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晴れドキドキ娼館

 「うーん、気持ちの良い朝だ」


 僕は背伸びをし、ベットから飛び起き、早速ステータスの確認をする。


「ステータス」


 清々しい朝と同様に、レベルも経験値にも清々しいほど変化なーし!


「うん……少しは期待したけど、いつものことだ!」


 気を取り直し、声を張り上げた。

 今日も1日頑張るぞ、目指せ冒険者!



 そして場面は、仕事場であるギルドに移る。


「もう一度お願いします」


 その話を聞いた僕は、思わず聞き返していた。

 けだるそうにルイさんは復唱してくれる。


「今日から5日間の仕事は、娼館で用心棒というのは、名ばかりの雑用係よ。

ん?ナユタなら雑用係じゃなくて、娼婦的なポジションでもいけるんじゃない?最初の客は私の予約いれといてね♪」


「いけませんって!でも娼館って、その、あれですよね?」


「悪魔を召喚でも、払い戻す償還でもない、男女関係の娼館。

本当はダグラスが入る予定だったんだけど。

彼ね、すごーく怖い目に合ったらしく、体調を崩してしまったらしいの。

おいたわしや」


 それは、まごうごとなくルイさんのせいですよね?と言いかけて止めておく。

 言葉にしてしまったら、次に体調を崩すのは僕だ。


 ルイさんは外を指さす。


「というわけでGO」


 僕はその指をひっこめさせた。


「ちゃんと説明して下さいよ。なんで僕なんですか?用心棒なんて無理ですって」


「人材不足、Understand?はい、書類」


 一言で片づけられた。



 ということもあって、いま僕は場違いな娼館の応接室で面接を受けている。


 面接官はサロンさんと言う、ここの娼館の長にあたる女性。

 身長は170cmより低いくらいで、年齢は30代前半という所だろうか。

 しかし、年齢を感じさせない、あどけなさの残る顔に、スタイルはボンキュボンの豊満な肉体が付与。

 背中まで伸びる艶やかな赤髪は、首元でカールしボリューム感を出す。

 豪華なドレスも着て圧倒的な存在感は、見る者を魅了してしまいそうだ。


 書類に目を通すサロンさん。

 やがてフーっとため息をつくと、眼鏡をはずし顔を上げた。


「男の娘は雇ってないのだけど、どうしようかしら」


「!?、いえ、そちらではなく用心棒でして」


「ふふ、冗談よ。書類に不備があるかと思ったけど、そうでもなさそうだし。

ルイも雑な仕事をしてくれたわね。未経験者可、軽作業あり、と書いたのが間違いだったかしら。

今から他の人を探すとなるのも無理だし、ここのところ大きな問題も発生してないし、まあいいかしら採用で」


「ありがとうございます」


 元気よく答えたものの、採用されなくても良かったのに、と思っていたのは秘密です。


「詳しいことは、見習いのエリーに聞いて頂戴。

それと無いとは思うけれど、従業員に変な気を起こしたら、この町では歩けなくなりますのでご注意を」


 でっかい釘を刺し終え、サロンさんは立ち上がり手を叩いた。

 出口にでも控えていたのだろうか、一人の女性が入室し、深々とお辞儀をした。


「お呼びでしょうか?」


「紹介します。こちらはナユタさん。

ここでの最低限のマナーとルールを教えてあげて。後はあなたの仕事の補助として使って頂戴」


「かしこまりました」


 煌びやかな装飾はつけてないが、皺ひとつないメイド服を纏ったエリーさん。

 後ろにまとめた金髪のポニーテールが似合っていて、とてもチャーミングな人だ。

 身長は165cm前後で、見る限り同い年くらいだろうか、そんな年齢の子がなぜ娼館に……。

 彼女には彼女なりの事情があるのだろう、そこには触れないよう気を付けようと思った。


 エリーさんは頭を上げ、説明を始めてくれる。


「ではナユタさん、まずは建物の説明から入ります。質問は最後にお願いします。

当館は4つの建物で構成されております。

まず、ここ本館が一つ、こちらは従業員の皆様が寝食を共にされる場所であり、ここに近づく人物は最大の警戒をもって対応して下さい。

それは例え貴族、王族であってもです。


本館から前の両隣が従業員のお勤め先となっています。

問題が発生した際は、身命を賭して従業員を優先しお守り下さい。

死傷があった場合は名誉です。


最後に本館より裏が倉庫兼作業場となっております。

こちらに異常を感じた場合、真っ先に飛び出し、己よりも優先で備品を死守して下さい。

労災はでません」


 命がけ!?


「続いてルールです。

私達は家具であり、矮小な存在であることを肝に命じ、人間であるという事を忘れて下さい。

こちらからの従業員への接触、会話を禁じます。

従業員からの声があってから、初めて呼吸をし、会話することを許可します。

ただし、それは当然ながら最大の敬意を持ち、最低限での対応となります。

仕事になりませんので、例外でわたくしへの会話は許可します」


 厳しい!


「最後にマナーとなります。一朝一夕で身につくものではありませんので、期待しておりません。

ですので、常に私と共に行動して頂きます。

応対する際は、私の動作を一挙手一投足、真似して下さい。

そして、その場では空気の存在となって下さい。

自分は家具と再認識して下さい。

場違いにも程がある、みすぼらしい装飾の一つになって下さい。

以上です。

何か質問はありますか?」


 これは何かの試練ですか??


「あ、ありません」


「やり直しです」


「え?何が悪かったのでしょうか?」


「どもりましたよね」


「ありません」


「結構です。早速、仕事に取り掛かります。裏の倉庫へ移動、指示あるまで待機していて下さい」


「はい!」


「館内では走らない。姿勢は正し駆け足!」


「はい!」


 ある意味、軍隊より厳しいのではないだろうか、やはり断るべきだったかと、すでに後悔し始める。

 請け負った仕事だ、仕方ない。

 僕は背筋をピンと伸ばし、倉庫へと向かった。


 倉庫の前で待つこと少し、エリーさんは手に執事服を何着か持って現れた。


「着替えて下さい」


「ここでですか?」


「」


 質問には答えてくれない。


 倉庫前で人気ひとけはないといえ、さすがに外では恥ずかしいと思っていても。


「」


 無言での圧力に耐えきれそうにありません。

 僕は大急ぎで着替えた。


 しかし、サイズが大きくブカブカだ。


「次」


 すぐさま次の服が目の前に突き出される。

 僕は追い立てられる牧羊のごとく素早く着替え終わった。

 今度の服も、まだ少し大きいが問題はないようだ。


 間髪入れず、次の指示が飛ぶ。


「使えなくなった備品を処理します。

こちらのAの箱に、すでに選別した物がありますのでゴミ捨て場へ。

Bの箱は買い取って貰える店舗へ置いて来るだけで結構です。

終わりましたら、再び倉庫前で指示あるまで待機して下さい」


「はい!」


 いの一番、Aの箱を持ち上げ、ゴミ捨て場へ向かおうした足が止まった。

 この緊張感で質問していいのだろうか?怒られないだろうか?


 一向に動かない僕に業を煮やしたのか、エリーさんが状況を理解し、先に声をかけてくれる。


「お手洗いでしたら、ここでしなさい」


「違います。質問よろしいでしょうか?」


「許可します」


「ゴミ捨て場はどこでしょうか?」


「失礼。わたくしとしたことが説明不足でした。

ここから128メートル直進、曲がり角を右折、32メートル先、目印はイチョウの木です」


 細か!


 思わずツッコミそうになってしまっけど、怒られそうなので止めておこう。

 触らぬボケに祟りなしだ。


 場所は分かったので、持てるだけの箱を持ち抱える。

 中身はゴミのようなので、多少荒っぽくても大丈夫だろう。


「予想以上です。その量を一度に運べると、微塵も期待していなかったのに。

スケジュールを改める必要がありそうです。

天気も良いことですし、久しぶりにお布団でも。

いえ、こういう時こそ、目の届かない場所の清掃を心がけるべきか」


 張り切ったせいで、逆に仕事が増えそうな気配。

 やり過ぎたかな、と後悔した。



 すぐにゴミを捨て終わり、Bの箱を店舗へ持ち込み戻って来た。

 

「終わりました!」


「ご苦労です。水仕事の洗濯に移りますので、こちらのエプロンをどうぞ」


 ハート形のアップリケに、フリフリ刺繍をあしらった女性物エプロン。

 これを着ろと……。

 もう、何を言っても無駄だろう。

 僕は諦め、素直に着用する。


「水は汲んでこなくていいんですか?」


「我、願う。水精よ応えよ」


 当然のように僕の質問には答えず、エリーさんは詠唱を始める。


「求めるは清き水、その源泉への道筋を示す教えを乞う。

道筋を繋ぎ合わせ、恵みを我に与えたもう。

『ピュアウォータ』」


 唱え終わると、エリーさんの手の先から、小さな水の球体が出現する。

 ミカンほどの大きさの小さな球が、ゆっくりとスイカまで成長し、巨大カボチャサイズまで膨らんで行く。

 そして忘れていた重力を思い出したかのように、タライにゆっくりと落ちて行った。


 僕はその間、ずっと鮮やかな水魔法をうっとりと見つめていた。

 魔法は出して使うだけじゃなく、ここまで精密に加減、操作を出来るものなのか。


「デリケートな製品もありますので、まずは水につけた後、泳がせるように汚れを落とします。

続いて手で優しく叩き、目立つ汚れには石鹸をつけ、トントンと根気よく叩いて下さい。表面が終わったら裏面を。

アホ面で呆けているようですが、ちゃんと聞いていますか?」


「はい」


「よろしい、それでは取り掛かりましょう」


 ジャブジャブ、ジャブジャブ。


 衣類を泳がせている音だけが響く。


「先ほどの質問ですが、水汲みはしなくていい理由がわかりますか?」


「水魔法で出せるからですよね」


「0点です。スケジュールに少し余裕が出来たのでお聞かせしましょう。

まず、ピュアウォータですが、とても精密で水を出せる量も少ない。

水だけを求めるなら、初級魔法のウォータボールでも出した方が、はるかに効率は良いでしょう。

でも、それは不純物の混じった物であること。

いま洗濯している物は、あなたの給料1ヵ月分を払っても買えない代物ばかりです。

もし異物として小石が混じっていたら分かりますね?」


「はい。そこまで深い考えまで至れませんでした。すみません」


「謝る所ではないです」


「でも魔法って、あそこまで精密に操れるものなんですね。

僕はまだ魔法は使えなくなって、それですごく感動しちゃって!」


「私語厳禁」


「すみません!」


 僕は口をつぐんだ。


 洗濯は続く。


 僕はエプロンを付けた洗濯板です。

 いや、それ以下です。

 喋ることも許されない、哀れな人形です。


 ジャブジャブ、ジャブジャブ。


 何枚あるんだ……。


「シーツを持ってきました」


 増えちゃったし……。


 僕の対面でシーツを洗い始めたエリーさん。

 その時、水面に1枚の葉がヒラリと落ち波紋を広げた。


 『ひゃっはー、汚物は除去だー!』の気分で、手を伸ばした時に気が付く。

 エリーさんが完全効率重視の『女など捨てた!』と言わんばかりの体勢で、大きく股を開いていることに。

 そう、その先には見えてしまっているのだ。


 黒いパンツがッ!


 あわわわ。


「発言よろしいでしょうか!」


「許可します」


「エリーさんの大事な場所が、ご機嫌に御開帳されており、黒き秘宝が露出されてあそばされておられます」


「意味がわかりません」


「そ、その、パンツ見えています!」


「……」


「……」


 しばらくの沈黙。


 のち悲鳴。


「キャー、こ、これは。わ、わ、わたくしはなんて恥ずかしい姿を!」


 慌ててスカートで抑えてくれた。


 しかし、反応が意外だった。

 てっきり『それがなにか?』とクールな反応をされると思っていたのだ。

 それが今や、このありさまだ。

 なぜか僕まで恥ずかしくなってしまう。


「忘れなさい!いえ、忘れさせましょう!

『我に応えよ知識の神よ!その英知をもってかの者の脳を』」


「やばそうなの詠唱しないで下さいぃい!」


 なんとか詠唱が終わりきる前に、逃げることに成功したのだった。

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