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闇夜に潜む影

 陽が暮れる前に野営地に到着し、馬車は停止した。


 僕はご苦労様と馬を労いに、持って来ていたニンジンを口元にあげると喜んで食べてくれた。

 隣ではあげようとしたアルトが、頭をかじられそうになっている。

 それを笑っていると、僕は顔をベロベロと舐められた。


 不覚。


 野営地にはキャンプの跡が残されていた。

 今は周囲に利用している人物は見られない、おそらく街に向かう途中で利用されているのだろう。

 周囲は膝の高さの心もとない木の柵で覆われ、一部には石が積まれている。


 柵の中は使われなくなった食器や木片、骨が散乱していた。

 マナーの悪い利用者がいる、踏んで怪我をしてしまっては危ない、僕はそれを拾って遠くに投げ捨てた。

 レナも手伝ってくれたけど、どうやら投げるのが目的で、どこまで飛ばせるかをカエデと共に楽しんでいる。


 頻繁に利用者がいるのか、草はほとんど生えておらず石ころも少ない。

 寝る分にも申し分なさそう。

 試しに僕は寝袋を敷き横になってみた。


 背中に痛い感触もなければ、草も肌に当たらない、快適だ。

 横になったのを休んだと勘違いされたのか、レナが桶を僕の顔の上に落とそうとする。

 落下した桶はギリギリで止められた。


「休んでないで、暗くなる前に水汲みに行くわよ」


 レナの後ろでは、アルトも桶を抱えている。

 僕は起き上がり、桶を2つ持ち水汲みに向かう。


 丘を越えた先に、小さいながらも川が流れていた。

 そこで桶にタオルを被せ、ゴミや虫などが入らないように水を汲む。

 水面にいた小魚もかかったけど、小さすぎたので食べるのは勘弁してあげよう、タオルを振って逃がす。


 後ろにいたレナが、大きな声を出したので振り返った。


「魚が獲れた!」


 20cmの大きな魚が、桶の中で飛び跳ねている。

 レナに獲られるとは運の無い魚、体に楕円の紫の斑点からヤマメだろう。

 後でレナ専用の塩焼きにでもしよう。


 魚を獲っている時間もないので諦め、虎の解体に移る。

 全部を解体するのは大変なので、今日食べる分だけを切り分けよう。


 腹を開き内臓は全て取り出し川に流す、魚が寄って来て捕まえようとレナ達がはしゃいでいる。

 商品になる皮は、なるべく傷つけないように丁寧に剥がす。

 皮がなくなれば、後は肉の塊。

 腿、背中、首、腹の4部位を試してみよう。

 残りはアイテムボックスの冷蔵で保存、本当に便利な機能を得たものだ。


 ヤマメはいつのまにか4匹に増えていた、こちらも内臓だけを取り出しておく。

 1人分足りないのか。

 僕は諦める必要がありそうだ。


 作業を終えキャンプへと戻った。

 

 カエデが薪を積み、焚き火の準備をしている。

 今は無風だけど、風が強くなっては危ない。

 僕は桶を置き、周辺から石を取って来て周りを囲む。


 同乗していたガーディアンズのパーティも、同様に火を起こし始めたようだ。

 御者とサキさんは疲れのため荷台で休んでいる。

 馬は自由に草を食べていた。

 水の入った桶を置くと、ゴキュゴキュと飲み始め、馬もなかなか可愛らしいと思った。


 肉料理はレナ達にまかせ、魚に串を通していく。

 拾って来ていた棒切れの皮を削ぎ、先端を鋭く削る。

 魚に突き刺し塩を振れば、あっという間に完成だ。

 あとは焚き火との距離に注意して、地面に差し込むだけだ。


 肉の方はシンプルにステーキを試してみることにしたようだ。

 アルトはおすそ分けに、肉を彼らに渡しに行っていた。


「おおきに」


 ツーブロの声が聞こえて来た。

 おおきに?

 おお、気にするな、の略かな?だとしたら態度がでかいか。


 肉が焼けたので、まずは試食。

 全員が同時に食べ、モグモグと咀嚼。

 そして一致した感想は「硬い!」


 うーん、腹が一番柔らかいけど、それでもアルミラージやワイルドブルの肉と比べて硬すぎる。

 あの巨体を機敏に動かす体なのだ、全体が筋肉質の塊なのは当然か。

 そのまま食べるのはきついので、玉ネギと野菜を混ぜ、肉野菜炒めにすることにした。


 隣のパーティも。


「なんやこれ、硬っ!」とツーブロ。

「臭みもあるね」とリーダー。

「ガハハ、顎が鍛えられる!」はバルトワさん。


 評判は悪かったけど、贅沢は言ってられない。

 これも冒険の醍醐味の1つとして我慢しよう。


 焼きあがった肉を皿に盛り、鍋に水と肉と野菜を放り込み火にかける。

 スープが出来上がる間に、ライ麦の粥と肉野菜を食べて待つ。

 魚は裏返し、もう少し焼ければ食べれそうだ。


 黙々と食事を摂っていると、ツーブロがやって来る。

 なんや、またお前か、と言いそうになったけど止めておいた。

 変なイントネーションが、うつってはかなわない。


「貧相な物、食べてんな。さっきの礼や」


 そう言って差し出されたのはパンだった。

 一見、普通のパンに見えるけど、これは違う。

 表面の焼き色もそうだが、半分に割ってみると中は真っ白。

 ライ麦で作るパンではない、小麦から作られるパンだ。


 食感も柔らかく雑味が少なく、ほのかに甘みを感じる。

 良い物を貰った。

 僕のツーブロ評価が、マイナスからプラマイ0に変わりそうだ。


 しかし、ツーブロはあちらに戻ることなく、開いている場所に座り込む。

 わざわざ遠いカエデとレナの間なのはなぜだ?

 ここが空いているというのに。


「スープも作ってるんか、美味そうやな」


 お前もスープにしてやろうか、用が済んだらさっさと帰れ。

 ここで評価は再びマイナスになった。


 レナは気を利かせ、スープを椀に取り分け。


「良かったら食べますか?」


「ええんか?ほな頂かせて貰うわ、あーん」


 あーん!?やるの?外だけど表でようか?

 顔が近いし!もー、こいつ嫌い。


「臭みも消えて、柔らかなって美味いやん」


 レナは椀を手渡すと、ガツガツと食い始めた。

 食ったら帰ってね。


 Go to hell!、いや、Go Home!


 そこにバルトワさんも混じって来る。

 後ろにはサキさんの姿もあった。

 どうやら乗り物酔いが治ったようだ。


 各自は空いている場所に座り賑やかになる。

 僕は隣に座ったサキさんに料理をよそった。


「食べれそうでしたら、どうぞ」


「ありがとうございます」


 素朴な笑顔が可愛らしい。

 同じく隣に座ったバルトワさんは、自分でスープをよそっている。


「うむ、体に染みわたる。

そうだ貰ってばかりでは申し訳ない。日持ちもせんし持って来た果物でもどうだ?」


 そう言って葡萄やプルーン、いちじくが出される。

 さらにはお菓子まで、甘いものが好きなのかなと思った。


 僕はいちじくを頂いていると、サキさんが咳き込む。


「ゴホゴホ、すいません。スープが変な所に入ってしまったみたいで」


 ハンカチを取り出し手渡し、背中を優しく撫でてあげた。


「大丈夫ですか、水をお持ちしましょうか?」


「いえ、少しすれば落ち着きそうです」


 気付くと、いつのまにいたのかレナが後ろに立っていた。

 表情が怒っているように見えるけど、何か粗相でもしてしまったのだろうか、心当たりは全くない。

 レナは僕とサキさんの間に無理やり入り込み、そして座った。


「レナどうしたの急に?」


 レナはお菓子を選びながら。


「お菓子取りに来ただけ、あとあいつがうざかった」


 ツーブロの方を見ると、カエデと会話を必死に続けている。

 カエデは「そうか」「そうだな」「そうかもしれない」と、適当に相槌を打っている。


 怒って斬りかかられても困るし、そろそろ助け舟でも出そう。


 クラッシュダミーでネクロマンサを出し、ツーブロの肩を叩いてすぐに消してみた。

 ツーブロは飛び上がり、焚き火を飛び越えた。

 よほど慌てたのだろう。


「な、なんや!なんかおったで!?」


 皆も慌てて周囲を見渡すけど、もちろん何もいない。

 1人騒ぐツーブロに、僕は言葉をかける。


「どうしたんですか?顔色がすぐれませんけど」


「い、いや、大丈夫やけど、少し休むわ……」


 こうしてツーブロを撃退した。

 が、騒ぎは大きくなってしまったかもしれない。


 バルトワさんは、いつのまにかフルプレート装備に盾を持っている。

 警戒させてしまった、申し訳ない悪戯をしてしまったと反省する。


 え?でも、いつのまに装備を!?

 一歩も動いた気配はなかったので本当に驚いた。


「バルトワさん、いつのまに鎧を!?」


 スキンヘッドをポンと叩き。


「驚かせてしまったか、儂のスキルの”オート・イクイップメント”だ。

これを使えば瞬時に装備できる」


 なんと良いスキルだろう。

 バルトワさんは丁寧に装備を脱ぎ、わざわざ披露してくれる。


 勢い余ってパンツ一丁の半裸姿に、女性陣は唖然としている。

 そして魔法を唱えた。


「我が元へ集え、鉄の意思を持つ相棒よ、オート・イクイップメント!」


 まずは両足のプレートアーマのブーツが、転移するように現れ装着される。

 続いて両腕、体にも装着が完了すると、兜が頭上に出現し、ゆっくりと降りて来る。

 それを強引にかぶり、最後は目の前に出現した盾を取れば完成だ。


 格好良い。


 ジャーン、という効果音でもつけたい。

 僕は祈るように両手を組み、目を輝かせた。


「ガハハ、どんなもんじゃい」


 パチパチパチ。


 皆からも拍手が湧く。

 僕の、いつかは覚えたいスキル、ベスト10に入った。


 そうだ。


 他に確認しなければならない重要な事がある。

 慌ててステータス画面を開き、経験値を確認すると変化は見られなかった。

 これで男性なら見ても大丈夫、ということになるけど、進んでみたいモノではない。

 むしろ避けたいものだ。


 スキルのインパクトに先ほどの騒ぎなど忘れ去られ、しばらく談笑が続く。

 レナがまだ隣に居座って狭い。

 ツーブロもいなくなったし、お菓子もとった、ここにいる必要はないのでは、僕は声を掛ける。


「ねえ、レナ。狭いから移動して貰えないかな」


 レナはお菓子を食べながら、?という顔をした。


「へ、なんで?面倒くさい、狭いならあんたが動けばいいじゃん」


「えー、なんでそうなるの。元々、ここは僕の場所だし」


「つべこべ言わない」


 そこでサキさんが気を使ってくれたのか立ちあがる。


「まだ体調の方がすぐれないので、荷台で休ませて貰いますね」


 そう言って荷台の方に向かって行ってしまった。

 気を悪くしてなければいいけど。



 気付けば日はすっかり暮れ、辺りは真っ暗になっていた。

 馬車での旅とはいえ寝不足は禁物。

 交代で見張りを立て休むことにする。


 途中から会話に全く参加してこなかったサリアは、すでに爆睡していたので荷台に運んで貰う。

 比較的、元気な僕とカエデが最初の見張りをすることになった。


 女性陣は荷台を使うよう勧められたので、ガーディアンズのパーティは焚き火の前で雑魚寝している。

 こちらに顔を出さなかったリーダー、7:3は酒が入っていたのか、もう寝てしまっているようだ。

 バルトワさんだけは、背筋を伸ばし両腕を組み、凛々(りり)しい顔で闇夜を真っすぐと見つめていた。


 カエデが焚き火に薪をくべながら、思い出話を始める。


「焚き火を見ていると、冒険の事を思い出す」


 興味を持った僕は聞いてみる。


「どんなことがありました?」


「そうだな。山賊の夜襲や、火に呼び寄せられたモンスターとの戦闘だな」


 物騒な話になりそう、今聞きたい話ではないので他の事を聞こう。


「楽しい事とかは?」


「1週間ぶりのまともな食事に会えた時か、あの時のモンスターは美味かった。皆で奪いあったのが懐かしい」


 カエデは火を見つめ、話を続ける。


「あとはそうだな、こうやって他愛もない会話をしているのが落ち着いた。

過去と未来の話、彼氏や彼女がどうこうの恋愛話、正直聞くに堪えない愚痴を聞かされたこともあったが、今ではいい思い出だ」


「その中に剣豪との会話もあったんですね?」


 聞いてはいけなかったかもしれないが、流れで聞いてしまっていた。

 カエデは顔色は変えず。


「あったが、緊張してろくに会話が出来なかった。私にも初々しい時があったものだ。

もっと多くの事を話しておきたかったな、この気持ちを含め」


 カエデは目を細め微笑する。


「告白しなかったんですか?」


 意地悪な質問をしてしまっただろうか、少し後悔する。

 でもカエデは微笑したまま。


「妻子もちにか?」


 まさか結婚し子供もいたとは、それは知らなかった。


「略奪愛か、それも悪くなかったかもな」


「冗談ですよね?」


「もちろん冗談だ」


 冗談を言わないカエデが珍しい、僕は苦笑するしか出来なかった。



 夜は更けて行く、そろそろ交代の時間だ。

 今度はたっぷりと眠ったサリア達と代わって貰おうとし立ち上がる。


 その時、隣で寝ていたツーブロが起き上がり、林の中に入って行くのが見えた。

 トイレだろうか?

 あまり気にせず僕達が荷台に向かうと、奥から悲鳴が聞こえた。


「ぎゃ!た、たすけ」


 ツーブロの声だ。

 起きていた全員が、すぐに向かう。


 林に入ってすぐにツーブロは倒れていた。

 意識はあるものの顔面は蒼白で息が荒い、手足をよく見ると細くなっており、肌がガサガサになってしまっている。

 バルトワさんはすぐに抱きかかえ、林から離れる。


 見通しの良いキャンプへ戻り、僕達は回復を始める。

 起きて来たサリアが合流し、症状を診ている。


「精気か魔力を吸われた可能性が高いわ、すぐに回復と魔力を分け与えましょう」


 僕とサリアは魔法を唱える。


「ディヴァイド!」

「ハイヒール!」


 遅れて来たレナとアルトに、サリアは指示を送る。


「レナとカエデは周囲の警戒をお願い。

吸血の可能性もある、体温が下がるかもしれないので、アルトは毛布を持って来て」


 アルトは指示に従い、自分たちの毛布をすぐに持って来る。

 次にサリアは首筋や腕を確認していた。


「吸血痕はなし。薬は何かあったかしら?」


 僕は答える。


「竜血丸がある」


 サリアは少し悩んだ後に、テキパキと指示を続ける。


「人命優先よ、使いましょう。水と、薬を飲みやすいように体を起こして、アルトはヒールで良いので回復を続けてて」


 薬を飲ませ、横にならせる。


「嘔吐すると息が出来なくなる恐れがある、横にしましょう。辛くない?大丈夫?」


 ツーブロは出せない声の変わりに、親指を出し自分の手を強く握った。


「オーケー。急激な魔力不足に、精気を吸われた急性ショック状態ね。

安静にしていれば自然と回復していくと思うけど、苦しくなったら言いなさい。

介錯かいしゃくでソウルリリースしてあげるわ」


 ツーブロは声を振り絞る。


「死んでもお断りや」


「それだけ言えるなら大丈夫そうね」


 全員が焚き火に集まり、周囲の警戒を続けながら今後の事を話し合う。

 まずは戻るか進むかの選択。


 リーダーは地図を確認してから。


「エルフォードまで戻るとなると、また1日かけて戻ることになるが、村までなら早くて半日。

ただ治療設備が整っているとは思えない、しっかりとした治療が必要ならエルフォード一択になるが」


 サリアがそれに答える。


「今後の彼の状態しだいでしょうね。少なくとも朝になるまでは、ここから動けない」


 真っ暗な夜を移動するとなると自殺行為、容体が悪化しなければいいが。

 全員が頭を抱えて悩む。

 僕はある提案をしてみる。


「馬に乗れる方はいませんか?」


 リーダーが手を上げた。


「乗馬の経験はある」


「それでしたら馬で彼を届けてはどうでしょう?」


「残された君達はどうする?1頭で馬車を引けるとは思えない」


「歩きます。村について余裕が出来たら、替え馬を連れて戻ってこれるとベストですけど」


 歩くという提案に、サリアだけは物凄く嫌な顔をしていたが、他の皆は了解の様子だ。

 リーダーは皆の顔を見回してから感謝の言葉を伝える。


「ありがとう。進むか戻るかは、もう少し時間が経ってから考えよう。

皆さんには悪いが、何が潜んでいるか分からない、全員で警戒を続けよう」



 そして、一睡もせず朝を迎えた。

 意外な事にツーブロの顔色は良く、いや、出会った時よりテカテカして絶好調の様子だ。

 昨日の深刻な話し合いは無駄に終わったようだ。


「なんやこれ、体がめっちゃ軽いで!」


 そう言って飛び回れるほど元気。

 おそらく竜血丸の効果だろう、すごい薬だ。


 ただ、元気になってから聞いたけど、犯人は分からずじまい。

 闇の中で後ろから突然襲われた、という記憶しかなかった。

 その後、警戒をしていたおかげか、何者かに襲われるということもなかった。


 一抹の不安を残しながら、再び馬車は動き出し、予定通り2日目の午後には、村に辿り着くことが出来た。

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