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カエデの過去

 王露丸で腹痛も収まり、今日は予定通りに貴族のお相手に向かう。

 レナとアルトは完全にノックダウンし、トイレ近くの個室に籠っている。


 唯一、元気になったカエデが、一緒に行こう、と言ってくれたので、同伴者として付いて来て貰うことにした。



 1軒目のお宅は、子爵の息子の相手をしてくれ、との依頼だ。


 息子はまだ7歳、赤髪のツンツン・ショートヘアーに、青のクリクリお目々。

 細見で美少年で、身長は僕の肩くらいだ。


 冒険に憧れる無邪気な少年に、冒険談を聞かせてやって欲しい、と聞いていたはずなのだけど。

 少年は全く話を聞く気はない。

 話そうとする僕の事は完全に無視され、カエデがつきっきりだ。


 しかも言動と行動が怪しい。


「カエデ、おんぶして」


「カエデ、抱っこー」


「カエデ、一緒にお昼寝」


「カエデ、一緒にお風呂」


 そのどれもが過剰なまでのスキンシップ要求。

 こいつは完全にエロガキだ。

 子供じゃなかったら犯罪行為、でも子供だから体罰も出来ない。


 それに、ただの僕の深読みかもしれないし、と思っていると、エロガキがカエデの胸に、執拗に手を伸ばそうとしているのに気が付く。

 あ、この子、確信犯だ。


 教育上よろしくないので、エロガキを無理やり引き剥がす。


「ほら、カエデお姉ちゃんも困ってるだろー。僕と遊ぼうか」


 しかし、反応はなく。

 死んだ魚のような目を、上目遣いで向けられる。

 反応が分かりやすい。


 そしてトドメに。


「チッ」


 と舌打ちまで下さる。

 将来ひねくれた性格に、ご成長なさらないか、心配で御座います。


 エロガキはさらに駄々をこねる。


「やだー、やだー、カエデとお風呂」


 両親を呼んで注意しようと思っても、今は不在。

 体のいい、お守を任されたようだ。


 執事やメイドがいるにはいるけど、雇い主のエロガキに逆らえる力はないだろう。

 僕は仕方なくカエデに耳打ちする。


「ダミーを作って誤魔化せそうですけど、どうします?」


「ダミー?」


 聞きなれない言葉に首をかしげるカエデ。

 エロガキは会話に混ざろうと、必死にジャンプしてくるので、頭から抑え込んでおく。


「百聞は一見にしかずです。坊ちゃん、カエデお姉ちゃんは準備があるから、ちょっと待っててくれるかな?」


「うん」


 満面の笑顔だ。

 今まで無反応だったのに、なんか憎たらしい。


 控えていた執事に風呂場を聞き、カエデと一緒に向かう。


 風呂場でダミーを出すと、カエデは自分を見て驚いた。


「これはすごいな。瓜二つだ」


「外見はそうですけど、中身は何もありません」


 カエデは服を脱がせ中身を確認する。

 何もないことは分かっているけど、背徳感で心がいっぱいだ。


「ふむ。感触は泥人形のようだ」


「はい。カエデがよければ、これで対応しようと思いますが」


「問題ない。これで行こう」


 こうしてダミーを風呂場に置き、カエデはトイレにしばらく籠って貰うことにした。

 エロガキを連れて来ると、意気揚々と入って行く。


 問題が発生しても、すぐに対処できるよう脱衣所で控えていた僕は、聞き耳を立てる。

 するとエロガキの声が聞こえて来た。


「わーい。カエデ洗いっこしよー」


 ある程度ダミーを操作できるけど、見えない状態で動かすのは至難の業だ。

 イメージして頑張ってみる。


 すると。


「え!?か、カエデ!手足が変な方向に曲がってるよ!」


 うーむ、どうやら失敗だったようだ。

 曲がっているということは、こうして、こうかな?


「ギャー!首が、首が!カエデが死んじゃう!」


 悪化した。


 恐らく風呂場はホラーな状態だろう。

 これは1人では対処できそうにない。

 本物のカエデを脱衣所に呼び戻し説明し、声を掛けて貰う。


「すまない、たまに曲がるんだ。治してくれないか?」


 細々とした声が聞こえる。


「う、うん……僕、頑張ります」


 完全にテンションダウン、やり過ぎてしまったか。

 しかし、流石はエロガキでめげないようで。


「じゃあ、洗うね」


 治せたのか、元気を少し取り戻したようだ。

 エロパワー恐るべし。


「カエデ、なんか、変。硬くてザラザラして泥みたい、ママと全然違う」


 カエデは声を掛けフォローする。


「冒険者で鍛えているからな」


「そっか、冒険者になるとこんな風になっちゃうのか……。僕、もうお風呂あがる……」


 再びのテンションダウン。

 今後の影響が心配な程の落ち込みぶりだ。


 カエデは再び隠れ、脱衣所でしょんぼりと着替え始めるエロガキ。

 なぜか僕の体を触り。


「ゴツゴツしてるね。そっか、こうなるのか」


 何かを悟ったような表情に変わってしまった。

 今回の報酬は期待できなくなったかもしれない。


 その後はカエデの冒険談を話すが、右から左に流れているようで、内容は全く耳に入っていないよう様子だった。

 そして両親の帰宅を知り、逃げるように部屋を飛び出して行く。


 僕達も後に続いた。


 母親に抱き着いているエロガキは、決意の表情で言う。


「ママ、僕ね。冒険者は止める!パパやママみたいな立派な貴族になる!」


 どうやらさきほどのトラウマで、進路を変えてしまったようだ。

 これはまずいのではないか。


 父親はエロガキの頭を撫でる。


「そうか良かった。冒険者なんてなるもんじゃないだろ。

危険で過酷な職業だと理解してくれてパパは嬉しいよ」


 あれ?思っていた反応と違う。

 もしかして好感触?


 父親は僕達の方を見てお礼を口にする。

 お叱りでないのに困惑した。


「ありがとうございます。良い冒険談を聞かせでもしたんでしょうな。

息子が冒険者になると聞いて、私共も困っておりました。

息子には立派な貴族になって欲しいのに。

それなら冒険者の大変さを知れば、諦めてくれるだろうと思い、依頼させて頂いたんですよ」


 母親はエロガキを抱き抱えながら。


「本当、いったいどんな話だったのかしら、とても興味が湧きそうですわ。

よほど怖い体験でしたのでしょうね」


 本人が直接怖い体験をした、とは言わないでおこう。

 結果オーライだ。


 エロガキの冷たい目に見送られ、僕達は屋敷を後にした。



 2軒目は伯爵令嬢のお宅で剣の訓練だ。


 僕と同い年の15歳の令嬢は、細見で身長は僕より少し高かった。

 端麗たんれいな顔立ちに眼鏡も合わさり、文武両道を思わせる、礼儀と立ち居振る舞い。

 肩まで伸びた茶色のミディアムヘアー。

 緑のブレザーの制服で、ミニに近いスカートでお出迎えしてくれた。

 

 なんでもクラス委員長をしており、男子に負けたのが悔しくて依頼をされたそうだ。

 15歳なら体格差も出始め、女子にはかなり不利だろう。

 それでもなお勝ちたいという執念。

 なにが委員長をそこまで奮い立たせるのか。


 早速、剣の相手をしようとするが、真剣での申し出に戸惑う。

 怪我でもさせてしまったら大変だ、と迷っていると甲冑が手渡される。

 これならば僕は怪我をしにくい、となれば僕は木剣を持てばいい。


 甲冑を装備してみると、重いし視覚は悪いし、それに変な臭いがする。

 これは我慢するしかない。


 広い中庭で対峙する。

 委員長はなぜか制服姿のままだ。

 防御力は皆無なので、本当にこちらかは手出し出来そうにない。


 委員長はレイピアを構えている。


 細い剣で巧みに突きを繰り出し、2連突き、3連突きと攻撃の手は休まらない。

 とてもじゃないけど重い装備に、視界も悪くては捌ききれない。

 僕はただ突かれるだけの人形になるしかなかった。


 ガンガンッと響き渡る甲冑への打撃音。

 感情が高ぶったのか、委員長が声を張り上げる。


「あいつめ!ちょっと前までは私の方が強かったのに。あー、もう、むかつく!」


 打突は続く。


「身長もいきなり伸び始めちゃって、私がちっちゃいことを冷やかすし、男なんて最低よ!」


 あいつは男と判明。


「調子に乗って来たのか、他の女の子ともよく話すし、最近は相手してくれないし、なんなのよ!」


 なんなんでしょうねー。


「でもたまに急に優しくなったり、急に冷たくなったり、わけわかんないわよ!」


 異性って分からないよねー。


「剣の訓練の時も絶対に手を抜いてた、こっちは本気でやってるのに失礼にもほどがある!」


 うんうん。


「でも、あいつを見てると胸がどきどきしたりしちゃうの、もしかしてこれって、あー、もー!」


 青春だねー。

 しまいにはレイピアまで投げ捨てて、素手で殴りかかって来る。

 それは痛そうなのでグローブで受け止めます。


「次は絶対に勝ってやるんだからねッ!」


 強烈な右フックをガードし思う。


 あ、これ八つ当たりだ。


 やがて発散し終えたのか、肩で息をする委員長。

 僕は優しく肩に手を乗せる。

 頑張れ。


 しかし。


「気安く触らないで!男なんて大嫌い!」


 良い蹴りが腹部へと決まり、僕は後ろにゴロゴロと転がるのだった。

 本当、分からないね、異性って。



 委員長の気も済んだのか、依頼を終え僕達は屋敷を後にした。

 僕は逆にモヤモヤしたけれど。


 遅い昼食になるけど、レストランへと向かうことにした。

 報酬も貰えたので、奢るよ、という言葉にカエデは犬のように喜んだ。

 どうやらお目当ては食事だったようだ。


 ウエイトレスに注文をし、待つこと数分。

 ランチセットがテーブルに出される。

 パンにサラダ、ハンバーグにスープがついたランチセットだ。

 そしてなぜかステーキまでついてきたのは、カエデが頼んだ物だった。


 食事をしながら今日を振り返る。


「楽で報酬が良い物が多いんだけど、精神的に疲れる」


 カエデは食べながら答える。


「楽なのは結構じゃないか、私は討伐専門だったから、危険なしで飯にありつけるのはありがたい」


 たしかに贅沢は言ってられないか、でも討伐専門だったとは、通りで強いわけだ。

 どんなモンスターを倒したのか、気になった僕は聞いてみる。


「どんなモノを討伐したんですか?」


 カエデは切り分けたステーキを頬張り。


「んー、ふぉーだな。オークの上位種の”ハイオーク”を全滅させたり、”オーガ”の集落を攻めたこともあったな。

他には悪霊”レギオン”など、剣が効かない相手で非常に苦戦した。

あの頃はパーティの人数も多く、色々な戦術が出来たから、多種多様な敵に対応できた」


「パーティにも入ってたんですね」


「ああ、最初は2人だけだったが、多い時で10人はいた。

まあ、今は散り散りになったが、人数が多ければ人間関係で問題が発生するものだ。

特に色恋沙汰は深刻になりやすい」


 僕はスープを飲んでから質問を続ける。


「どうしてパーティは解散しちゃったんですか?今後のためにも参考にしたいかな」


「最初は私と剣豪と呼ばれる、侍だけのパーティだったんだ。

剣豪の人徳で人数は膨らんで行き、弟子も含めて10人にもなってしまった。

それでもなんとか剣豪はまとめていたんだが、1年前に不治の病を患ってしまって。

亡くなってからは、まとめられる者もおらず、そのまま解散という流れだ」


「亡くなってしまったんですか、すみません。思い出させて」


 カエデは思いを振り切るように、スープを一気に飲み干し。


「気にするな。悲しさは消えないが、それで腹が満たされるわけではない。

好きだった”あの人”が戻ってくるわけでもないしな。

おっと、つい口を滑らせてしまったか忘れてくれ」


 僕はカエデの方を見る。

 本当に強い人だ、心も体も。

 視線に気づいたのか、なぜかカエデはステーキを、『あーん』させようとしてくる。


「なんだ食べたかったのか、ならそう言え、だが一切れだけだぞ」


 ステーキが欲しかったわけじゃないんだけど。

 僕は苦笑し、そのまま好意に甘えさせて頂く事にした。


「剣豪が亡くなった後は、リーダー争いが待っていた。

それなりの名声を得たパーティだったからな、皆必死だったろう。

弟子は自分こそふさわしいと内輪もめを始め、そして剣豪を好きだった女もリーダー候補に鞍替え。

まあ、私は加わらなかったけどな。

そこからは修羅場、女に唆されるヤツや、手玉にとられるヤツ、散々なモノさ。

というわけでだ、レナとアルト、どちらをとるかは知らんが、女は気をつけろ」


 僕はステーキを吐き出しそうになる。


「べ、別に2人とはそういう間じゃないですよ!」


 カエデは微笑み、なぜか僕の鼻を突く。


「まあ、そういうことにしておこう。ところで」


「ところで?」


「おかわりいいか?」


 僕は呆れて笑う。


「もう、じゃんじゃん行って下さい!」


 こうしてカエデの過去を少しだけ知ることが出来た。

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