レベル至上主義
エルフォードに着いたのは、陽が暮れて辺りが暗くなり始めた頃だった。
遅くなった原因は、僕が走ったせいだ。
まさか最後まで走らせるとは、思ってもいなかった。
「ゼェゼェ」
激しく息を切らせ、巨大な門へ到着すると、門番が不審そうにこちらを見ている。
息を整えてから、冒険者ライセンスを身分証明書として提示する。
顔とライセンスを確認される間、周囲を見渡す。
僕が3人分はありそうな高い壁が、左右にどこまでも続く。
この壁は円形になっており、街を囲むように張り巡らされている。
水の流れる堀の深さも入れると、5メートルにはなりそうだ。
この高さなら、よほどのモンスターでないと侵入は難しいだろう。
手続きが終わり、街に入ることが許された。
門が閉まる時間だったのか、跳ね橋が上がり、街は夜の間は閉ざされる。
中は夜だというのに、人でごった返していた。
まるで祭りの最中のように、様々な種が行きかう。
犬や猫の獣人や、小柄にして筋肉の塊のドワーフ。
トカゲのように体表が鱗で覆われているのは、リザードマンだろうか。
キョロキョロしていると、レナに耳をつままれた。
「田舎者みたいにしない。そうやってるとカモられるわよ」
いくらお人好しな僕でも、カモられるなんて、そんなはずはない。
皆の後に着いて行っていると、若い男性に声をかけられた。
「そこの格好良いお兄さん」
最初は他の人に声を掛けていると思っていたけど。
「冒険者の格好良いお兄さん」
どうやら僕に声を掛けていたようだ。
「なんの用でしょう?」
「いやね、実は急遽、田舎に戻ることになって、店の在庫処分をしてるんだ。
今なら全品半額。
この金のブレスレットなんてお買い得だよ。
プレゼントにするも良し、お兄さん何でも似合っちゃいそうだから自分で着けるも良し。
やっぱり似合ってる人に使って貰いたいよね。
えーい、今なら6割引きの銀貨10枚にしちゃうよ」
なんだって!それはお買い得だ。
「あと髑髏の銀の指輪もどうかな。
これもセットで買ってくれたら閉店まで時間もないし、さらに割引しちゃうよ。
今だけだよ、この値段で買えるの」
このチャンスを逃すわけにはいかない!
僕は財布代わりの皮袋から、すぐに銀貨を取り出そうとして止められた。
エリーさんが僕の前に出る。
「金製品が銀貨で買えるなんて、随分とお買い得ですね。
質屋にでも持っていた方が、よろしいのではないでしょうか?
それと製品の材質は、ちゃんと伝えるべきです。
金メッキのブレスレットと」
メッキ!?もしかして僕は騙されかけていたのか。
チッ。
男性は舌打ちし、手のひらをヒラヒラと振る。
どっかへ行け、という合図だろう。
「止めてくれて、ありがとうございます。危うく買ってしまう所でした」
エリは隣に並び。
「注意散漫、不審な点があった時点で気付くべきです。
そんな調子ですと、街を出る頃には身ぐるみ剝がされますよ」
「気を付けます……」
僕はしょぼくれ歩き出す。
都会は怖い。
その後も怪しい絵画売りや、伝説の装備売りなどに声を掛けられた。
全員が「格好良いお兄さん」から始まるのは、常套句なのだろうか。
さらに続く言葉は、閉店、在庫処分、破産、借金、はては葬儀代という不幸のオンパレード。
本当にそうだとしたら、この街に幸福はなさそうだ。
余計な時間を取らされ、やっとエリの送り先に辿り着く。
立派な門に大きな豪邸、一般民家なら6軒は軽く入りそうな広さだ。
エリが鍵を取り出し門を開ける。
庭も広くて立派だった。
水は出ていないものの中央には噴水があり、そこから十字に石畳が並ぶ。
花壇も規則正しく植えられ、奥にはパビリオン(日本で言うあずまや)が建っている。
エリの荷物を持ち屋敷の中に入ると、ホールも広く高級そうな絨毯が敷かれ、絵画や花瓶が並ぶ。
中央階段から左右の部屋へと繋がっているようだ。
ここはもしかしてエリのお宅なのだろうか?
貴族、お嬢様のエリに、無礼な立ち振る舞いをしてしまっていたのではないか?
思い返すと体が震えて来たので、恐る恐る聞いてみる。
「エリ様、この御豪邸は、ご自宅で御座いますか?」
「いきなり、様づけ?
いえ、ここはサロン様の別邸です。
従業員がエルフォードを訪れる際に、利用させて貰っています」
僕は胸を撫で下ろす。
「エリの部屋はどこにあるの?」
「今度は呼び捨て?玄関を入ってすぐの部屋です。出口に近いですから」
合理的だ。
部屋に入ると、中は飾り気のない質素な内装をしていた。
あるのはベッドと本棚だけ、エルサウスの娼館と同じような部屋だ。
さて、荷物を運び終え、これで僕達の護衛は終わりだ。
屋敷を後にしようとすると、後ろからエリに声を掛けられた。
「今晩の宿は、どうされるつもりで?」
今から宿が取れると良いけど。
「とりあえず、宿をまわってみます。なければ野宿でしょうか」
レナが反発する。
「野宿は嫌ぁ!虫が来るー」
アルトは諦めた様に。
「今の時間だと厳しいかもしれませんね、野宿も覚悟しましょう。
襲い来る虫に、怪しい人物、幽霊。お約束です」
いや、野宿を割と楽しみにしている様子。
困っている僕達に、エリが提案して来る。
「よろしければ、この別邸をお使いになりませんか?部屋は無駄に空いておりますし」
願ったり叶ったりだ。
借りられるか分からない宿を探すより、確実に泊れ、しかも豪華な部屋まで付いて来る。
しかし、うまい話には裏があるというもの、それは先ほど散々、味わった経験だ。
なにかあると思い、僕は条件を聞いてみる。
「でも、お高いんでしょう?」
「まさか、宿代は頂きません。ただし」
エリは一呼吸おいて。
「長い間、利用していなかったので、屋敷全体に埃がたまっているようでして」
「つまり掃除をしろ、ということですね」
「理解が早く助かります、その通りです」
うーん、掃除を取るか高級宿を取るか。
迷うまでもないか、僕は即答する。
「わかりました。掃除します!」
これが正しい選択だったのかは分からない。
この後、ありとあらゆる場所の掃除が待っていたからだ。
普通の民家ならいざしらず、この規模の豪邸となると、もはや専門の業者を雇うレベル。
掃除は夜遅くまで続き、夜食を軽く食べ、僕達は日付が変わってから眠りについた。
朝。
コンコンッ。
ノックの音で僕は目が覚めた。
「ふわぁーい、どうぞ」
と気の抜けた返事をすると、ドアが開かれた。
そこには胸元の開いた、外側が青、内側が白のドレス姿のエリさんが立っていた。
フレアスカートが足元に近づくにつれ広がっている。
お姫様だ。
そこに朝日が加わり、後光を纏う。
女神にレベルアップした。
すぐにベッドから起き上がり姿勢を正す。
「何か御用でしょうか!?」
女神エリは優しく微笑まれ。
「ナユタは時々、言葉遣いがおかしくなりますね。まあいいです。
外出します、鍵をお渡ししておきますので、外出の際は施錠を忘れないよう、お願いします」
「は!畏まりました。いってらっしゃいませ」
女神は去った。
しばらく余韻に浸った後、装備を整えて部屋の外に出る。
僕達のお姫様を、そろそろ起こしに行くか。
2階の奥の部屋に、一番大きな部屋がある。
そこにはお姫様の使う、クイーンサイズのベッドが置いてある。
ここぞとばかりに、良い部屋を選んだのは、レナ姫とアルト姫だ。
両者譲ることなく、2人で寝れそうだと妥協した結果、同じ部屋に泊ることになった。
ノックをし、しばらく。
反応はない。
また寝坊しているのかと思い待っていると、ドアがゆっくりと開き、意外にも顔を出したのはレナだった。
「おはよ。掃除の疲れでアルトがまだ起きないから、先にご飯でも食べてて」
そう言ってドアは閉められた。
昨日はハードな作業だったので無理もないか。
仕方なく僕は調理場に向かい、残り物で朝食の準備を始める。
旅で残った余りものの干し肉と、御者さんから頂いた野菜を、これでもかと煮込む。
塩は干し肉から出る、あとは胡椒を適量振れば、余りものスープの完成だ。
味見をし。
「うん。何の変哲もないスープだ」
そうこうしている内に、2人が起きて厨房にやって来る。
アルトは生まれたての小鹿のように、プルプルと震えていた。
「おはよーございます。全身が筋肉痛です。掃除を舐めてました」
「おはよ。慣れないと大変だよね」
僕は挨拶をすませ、スープを取り分けた。
軽い朝食を済ませ、僕達は街へと繰り出した。
レナの案内で、まずはギルドだ。
予想通りギルドの規模も段違い、あの豪邸、以上の大きさだ。
様々な人や亜人種が、ひっきりなしに出入りしている横を通り抜け、中へと入って行く。
中で最初に目に付いたのは、依頼掲示板だった。
大量の依頼が貼られ、掲示板をはみ出し壁にまで伸びている。
いくつかの依頼を見てみることにした。
『採集依頼:ユニコーンの角 レベル20以上 銀貨20枚』
『討伐依頼:ストーン・ゴーレム討伐 レベル平均30のパーティ3名 金貨2枚』
『調査依頼:ミスリル鉱山の深部の調査 レベル30以上のパーティ4名 金貨4枚』
『護衛依頼:帝国までの護衛 レベル40以上を希望 金貨5枚』
『捜索依頼:シャム猫 レベル不問 銀貨10枚』
レベル条件が厳しすぎるモノが多いようだ。
僕が受けれるとしたら迷子猫しかない。
受けるかはともかく、僕達は受付へと向かった。
この近くにもあるという、ダンジョンの説明をして貰うためだ。
受付には亜人で猫耳をした女性が立っている。
たしか”ネコマタ”という種だ。
お決まりのようにメイド服を着こなし、僕達に気さくに話しかけて来れる。
「みにゃい顔だにゃ、なにかようかにゃ」
語尾はやっぱり「にゃ」なのか。
僕はダンジョンの事について聞く。
「ダンジョンに入る条件を聞きたいのですが」
「じゃあライセンスと、ステータスを見せて貰うにゃ」
あらかじめコンシルメントで、HPやMPなどの部分を隠ぺいしてある。
レベルも上げて操作できなくはないけど、隠ぺいがひどいと犯罪になりかねない。
下げるなら問題ないだろう、という判断だ。
「レナ様はレベル18。アルト様が16。そしてナユタ様が……11にゃのか。
残念にゃけど、このレベルでは、ダンジョンに入ることはできないにゃ。
最低レベル20はないとにゃー」
ガーン。
僕はショックで塞ぎ込む。
レベルが僕の前に立ちはだかる。
「落ち込まずにゃ、レベリング頑張ってればいいにゃ」
僕は負けじと受けられそうな依頼を聞いてみる。
「僕達で受けれそうな依頼はありませんか?」
「ちょっと待つにゃ」
積まれていた書類を確認してくれるネコマタさん。
付箋が貼られていた場所を取り出すと、目の前に出し見せてくれる。
「そうだにゃー、人探しや、労働作業に似た依頼くらいかにゃ。
あとはマニアックな依頼で、死ぬ覚悟で挑む、とんでもにゃい依頼にゃ」
流石にまだ死にたくないです。
僕達は一旦諦めて、ギルドの外に出ることにした。
ネコマタさんが元気に手を振ってくれる。
「がんばるにゃー」
ギルドでの仕事は保留し、街を歩いてみることにした。
ショーウィンドウに並ぶ、豪華な装備に目が止まり入店しようとすると、なぜか止められてしまう。
スーツ姿でちょび髭の男性の店員が、声をかけてくる。
「お客様、誠に申し訳ございません。
当店は『強者にこそ、より良い物を』モットーにしておりまして。
大変失礼ですが、レベルのご確認をさせて頂いても、よろしいでしょうか?」
僕達がレベルを告げると。
店員はおでこを叩き、嫌みのように言う。
「申し訳ございません。当店のレベル制限は30となっておりまして、お客様のお眼鏡にかなうような商品はございません。
そうでございますよね?良い物を買われても、使いこなせなければ意味がございませんもの。
またのご来店をー」
2度と来るか!
腹を立て僕達は店を後にする。
もちろん隣の豪華な防具屋や、魔道具屋にもレベル制限があり、こちらはきちんと看板に書かれていたが。
どこもかしこも、レベル、レベル!レベルッ!
それだけならまだしも!
レストランまで制限するのは、おかしいのではないだろうか。
レベルが低いと、バカ舌なの?
それとも食材を、いちから倒すの?
トボトボと歩ていると、衛兵に声を掛けられた。
別に悪い事はしていないのに、衛兵は槍で僕の進路を妨害する。
「ここからの居住区はレベル50以上の方、専用のお住まいだ。
レベル未満なら、早々に立ち去られよ!」
もう、なんか疲れた……。
仕方なく庶民の営む食材店で食材を買い込み、別邸に戻ることにした。
これから緊急会議だ。
雰囲気を出すため、別邸にあった会議室を使うことにした。
長方形の長いテーブルに、豪華な革椅子に座り、気分は重役だ。
まずは経験者のレナの意見を聞くべきだろう。
「そうね、前に来たときは、あのジスタのパーティだったし、ある程度の依頼は受けれたわ。
私達の今のレベルじゃ、力不足ね。
他に強い人をパーティに入れる方法もあるけど、いったい幾らとられるやら」
ふむ、なるほど。
強い人に心当たりもないし、資金に余裕もない、当分はこのままのパーティになりそうだ。
アルトは挙手をして意見を述べてくれる。
参謀として期待したい。
「こうなったら強くなるしかないです!そして街をギャフンと言わせましょう」
もっともな意見だ。
けど、街は喋らない。
参謀の単純だけど、それしかない、という意見を採用するしか道はなさそうだ。
結論はすぐに決まった。
「よし、これから数日はレベリングに励もう!」
レナはやる気を見せてくれる。
「必殺技も覚えちゃうんだから」
アルトも闘志を燃やし。
「街を吹き飛ばす魔法を取得してみせます!」
頼もしすぎるけど、それはまずいので止めて欲しい。
僕は立ち上がり声を上げる。
「そうと決まれば!まずは食事にしようか」
レナも賛成する。
「朝あれだけだったしね。腹が減ったら、ご飯を食べればいいじゃないだっけ?」
アルトは訂正する。
「全然違います。腹が減ったら、レベリング出来ぬ。です」
ということで、一気に緊張感は失われ、僕達はご飯を食べてから、後々の事を考えることにした。
これを人は、現実逃避と言う。




