バジリスク戦
エリと別れてから半月の間には色々な事があった。
貴族との付き合いも広がり、個人的な依頼を受けることも増えた。
採集や護衛はもちろんのこと、狩りに同行したり、ただの話し相手になったり。
中にはやばそうな臭いがする依頼もあったけど、流石にお断りした。
報酬は良かったんだけど、危ない橋、いや、落ちる橋は渡りたくない。
ギルドの依頼も受けている。
チャコと仲良くなったおかげで、僕達が受けれる依頼を、まとめていてくれて助かっている。
膨大な依頼から、合ったモノを探すのは一苦労。
それに、中にはどんな危険があるのか分からないモノも多い。
モンスターの弱点だったり、採集なら生息地や、収穫できる場所も教えてくれる。
チャコは非常に優秀だ。
そのお礼を兼ねて皆で食事に行ったら、チャコは18歳で、とんでもなくお酒が強かった。
その日の報酬が吹っ飛んだほど、チャコは非常に酒豪でもあった。
空いている時間には、鍛錬を欠かしていない。
今後のことも考え、中級魔法は覚えたいと練習している。
けど、そう簡単には行かないのが現状。
光の矢を射る”ライトアロー”、ライトの光を強力にした”フラッシュ”と、初級魔法を増やすので精一杯。
他には魔力の消費が大きい、クラッシュダミーを使った分身の作成に、コンシルメントを使った幻影の斬撃など。
なぜか相手を惑わす、卑怯な手ばかり増えている。
そのせいか、前にレナにも怒られた『正々堂々と戦いなさいよ!』と。
ふふふ、勝てばいいのだよ。
もちろん、別邸の管理も忘れてはいない、忙しいけど充実した毎日だ。
そんな忙しい僕、レナ、アルトが今、何をしているかというと、採集依頼で訪れた森の中で真昼間から”バジリスク”と戦闘中だ。
バジリスクは上半身が鳥の体に羽、下半身は蛇の化け物で、羽を広げると体長はゆうに3メートルを超える。
戦う必要はなかった、羽だけを採って来る簡単な依頼だった。
でも、レナのせいで見つかってしまったのだ。
その経緯はこうである。
崖沿いを歩いていると、崖下に大きな岩が重なっている場所があった。
僕がステルスを使い覗く。
上から見ると木の枝や葉が渦上に組まれ、中には20人分は軽くありそうな大きな卵。
どうやらこれがバジリスクの巣のようだ。
巣が近ければ周辺で羽を見つけるのも容易だろう。
「あれが多分、巣だと思う。周辺を探して羽を見つけよう」
僕の提案にレナは、聞く耳持たず独断専行。
「まどろっこしいことしなくてもいいじゃん、さっさと降りて採って逃げましょう」
そう言うやいなや、崖を滑り落ちて行ってしまった。
巣への敵の侵入を、やすやすと見逃されるはずもなく、上空から影が見えるとアルトは叫んでいた。
「レナ、上から来ます!」
鉤爪を間一髪で躱す。
臨戦態勢で睨み合う鳥とレナ、尻尾の蛇は別に意思を持っているのか、鎌首をもたげ威嚇してくる。
僕達も崖を降り加わる。
増えた乱入者の対処に、頭と尻尾の判断が分かれたのだろう。
一種のパニックだ。
その隙をついて魔法を使う。
「フラッシュ!」
激しい閃光が目の前で炸裂する。
鳥は怯み、羽で目を覆う。
蛇は頭を上下させ苦しんだが、視覚には頼っていないピット機関が残っている。
熱を感知し、蛇はアルトに襲い掛かった。
アルトも負けてはいない、すぐに攻撃に入れるよう、詠唱し浮遊して待機させていたウインドクロスで蛇に攻撃する。
しかし、硬いのか蛇の皮を少し斬った程度。
蛇の攻撃を止めるまでにはいかなかった。
僕はすぐにアルトのローブを引っ張り攻撃を躱す。
蛇の独断の動きで、体勢を崩した。
今のうちにレナと合流。
さあ、ここから。
逃げる!
戦おうとするレナの手も無理やり引っ張り、森の中へ逃げ込むまではできた。
バジリスクは空を飛び、木の上で僕達の方をずっと睨んでいる。
隙あらば攻撃しようと考えているのだろう。
もしくは、『今日ノ餌ミツケタ』か。
木を遮蔽物に隠れる僕達に、レナがなぜかキレる。
「なんで逃げるのよ。あんなヤツ私の剣で楽勝よ!」
なだめる様にアルトが両肩を掴み。
「レナ、落ち着きましょう。
いいですか、相手は鳥と蛇の2体だと思って下さい。
鳥部分は飛ぶことはもちろんですが、無詠唱で中級の風魔法を使用して来ます。
蛇は硬い皮を持ち、毒ガスを吐きます」
そう言っているそばから、興奮状態の蛇が紫色のガスを吐き出している。
風向きには気を付けないと。
落ち着いたレナは頭を下げた。
「ごめん、先走りすぎた」
持久戦と持ち込みたいけど、森の中も安全ではない。
陽が暮れてしまっては、さらに危険度はますだろう。
森の中を進むという案もある。
しかし、街へ向かう途中で森は途切れてしまうので、そこからは遮蔽物が一切ない。
空中から襲いたい放題だ。
困った。
バジリスクは呑気に毛づくろいをしているというのに、こっちは緊張感をずっと維持しっぱなし。
時折、威嚇の鳴き声も出してくるので、気が休まらない。
このままではジリ貧。
その時、同じく考え込んでいたアルトが、ある案を閃めいた。
内容を聞きリスクはあったけど、試してみる価値はありそうだ。
僕達は実行に移す。
僕は森の外へ、囮として1人出る。
バジリスクは、すぐに僕に興味を示した。
羽を羽ばたかせるが、射程範囲ではないのか、まだ飛んではこない。
さらに僕は一歩一歩と進んで行く。
鳴き声をあげバジリスクが飛び立った。
それが確認できれば、後は森に逃げるだけだ。
滑空で襲い来るバジリスクと僕の鬼ごっこ。
森まであと少し。
羽ばたきの風を感じるまで追いつかれた。
あと1歩だ。
その時、僕は鋭い鉤爪の餌食になってしまう。
体に食い込み、頭は齧られミシミシと音を立てる。
叫んでいた。
「うわぁ!僕がやられた!」
ダミーで作られた僕とはいえ、自分がやられる姿に心を痛める。
やられてないのに、自分の体が痛む。
いや、心か。
アルトは事前に描いていた魔法陣で、中級魔法”ストーンヘンジ”を発動。
巨大な2枚の石の板が出現し、敵を挟み込む魔法だ。
バジリスクは、すぐに飛び立とうとするが、真上の上空に飛ぶには時間がかかる。
脚力だよりだからだ。
逃げきれなかった、蛇の部分だけが石に挟まれた。
そして木の上に登っていたレナが、残った上半身にめがけて落下する。
剣が頭に刺さり悶絶し、続けざまに首筋を斬る。
ストーンヘンジの効力が切れた。
残された蛇は虫(蛇)の息。
僕はガスや噛みつきに注意し、斬れるまで何度も剣をふるう。
予想以上に硬い。
後方で戦うレナは、心臓のある位置を一突きし後ろに下がる。
続けてアルトのストーンショットが、バジリスクを容赦なく叩く。
良い連携だと感心する。
バジリスクは、やがて息絶えたのか動かなくなった。
勝利だ。
レナが叫ぶ。
「今夜は焼き鳥よ!」
アルトは息を切らしながら。
「焼き蛇も」
蛇と聞いてレナは迷う。
「蛇かー、硬いのよね。あと毒って大丈夫なの?」
「うーん、どうでしょう。止めておきますか」
食事メニューを考える2人を尻目に、僕はダミーの供養だ。
「ありがとう。僕のおかげで勝利できたよ、ううっ、僕よ」
頭部は無くなり、体には深い爪の痕。
無残。
その一言につきる。
レナは僕の後ろで、ダミーを見て声を上げる。
「うわぁ、食らったらこうなっちゃうのか。内臓が見えてなくて良かったわ」
アルトも無残な僕を見る。
「ということは、ナユタが内臓を見たら、内部も再現されるんでしょうか」
ありうる。
お見せできない姿が、そこに横たわっていただろう。
僕は自分に手を合わせ、ダミーを消した。
さて、そうなると羽の他にも良い収穫が出来た。
本体も売れるといいな。
しかし、ここで強欲のレナが発動してしまう。
「卵もあったわよね、あれも頂いちゃいましょう」
アルトはキュウを呼び出し、アイテムボックスにバジリスクを詰めながら。
「強欲は身を滅ぼしますよー」
「いいじゃん、ちょっと行ってくるね」
アルトはため息をつく。
「もう」
残された僕達で出発の準備をしようとした時だった、レナの悲鳴が聞こえ、凄い形相でこちらに走って来る。
「なんか!小さいバジリスクがめっちゃ来る!」
雛だろうか?また厄介なモノを引き連れて来た!
小さいそうだけど、数に圧倒されてはどうしようもない、もう逃げるしか。
とりあえずレナのダミーを作成し、僕達は慌てて森の中に逃げ込む。
雛のバジリスクは、餌と勘違いし、レナをついばんで行く。
レナも僕と同じ気分になったのだろう。
「あぁ!私が、私が食べられていくー!」
僕はレナの首根っこを掴み、引きずるように。
「いいから行くよ」
「いやー、痛くないはずなのに、心が痛い!なにこの感情!」
こうしてなんとか無事に逃げることに成功した僕達は、戦利品を持ち街へと戻ることが出来た。




