ハプニング
日付は7月3日。
暑さが日に日に強くなって来ている。
僕達3人は、吹いて来る温かい風を肌で感じ、日差しに目を細めた。
本格的な夏は近い。
さあ、ついに冒険の始まりだ!
と言っても、いきなり難易度の高いダンジョンに潜るわけではない。
パーティの連携の確認や、戦闘になれるため、町の周辺での散策を主に行う。
ついでに常時依頼の採集もする予定だ。
まずはパーティそれぞれのレベルと装備を確認する。
レナが、レベル16、鉄の長剣、鉄の胸当て、ロングブーツ、鉄膝と鉄肘プロテクター。
アルトさんが、レベル13、かしの杖、ローブ、薄手の手袋、皮のブーツ。
そして僕は、レベル10、鉄の剣、鉄の胸当て、ロングブーツ、手甲入り皮手袋。
レナは先に冒険者をしていたので、やはりレベルは高い。
アルトさんは平均より高いので優秀な方だろう。
やっぱり一番レベルが低いのは、僕となった。
負けてはいられない、すぐに追いついて見せる。
僕は意気込む。
「では行きましょうか、レナ、アルトさん」
2人の名を呼び歩き出したけど、アルトさんだけがついて来ない。
不思議に思って振り返ると、頬を膨らませ、そっぽを向いていた。
どうしたんだろう?お腹でも痛いのかな、早速、王露丸の出番か?
「どうしたんです、アルトさん?お腹の調子でも?」
「ち、違います。体調はすこぶる良いです。
冒険の前にナユタさんに、お願いしたい事があります」
神妙な面持ちの顔。
なんだろう?作戦会議かな?
僕は頭をひねった。
「その、さん付けではなく、呼び捨てでお願いしたいんです」
「え、でも」
躊躇する僕に、すかさず。
「でもじゃありません。レナさんだけ呼び捨てで、私はさん付け。
同じパーティなのに、遠くにいるような感じがしてしまって。
それにです、戦闘で名前を呼ぶとき、スピーディになりそうじゃないですか」
なるほど、たしかに。
僕はポンと手を打って納得する。
「分かりました。では今後は呼び捨てで行きましょう」
「では早速、な、ナユタ。い、いよいよ冒険の始まりですね!」
どもりながらも呼ぶアルトさん。
「そうだね、あ、アルト。頑張ろう!」
僕も釣られ、緊張してどもってしまった。
しばしの沈黙、2人だけの世界。
周囲から見れば、僕達の周りにお花が咲いているように見えるかもしれない。
しばらく見つめ合ってると。
「はーい。イチャイチャは、それ位にして行くわよー」
先を歩いていたレナに声をかけられ、元の世界に戻された。
「「イチャイチャしてません!」」
2人の声が重なる。
全くレナは、なんて事を言い出すのか、逆に意識してしまいそうだよ。
気を引き締め直し、僕達は前を見据え、やっと歩き出した。
森に入り過ぎないよう、森沿いを歩いていた時だった。
3匹のゴブリンを、森の中に見つけ警戒する。
こちらにはまだ気づいていないようだ。
先手必勝、と物音を立てず後方へと大きく迂回。
前衛は僕とレナ、後方をアルトにまかせ、チャンスを窺っていると。
全ゴブリンが歩き出し、背中ががら空きになった。
互いに顔を見合わせ、無言で頷き飛び出す。
物音に気付いたゴブリンは、すぐさま振り返るが時すでに遅し。
レナが長剣で薙ぎ払い、ゴブリンの腹を裂く。
僕も負けじと、もう1匹のゴブリンに狙いを定め、首筋を切り裂いた。
ゴブリンは膝から崩れ落ち倒れた。
残り1。
すぐさま標的を確認し飛び掛かったが、レナも同時だったようで、僕達はぶつかり合ってしまう。
もつれあい足が絡まり、レナを押し倒す形で倒れ込んだ。
体の柔らかい感触と、女の子らしい香りが鼻孔をくすぐる。
匂いを嗅いでいる場合じゃない!
こんな好機をゴブリンが逃してくれるはずもなく、目の前から棒が振り落とされる。
危ない!
レナを強く抱きしめ、地面をゴロゴロと転がり何とか回避に成功。
すぐに立ち上がり剣を構える。
その時、後方から風の矢が飛んで来て、頭部に命中した。
アルトが撃ったウィンドアローだ。
戦闘終了。
一息つき僕とアルトは、ハイタッチした。
しかし、中々起き上がってこないのはレナ。
両手で顔を覆い、地面にうつ伏せに倒れたままだ。
心配で駆け寄る。
「もー、恥ずかしい」
「ごめん、足がもつれて転んじゃったのは、恥ずかしかったよね」
「違う、そっちじゃなくて」
「?」
頭にクエスチョンマークが出た。
他に何かあっただろうか。
「もういい、さっさと次に行くわよ!」
こうして初戦は、多少のトラブルがあったものの無事に終了した。
場面は変わって採集を始めた。
定番の薬草に、王露丸にも使われる毒消し草、そして食べられる山菜を皆で採っている。
ワラビ、フキや木苺を持っていた袋に入れて行く。
取り過ぎてはいけないので、半分だけ頂くようにしよう。
汗をぬぐい顔を上げると、アルトが少し遠く離れた、なだらかな丘の斜面で手を振っている。
「そろそろ行きませんか?」
レナと顔を見合わせ、十分な収穫になったので、腰を上げて手を振り返した。
同じく手を振り、小走りでこちらに走ってくるアルト。
だけど何かおかしい、後ろにもう一つの影が見えるのだ。
アルトの影にしては妙にでかい。
「オークだ!」
僕は叫んでいた。
逃げる獲物を発見したオークが、おまけで一緒について来てしまっていた。
すぐに僕達もアルトの方へ向かう。
オークの手が伸びる。
ギリギリで間に合った僕は、アルトの体を抱きしめ、2人は丘の斜面を転がり落ち、さきほどの場面の再現をしてしまう。
同じように柔らかく良い香りだ。
いや、さっきよりも柔らかい。
魔導士アルトの方が、戦士に近いレナより柔らかいのは当然か、と思いながら良く見ると、僕は胸を揉んでいることに気付いて慌てふためく。
くっ、ローブではなく、もっと硬い装備にさせていれば、こんな失敗を犯さずに済んだのではなかろうか。
鉄のローブがないことが悔やまれる。
などと後悔している余裕はない。
僕達に変わって、オークと戦っているレナの剣の音が響いているからだ。
起き上がり加勢に向かう。
2人がかりになったオークは、どちらを対処するか迷っているのか、攻撃の手を止めた。
このような状況になれば、どちらに攻撃を仕掛けるか。
もちろん小さい僕の方にオークは向かってくる。
だが、あせったこん棒の渾身の一振りは、僕のスピードに追い付けず空振りする。
すかさずレナの一撃が右手を切り裂いた。
これくらいでは倒れないか。
踵を返し、攻撃する相手をレナに変える、そのせいでお腹ががら空きだ。
僕の剣が深く腹部へと突き刺さる。
オークはヨロヨロとよろめくも、まだ踏ん張る。
しかし、出血がひどかったのか、しばらく両者が対峙した後に正面から倒れた。
倒したのを確認し、僕はアルトの元へ向かう。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃありません!むむ、胸を」
咄嗟に僕は誤魔化してしまう。
「胸?気づきませんでした」
これが悪手だったようで。
「気づかないくらい小さかったっていうんですか!」
激怒される。
しまった!と思っても後の祭り。
「すいません!ありました胸、ちゃんと、はい!」
感触を思い出し答えた。
うん、たしかに推定では、ギリギリBはあった。
うん。
「もういいです。今度から助ける時は、少しは考えて行動して下さいね!」
えー……。
咄嗟な事態で、そこまでの余裕はないです、と答えたかったけど言葉をぐっと飲み込んだ。
今言う言葉は、きっと一つだけだ。
「ごめんなさい」
頭を下げ謝る。
おそらくこれが正解だ。
だが反応がないので、頭を上げて恐る恐る様子を見ると。
「私も言い過ぎました。助けて貰ったのに。こちらこそ、すいません」
冷静さを取り戻してくれたようで、ホッと胸を撫で下ろした。
この後の戦闘でも、レナのスカートをずり下ろしてしまったり。
アルトのお尻にダイブしたり、と色々あった。
そのたびに怒られ説教の連続。
『だけど全て事故なんですッ!』
声を大にして言いたい。
やがて日も暮れ僕達は町へと戻り、渚停で反省会をすることになった。
注文した料理を待つ間、誰も何も喋らない。
レナは足を組み、天井を見上げ機嫌が悪そうだ。
アルトは一心不乱に指でテーブルをコツコツと連打している。
重い空気が広がる。
やがてミレイユさんが、料理を運んで来てくれた。
僕は早速フォークをつけようとするが、その手はレナに強く握りしめられた。
握力がやばい、握り潰されそうだ。
「食べる前に何か言う事はないかしら?」
表情は物凄く怒っていて、額には×印の血管が浮かんでいる。
「あ、いただきます!」
そうかマナーには厳しいんだな、とか呑気に思っていると。
「ちがーう!あんたね、今日の失態はひどかったわよ。わざとやってるんじゃないでしょうね!」
「真面目にやったよ。たまたまだよ、たまたま」
「たまたまで、あんたの玉々を押し当てられちゃあ、たまんないのよ!」
たまを何回言っただろう?
そんな回数を数えている場合ではないか。
「パーティは慣れてないので、仕方ないじゃないか」
「仕方ないで済んだらセクハラは無くならないわよ!
良い、今回の罰として食事は抜き、ここに正座でもしてなさい!」
「横暴だ!人権侵害だ!」
「まあまあ、2人とも落ち着きましょう。流れ的に全て事故だったじゃないですか」
そう言ってアルトさんが仲裁に入ってくれた。
その優しさに触れ、一瞬、女神様か現れたのかと錯覚してしまう。
「食事は抜きは当然として、正座だけは勘弁してあげましょう」
!?、ひどい。女神様じゃない、悪魔だぁ!
「じゃあ食べましょうか」とアルト。
「わー、美味しそう」とレナ。
ぐぎゅるるる、は僕の腹の音。
あれだけ今日、動き回ったのに、この仕打ちはあんまりだ。
泣きそうになるのをこらえ、キレちゃう。
「いいもん!じゃあ他で食べてくゆ!」
「ダメよ、それじゃあ罰にならないじゃない!」
レナに今度は頭を鷲掴みにされる。
頭蓋骨がぁ、ずがいこ痛ぅ。
その握力に負け僕は大人しく席に戻り、今度は本当に泣いた。
さすがにやり過ぎたと思ってくれたのか、目の前に置かれる料理。
「なんだか私達が悪いみたいじゃない、もういいわ食べても」
レナが今度は女神様に見える。
僕は夢中で料理の肉にかじりついた。
人生の中で一番おいしかったかもしれない。
まだ人生は長いけど。
やがてエッチなハプニングの事も忘れさられ、今日の冒険を振り返って盛り上がり、それは深夜まで続いた。




