予期せぬレベルアップ
次の日の朝。
早速、カエデ指導の元、庭で剣の修行に励んでいる。
最初は腕前に半信半疑だったレナも、残空を見てひれ伏し、剣を交えては完敗を喫した。
今は素直に指導を受けている。
僕はと言えば、徹夜で本を捲っていたので寝不足。
力なく剣を素振りしていると、残空が横を掠めて行き、一瞬で目が覚めた。
「危ないじゃないですか!」
カエデは鬼の形相で。
「真剣にやらないと怪我をするぞ」
まさに今、怪我しそうになったんですけど、言いかけ止めた。
さらなる残空を食らっては、ひとたまりもない。
眠気を堪え、真剣に素振りを再開する。
目の前では、レナとカエデの模擬戦が繰り広げられている。
一方的に攻めているレナだったけど、カエデは全てを受け止めている。
あの刀という長剣で捌ききっているのは、見事としか言いようがなかった。
やがてレナの隙をついて、刀の柄が腹部へと軽く当たる。
「参りました」
2人は礼をし終え、カエデの指導は続く。
「剣速はまずまずだが、もっと速くなれる。
腕の力に頼りすぎだ、腕だけではなく全身を使うよう意識すると良い。
踏み込みから始まり、膝のバネ、腰の回転を流れるように行うんだ」
レナは言われた通りに振ってみると。
ピッ!と風をも切り裂く剣の音が聞こえた。
カエデは頷く。
「それだ。ゆっくりとで良いので、体の動きだけを繰り返そう」
レナはもう一度、振ってみるが先ほどの音は出ない。
出せるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだ。
僕にもマンツーマンの個人レッスンが始まる。
剣の持ち方から、体の動かし方、剣に使われるのではなく、剣を使いこなす。
心の在り方、心の保ち方、平常心、向上心など精神論まで。
剣の道は深いようだ。
でも、僕は平常心を保てそうにない。
カエデが体を密着して指導をしてくれているからだ。
甘く香る匂いに、Tシャツの中は何もつけてないのか、谷間が見える。
それが指導の度に体に当たるので、正直、修行どころではない。
剣の道は、こうも険しいモノなのか。
レナとアルトの視線も、心なしか冷たい気がする。
このままで集中できない。
「あの、カエデ。言い難いんだけど胸が当たってて」
カエデは体を密着させたまま、きょとんとした表情をする。
それがどうかしたか?というような顔だ。
「ああ、さらしが洗濯中でな。抑える物がないんだ。気にするな」
気にするなと言われましても。
もしかして、これも修行の一部なのだろうか?
邪念を振り切るしかない。
模擬戦に至っては、激しく動くものだから、あっちやこっちへ移動の大騒ぎ。
それでは見なければいい、と思ってしまっても、人間とは不思議な者で、動く物に対して反応してしまう。
もはや新手のかく乱作戦。
僕は気付くと、地面に顔から突っ込んでいた。
アレがあろうがなかろうが、勝てる要素はなかった。
レナのゲラゲラという笑い声が耳に入って来る。
自分も散々だった癖に。
カエデの手が僕の目の前に伸びる。
手を借り立ち上がると、足に来ていたのだろう、カエデに向かい倒れ込んでしまう。
胸にダイブし、顔に柔らかい感触。
これは、まずい!
僕はすぐに顔を上げ、目の前を見る。
レナのジャンプキックが迫っていた。
腕を十字させガードすることに成功したが腕が痺れる。
レナの行動パターンは予測済みだった。
「なんでいきなり蹴って来るんだよ」
「絶対にわざとやってるでしょ!」
「何をわざと?」
「そ、それは!ゴニョゴニョ。えーい、言われなくても分かんなさいよ!」
次はパンチ。
予測通りパンチを受け止める。
僕も成長したものだ、とほくそ笑んでいると、股間に激しい痛みが。
まさか、蹴られたのか!?
僕の像さんがパオーンです。
ここは読めなかった。
完全に盲点だった。
考えられるのは、ここまで。
激痛でもう何も考えられない。
チーン。
享年15歳、ナユタ散る。
……。
ふー、本当に死ぬところだった……。
やっと痛みが鎮まって来た。
一瞬、意識が飛んで、亡くなっていない祖父と出会った気がする。
おじいちゃん大丈夫、僕は元気です。
象さんも無事です、はい。
ありがとう。
痛みを堪え、生まれたての子羊のように立ち上がる。
背中を優しく叩かれる感触に気付く、アルトが介抱してくれていたのか、気付かなかった。
もう一度、心から言える気がする。
ありがとう。
僕が倒れている間に、レナとカエデで水を汲みに行っていたようだ。
冷たい水が差しだされ、僕は一気に飲み干す。
生き返る。
レナは申し訳なさそうに、僕の前で縮こまり。
「あんなに効くとは思ってなかった。本当にごめん」
女性には分からない痛み、この辛さを話しても理解は難しい。
あらためて急所を防ぐ、大事さを教えてくれたと楽観的に考えて割り切ろう。
「今度からは、本当に気を付けて欲しい」
「うん、ごめん。もう2度としない。
だって蹴られた時のナユタ、悪魔に取り憑かれたような顔して怖すぎた……」
どんな顔をしていたのだろう。
気になる所ではあるけど、もう1つ気になることが、隣で発生しようとしていた。
カエデがその場で、桶の水を豪快に被ったのだ。
「ふー、気持ち良いな」
その瞬間にレナの貫手が、僕の両目に突き刺さりそうになる。
「目が、目がぁ!」
掠っただけですんだけど、両目を開けられない。
「目、開けちゃ駄目だからね!」
開けたくても開けられない、どうしたというのか。
その理由はアルトの声で分かった。
「カエデ、ここで水浴びしないで下さい。服が透けて、とんでもないモノが、とんでもない事になってます!
キャー!下は脱がないで下さい」
「乾きにくいと思ってだな」
そういうことか。
前にもこんな場面があった気がするけど、今度は一体どんな状況になっているのだろう。
見てはいけないのだろうけど、とんでもないと言われ、気にならない人の方が少ないだろう。
『”心眼”を獲得しました』
久々のリトルライブラリの声。
ん?もしかして、新たなスキルを獲得してしまいましたか?心眼とは一体。
心眼と思い描いたせいで、スキルが発動してしまう。
見えないはずの周囲が、立体的に表示されているように感じる。
なるほど、僕は試しに女性陣がいるであろう方向を見てみる。
たしかに、そこに3人の姿らしき物が写っていた。
しかし、それは色はなく、点と線を繋ぎ合わせたような代物だった。
四角い物ならば、片面に4つの点と、裏面に4つの点があり、それぞれを線で結んでいる。
球体は複雑で、多くの点と線が密集し、無理やり球を描いているようだ。
これを人間に当てはめると、形こそ分かるけど、大量の線が邪魔をし、はっきりとは見えない。
でも、視界を奪われることもあるだろう。
これは役に立ちそうなスキルだ。
ふふふ。
両目を押さえ1人ほくそ笑んでいると、怪しんだのかレナが近づいて来る。
表情までは分からないけど、逃げなければ。
僕は下がり始める。
さらに不審がったのかレナが一歩近づく、僕は一歩下がる。
近づく、下がるを繰り返すこと数回。
レナは近づく、下がるという動作をする。
僕は下がるという行為を予想していなかった。
つられて同じ動作をしてしまうと。
「もしかして見えてる?」
「え?見えてないけど?どうしたの?」
とぼけてみる。
「怪しい。完全に私の動きに合わせてたよね?」
「なんのことやら、さっぱりです」
「嘘つけー!」
飛び掛かって来たレナに捕まってしまう。
僕は抵抗する。
「本当に普通には見えないんだって!」
「ふ・つ・う?」
口が滑った。
レナは首を絞め、僕の頭を揺さぶる。
「見えてんじゃん!しかも何!?普通って、じゃあ異常に見えてんの?
まさかスキルを覚えて、ふ、服とか透けて見えるようになったんじゃないでしょうね!」
するどい。
けど、流石に服は透けない。
「説明するから離してー」
「説明が先よ、いまナユタを離したら危ない気がする!」
カクカクシカジカで説明中。
説明が終わっても納得がいかないのか、レナは半信半疑。
身を守るような体勢で威嚇してくる。
「とりあえず近づかないでね!あと、背中を向けなさい!」
誤解を解くのも大変だ。
素直に背中を向けると、後方からかすかな音が聞こえた気がする。
そして人が動く気配。
背中など見えるはずはないけど、意識を集中させると、なんと後ろも見ることが出来た。
凄いスキルだ。
と、感心している余裕はなさそうだ。
試し打ちでもしようというのか、レナが棒を持って僕を叩こうと構えている。
振りかざした棒に合わせ、背中向きで真剣白刃取りが決まった。
全く、暴力が好き過ぎなのは困ったものだ。
背中からレナの震える声が聞こえて来る。
「え?なんで、背中に目でもあるの?じゃあもう、ナユタを隔離でもするしかないじゃない、これ!」
やり過ぎてしまったか、でも見えてしまったし、防がなければ怪我をしそうだったので仕方ない。
でも、隔離は嫌すぎる。
困っていると、頼もしいリトルライブラリの声が聞こえて来る。
待ってました。
『提案。心眼を他者と共有できるようにしますか?』
はい、はいはい、はいはいはい!
『はい、は1回で結構です。
共有しました。相手とおでこを合わせることで共有できます』
今の状況で難易度が高いミッション発動。
レナは駄目だ、近寄らせないだろう。
となれば、ここはアルトが適任だ。
僕はアルトに向かって声を上げる。
「アルト。僕とおでこを合わせて下さい」
しかし、反応はなく、小声で呟かれる。
「い、いやです。何をするつもりですか!」
「このスキルは心眼というんですが、おでこを合わせることで共有できるらしいんです」
それでもアルトは拒否してくる。
「騙されませんよ!きっと裏があるはずです」
ここまでアルトに警戒されてしまうとは、もう手はないのか。
考えていると、カエデが近寄って来て、すんなりおでこを合わせてくれた。
「こうすればいいのか?」
共有がどういう形で行われるのかは分からない。
特に自分には変化がないけど、どうなったんだろう。
そう思っていると、カエデが声を上げる。
「おー、自分が見えるようになった。ということは、これはナユタの見ている視界か」
そう言われたので空を見上げてみる。
「空が見えるな」
把握した。
自分の見ている視界を見せることが出来るようだ。
カエデにお願いする。
「危険なスキルではないですよね?2人にも説明してくれませんか」
「ふむ。まあ、特に危険はなさそうだ」
それを聞いてアルトは、小動物のように恐る恐る近づいて来る。
そしておでこを合わせる、というか勢いが付き過ぎて、頭突きになった。
アルトも見えるようになったのか。
「不思議な感覚ですね」
ここまで来ればラスボスのレナも、おでこを合わせてくれるだろう。
僕は両手を広げ、『大丈夫、おいで、怖くないよ』のポーズ。
それが逆効果だったのか、レナは警戒心を強めてしまう。
「ちょっと、そのポーズ怖いんだけど。2人でナユタ抑えといて」
ラスボスは手ごわい。
言われた2人は、僕を抑えようとするけど、あっちへこっちへフラフラと彷徨う。
視点が違うので悪戦苦闘しているようだ。
アルトがカエデとぶつかっている。
「あれ?こっちへ行けば、こうなって」
カエデもフラフラと手探り状態。
「行きたい方向と逆になってしまうな。すまん、抑えられん」
その姿を見て震えるレナ。
「もういい、分かったから!2人を解放してあげて」
分かってくれたみたいなので、とりあえずは良しとしよう。
しかし、解除の方法が分からない。
困っていると、頼もしいリトルライブラリの声。
『もう一度おでこを合わせれば解除できます』
というわけで早速、カエデとおでこを合わせ解除。
次はアルトに近づくと、フラフラゾンビ状態のアルトとぶつかってしまう。
僕は突き飛ばされ、レナの方向へと倒れそうになる。
必死に足を踏ん張って止めるが、アルトは慌てたのか、振り返ろうとして僕を押す形になってしまう。
「はわわ、す、すみません」
この衝撃には耐え切れず、レナを押し倒す形で倒れ込んでしまう。
そこで、おでことおでこがぶつかった。
視界が共有され、パニックになるレナ。
「私の顔が見える、しかもドアップ!え?これ今どうなってるの?どんな状況?」
僕は慌てて動こうとするレナを上から抑える。
「ちょっと触らないで!」
「今動くと危ないよ。もう一度おでこを合わせるまで動かないで」
動かなくなるレナに僕は顔を近づける。
「無理!私の顔がドアップってことは、近づいてのはナユタってことで、もう分かんない!」
その瞬間、僕は突き飛ばされ後ろに転がる。
視界はグルグルと回る世界だ。
「ひゃー!」
レナは悲鳴を上げ、悪霊に取り憑かれたかのように、ガクガクと体を震わせる。
ホラーだ。
この後、アルトとカエデでレナを抑え、なんとか共有をはずすことに成功。
激しく抵抗していたレナは、疲れ切り倒れ込んだままだ。
心眼で共有は使う必要のある場面を想像できないし、封印かもしれない。
さて、痛みも引いて来たし、もう目は普通に見える頃だろう。
心眼を解くと、視界は色を取り戻し、いつも通りの世界に戻る。
そして見てしまう。
まだびしょ濡れのカエデの姿を。
とんでもなかったです。
『レベル12にレベルアップしました』
リトルライブラリの声に僕は固まる。
え?どうして今のタイミングでレベルアップを?
固まった姿を見られ、凝視していると勘違いされたのか、アルトが咄嗟にカエデを隠す。
それどころじゃない。
今までのレベルアップの状況を思い出している。
井戸の事故から女性を助けた次の日。
娼館での仕事をした次の日。
アルトの魔法の練習をした次の日。
ネクロマンサ戦の次の日。
今まではリトルライブラリがなかったので、レベルの確認をしたのは、日課である朝のステータス確認時だった。
それが今回は、すぐに分かった。
これらに共通していることはなんだったろう。
何かが引っかかる。
ダメージは大量に食らったけど、少なくとも瀕死の状態ではなかった。
となると、別の要因があるのだろうか。
情報が足りない。
もう少しで何かが分かりそうなのに、足りないパズルのように、上手く合わせられない。
さらにレベルが上がれば、見えて来るモノがあるかもしれない。
でも、その結果がどんなものなのか。
不安と期待が同時に心をよぎる。
アルトに声を掛けられ我に返る。
「ナユタはタオルを持って来て下さい。あと男物でいいので代わりのシャツを」
僕は返事をせず、言われるがまま別邸へと向かう。
心にべったりと、濡れた何かが貼り付き、心が上手く働かないような感覚。
この心はしばらく渇きそうにない。




