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サバイバル

 森に入り、すぐに草を刈り取る。

 刈った草を束にし紐で結び、頭に被り肩や腰に巻く、即席のギリースーツの出来上がり。

 コンシルメント応用のステルスは、魔力の節約のために温存しておく。


 続いてマップを確認する。


 島は現在は活動をしていない休火山。

 地震による兆候は無いので、噴火の危険性は当分はなさそうだ。


 目的地である、噴火で出来たカルデラ湖は2つ、ここから北に馬車で3時間ほどの距離に1つ。

 2つ目は東の平原を抜けた先にあり、馬車で半日もの距離がある。

 まずは1つ目の比較的に安全な湖を目指すことにした。


 噴火の影響か岩がかなり多く、でこぼこして歩き難い。

 土壌の影響で草木は短めの物が多く、姿を隠すには心もとない。

 中には巨岩もあり、真っすぐ進むことを許さないように立ちはだかる。

 苔に足を取られながらも、慎重に歩を進めた。


 ある程度、内陸に入ると草木の成長が見られた。

 潮風の影響が減って来たようだ。

 守ってくれる松の木も高くなり、ほんの少しだけ気持ちに余裕が出た。


 小一時間、歩いた頃、庭木にも利用されている、カイヅカイブキの木の密集する下で休憩を入れる。

 水筒の水を飲み、ようやく一息つけた。

 何度も上を見たものだから首が痛い。

 僕は首を回し、マッサージをしマップを開いた。


 再度確認し、全く進んでいないことに頭を抱える。

 足場の悪い岩の地形に、途切れた森は迂回、常に警戒を怠らず進んでいるのだ、無理もない。


 このペースだと、湖につくのは夜になってしまう。

 それでも前に進むしかない。

 決心し顔を上げ立ち上がると、運が悪い事に小雨が降り出した。

 さらにペースダウンは免れないようだ。


 火山灰で足元は泥状に変化した。

 予想以上にぬかるみ、靴に纏わりつき足が重い。

 警戒と緊張感も加わり、雨で体温も奪われて行く。

 体力がどこまでもつか心配になって来た。


 空を見上げると、ルフの姿は無い代わりに暗雲が立ち込めている。

 雨はどんどん強くなって来ている。

 雷が発生しなければいいけど。


 不幸は重なって行くもので、不安は的中した。

 いきなりの土砂降りの雨に稲光。

 そして数秒後には、耳をつんざくような雷鳴が響く。


 木への落雷に注意しなければならないが、森から出ることは出来ない。

 ルフに食われるか、雷に打たれるかの究極の2択。

 正解は分からない、森の中で木からなるべく離れて歩かざるを得ない。

 その分、遮蔽物がないが、雨でルフの活動が鈍ることを祈ろう。


 深い水溜まりに足を取られ、こけそうになった。

 地面を良く見れば、濁った水の流れが生まれ始めていた。


 近くに落雷があっただけで感電してしまう絶望的な状況。

 そこに救いの岩があった。


 いくつもの巨岩が重なり合い、1人が入れそうなほどの隙間がある。

 このまま進むのは危険と判断し、隙間へと潜り込んで行く。


 先客がいたようで、小さなアマガエルが僕の目の前に飛び跳ねた。

 雷雨を気にしているのか、それ以上動く気配はない。

 しばらくはコイツと仲間になりそうだ。


 その間にも落雷は続く。


「へっくしょん!」


 くしゃみで驚いたカエルは、僕の頭に飛び乗った。

 寒い。

 雨で気温と、濡れて体温が下がってきている。


 かといって火を焚くことも、着替えをすることも狭すぎて出来ない。

 手を合わせ、少しでも暖を取ろうと手を擦る。


 するとアグニリングが光っていた。

 リングから温もりが伝わって来る。

 これで寒さを少し防げそうだ。

 ありがとうレナ。


 やがて雷鳴も聞こえなくなり、雲の隙間から光が差し込み、大地を照らす。

 顔だけを出し空を見上げると、雷雲はいつのまにか消えていた。


 すぐに外に這い出し、服を脱ぎタオルで拭き着替える。

 そこでやっと一息つくことが出来た。

 いつのまにかカエルはどこかへ行ってしまったようで、短いお別れになった。


 ぬかるんだ道を歩き始める。


 天候は良くなったものの、風が強くなり始めた。

 木々のざわめきや、生き物の鳴き声が聞こえる度に顔が強張る。

 気付けば息も荒く、四方全てが気になり視界が定まらない。


 上陸してまだわずかなのに、精神力がどんどん削られて行く感じだ。

 気を引き締めないと、心が折れそうなほどの重圧を、頬を叩いて気合を入れ跳ねのける。

 深呼吸もし、気持ちを落ち着かせ周囲を見渡す。


 哺乳類が全く見当たらないのは離島ゆえか、はたまた全部ルフの餌となってしまっているのか。

 獣との戦闘がないのはありがたい。


 そうなると、注意しなければならないのが虫だ。

 川のように流れる地面には、軍隊蟻が被害を受けて流されていた。

 小さい蟻だと侮ってはいけない危険な蟻、そのままご退場願おう。

 濡れて見えるようになった蜘蛛の巣も注意する。

 毒蜘蛛の可能性が捨てきれないからだ。


 そうして進むこと半日で陽が暮れ始めた。

 島に着いたのが午後で、歩いた時間は5時間。

 湖までは残りわずかだったが、ここで1日目を諦める。


 ちょうど良く、巨岩を包み込むように大きな木が生えていた。

 その下は平らな石があり、横になることが出来そう。

 これ以上、進んで好条件の野営地が見つかる保証もない。


 平らな上の石に簡易的に木と石を積み重ね、寝るスペースを作り横になってみる。

 寝心地は良くないけど、1人なら寝れないこともなさそうだ。

 2人なら体育座りで入れないこともない。


 簡易的な寝床の準備を終え、サキを呼んで食事にする。


「マスター、お呼びですか?」


「ここで一夜を過ごします。食事をしましょう」


 食べられる余裕がある時に食べておかなければ。


 焼き菓子のシュトレンを取り出し半分こする。

 バター、ドライフルーツ、ナッツが練り込まれたシュトレンは、腹持ちが良く栄養価も高い。

 良く味わい、乾いた喉を水で潤す。

 サキはモクモクと食べ続けている。


 最悪な事態を想定し、僕はサキに伝えておく。


「もしルフが来ても戦わず、逃げることに専念して下さい」


「マスターはどうするんですか?」


「僕も逃げます。あとは最善を尽くすだけです」


 サキは黙って頷き、残りを食べ始めた。


 昨日の夜にサキと話し合って、夜に交代で眠ることにしていた。

 サキは夜目が利く、他にも闇魔法のダークも使え、闇に溶け込むことが容易だそうだ。

 あとはいくつかの攻撃魔法。


 ダークアロー、ダークジャベリン、ダークフィールド。

 ”ダークフォール”は敵を闇に引きずり込むらしい。


 そして魅了。


 これには期待したかったけど、どうやら人間か亜人にしか効かないそうで、非常にがっかり。

 ルフを手なずけれれば最強なのに、そう都合よくはいかないようだ。


 手っ取り早く食事を済ませ、寝袋の準備をしていると、サキの甘えた声が聞こえて来る。


「えー、やだやだ。もう寝ちゃうんですか?もう少しお話しましょうよ」


 えー、やだやだ、もう疲れ切ってるし、早く寝たいんだけど。


 しかし、ここで無下に扱って、謀反でも起こされてはかなわない。

 仕方なく話し相手をすることにした。


「じゃあ少しだけ」


 サキは花開くような笑顔になった。


 良く見れば体が震えている。

 僕はキュウにローブをお願いし、サキに羽織らせた。


「温かいです。ありがとうございます!」


「寒いのなら、それなりの恰好をしてくればいいのに」


「マスターは女心を分かっていませんね。

冬場にもスカートを履く女性の気持ちを、そして悪魔心も分かっていません。

悪魔がヌクヌクな恰好してたら、威厳も何もあったもんじゃないです」


 今度、悪魔に会って寒そうな恰好をしていたら、威厳を保つために必死なのか、と見る目が変わりそうだ。


 当たり障りのない質問をしてみる。


「サキは地獄出身なんだよね?」


「はい、バリバリの地獄っ子です」


「それがなんでこの世界に来たの?」


 サキはローブの裾を気にしながら言う。

 ローブが大きすぎたようだ。


「それはもちろん、私より弱いヤツがたくさんいるからです」


 両手を腰に当て、仰け反り薄い胸を張る。

 威張るような事ではないと思う。


「強いヤツじゃないんだ?」


 僕はそう言って苦笑する。


「地獄には軽く街を破壊できたり、万の人間の軍勢と渡り合える猛者がゴロゴロいますから。

そんなのばっかりだったら、威張れないじゃないですか。

魅了も効かない相手も多いし、大変なんですよ」


 サキの実力で言えば、僕も死にかけたし、相当なモノだとばかり思っていたけど、どうやら上には上がいるようだ。

 出来れば死ぬまでお会いしたくない。

 いや、死んでもか。


「でも人間の精気を吸うのは悪い事だと思う」


「それ、私にご飯抜きって言うのと同じですよ?まあ、食事でまかなえるんですけど、やっぱり本能は求めてる的な?」


 まあ、たしかに、的な。

 僕がご飯抜きなんて言われたら、拗ねちゃうし、人の事は言えないか。


「食事の方は足りた?足りないならもっと出すよ。生肉とかの方がやっぱり良い?」


「あ、生肉は私、無理です。血生臭いの好きじゃないんです。

血の池地獄から、毎日漂ってくる臭いを嗅いでたら気分悪くなってしまって」


 血が苦手な悪魔とは、色々と変わった所があるものだ。


「あ、でも、まだ足りないかな」


「じゃあ果物にする?」


「いえ、今の気分はー」


 そう言うとサキは、僕の手を指さす。


「マスター、指に白い物がついてますよ。取ってあげますね」


 なんだろ?と思いながら手を差し出すと、指をパクリと咥えられた。

 そして、チューっと吸われてしまう。


「シュトレンの砂糖でした。甘かったです」


 僕は慌てて手を戻し。


「いや、いま魔力を吸ったでしょ!?」


「あちゃー、ばれちゃいました。でも、これから見守るのに、ある程度は魔力を補充しておかないと」


 ていのいい、言い訳をされた気がする。

 吸われた指が無事か確認していると、サキが隣に座った。


「あと、寒いといざとなったら動けません。お邪魔しまーす」


 肩が触れ合う距離まで接近され、心臓の鼓動が早くなるのが分かった。

 サキは格好を除けば、普通の女の子に見える。

 年頃も近い女の子が、こんなに近くにいるのだ。

 意識するな、と言う方が無理だろう。


 それでも邪念を振り切り、毛布をキュウに出してもらう。


「おいおい、今日はお楽しみですかねぇ、若いねぇー」


 とキュウは意地悪に言う。


 出された毛布を無言でぶんどり、サキに渡す。

 これで毛布1枚だが厚みが増した。

 体と体がゼロ距離だけは避けれる。


 そんなやり取りをしていると、陽はすっかり暮れ、辺りは闇に包まれた。

 心眼を使えば見ることができるが、魔力の消費を抑えるために使用しない。

 あとはサキの夜目だけが頼りだ。


「サキには見えるの?」


 僕は不安になって聞いていた。


「はい。大丈夫です。鮮明には見えませんが、歩くくらいなら問題ないです」


 頼りになる仲魔が付いて来てくれて助かった。


「少し眠ってもいいかな?」


「はい。後はお任せ下さい。蟻一匹、近寄らせませんよ」


 それを聞き安心し、僕は離れるようにサキの反対に頭を傾ける。

 だが、頭は強く引っ張られ、サキの方へと引き寄せられた。


「触れ合っていないと守れません」


「え?それ嘘でしょ」


 冷たく言い過ぎただろうか、サキは頬を膨らませむくれる。


「ひどい、信じて貰えないなんて。

マスターの寝顔を見たり、吐息を感じたり、疲れた時に吸おうとしたり、そんなこと思ってないですからね」


 発言が逆に怪しいけど、あれこれと心配するのも体力の無駄。

 サキを信用し、僕は頭を預けた。



 どれくらい眠っただろうか、座った体勢のままで寝たせいか、体のあちこちが痛い。

 目を開けると、空が白み始めていた。

 随分と寝てしまったようだ。

 交代もせずに申し訳ない。


 体を起こしてサキを確認すると。

 なんということでしょう、爆睡していた。

 いつから寝てしまったのかは分からないけど、その間は完全に無防備だったはず。

 まあ、何事もなかったようだし、交代もしなかったのだ、ここは寛大なマスターとして許そう。


 サキを起こさないように立ち上がり、僕の毛布もかけてあげる。


 周辺を見渡すと朝靄あさもやがかかり、視界は良くない。

 そして空を見上げると、はるか上空に朝日に映る鳥の影があった。


 ルフだ。


 こんな早朝から活動をしているとは、勤勉で恐れ入る。

 クラーケンは食べつくしてしまい、新しい餌を探しているのか、それとも食後の運動か。

 目的は分からないが、昨日は上空には見られなかったことから、活動を再開したと考えるべきだ。


 悪いけれどサキを起こし、移動の準備を始める。

 サキは寝ぼけているのか、うつらうつらとしていた。


 簡単な食事を済ませ、サキには一度戻って貰う。


 ルフが遠くに離れた今こそチャンス。

 まだぬかるむ道を足早に進む。


 風邪を引いてしまうのでは、と心配していたが体調は悪くない。

 サキと一緒に眠ったのが良かったのかも。

 ……。

 思い返して急に恥ずかしくなってきた。

 添い寝なんてレナと子供の頃以来だ。


 歩いたことと恥ずかしさで、体も温まり始めた頃、岩で出来た反り返る丘が見えて来た。

 高さは10メートルほどで、丘と言うより壁に近い。


 ここから遮蔽物は無くなる。

 はやる気持ちを抑え、周囲と上空を特に警戒する。

 生き物の気配は見られない。


 ゆっくりと近づき、ウィンドバーストで丘を飛び越えると、目の前には湖が広がっていた。

 爆発によって出来たクレーターに、水が溜まった湖。

 マップで確認した所、大きさは直径1kmはありそうだった。


 この広い湖を探さないとならないとは、骨が折れそう。

 昨日の雨のせいで濁った水に映る物は何もなく、周辺には倒木や石があるだけで、目ぼしい物は無い。


 反対側に回った時、念のために丘を登り覗いてみた。

 湖の北側も森があり、周辺を探してみるが何もない。


 人工物でもあれば分かりやすいのに、それらしき物は見当たらず。

 看板で『女神この先すぐ』とでも書かれていれば、いっそ清々しいほど楽なのに。

 それはそれで、うさん臭すぎるが。


 収穫も無く、湖に戻ろうとし咄嗟に身を伏せた。


 ルフのお帰りだ。


 先ほどより低く飛んでおり、その大きさに体が震える。

 見つかってはいないはず。

 ルフは気づくことなく、そのまま岩山へと戻って行った。

 あんなデカブツが空を飛べるとは、いやはや、世の中には驚く事が多すぎる。

 しばらく様子見をした後に、湖へと戻った。


 万が一、湖の中となっては手の出しようがない。

 サンダーショットを時々、湖面に撃っていた。

 決して暇で遊んでいる訳ではない。

 女神がいたら痺れて怒りそうだが、一応は神とついているのだ、少なくとも耐性はあると思いたい。

 もちろん結果は『あなたが撃ったのは雷ですか?それとも喧嘩売ってるの?』と出てくる様子はなかった。


 西側もくまなく調べ、気づくと1周し終えていた。

 どうやらこの湖ではなさそうだ。


 そうなると、東の湖へ行かなければならない。

 また歩くのか、と肩を落とすと、再びルフが飛んでくる。


 せわしない。


 すぐに身を伏せ、雑草になりきる。

 僕は雑草、雑草以上でも以下でもない雑草。

 今度も気付かれずにやり過ごせたようだ。

 そして歩き出したとき、地面に黒い影が映った。


 咄嗟にウィンドバーストで前方に回避、前回りをし転がる。


 祖父が卵と言っていた意味を深く考えておくべきだった。

 ルフは一羽だけではない、つがいでもう一羽いたのだ。


 目の前を羽ばたき、方向転換を始めるルフ。

 完全に狙いは僕だ。

 すぐに逃げようとしたけど、相手の威圧感からか足が震えて上手く動けない。

 猫に睨まれたネズミだ。


 こちらを向きなおし、首を上げると鳴き声をあげる。


「ギャオース!」


 ルフは息を吸い込み、腹が膨れ上がる。

 何か来る!咄嗟に風護符を目の前に掲げていた。


 ”ウィンドブレス”だ。

 ただ、息という生易しいものではない、完全に災害だ。


 護符によって守られていたが、ウィンドバーストなんて屁のように思えるほどの暴風が襲い掛かる。

 それは周囲の岩が軽々と飛んでいくほど凄まじい。


 耐え切れなかったのか護符は破れ、クレーターの外まで僕は吹き飛ばされる。

 岩に体をぶつけなかったのは幸いだ。


 このまま逃げ切る。

 森に飛び込もうとした僕に、絶望が待ち受けていた。

 先ほど飛び去ったはずのルフが、狩りをしていたことに気付き、戻って来てしまったのだろう、目の前に立ちはだかっていた。


 挟み込まれてしまった!


 だが諦めない。


 かいくぐって森に入れれば、まだチャンスはある。

 ルフに向かって走り出す。

 しかし、後方からの突然の暴風に、地面を転がされる。


 後方にいたルフが、もう一度ブレスを吐いたようだ、容赦ない。

 その隙を逃して貰えるはずもなく、僕はルフに足で掴まれた。


 すぐに剣を抜き足を斬ろうとするが、ルフを背に持ち上げられてしまったため剣が届かない。

 鎧ですら砕きそうな握力に締め付けられ始める。

 それでも足掻き守護符を使用。

 僕を守るようにバリアが張られたが、それもどこまで持つか分からない。


 ルフが飛び立つと、一瞬に空へと舞いあがった。


 ウィンドバリアも重ねがけしておき、逃げる方法を必死に探す。

 この状態を逃れたとしても、今度は地面に叩きつけられて終わり。

 タイミング良くサキを呼び出しても、落下速度と重さで、とでもじゃないが空中での救助は無理だ。

 それにサキも襲われてしまう。


 考えている間にも、守護符がもう破れてしまう。

 こちらから手出しをすれば落下死、今は耐えるしかない。


 気持ち程度の効果しかないがウォータバリアも張り、やれるだけのことはする。

 鎧が鈍い金属音を出し始めている。

 壊れてしまったら、握力で内臓が口からはみ出してしまうだろう。

 そんな死に方は嫌だ。


 岩山が近くに見えて来る。

 どうやら巣に運ばれるようだ。

 なら逆に早く着いてくれ、地上に降りれれば、すぐ食われないなら、脱出のチャンスが生まれるかもしれない。


 ルフはそのまま大きな洞窟へと入って行った。

 てっきり山の頂上に野ざらしで巣を作っている想像していたが、どうやら違うらしい。


 奥には木と葉で作られた大きな巣と散乱する骨、そしてクラーケンの死骸があった。

 僕は巣の上に乱暴に投げ落とされた。


 僕よりも大きい雛が一羽、巣の中央で鳴いていた。

 親鳥は世話を始め、クラーケンを食いちぎり与えている。


 剣を抜こうとしたとき、物音に気付いた親鳥がこちらに急に振り向いた。

 そこまで油断はしてくれていないようだ。


 脱出手段を考える、幸い体はほぼ無傷。

 剣で斬りかかっても、倒せるとは思えない。

 かといって祖父のスクロールを使えば、この洞窟ごと破壊し生き埋めになりかねない。

 サキも呼べない、餌が増えるだけだ。


 そうなれば後は煙玉しかない。


 ゆっくりと慎重に袋の中から煙玉を取り出す。

 魔力に反応すると聞いていたので、魔力を込めると、すぐに煙がわき出した。

 ルフは何事かと羽ばたくが、洞窟内だったのが幸いだった。

 煙はさらに広がり視界は悪くなる。


 心眼を使い、巣の中の状況を確認する。

 親鳥は必死に羽ばたきパニックに、雛はその場で動かなかった。


 この機を逃せない、僕が動き出すと腹部に衝撃が走った。

 ルフのくちばしでの攻撃を食らったのだ。


 壁にぶつかり息が止まる。

 甘かった。

 ルフも目だけを頼りにしていない、わずかな物音でも気付いているかもしれない。

 煙もいつまで出るか分からない。


 僕はいちかばちかで、激励符を使っていた。


『頑張れ』


 カエデの声が洞窟内に響く。

 予想以上に声が大きく、耳が痛い音量だ!

 声はしばらく続くのか、一定のテンポで『頑張れ』と言い続けてくれる。

 本当に頑張らなければ死ぬ!


 念のためにクラッシュダミーで自分の分身も出して置き、僕は走り出す。

 ルフは音の反響で状況を理解できていないのか、首を振っている。


 今しかない。


 洞窟の出口に近づいたとき、ウィンドバーストを後方に放つ。

 加速し空を歩いていた。


 脱出成功か?喜び、つい顔がほころびそうになるが、一瞬にして強張った。

 勢いよく飛んで逃げたは良いものの、下には剣山のように突き出した岩が大量にあったのだ。

 地形までは読めなかった。


 岩にぶつかり、転げ落ちそうになった所を、ウィンドバーストで減速。

 それでも減速しきれずに体を岩に強打してしまう。


 痛みを我慢し、すぐに岩と岩の間に滑り込む。

 護符の効果が切れたのか声は聞こえなくなっていた。

 煙もじきに排出されるだろう。


 ルフが今すぐにでも飛び出してきそうで下手に動けない。

 コンシルメントで岩を増やし、さらにはステルスも使用する。

 ここまで切羽詰まれば、使えるモノは全部使わなければ。


 ルフが2羽飛び出してきた。

 僕の方には目もくれず、風を送り込んで煙を出そうとしているようだ。


 この位置からなら祖父のスクロール、地獄の業火で敵を焼き尽くす”インフェルノ”が使えるかもしれない。


 だが万が一を考える。


 攻撃範囲も分からないし、完全に倒せるかも未知数。

 もし仕留めきれなければ、今度こそ一巻の終わり。

 そこまで危険を犯してまで戦う必要はないと判断する。

 最悪に備え、気付かれたとき、すぐ使えるように準備だけはしておく。


 心臓の鼓動が早くなる。

 心配をよそに、ルフはそのまま巣に戻って行ってくれた。


 僕は安堵した。


 なるべく早く下山したいけど、ルフが巣から出てからにするべきか、さらに思考を巡らせていると、頭がクラクラとし始めた。

 息苦しく高山病の症状に近い。

 二千メートルにもなる山、急激な高低差に体が悲鳴を上げ始めた。


 すぐにウィンドバリアで体を包むが、空気の操作は出来ず、気休めにしかならない。

 せめて空気操作の”エア”系の魔法を使えるようになっていれば。


 頭痛がひどくなってきた。


 さらには寒さも厳しい。


 一難去ってまた一難とは、まさにこれだ。


 決して動かず、体が慣れるまでは下手に動けない状態。

 常時ステルス、アグニリングの保温効果によって、魔力が尽きるのが早いかの根競べだ。



 小一時間は経過しただろうか、ルフはそれ以降に姿を現していない。

 魔力の方は、まだ持ちそうだ。

 体も少しは慣れて来たようで、頭痛はするが眩暈はなくなっていた。


 このまま待っていては、頂上で夜を過ごすはめになる。

 ステルスを信用して、下山の決断をする。


 一つ一つの選択肢が命がけ。

 一つのミスが死に直結する。

 全ての選択を誤らないとまでは言わないが、命は助かる選択であることを願う。


 岩山を縫うように降り始める。

 急激な運動も出来ない。

 一歩進むごとに、巣の方を見上げて降りるを繰り返した。


 船の迎えのタイムリミットもあるので、向かう先は東の湖の方角を目指していた。

 細かな地形が分からないが、運に頼るしかない。

 いきなりの断崖絶壁がないことを祈ろう。



 午後を過ぎた頃だろうか、巣から十分に離れ、岩の間で一息ついていると、ルフが2羽同時に飛び立つのが見えた。

 逆の方向に飛んでいくので一安心。

 完全に見えなくなったら進もう。


 干し肉と硬くなったパンを齧り、水を飲んだ。

 もう完全にサバイバルだ。


 ルフが十分に離れたことを確認し、再び降り始めた。



 あれから3時間ほどは経過しただろう。

 断崖絶壁もなく、山を降りれるルートだったようで、無事に山を降りることが出来た。


 まだ運は尽きていない。

 すぐに小さな林の中に身を潜める。


 さてどうするべきか、マップを確認する。

 湖までは順調に歩いて3時間。

 遮蔽物がない草原を歩くので、歩きは早いだろう。

 その分、危険度は増すが。


 3時間以上かかるとみて、辿り着く頃には夕方になってしまう、ギリギリの時間帯だ。

 考えあぐねていると、ルフの鳴き声に首が折れそうなほどの勢いで振り返った。


「ギャオース!」


 2羽のルフが、この距離からでも分かるほどの何かを足に掴んでいた。

 かなりの大物だ。

 得物が獲れたルフはどうするだろう?ルフの気持ちになって考えてみる。


 餌が手に入り、それを雛に食べさせている姿が浮かび上がる。

 他には毛づくろいをしてやったり、巣を奇麗にしたり、お昼寝もするかもしれない。

 決してそう都合良くいくとは到底思えないが、ここは進むべきだと決断した。


 巣に入るのを確認し走り始める。

 もう振り返っている時間も惜しい。


 ここで今まで馬車を降ろされ、走り続けた体力の見せ所だ!



 走ったおかげだろうか、湖には陽が暮れる前に辿り着けた。

 木の下に隠れ、息を整える。


 ここからは小さいが森があるので、ルフの脅威は減る。

 フラフラの足取りで森の中に入って行くと、目の前に不思議な光の壁のようなモノがあった。


 触ってみるとシャボン玉のように柔らかい。

 しかし、割れることは無く弾力性があるのか、触れた個所がポヨンと元に戻る。

 あきらかに人工物ではない、これこそ精霊や神のなせる業ではないだろうか、期待が高まる。


 シャボン玉に恐る恐る顔を近づけ中に入ると、すんなりと通ることが出来た。

 もしかして入れないのでは?と不安だったが取り越し苦労。

 さらに歩を進めると、あきらかに人工物の木の看板が、なぜか立てられていた。


 看板にはこう書かれていた。


『女神温泉この先すぐ。一般人お断り、入ったら美しく殺す!』


 えー。

 本当に看板があるなんて……。

 しかもここにも命の危険があるなんて……。


 ここまで来て会わずして帰るなんて選択肢は、もう僕にはない。

 意を決して僕は看板の先に進み始めた。

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