護衛依頼
夏服の買い物の帰りに、ギルドに戻ってみると、そこに兵士達の姿はなかった。
すでに遺跡調査にでも、行ってしまったのだろうか。
そこにはTシャツの切れ端だけが、無残に残されていた。
掃除してって下さい!
僕は仕方なく切れ端を拾い集める。
中には湿った物もあって、指でつまむ。
ギルドに入ると、受付には上半身が裸のダグラスがいた。
誰かと話をしているようだ。
会話相手を良くみると、それは珍しくエリーさんだった。
シンプルな黄色いワンピース姿が良く似合っている。
ダグラスは慣れない仕事に戸惑っているのか。
「兄貴、依頼の処理なんですが、これってどうすればいいんでしょ?」
僕は受付に進み、エリーさんの隣に立ち、書きかけの書類に目を通す。
「エルフォードまでの護衛の依頼ですね。
そうなると、まずは人数と強さでしょうか。
レベルとランクを指定して、もし女性の護衛の場合は、パーティに女性を入れると良いかと。
後は金額。交通費はどちらが負担するか、日数によっては食事などもですね。
移動手段なども必要になって来ますが、細かいことは打ち合わせをし、決めた方が良いと思います。
簡単な見積もりも、お出しできます」
エリーさんは感心しながら頷く。
「手際がいいですね。ギルドへの転職をされた方が賢明なのでは?」
「えー、僕は冒険者がやりたいです」
「それでは冒険者さんの仕事ではないですが、見積もりをお願いします。
護衛人数は1人で、馬車での移動を考えています」
僕はギルドの奥に入り、迷わずエルサウス周辺の地図を持って来て、受付に広げ説明を始める。
「まずエルフォードの場合、2日の行程になります。
この町エルサウスから1日かけ、夕方には北にある”エルルク村”に到着、こちらで一夜を過ごします。
早朝にエルルク村から、さらに北にあるエルフォードにも1日かけ、同じく夕方には到着。
護衛だけでしたら、1人当たり銀貨12枚。
道のりで危険なモンスターの目撃情報もありませんし、3人もいれば十分でしょう。
もし護衛が、この町に戻らなくてもいいのであれば、銀貨9枚。
宿代や食事代は、別となってます。
危険手当、怪我の治療費などが発生した場合、ギルドの保険で支払われるので、ご安心下さい。
人選については、人手不足ではありますが、ギルドで信頼のおける方を紹介いたします」
※この世界で一般的な1日の給料は、銀貨3枚。日本円で5400円
エリーさんは僕の顔を見て驚く。
「やはり転職。いえ、天職なのでは?」
僕はその言葉にポリポリと頭を搔く。
「そ、それじゃあ。第二の人生に考えておきます」
エリーさんは熟考した後に話を切り出した。
「それではこの見積もりで、ナユタさんのパーティに、お願い出来ないでしょうか?」
その提案に僕達は慌てふためく。
護衛の依頼は、まだしたことがないからだ。
レナは「別にいいんじゃない」とだけ。
アルトは「大丈夫だと思います。それにエルフォードの街に行けるんですよ。燃えるじゃないですか!」と乗り気。
それぞれの意見を聞き、僕も答える。
「僕達はまだ駆け出しの冒険者ですし、他に適任のパーティがいると思います」
エリーさんは、顎に手を当て再び熟考する。
やがて口を開いた。
「適任となれば、やはりナユタさんではないでしょうか。
人数、女性の有無、危険度は低い、そして信頼がおける。
まさに条件が揃っています」
たしかに当てはめてみれば、全て当たりだ。
特に今後の予定もないし、エルフォードへ行けるのも魅力的。
断る理由が見当たらない。
逆に僕が熟考の番だ。
レナとアルトに目を合わせると頷いている。
むしろ乗り気なのか。
レナがはしゃぎ始める。
「久しぶりのエルフォードで、依頼をこなすのも悪くないわね」
アルトも。
「大冒険の匂いがプンプンします」
どうやら決まりのようだ。
「分かりました。僕達でよろしければ引き受けます。
それでは詳細について詰めましょう。
まず出発日ですが」
僕達は席に着き、本格的な打ち合わせに入る。
「そう言えば、まだ自己紹介がまだでしたね。
こちらはエリーさんで、娼館でメイド、いえ、執事をされている方です。
そしてこちらがレナでBランクの剣士です。
こちらがアルトでCランクの魔導士になります」
レナが「よろしくお願いしまーす」と手を上げ、元気に返事をする。
アルトは「ふ、不束者ですが、お願いします」とお嫁にでも行くのだろうか、遠慮深い。
そして全員が軽く会釈する。
挨拶も済んだところで、エリーさんが話し始めた。
「出発は二日以内にお願いします。
馬車は手配が済んでいますので、日程が決まり次第、出発しましょう」
僕は書類に書き込んで行く。
アルトが代わりに質問してくれる。
「護衛対象は、どなたになるのでしょうか?」
「私の1名となります」
「差支えなければ、目的をお伺いしても?」
「事務手続きが変更になったので、それを踏まえ仕事の勉強を」
レナは感心する。
「勉強!?もうやりたくないわー」
その姿を見て、僕はレナに勉強させようかと思ってしまう。
最近、算数が怪しくなってきたからだ。
猛反発されるだろうけど。
エリーさんは、口元に手を当てて笑う。
「レナさんは元気ですね」
胸を張りレナは答える。
「元気だけが取り柄です!」
威張る所ではない。
エリーさんは、さらに笑う。
「道中は退屈な旅になるかと思いましたが、退屈せずにすみそうです」
アルトが話に割って入る。
「安心して下さい。なんならナユタの抱腹絶倒の一発芸も、お見せしましょう」
え!?僕、そんな芸持ってないですよ!
僕は書類を書き終え、羽ペンを口元に当てた。
「他に何か確認したいことはありますか?」
「今のところはありません。問題が発生したら適宜、調整いたしましょう」
「では、こちらの内容を確認の上にサインを」
しかし、ここで金額、1人につき銀貨12枚を見て、エリーさんの手が止まる。
「お話の流れを聞いていたところ、エルフォードに滞在される予定ですよね?
それなのにこの金額は、おかしいのではないでしょうか」
たしかにそうだ。
レナとアルトが、ノリノリで喋ってしまっている。
「申し訳ございません。こちらのミスです。
それでは銀貨9枚と訂正させて頂きます」
新しい書類を用意し、同じ内容で書き込む。
そして改めて金額を書こうとした時だった。
エリーさんに、その手をがっしりと握られる。
なにか問題があったのだろうか。
「ミスもありましたし、知り合いということで、割引で8枚にしましょう」
え?割とせこい?
僕達は顔を見合わせ話し合う。
「というわけなんだけど」
レナは気にせず。
「旅費が浮くんだから、それでいいんじゃない?」
その発言は、もっと値引きさせられそうなので、止めて欲しかった。
アルトは特に気にする風もなく。
「それで大丈夫です。楽しい冒険に、お給金まで貰えるなんて贅沢」
止めてー。
無料になりそう……。
これ以上、値引きされる前に、すぐに書き込まねば。
「で、では8枚ということで」
掴んでいた手は離され、羽ペンを取られる。
先手を取られたか!?
と思っていると違うようだ。
エリーさんが金額ではなく、サインの方にスラスラと自分の名前を書く。
「契約成立ということで、よろしくお願いいたします。
いつごろ出発できますか?」
僕は金額を書き込んだ後に、2人に聞くように答える。
「準備の方もすることはないですし、明日の朝にでも大丈夫?」
レナとアルトは「「大丈夫」」と口を揃えた。
「それでは明日の朝、待ち合わせ場所は、ギルド前でよろしいでしょうか?」
「では、それでお願いします」
こうして僕達は町を離れ、エルフォードへ向かうことになった。
今日の買い物で、必要な物は揃っている。
当分は戻らないようだし、後することといえば挨拶まわりか。
宿に戻り、ミレイユさんに経緯を説明した。
「そうなのかい、寂しくなるねー」
レナは涙ぐみ。
「私もです。ここの料理がしばらく食べられなくなるなんて」
泣くところがずれている。
せめてお世辞でも、ミレイユさんに会えなくなるなんて、と言って欲しかった。
アルトは丁寧にお辞儀をし。
「お世話になりました。と言っても戻ってこないわけではないですし、少しの間のお別れですけど」
ミレイユさんは2人を抱きしめる。
「いつでも帰ってくるんだよ!」
「「はい!」」
ちなみに僕は抱きしめられていないので、ちょっと寂しい。
他に挨拶するのは、ルイさんくらい。
でも今は不在なので、明日の朝には戻って来ると良いけど。
そして僕達は各々の部屋へ戻り、最終点検をし夜を過ごした。




