ソルトフレート港街
屋敷は街を一望できる高台に建てられていた。
2階に個室を用意され、窓から顔を出すと街が良く見える。
ソルトフレートは、人口10万人程の大きな街。
海岸線に沿って港街が建設されているため横に長い。
周囲は天然の川と海に挟まれ、人の身長の高さの石の塀で囲まれている。
海岸も合わせれば、エルフォードと同じ大きさになりそうだ。
潮風のためかレンガ造りの家が多く立ち並び、2階建てで高床式。
風土に合わせて、街並みも変わるようだ。
ここからも見える船舶停留所には、小さな漁船から大きな帆船まで停泊し、内防波堤の影響で小さな波に揺られている。
せっかちな船は、早朝だと言うのに、もう出航してしまう。
活気に満ち溢れているようだ。
ただ、天候は曇りで午後からは雨が降りそうとのこと。
島に向かうためにも、荒れなければいいのだけど。
外をぼんやり眺めていると、ドアがノックされた。
女性の声が聞こえ、朝食の準備が整ったことを教えられる。
念のために用意していた長袖のYシャツと、下はスーツに着替えて対応する。
ドアを開けると、深々とメイドがお辞儀をした。
「ナユタ様、おはようございます。ご案内いたしますので、こちらへどうぞ」
様付けをされ、首筋がなんだかこそばゆい。
廊下には立派な絨毯が敷かれ、各部屋の前には花瓶に花が生けられていた。
壁には風景画が飾られている。
絵心はないけど上手な絵、きっとお高いんでしょう。
シャンデリアまである中央階段を降りホールに。
そこからさらに左の奥の廊下を進み、甲冑の前の通る。
広い屋敷だ。
突き当りの部屋をメイドはノックした。
「入ってええでー」
ツーブロの声が中から聞こえて来た。
ドアが開かれ広い食堂に入る。
中には10人は座れる長方形のテーブルに、窓にはシルクのカーテン。
奥には暖炉があり、その上には2本の剣が十字で飾られていた。
一番手前に座っていたのは、ツーブロとバルトワさんの2人だけ。
2人ともラフな格好で、Tシャツに長ズボン、僕は正装を心がけたのに、意識したのがばれそうで恥ずかしい。
昨日、聞いたところバルトワさんは、ツーブロの叔父にあたるらしい。
リーダーは友人で、7:3はリーダーの兄になる。
てっきり金持ちの道楽旅と思い込んでいたけど、ガーディアンズの目的は、南の国を巡り新たな輸入品を探す旅。
行きは航路で進み、果物、香辛料、陶磁器に、銅や鉄などの資源を見つけ、帰りは陸路で行路を試したそうだ。
結果は、遠回りになろうとも航路の方が、運べる量も早さも違う、という結論に至る。
「ガハハ、おはよう」
「おはよさん」
「おはようございます」
2人に挨拶し、メイドにツーブロの隣の席が引かれたので、そこに座る。
落ち着かない。
厨房で食べさせてくれないだろうか?と思ったのは、貧乏性だろうか。
ツーブロは行儀悪く、椅子に片足を乗せた。
「風が強くてな。海は時化、今日はルフ島に行くことは無理やろな」
昨日の夕食時に旅の目的は話してある。
とりあえずは船を探さなければならないけど、馬車の長旅で皆も疲労が溜まっていそうだし、今日中に行くのは諦めた方が良さそうだ。
別に急ぐ旅でもなし。
バルトワさんは、豪快に料理を食べながら笑う。
「ガハハ、自然の気まぐれには逆らえまい」
しばらくすると女性陣も食堂へと招かれた。
サリアはドレス姿だけど、気分を変えたのか色は淡いピンク色に。
カエデはいつもの袴。
そしてレナとアルトは色違いだけど、長袖のブラウスにトランペット型のロングスカート。
裾の部分が広がり、ひだが付いているタイプだ。
僕と同じで豪邸に合わせコーディネートしたつもりだろうけど、ツーブロの姿を見てガックリしている。
次からはラフな格好をしてきそうだ。
それぞれが席に座ると、料理が運ばれて来た。
白磁に青磁、銀のスプーンに透き通るガラスのグラス。
テーブルの上には、絵付けされた立派な花瓶に花が一輪挿してある。
改めて金持ちなんだなと再認識した。
ツーブロはオトンが金持ちだと謙虚に言っていたけど、本人は跡継ぎとして事業を拡大しようとして立派だ。
それなりに、もうかりまっか?、ぼちぼちでんな、のような状況ではないだろうか。
夢のマイホームの道が一歩開けた気がした。
ちなみに昨日の挨拶で、ツーブロのお父さんをオトンと呼んでしまい恥を掻いてしまった。
豪華な朝食をしながら、今日の予定を考える。
サリアは行儀良く上手なフォーク捌きで、白身魚のムニエルを切り分けながら。
「疲れたし天気も悪い、外に出たくないから2度寝」
と言葉遣いの行儀は悪い。
カエデは半分寝ながら食べるという荒業を披露。
首がガクンと上下に揺れ、折れてしまわないか心配になる。
アルトは口にソースをつけたまま。
「こういう時こそ、外に出ましょう。海賊がいつ襲ってくるか分かりません、防備しなければ」
と逆境に燃えている。
流石に時化では海賊も休業だと思う。
相手がアルトのように逆境にめげず、ロマンを求めるタイプがいないことを祈ろう。
レナはフィンガーボールの水を飲んでから答えた。
「そうね、せっかくだし街の中を見て回りたいわね」
結局の所、船の手配で街に出なければならない。
空き時間に街を観て回るのが一番無難そうだ。
ツーブロは書類と睨めっこで、ずっとぼやき続けている。
バルトワさんは、すでに食事を済ませ、トレーニングに出かけてしまった。
ここの窓から、外でかかと落としをしている姿が見えている。
豪華な食事も終え、街に出かけたのは、僕、アルト、レナの3人だけ。
他の2人は瞑想と言う名の2度寝に突入した。
まずは漁港を目指し、手当たり次第に交渉してみる。
「ルフ島に行きたいだって?冗談じゃない。自殺行為に俺を巻き込まんでくれ」とねじり鉢巻きの初老の男性は言う。
「時化てなくても行きたくないね。だいたい、あんな所に行って何するつもりだ?観光名所じゃないぞ」と30代に見える若い船乗り。
「わざわざルフの餌になりに行くなんて馬鹿?」とダメ元で聞いてみた女性漁師。
「へへ、金額しだいで行ってやらんこともないぞ」とゴマすりしながら近づいて来た肌白の男は、航海しているとは思えないのでパスした。
船の所有者以外に漁港で働く人にも声を掛けてみたけど、反応は決まって忠告と拒否。
ルフ島は地元民なら近づかない、それが常識になっていた。
漁港は諦め、人が多く集まりそうな酒場に向かって見る。
早朝の漁を終えた荒くれ者の漁師が、都合良くいればいいと思ったのは甘かった。
カウンターでビールを飲んでいる、筋肉質の30代の男性に声を掛けてみた。
「ルフ島?いいぞいいぞ、どこにでも連れてってやる。なんなら世界の果てでもいいぞー」
完全に出来上がっているようだ。
他の男性達に声を掛けても。
「ルフがなんだって言うんだ、焼き鳥にして食っちまえばいい」
「わかった。明日連れてくから、ここのツケを払ってくれ」
「母ちゃんが小遣いあげてくれねぇんだよ」
家庭の愚痴まで聞かされる。
全員が使い物にならないし、たまったもんじゃない。
諦めて外に出ようとすると、1人の屈強な男に声を掛けられた。
でかい。
身長は190cmはありそうだ、この人ならもしや!?
「坊主、困ってるんだってな。この俺様に話を聞か、ウボロォ、ゲェー」
目の前で吐かれた。
咄嗟に回避でき、服には付かなかったけど気分は最悪だ。
「お嬢ちゃん、酌してくれよー」
さらにはアルトに絡む者まで現れてしまう。
自分でつげ!
「マスター、ビールを1杯」
僕は指を鳴らし注文し、男の頭にぶっかける。
「はーい、お酌しますねー」
険悪なムードになるのは覚悟の上だ。
さあ、かかって来るなら来い。
しかし、意気込みは虚しく空回りする。
酔っ払いのツボにはまったのか、酒場は笑いが広がり陽気な雰囲気。
かけられた男もなぜか笑顔になって。
「ありがとうよ、坊主。酒場で酒をかけられる、俺の憧れのシチュエーションが1つ埋まったぜ。
皆、今日は俺のおごりだ。ジャンジャン飲んでくれ!」
駄目だ、酔っ払いの思考回路が全く理解できない。
収穫も無く酒場を後にした。
また時間を改めて漁港を訪れてみよう。
さて、時間が空いたので、少し街を散策してみる。
子供たちは風車を持って走り回り、後に続く子は凧を上げている。
こんな狭い道では、ひっかかってしまいそう、と思っている目の前で屋根に引っかかった。
ウィンドバーストを唱え跳躍し、屋根に登って凧を取ってあげると、子供達がお礼を言い去っていく。
街のあちこちには、洗濯物の代わりに干物が干され、海の香りを近くで漂わせていた。
それを猫が狙っている姿も見える。
良く見れば野良猫がたくさんいる。
魚目当てなのだろう、人間を恐れることなく頬ずりして、小魚を貰っている姿が微笑ましい。
海岸近くを歩いていると、魚屋が目に止まった。
海の魚はどんなモノがいるだろう。
興味津々に生け簀を覗き込むと、魚に水をかけられて顔を拭く。
店先には色とりどりの魚が並べられていた。
赤や黄色に緑の魚まで、まるで魚の展覧会。
ひときわ目を引いたのは、体長が2メートルはある鋭い歯を持つ巨大な魚だった。
バンダナをした若い男性店員が、丁寧に説明してくれる。
「海は初めてかい?こいつはサメだ。噛まれたらひとたまりもないぞ。
まだ生きているかもしれない、気を付けるんだぞ、ガオー、なんちゃって!」
ギャグは置いといて。
これがサメなのか、僕は体を触ってみる。
ゴリゴリと硬い感触、これがサメ肌というものか、なるほど。
サメはある程度、日持ちがするので、切り身で見たことがあったけど、丸ごとを見るのは始めて。
こんなモノが泳いでいるなんて、海は怖いところだ。
漁師さんに頭が上がらなくなりそう。
魚だけでなく、貝や海藻も揃えられ、試食させてくれた。
優しい店員さんだ。
貝はちょうど良い塩梅で、コリコリとした食感が楽しい。
海藻は塩辛くヌメヌメした食感で、うん、このまま食べる物ではなさそうだ。
試食させて貰ったのだ、何も買わずに去るのも失礼か。
僕達はイカ焼きと気に入ったサザエ、そしてスープ用のワカメを購入した。
イカ焼きはお店の前にいるテーブル席で頂く。
レナは頭から丸かじり。
「硬い、でも美味しい。噛むほどに味が沁み出て来る感じ」
アルトもかぶりつき。
「美味しい。香ばしい匂いで焼きたては最高ですね」
僕も頂くと、イカはあっという間に無くなってしまった。
カエデ達のお土産に追加購入し、僕達は店を後にした。
その後は武器防具屋を訪れたが、特に目新しい物もなかった。
お土産屋には、貝で出来たアクセサリーや真珠製品が並んでいる。
一通り店を冷やかしていると、いつのまにか時刻は午後になっていた。
一旦、漁協へと戻り再度交渉を試みたけど、これまた全員に断られた。
ルフ島に行くのは断念した方がいいのかもしれない。
散々、歩き続けて疲れが見えて来た。
一度、皆で相談しようと決め、屋敷へと戻ることにした。
屋敷に入ると、昼食が出来ているということだったので、メイドに案内して貰い、もう一度食堂へ向かう。
食堂に入ると、すでに食事を済ませたカエデとサリアが、ツーブロと優雅にお茶を飲んでいた。
バルトワさんの姿は見えない。
食事が用意される間に、今日の出来事を皆に話した。
……。
「というわけで、全部断られました」
ツーブロは笑う。
「ワハハ、そらそうやろな。あんな危険な場所、誰も行きとうないわ」
カエデが質問する。
「そんなに危険なのか?」
「ルフが支配する島と言ってええ、島全体がアイツの餌場やで、どこにいようが狙われるわ」
今度はサリアが聞く。
「弱点とかはないの?」
「風、雷無効、土耐性、弱点があると聞いたことないな。
ワンチャンあるとしたら、相手がお腹いっぱいで、人間に興味ないとき狙うくらいやな」
うーん、ここまで危険となると、わざわざ命を賭けてまで、行く所ではないように思えて来た。
皆も困り果てている。
何かできる対策があれば別だけど、良い案はなさそうに思えた。
メイドが入室し、食事が運ばれてくる。
それを黙って僕達は見ていた。
メイドが部屋を後にした時、アルトが口を開いた。
「ルフの目は良いんですか?」
ツーブロは首筋を掻いてから答える。
「標高2000メートルの岩山に巣があるんやけど、そこからなら島全体を見える視力は持ってるはずや。
鳥目という人もおるけど、どこまで本当かは知らん」
レナは食事に手を付けず身を乗り出す。
「要は見つからなければいいんでしょ?それなら出来そうじゃない」
皆、僕のために一生懸命考えてくれている。
それを聞き、皆のやる気を見たツーブロは、無言で立ち上がり部屋を出た。
手に地図を持って戻って来る。
「これがルフ島の地図や。
北にあるのが岩山で、ルフはそこにおる。
そこから南東が平原になっとって、遮蔽物は全くあらへん。
逆に南西には森があって、そこならルフから見えんかもしれへんな。
ただな、危険な事であることは違いないで」
ツーブロは忠告してから続ける。
「南西にも船でつけれる場所がある。ただな、そこは断崖絶壁になっとんねん。
崖が死角にもなるやろし、そこさえ登れば森はすぐや」
僕は聞く。
「崖の高さは?」
「低いとこで20……いや30メートルって所やな」
ウィンドバーストで登れない高さではない。
そうなると少数勢力で行った方が、負担もリスクも抑えられそうだ。
ツーブロは深く息を吸ってから話し始める。
「乗りかかった船や、そこまで決意あるんやったら、ええやろ。船は用意したる。ただ、島につけるだけやけどな」
ありがたい。
そうなれば僕一人で行くべきか。
「これは僕の問題だ。島には1人で行こうと思う」
皆は声を上げて反対する。
レナは心配そうに。
「無茶よ、あんた1人で行かせられるわけないでしょ!」
アルトは僕の手を握り止める。
「私も着いて行きます。どこまでも一緒って約束したじゃないですか」
サリアは両手を頭の後ろで組み。
「あー、あ。まあしょうがないわね。いざとなったら無茶でも転移で戻してあげるわ」
カエデは瞑っていた目を見開き。
「ルフか、斬りがいがありそうだ」
皆の気持ちは大変嬉しい。
けど、パンツのために皆を危険に巻き込みたくない。
「皆ありがとう、でも大丈夫。今回は見つからないように進むだけだ。
コンシルメントで偽装も出来るし、素早く動ける、戦闘はするつもりはないんだ。
それに1人にはならない、一応サキも呼べるしね」
決意は固い。
それでも反対するアルトは食堂を飛び出し、レナは散歩に出ると言って外に出てしまった。
サリアとカエデは諦めたのか、お茶を飲み直している。
それ以上、話すことは無く、それぞれが食堂を後にした。
夕食にアルトとレナの姿はなかった。
あからさまに避けられているけど、逆の立場なら僕もそうしてしまうかもしれない。
説得と謝りに部屋へと向かったけど返事はない。
もう二度と会えないかもしれないのに、こんな別れでいいのか。
そう考えたが、マイナス思考を振り切る。
必ず生きて戻ってやる。
そう決意し、僕はやれるだけの準備を始めた。




