古代遺跡
セーフゾーンで初めてのお泊まりに、僕は緊張し眠れずにいた。
陽の光はないので感覚でだけど、もう深夜だと思う。
明日のために眠らなければならない、とは思っていても。
誰かが寝返りを打つ音や、寝言に敏感に反応してしまう。
「ナユタ、めっ!それは食べ物じゃない。ペッしちゃいなさい!」
アルトさんの寝言が聞こえている。
夢の中で僕は何を食べているのだろう……。
「んっ、ナユタ、そこは駄目!そこはモンスターの急所じゃない!
あそこよ、あそこを狙うの!」
続いて聞こえて来たのはレナの寝言。
何かと戦っているようだが、声が妙に色っぽく艶めかしい。
その声のせいで完全に目が覚めてしまった僕は、体を起こし周囲を見る。
部屋は男性と女性で、台座を基準に半々で分けられた。
ダグラスは慣れているのか、もう爆睡してしまっていびきが煩い。
いらついたので鼻をつまんでやろう。
一方、女性の方は荷物やタオルで作った、簡易的な仕切りがついているので、様子を窺うことは出来ない。
もし様子を窺おうものなら、僕の命はここまでだろう。
短い冒険人生になる。
特に見る物もやることもなかったので、仕方なく僕は変わらないステータス画面を開き、リトルライブラリの機能を再確認することにした。
討伐モンスターや、採集アイテム欄もいくつか増え、これが埋まって行くのが楽しみになった。
全部でいくつあるかはわからないけど、コンプリートしたいものだ。
ダンジョン内では、まだ開いていなかったマップも確認してみる。
ワールドマップのダンジョンをタッチすると、別窓が開かれ現在の階層が表示された。
行った事がある場所だけのようだけど、ダンジョン内まで表示されるなんて、これは便利だ。
マップを見ていると、何もない箇所の青いマークが気になり、手持ちのマップと比べてみた。
そこには柱の表示がある。
もしかして、この青は動く場所なんじゃないか。
柱だとすると、下層にも同様の影響があるのではないか。
これはすごい発見をしたかも。
僕は興奮する。
下層に行ったら確認してみよう。
眠らなければいけないのに、興奮してさらに目が冴えてしまうとは。
いっそ起きていてしまおうか。
いや、ダメだ。
やっぱり眠らないと。
ステータス画面を閉じ、横になり目を閉じた。
結局、寝付けないまま朝を迎えてしまった。
陽の光りがないので正確には時間が分からない、あとでルイさんの時計で確認しよう。
皆はまだ寝ている。
僕は一人で朝食の準備を始めようと立ち上がった。
やれることはやっておき、眠れそうになったら短い時間でも眠るつもりだ。
そうなると大きな問題が発生する。
女性側に荷物があるため、それを取りに行かなければならないからだ。
僕は気配を消し、足音を立てずに、そーっと近づく。
決してやましい気持ちはない。
これは料理に必要なことなのだ。
気付かれずに荷物に手をかけた時だった。
荷物を取ってバランスが崩れたのか仕切りが倒れ、かけていたタオルと棒がはずれ、大きな音を立ててしまう。
女性陣は防具をはずし、ねまきは持ってこなかったのだろう、下着姿だ。
『起きないで!』との願い虚しく、すぐに起き、タオルで体を隠され悲鳴が響く。
「「キャー」」
手当たり次第に近くにあった物が投げられ、僕にヒットする。
「敵か!?」
悲鳴と物音で、最後に目覚めたルイさんが、パルチザンを持ち投擲体勢に入る。
「ちょ!それは死んじゃいます!」
「?、なんだナユタか」
そこまで言い終えたものの投擲は止まらず、僕の頬を斬り、後方の壁に突き刺さった。
すぐに頬を触ってみる。
わずかな出血、皮一枚で助かったようだ。
し、死んだと思った……。
命の危機だ、すぐに説明する。
「あの、これは朝食を作ろうと思って、荷物を取ったら崩れて、その」
「言い訳は後で聞くから、とりあえずあっち向きなさい!」
最後に飛んできたレナのロングブーツが僕の鼻を直撃した。
クリティカルヒット。
これが一番、痛かった。
朝食と共に説教も食らい、セーフゾーンを後にした。
5層での戦闘は無く、階段を見つけ6層へと進む。
風景は5層となんら変わりはないけど、気温は下がった。
夏なのに少し肌寒い。
「モンスターや虫、湿気がなければ、ここに住むのに」
とルイさんは言った。
たしかに気温だけで言えば、ここは快適だ。
「そうですね。魔除けの石をたくさん設置すれば、モンスターは出なくなりそうなのに」
僕は同調する。
「あの石は豪邸が建つほど高価なのよ、しかも使用の期限付き。
それなら街か海辺に豪邸作って、執事やメイド雇った方がいいわね」
あの石はそんなに高価な物だったとは、大量に設置することは出来ないか。
呑気な話をしていると、目の前からスケルトンが3体、動く鎧が2体。
動く鎧の中身は空っぽで、その中にある魔石で稼働する霊体の一種だ。
そして後方から、ゾンビが1体こちらに迫って来る。
のんびり談笑している暇はなさそうだ。
動きの早いスケルトンと、まずはぶつかった。
3体に囲まれたが、僕とレナで背中を向かい合わせ死角をなくす。
落ち着いてスケルトンの剣をさばき、返した剣で骨を砕く。
体内にあるコアとなる魔石が露出されたら、それを破壊すればスケルトンは終わりだ。
まずは2体撃破。
3体目がレナの剣で吹き飛ばされ、体勢を大きく崩した。
この隙に周囲の状況を確認する。
後方ではゾンビ相手に、ダグラスが攻撃を仕掛け、アルトが隙をついて魔法を撃っている。
問題はなさそうだ。
ルイさんはというと、すでに1体の動く鎧は倒していた。
2体目に槍を突き出したが、間合いを間違えたのだろうか届いていない。
しかし、攻撃はそこで止まなかった。
槍を天井スレスレまで高く掲げ、間合いを見事な足さばきで縮め、振り落とす。
動く鎧の兜に命中し、鈍い音と共に兜がべこりとへこんだ。
「槍は突かないんですか!」
戦闘中なのに思わず突っ込んでしまった。
「槍は突くものじゃない、叩くものよ!」
なるほど、そうだったのか。
納得しスケルトンの方へ視線を戻すと、レナによって倒されていた。
ゾンビも片付き戦闘終了だ。
6層で、その後も何体かの動く鎧を叩き、やがて7層に到着した。
階段そばで、ルイさんがマップを広げ、次の階段への道のりを確認している。
このダンジョンは、すでに最下層の8層まで攻略済みで、マップも出来上がっている。
そういえば、どうして攻略済みのダンジョンの偵察など必要なのか。
疑問に思い、僕は質問してみた。
「ルイさん、どうして偵察する必要があったんです?」
ルイさんは、マップが逆さまだったことに気付き直しながら。
「ネクロマンサの出現もあったし、ジスタから聞いたんだけど、このダンジョンには、まだ隠された場所が存在するかもしれない、という話が出て来てね。
他の危険なモンスターも出現しているかもしれないし、偵察することになったのよ。
めんどくさ」
最後に本音をこぼした。
「心当たりがあるんですけど、マップいいですか?ここです」
僕は7層のマップを指さした。
この位置は、上層で動く柱の位置と重なる。
「上層のマップと照らし合わせてみたとき、この場所は動く柱なんじゃないかと思って」
「へー、良く気付いたわね」
ルイさんは感心してくれる。
僕は両手を腰に当て胸を張り、ドヤ顔になる。
「ここから近いし、確認してみる価値はあるわね。行ってみましょう」
マップの位置に着くと、そこには柱が無く、横に移動したようだ。
その先に空間が広がっていた。
恐る恐る先に進むと、何もない狭い部屋。
隅には人が1人だけ入れる穴が空いており、覗くと下へ続いている。
底は暗くて見えない。
念のため、部屋に隠し通路がないか確認して行くけど、それらしき物はない。
残るは穴だけだ。
ルイさんは無言で荷物からロープを取り出し、僕の腰に結び始める。
嫌な予感。
「あのー、もしかして」
「頑張ってね」
降りるのは決定事項のようだ。
僕は受け入れた。
ダグラスがロープの後ろを持ち、穴に落とされて行く。
2層は落ちたはずだ。
その時、足元に地面の感触があり着地した。
暗闇、魔法のライトを使って辺りを見渡す。
細く狭い通路が1本だけあり、敵の気配はないようだ。
安全を確認し、上へ向かって声をかけた。
「2層くらいの深さがあります。
あとは通路が1本、奥までは見えませんが、危険はなさそうです」
「わかったー、私達も降りてみるわ。
ダグラスはここで待機、何かあったら大声で叫びなさい」
降りて来た3人と共に、慎重に通路の奥へと進むと、運動場ほどある広い空間に出た。
堆積した土に足を取られながら、中へ入ってみる。
いくつか並ぶ朽ち果てた机に、上には瓶と割れたガラスが散乱している。
地面には錆びてボロボロになった金属だった何か、壁には地上から伸びる木の根が張り巡らされている。
歩くたびに埃が舞い、視界を遮った。
「古代遺跡がここにも在ったなんて」
ルイさんが呟く。
古代遺跡は各地にいくつか存在が確認されている。
はるか昔に滅んだ、文明の進んだ都市の遺物と言われている。
元は扉だったのだろうか、ボロボロになった金属の間をすり抜け、さらに奥へと進む。
今度は使用用途の分からない筒状の金属が、いくつも繋ぎ合わされ一直線に並んでいる。
堆積した土のせいで、どこまで続いているかは分からない。
遅れて入って来たアルトが、周囲を見渡しながら声を出した。
「噂には聞いてましたが、こんな凄い物が世界にはあるんですね。冒険者になって良かった」
ガンガンッと筒を剣で叩きながらレナも声を出す。
「これは何の金属だろ、錆もついてないし。もしかしてお宝?」
お宝かもしれないので、叩かないで欲しい。
「もしかしなくても国宝級のお宝よ」
「国宝!?」
ルイさんの言葉に反応し、すぐに叩くのを止めてくれた。
筒は見る限り頑丈なのだろう、傷一つついてはいなかったので一安心。
「もしかして私達、超お金持ちに?」
「残念だけど、ここにある物は国の管理に入るわ。
まあ、発見した功績で、雀の涙の褒賞は出ると思うけど」
「えー……」
レナはがっくりと肩を落とした。
僕も非常に残念だ。
その時、アルトが突然振り向き耳をすました。
「何か聞こえたような」
次の瞬間に大きな揺れが起こり、僕は尻もちをついてしまう。
ルイさんが部屋を飛び出し、すぐに戻り大声を出す。
「ダグラスの声。柱が動いてる!早く戻るわよ」
皆は大慌てて元来た道を戻り始める。
遅れた僕は、慌てて手をつき立ち上がろうとする。
その際、手にメロンほどの大きさの球体が触れた。
パニックになっていた僕は、なぜかそれを抱えて皆の後を追ってしまう。
通路の奥まで戻り、見えたのはロープにぶら下がっているアルト。
「急いで急いで!」
上層にいるダグラスに向かって声をかけるルイさん。
呼応し、一気にロープは引き上げられる。
頑張れダグラス、僕達の命運はあなたにかかっている。
僕は心のなかで応援した。
すぐにレナ、ルイさんと引き上げられ、残るは僕だ。
「半分閉まってる!」
レナの声に緊張が高まる。
大急ぎでロープに捕まり「あげてください!」声を張り上げる。
引き上げられると、すでに女性陣は外に出ており、残るは僕とダグラスだ。
「荷物は捨てて良いから走って!」
ルイさんの言葉に従い、荷物なしで閉まりかけた柱の間を、間一髪すり抜ける。
「た、助かった」
一息ついた僕達は、全員の無事を喜びあい抱き合った。
そして僕達は手ぶらで、古代遺跡の報告をするため町へと戻った。
荷物を失ったのは痛手だったけど、それ以上の発見をすることが出来ただろう。




