回復士・サリア
今日はギルドで、溜まっていた依頼完了報告をしに来ている。
いつも通りチャコにお願いし、待つことしばし。
手続きが終わったチャコは、手紙を持って戻って来た。
わざわざ、手紙での依頼。
おそらく貴族からのお誘いだろう。
案の定。
「にゃユタに、お誘いがいくつか来ているにゃ。
なんでもしてくれると、貴族からの評判も良いにゃ」
断れない性格が裏目に出たか。
僕は手紙を流し読みしながら答える。
「んー、嬉しいお誘いだけど、冒険の方を疎かにしたくないし困ったな」
チャコはさらに手紙を渡して来る。
「ちょうど良いので、これをレナにも渡してくれにゃ。
この可愛い便箋は、もしかしてラブレターかもにゃ」
!?、ラブレターだって!許せない。
皆、レナを顔だけで選んでいるんじゃないだろうか、性格を分かっていない、こんな物を送っても無駄だというのに。
そもそも手紙じゃなく、直接言えばいいのに回りくどい。
ん?でも、なんでこんなにも腹立たしいのか。
そうか、きっと僕にラブレターどころか、ファンレターさえ届いていないからだ、そうに違いない。
1人で納得し、手紙をポケットに乱暴に突っ込む。
グシャグシャになろうが、読めればどうでもいいだろう。
そもそも冒険をしたいのだ、こんなことに構っている暇はない。
僕は他に依頼がないか聞いてみることにした。
「採集や討伐の方で依頼はないですか?」
チャコは空っぽの棚を指さし。
「今の所は無いにゃ」
依頼がないなら仕方ない、貴族のお相手も前向きに検討すべきか。
僕は肩を落とし、ギルドを後にしようとすると、背後から大きな声を掛けられた。
「あんたも、困ってるようね」
驚き振り返ると、そこには真っ赤なフリルのドレスを着た少女が立っていた。
スカートはパニエで膨らませているのか、ふっくらと丸みを帯び、丈は膝下まである。
金髪は肩まで伸び、左右をこれでもかとカールしグルグルだ。
外見が派手過ぎたため、服装の感想から入ってしまった。
身長は僕の首の高さで140cmというところだろう。
髪のボリュームのせいで分かりにくかったけど、よく見ると小顔で可愛い顔立ちをしている。
見える手足は細く、やせ型の体格か。
第一印象は、面倒くさそうなの来ちゃった、だ。
「あの、どちら様でしょうか?」
「私の名前は”サリア・マリルージュ”最強無比の回復士!ところであんた、冒険は好き?」
「好きですけど」
こんな服装と体型で、まさかの冒険者だったとは。
しかも、苗字まであるということは貴族。
それがなぜ冒険者なんかになったのだろう。
サリアさんは続ける。
「様子は窺ってた、あんたもパーティが見つからず、困ってたようね。
だけど心配しないで、私もちょうどパーティから抜け、1人になったところ。
あんたは運が良い、ここはお互い組み合えば、問題は万事解決。
見れば分かる、例えあんたが弱くても、私の力があれば大丈夫だから」
失礼な。
僕はソロで活動していないし、弱くもないはず、強いとも思ってないけど。
サリアさんは僕の手を掴み、無理やり連れて行こうとする。
「さあ、いざ楽しい冒険の旅へ」
「ちょっと待って下さい」
そう言って手を振りほどき、話を聞いて貰う。
「僕はすでにパーティを組んでいて、人数も間に合ってます」
サリアさんは大きな口を開け、手を当てて大袈裟に驚く。
「そうなの。それは犬、猫?」
「人間ですよ!」
「それより、あんたの名前を、まだ聞いてなかったわね」
それよりで片づけられた。
「ナユタと言います」
「ナユタ、平凡な名前。まあ、いいわ。
私の事はサリアと呼んで、もしくはサリア様でもいいわよ」
よろしくはない、様は嫌だ。
「えーっと、サリアさん。じゃなくサリア。
独断で加入を決めることはできないです、他の人達にも聞いてみないと」
「そういうことだったら話は早いわ。パーティの方達はどこ?」
その時、袖が引っ張られ、チャコが耳元で囁いた。
「面倒くさいのに目を付けられたにゃ。
サリアは回復士としては有能にゃけど、性格に難がありすぎて、たった今パーティを解雇されたところにゃ」
地雷臭がプンプンする。
「やっぱり間に合ってますので。あ、急用を思い出したぞ!」
急用などないけど、とりあえず逃げねば、本能がそう告げている。
大急ぎでギルドを出ると、サリアは後をついてくる。
早足では駄目だ、僕は走り出す。
大通りを抜け裏道に入る、片っ端から曲がり角を左右順番に曲がり、建物の陰に隠れた。
ここまで来れば大丈夫と安心していると、後ろから肩を叩かれたので振り返る。
誰だろう?
サリアだった。
そんな馬鹿な、完全に振り切ったと思ったのに。
サリアは微笑し。
「急ぎだったら転移で送るけど?」
まさかの転移使い。
だけど転移には限界があるはず、僕は再び逃げ出す。
街の中を駆け回って、ある程度走っては止まり様子を見て、また走るを繰り返す。
そして最後に別邸へと戻った。
ここまですれば、流石に追ってこれまい。
そう安堵したのもつかの間。
中庭に入ると気配を感じ、ふと空を見上げると、サリアが空から落ちて来た。
慌てて受け止めようと、直下に移動し見上げる。
だけどスカートの真下に移動したものだから、上を見上げれば見えてしまったわけで、かといって放っておくわけにもいかないわけで。
ええい、ままよ、こういった時の心眼だ。
これを使えば曖昧でよく分からない、多少は罪悪感が薄れるとの判断だ。
そして受け止める体勢で待つ、いつでも来い。
だが、サリアは魔法を使っているのか、予想に反してゆっくりと落ちて来た。
僕が直下にいることも気づいていないようで、安全に着地できる高さで急に落下。
タイミングを外し、受け止めることが出来ず、僕を下敷きにし見事に着地された。
ここまで近距離に近づいてしまっては、心眼でもスカートの中が分かってしまう。
僕をヒールで踏んで気付いたのか、サリアは下を見る。
「姿が見えないと思ったら、そんなとこにいたのね。なにしてんの?」
足がどけられ、僕は立ち上がる。
「危ないと思って、下で受け止めようとしたんです」
「あら、ごめーん。街中で転移すると危ないでしょ、だから上空に行くようにしてるの。
それにしてもすごい豪邸ね、ここナユタの家?もしかしてお金持ち?」
そう言い、品定めするように僕を見る。
僕は体についた土を、払い落としてから答える。
「違います、借りてるだけです」
サリアは肩を落とし。
「なんだ残念」
と答え、別邸へと向かい出す。
僕は立ちはだかり止めた。
「待って下さい。何度も言いますけど、パーティは間に合ってますので」
「えー、でもさっき言ったよね。独断では決めれないって、それなら加入も1人で決めちゃ駄目じゃん」
うっ、反論できない。
その通りか、もう皆に決めて貰うしかない。
それで駄目だったら、諦めてくれるだろう。
というわけで面接をすることになった。
皆は厨房でくつろいでいたので、そこを会場にする。
面接官のように着席したレナとアルト。
カエデはその後ろで、目を瞑り両腕を組み立っている。
レナがまずサリアに声を掛ける。
「どうぞおかけください」
着席を勧めた形だけど、すでにサリアは座っている。
どうするのかな、と見ていると、サリアは一度立ち上がり座り直した。
代わってアルトが質問する。
「ご趣味は?」
それは面接ではなく、お見合いでは?
質問を気にせず、サリアは挙手をして元気よく答える。
「はい、冒険です」
趣味なのだろうか、うーん。
それを聞いたレナは頷き。
「なかなか良い趣味をお持ちで」
もう趣味でいいや。
その時、不動だったカエデが動く。
「すまん、トイレだ」
いってらっしゃい。
って、これでは話が進まないので、僕からも質問してみる。
「ステータスを確認させて貰っていいですか?」
サリアはステータス画面を開くと、僕達は食い入るように見た。
レベル23、職業は回復士。
称号に”神をも恐れぬ聖職者”という物騒な物があるのは、見なかったことにしよう。
というか、それで聖職者っておかしくない?
魔法はハイヒールから全体回復のハイヒーリング、解毒や解呪など、一通りの回復魔法は扱えるようだ。
そして、まさかの闇属性。
聖属性と対照的な属性を使うとは恐れ入る。
戦力としては申し分ない。
あとは皆が、どう判断するかだ。
ステータスを見終えたアルトが相談を始める。
「いま回復魔法を使えるのは、私とナユタですけど、全体回復は使えないですよね。
あと私たちは回復専門じゃないですし、回復士がいれば、攻撃に集中が出来ると思うんです。
闇の攻撃魔法もありましたし、後方での攻撃支援も期待できるかと」
言う通りだ。
後衛での攻撃支援は、アルトが今まで1人で行って来た。
2人になれば、より心強い。
レナも意見を述べる。
「今は前衛が私とカエデ、中衛がナユタ、後衛がアルト。
それにサリアを加えると、色々とフォーメーションのバリエーションが増えそうね」
戦術の幅も広がるだろう。
2人は採用の方向で考えているようで、あとはカエデしだいか。
トイレから戻って来たカエデは、ハンカチで手を拭きながら、出されっぱなしのステータス画面を後ろから見る。
そして椅子に着席し足を組み、面接官カエデに変貌する。
「年齢は?」
「17です」
「冒険者クラスと、冒険歴は?」
「Bクラスで、2年です」
Bクラスと聞いてカエデの眉がピクリと動いた。
「Aクラスになっていてもおかしくないはずだが、何か問題でもおかしたのか?」
気迫に押されたのか、サリアは小さくなり。
「パーティのいざこざで」
「強さも必要だが、パーティは命を預ける仲間だ。それを蔑ろにする者とは組めんな」
カエデの質問を聞いて、レナとアルトも考えを改め始めている。
サリアは泣きそうな表情で声を荒げた。
「だって、だってしょうがないじゃない!
どんな辛い時でも笑ってパーティを励ましたり、元気いっぱいふるまったり。
それが冒険のストレスからか、皆の癪に障ったみたいでさ。
能天気はいいよな、お嬢様はいつでも貴族に戻ればいいだけでお気楽だな、とか非難ばかり。
それでも最後まで頑張って、結局は解雇されて。
そんな扱いされて、キレるなってのがおかしいでしょ!」
サリアの事を他人の噂や評価で誤解していたのかもしれない。
申し訳ない気持ちになる。
溜まっていたモノを吐き出すようにサリアは続ける。
「どうせあんた達も同じなんでしょう?一攫千金に目が眩んだ金の亡者。
機嫌が悪くなれば人に当たり散らし、倒れる仲間に手も貸さず、無情にも切り捨てる。
冒険が好きかと問えば、深く考えずに好きって答え、状況が悪化すればすぐに嫌いになる。
そんなやつらと一緒!」
違う!と言おうとし言葉が詰まる。
本当にそうだと言い切れる自信がなかった。
僕に変わりレナが反論する。
「違う!私達は絶対に仲間を見捨てない」
「そう言い切れる根拠は何よ!」
レナはドンっと胸を張り。
「根拠はないけど、一緒に冒険すれば分かる!」
えーっと、つまり、それって仲間にするってことになりませんか?
その場の空気に乗せられたのか、カエデとアルトまで。
「百聞は一見にしかず、良いだろう」
「私達の結束と絆は、そんなやわじゃありません」
サリアは涙をぬぐい全員を指さす。
「言ったわね、見せて貰おうじゃないの!」
形勢は逆転した。
これで僕が反対しようとも多数決になれば負けだ。
そもそも、この状況で反対など出来ない空気。
女性陣は立ち上がり、レナを先頭に歩き出す。
「そうと決まれば、まずは親睦を深めるため、腹を割っての話し合いよ」
話し合い=ガールズトーク開催のようだ。
サリアは意気揚々と着いて行く。
「面白いじゃない。つまんない話だったら承知しないわよ」
そして1人残される僕。
「えー、なんでこうなっちゃうの……」
1人頭を抱えテーブルに突っ伏した。




