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ダンジョン

 僕は荷物待ちとして、待ち合わせ場所で小一時間待っている。

 すでに他のメンバーは揃っており、いないのはジスタだけだ。


 弓使いの男性はクロスボウを手入れし、回復士の女性は長い髪をクルクルと指に巻く。

 僕とレナは談笑をして時間を潰していた。


「それでね、いかにもミミックですっていう宝箱があったから、遠くから石を投げまくったの。

そしたら案の定ミミックでさ、怒り狂って襲ってきたわけ。

やばい逃げろーって叫んだ時よ、投げた石に躓いてこけて谷底に落ちてったの。

流石にあれは笑っちゃったわ」


「ミミック可哀想」


「甘い、同情なんて無用よ、この世は弱肉強食。

それにあの頑丈なミミックだもん、あれくらいなんともないんじゃない」


 たしかに宝箱に守られ、中身は蟹のような甲殻類のモンスター、案外平気かもしれない。


「でも宝箱か良いなー、ロマンがあるよね」


「ナユタなら小さいから、宝箱の中に入れちゃうんじゃ。

ユニークモンスター、ミミック・ナユタが現れたジャジャーン♪」


「そこにロマンは求めてないよ!中身に」


「わかってるって。そうよね、あるよねロマン、いつも開ける時に興奮しちゃう。

まあ、中身が空っぽや、錆びた銅貨が入ってたらショックだけど……」


 そんな風に談笑していると、ジスタが欠伸をしながらやっと来る。


「わりぃ、じゃあ行くか。

あと、これからダンジョンに入るんだからさ、ヘラヘラしないでくれる荷物持ちさん?」


 悪びれる様子もない言動と態度で、荷物を目の前に放り投げた。

 僕は無言でそれを受け取り背中に担ぐ。

 嫌がらせなのか、重いように感じるのは気のせいだろうか。

 冒険に関係ないゴミまで入ってそうだ。


 もう一度、欠伸をしジスタは歩き始める。

 他の皆も無言で彼の後について行く。

 このパーティはいつも、こんな感じなのだろうか。


 朝から空気は最悪だ。


 獣道を南西に向け歩いていると、やがて広大な森が目の前に立ちはだかった。

 草をかき分け、道なき道を進む。


 迷わないように逐一ちくいち、地図とコンパスを確認。

 背の高い木に囲まれていては、視界の悪さと障害物が邪魔をし、直進しているつもりが、知らず知らずの内に蛇行してしまうことがある。

 こんな深い森の中で迷ってしまったら最後、運が悪ければ木の養分か獣の餌だ。


 やがて開けた草原に出た。


 今までの伸びきった雑草とは違い、極端に短かく枯れている物もある。

 ダンジョンの放つ魔素にやられ、成長を阻害されているせいだ。


 草原を進むと、小高い丘にポッカリと口を開けた洞窟があった。

 中は薄暗く湿った風が吹き、土や苔、腐臭の混じった淀んだ臭いが運ばれ鼻を突く。

 ダンジョン特有の臭いだ。


 回復士は肩を上下させ息をし杖を突く。

 弓使いは辺りを見渡し余裕の様子。

 レナは多少、呼吸が荒いものの、まだまだ元気いっぱいのようでストレッチをしている。

 ジスタは疲れている様子もなく、平然としダンジョン内を覗いていた。


 そして僕はと言うと、重い荷物で流石に疲労は隠せない。

 汗を搔き息も荒い。

 ジスタが平然としているのは、荷物をほぼ全部預けているからじゃないだろうか、僕はジスタを恨んだ。


「チンタラしてないで行くぞ」


 パーティの状態を気にする様子もなく、ジスタは中に入って行く。

 文句も言う者はいない。

 言ったところで聞くはずもなさそうだ。


 中は魔素の影響で真っ暗ではなかった。

 それでも暗いことに変わりはなく、視界は10mと言った所だろうか。


 進むと天然の洞窟だったはずが、石畳みに両脇にレンガが組まれた道が広がる。

 この先は迷路のようになっている。

 以前に入った時のマップは用意してある、けれどダンジョンは形を変える。

 劇的な変化を起こすことはないけど、マップだけを頼りには出来ない。

 あくまで参考程度にしておこう。


 1階層に出るモンスターは低級レベル。

 スライム、マタンゴ(お化けキノコ)、体長50cmにもなるジャイアントバット(大コウモリ)。

 あとは通常の虫に注意だろうか。


「ひぃいい!でっかいムカデぇ」


 考えているそばから、レナが悲鳴を上げている。


 1層は途中、スライムとマタンゴを数匹倒しただけで問題なく終わった。


 2層。

 周囲の環境に変化はなく、出現するモンスターも同じだ。

 ただ、今度はジャイアントバットの巣に入り込んでしまったのか、大量のコウモリに襲われてしまった。

 前衛で剣を振るジスタとレナ。

 弓使いは後衛で弓を射り、回復士は火の魔法を放つ。

 流石にこの量では、僕も戦いに参加せざるを得ない。

 ナイフを抜き、撃ちもらした敵を撃破していく。


 戦闘終了、幸い怪我人は誰もいない。


 3層では、大蛇のアナコンダや、妖精”ノッカー”、50cmの大きさで武器がハンマーのモンスターをなんなく倒す。


 4層では、3体の猪の亜人で巨体のオークに、やや苦戦したものの、順調に進むことができた。


 5層から周囲の状況が変化した。

 魔素の濃度が濃くなり、出現するモンスターも強さを増す。

 レンガも影響を受けてか、やや黒ずむ。


 マップを確認し、僕は提案する。


「この近くにセーフゾーンがあります。いったん休憩しませんか?」


 セーフゾーンは、ダンジョンの中にある安全地帯。

 魔除けの魔法がかけられ、モンスターは近づくことはできない。


 なぜ休憩を提案したかというと、皆が疲れきっているから。

 休む間もなく連戦。

 体力に自信がありそうだった弓使いも、疲労の色が隠せない。

 回復士に至っては、足元も覚束ない状態だ。


 しかし、その提案にジスタは答える。


「今日中に最下層の8層まで行く。こんな所で休んでる暇はねぇよ」


 僕はすぐに言葉を返す。


「ちょっと待って下さい。書類には5層までと書かれたはずです」


「あ?関係ねぇよ。最下層まで潜るとなると、手続きに時間がかかるだろ?皆やってることだ」


 たしかに申告より深い層に潜ることはある。

 断ってここで置き去りにされるのも困るので、譲歩を引き出そうとねばる。


「わかりました。ただ休憩だけはしてくれませんか?さすがにこの状況での行動は危険です」


「俺様に意見すんな。荷物持ちは黙ってついてくりゃいいんだよ」


 これにはたまらず、弓使いの男性も入ってくる。


「ジスタさん、はやる気持ちも分かりますが、ガキの言う通りです」


「なんだなんだ、情けねぇな。これだから俺より低ランクの冒険者と組むのは嫌なんだよ。

休みたいなら休んでいいわ、ただし報酬は無しにするけどな」


 その言葉に僕達はキレそうになるけど、ぐっと我慢する。

 仲間で争っては、無駄に体力を消耗するだけだ。

 仕方なくセーフゾーンを諦め歩き始める。


 5層の奥深くに着た時だった。

 人骨だけになったスケルトンと、実態をもたない霊体のレイスの群れが僕達に襲い掛かって来た。


 すでに疲労困憊のパーティの動きにキレはない。

 それでもなんとか撃退していたが、肌に冷気を感じ、ベルの音が響くと一気に緊張が高まる。


 かなり危険な相手が、こちらにやって来る気配。

 やがて奥に見えるのは死霊を操る”ネクロマンサ”。

 全身、骨の姿に高位の者が纏う法衣姿で、こちらにゆっくりと近づいて来る。


 完全に格上の相手だ。


 ネクロマンサは念仏のように呪文を唱えると、倒したはずのスケルトンが再び起き上がる。

 さらに最悪なことに、ベルの音に惹かれ死体のゾンビも集まって来た。


 逃げなければ死は確実だろう。

 だが周りは囲まれ、簡単に逃げる事はできそうにない。


 ネクロマンサの呪文はさらに続く。

 呪いを受けた弓使いは、体の震えと幻覚を見始め、回復士は魔法を唱えられないほど衰弱している。

 前衛でなんとか耐えるジスタとレナだったが、徐々に押され始めていた。

 僕も魔法で応戦しているが、いつ魔力切れを起こしても不思議ではない。


 ネクロマンサの猛攻は止まることはない。


「”アシッドレイン”」


 パーティに酸の雨が降り注ぎ、装備が溶け、皮膚に突き刺さる激痛が走る。

 回復士が魔力を振り絞りヒーリングをかけ、なんとか全員が回復するが、限界を迎えたのか膝をついてしまう。


 絶望が膨らむ。


「ダメだ!俺は逃げるぞ」


 そうジスタが叫び、1人逃走を図る。

 同時に前衛が崩れレナが押され始めた。


 逃げるジスタ。

 その時、奴は最低な事をしでかした。

 回復士を突き飛ばし囮にしたのだ。

 抗う力がない彼女は、すぐに倒れこんでしまう、そこに群がる死霊。

 ジスタは死霊の抜けた穴を目指し逃げ、完全に姿を消した。


 僕はすぐに彼女の元へ向かい抱き抱えた。

 だが包囲はさらに縮まり、僕達は中央で戦うしか道は残されていない。


 その時、レナが果敢にネクロマンサへと飛び掛かるが、斬撃は空を切った。

 体勢を崩し首を掴まれ持ち上げられたレナは、呻き声をあげる。


「うっ……」


 ボロボロにされ下着も露出する無残な姿、レナも限界だ。


 助けなきゃ!助けるんだ!

 僕は頭の中で叫んでいた。


『ザザッ、レベルアップ、一定レベル確認、リトルライブラリ(Little Library。小さな図書館)獲得。

全回復リジェネ(再生)、状態異常回復。

状況確認、ディスペル(解呪)獲得、ハイヒール(中級回復)獲得。

ザザッ、時間干渉獲得』


 またあの声が頭の中に響く。

 頭が霞みがかったような感覚。

 何が起きているか良くわからないが無我夢中で唱える。


「ディスペル!」


 聖なる光が周囲に拡がり、死霊が浄化されていく。


『MP減少確認、最大値リジェネ継続』


「ディスペル!ディスペル!」


 それでも浄化しきれない死霊達の攻撃を食らう。


『HP減少確認、最大値リジェネ継続』


 なんとか前衛に群がっていた死霊達を倒し、僕はレナの元へ辿り着く。

 ディスペルを唱えるが、ネクロマンサは聖属性に耐性があるのか倒しきれない。

 レナはさらに苦しそうに藻掻く。

 僕は必至に魔法とナイフで切りつけるが、全く効いている気配はない。


 それでもレナを助けようと、僕は必死になって叫ぶ。


「誰でもいいです助けて下さい!(我、救援を求む)。

皆が助かるなら僕はどうなってもいい!(我が身を持って代償を支払う)

誰かー(応えよ)」


 サモン(召喚)。


 僕の目の前に、光に包まれた女性の形をした何かが現れた。

 女神か天使か、あきらかに存在感、貫禄が違う上位の存在。


 何かの体から光が放たれると、一斉に周囲の死霊は灰へと変わった。

 続いて何かは右手を高く上げ光の槍を出した。

 放たれた槍は高速で飛び、ネクロマンサの体を突き抜けると、この世の者とは思えない叫び声を上げ崩れ去った。


 死霊の群れは完全にいなくなっていた。

 役割を終えたのか、何かはいっそう光り輝き姿を消した。


「転移」


 僕は朦朧とした意識の中で無意識に唱えていた。


 気が付くと僕達は、ダンジョンの入口の前に倒れている。

 すぐにハイヒールで皆を回復させると、一気に襲い掛かる脱力感に僕は膝を付く、激しい動悸に息切れ。

 魔力が完全に空っぽになったようだ。


 しばらくは、ここから動くことはできそうにない。

 まずは僕達は休憩と食事を摂り、夜になる前に何とか生き延びて町に辿り着いたのだった。

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