな危険な島は二度と御免なのだが。
女神は扇を僕の顔に突き付けて言い切る。
「ならばルフにも恐れぬ力を手に入れれば良い。
それくらいの気概がなしに、冒険とは笑止ぞ、フフフフフ」
笑止なのに笑っているし。
ルフにも負けない力か、僕に得られるだろうか、せいぜい頑張ろう。
「それでは」
僕は手を振りゲートに入る。
「うむ、気を付けて行け」
ゲートに入り体が光に包まれると、もうそこは合流地点だった。
上空を警戒しマップを確認する。
どんぴしゃだ。
流石は女神の転移、誤差がほとんどないとは、祖父の危険な転移とは大違いだ。
いや、祖父はわざとかもしれないが。
念のために海岸に棒を立て、そこにタオルをかけておく。
これで人がいることを確認して貰えるだろう。
あとは岩場で隠れそうな場所に潜む。
フナムシが大量に出てビックリしたが害はない。
お邪魔します、と中に入るとヤドカリやイソガニもいるようだ。
しばしの新しい仲間が、また見つかった。
やがて陽は高くなり、予想では午後の時間帯だ。
今日はまだ、ルフの姿は一度も見ていない。
天気は相変わらずの曇りだが、風が南に向かって吹いているのが気になる。
島に向かうには逆風、予定時間より遅れることもありそうだ。
それから待つこと小一時間、船が一隻見えた。
見間違うはずもない、僕が乗って来た船だ。
僕は手を振ると気づいてくれたのか、船はこちらに近づいて来る。
そして接岸し、ボートが出された。
届きそうな距離になり、ウィンドバーストで飛び乗るが、勢い余ってボートにいた人物、レナの胸に飛び込んでしまう形になってしまった。
また、怒られてしまう。
あたふたとしていると、予想に反して逆に強く抱きしめられた。
レナは泣いていた。
随分と心配をかけさせてしまった。
「ごめん」
その言葉しか出なかった。
他に掛けれる言葉が見つからなかった。
レナは鳴き声で。
「ごめんじゃすまないわよ」
とだけ。
ロープが引かれ、ボートは船へと戻って行く。
船上にあがると、甲板には皆が揃っていた。
アルトは泣きそうな顔で「おかえりなさい」とだけ。
カエデは「お疲れ様」と素っ気ない。
サリアは「亡霊やゾンビじゃないわよね?」と死人扱いしている。
締めくくるようにツーブロは叫ぶ。
「よっしゃ、積もる話もあるかもしれへんけど、まずはこの危険な場所からおさらばや」
その言葉を待っていた、早く帰りたい乗組員達が帆を大急ぎで広げる。
帰りは追い風、船はどんどん島から離れて行く。
名残惜しい気持ちはある。
今度はもっと強くなり、必ずまた皆でここへ。
こ、混浴したいわけじゃないよ!




