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第7話 2人の陰謀



「家族に囲まれて、死にたい」


ありふれた、言葉。


それを光秀はごく自然に、当たり前のように言った。


それは、家臣と共に酒を飲んでいる時だったと思う。どういうきっかけで、そうなったのかは分からないが、「どんな死に方をしたいか」が話題にのぼった。


皆、競い合うようにして、「主君のために、討ち死にしたい」と言う。


世は戦国時代。

主君に仕え、戦場の中で死んでいくのが武士の誇りだった。


そんな中で唯一。

光秀は「家族に囲まれて」と言った。


私は激怒した。


酒を飲んでいたこともあるが、場は騒然となった。

なんで、激怒したのか。分からない。

分からないが、なんとなく悲しかったという胸の内だけは、覚えている。


















目を覚ますと、そこは保健室だった。


「‥‥?」


事態が呑み込めず、混乱したが、しばらくすると段々落ち着いてきた。

そうだ、気を失ってしまったのだった。

時計を見ると、時刻は5時近くなっている。

あれから2時間近く経ってしまっている。

急いで起き上がり、カーテンを開ける。


すると、目の前には本を開いて座っている桜秀の姿が。珍しく、眼鏡をかけている。


カーテンを閉める。


うん。見間違いかな。

深呼吸して、そっとカーテンを開けると、やはり桜秀の姿があった。

もう一度、カーテンを閉めようとすると、桜秀はこちらを見た。


「あ、目覚めましたか?」


「な、んで。明智が‥‥」


「覚えてないですか?」


そう言って、ここにくるまでの経緯を話し始める。

なんでも、あのあと倒れてしまった私を、なんとか腕を掴んで、桜秀が支えた。

しかし、意識があやふやで、「大丈夫だ」か「天下統一」としか言葉を発さなくなってしまったそうだ。

‥‥うん。今はスルーしておく。


仕方がないので、桜秀が保健室まで運び、保健室の先生に相談。

これから職員会議であるとかで、保健室を離れなければならない先生の代わりに桜秀が側についていてくれたようだった。

そこまで話した桜秀は、なんとなく怒っているように見えた。

仕方あるまい。迷惑をかけてしまったのだから。

沈黙が、ながれる。


「‥‥」


「‥‥」


「あの、わるかっ」


「そう言うことを言って欲しいんじゃありません」


謝ろうとしたら、かぶせるようにしてそう言われてしまった。

でも、明らかに怒っている。

どうすればいいのかという気持ちを込めて、見つめていると、明後日の方向を向いていた桜秀はため息をつく。


「いつから、熱があったんですか?」


「‥‥‥朝」


「なんで学校に来たんですか」


「生徒会選挙が近いのに」


「俺に抜かされると思ったから?」


「‥‥」


ぐうの音もでない。負けたくないと、焦って、空回って、迷惑をかける。

しかも、当の本人に全部、見透かされて。


馬鹿みたいだ。


「それから、これ」


そう言って、桜秀が手元に掲げたものは黒い手紙だ。朝入ってた分と、それから机の中に入れられた、計2枚。


私に衝撃が走る。


「なんで、それを‥‥!」


「すみません。あなたを運ぶときに鞄が開いていて見えてしまいました。不躾でしたが、不審に思ったので、確認したら、中身が‥‥」


最後は言葉を濁す。

今日は、それを乱雑にカバンにしまったことを思い出した。油断した。

私の表情を見て、桜秀はいっそう顔を険しくした。


「今日がはじめてというわけではないですね」


「‥‥」


沈黙はなによりも真実を語る。わたしのそれを桜秀は、イエスと捉える。はあ、とため息みつき、立ち上がる。


「先生に伝えておきます」


「やめろ!」


「なぜです?」


「だめだって」


「見逃せと?」


要領を得ない受け答えに、苛立つ。なんで分からないんだ。


「教師に言って、犯人が見つかって、解決しました、で終わりか?」


「‥‥」


「終わりじゃないよな?」


「織田さん」


桜秀が私を諫めるが、それでも言葉は止まらない。


「こんなことがあって、教師にちくった奴なんて生徒会長に選ばないだろっ」


「‥‥」


「そもそも、お前が転校してきて、生徒会選挙に立候補なんてするから」


「自分が‥どれだけ‥‥」


そこまでで言葉がつまる。当たり散らしてしまった。正論を言っているのは、桜秀の方なのに。

いつも、私はそうだ。

感情に任せて行動して、話してしまう。

泣きそうだ。

こんなことで泣きそうになるなんて、私も大概弱っているのだろう。

黙りこくるしかなく、気まづい沈黙が私たちの間を流れる。

すると、桜秀が口を開く。


「‥‥‥これ、クラスのみんなが渡してって言ってました」


そう言って差し出された袋を受け取り、中身を見ると‥‥


「え」


中には、たくさんのメッセージ。それから、お菓子が。

付箋やメモ帳に書かれた言葉には「いつもありがとう」「お大事に」「無理言ってごめんなさい」等書かれていた。


「みんな、あなたのことを心配していました」


え。え。え。


「いつもよくしてもらってるのに、これくらいしか出来ないって」


心配してましたよ、と。


涙が不意に出そうになって、あわてて歯を食いしばる。

だって、こんなこと、不意打ちに。


「あなたにはあなたの積み上げてきたものがあります。それを、信じないでどうするんですか」


いつになく、力強く言う。

泣きそうだ。さっきと違う意味で。

そうだった。

こいつは、上司にも物怖じせず、意見を言う。前世で怒られたことなんて何回もある。

そして、その芯の強さには、同時に、他人を信じる力があったのだ。

その強さと弱さに、私は憧れていたんだ。

なんで忘れてたんだろうな。


「ああ、そう、だったな‥‥」


なんとか、言葉を絞り出すと、桜秀は顔を緩ませる。


「たまには、他の人を頼ってください」


うなずく。

こいつには、いつまでも敵わない。素直になるしかないのだ。


「それから、この手紙のことですが」


現実に戻る話に、少しだけ物怖じする。


「作戦があるんです」


「作戦?」


けれど、思わぬ返答に驚きを隠せない。

作戦って。

少年みたいに不敵な顔をして、桜秀は「作戦」なるものを私に伝える。


それを聞いて、私もニヤリと笑う。


「‥‥面白い」


そう言うと、満足げに微笑み返される。


「はい」


「わたしには思いつかない」


「あなただから、実行可能なことかと」


視線が静かに交わされる。


「さすがだな」


いえ、と謙遜する姿を見つめる。そして、言う。


「さすが、光秀だな」


その、私の言葉に、桜秀はゆっくりと目を見開く。

前世は織田信長だと認めてしまったのだから。

ずっと、頑なになっていたのが嘘のように、すんなりと言うことが出来た。

少しだけ、昔のことを思い出して、やっと素直になることが出来たんだ。


案外すっきりするものだ。


しかし、そんなふうに清々しい気持ちになっている私に向かって、桜秀は膝をつく。彼の髪がさらさらと流れた。


「え、おい」


そして頭を床につける。

土下座だ。


「大変、申し訳ございませんでした‥‥」


「な、なにが」


「あなたを裏切った」


あけすけなその言葉に一瞬凍りつく。

しかし、落ち着いて、私は問う。


「謝って、何がしたい?」


「この学校を辞めます」


その答えに、私は眉をひそめる。

「学校を辞める」なんて、自分一人の問題ではないくせに。


「この学校に転入してきたのは、私に織田信長であると認めさせて、謝って、学校を辞めるためか?」


「いいえ、あなたを見つけたのは、本当にたまたまで」


「だったら、学校を辞めることはない。‥‥生徒会選挙もな」


でも、と口籠る桜秀に、思わず笑ってしまう。

さっきの私を叱っていた勢いはどうしたのか。


そんな私の様子を、怪訝な顔で見上げてくる。


きっと、これから私がこいつにかける言葉はもっと、愉快な顔にさせるだろう。


「それでも、悪いと思うなら」


そこで言葉を止めて、桜秀に手を差し出す。

視線と視線が、まっすぐとぶつかり合う。


「私の選挙の応援演説をしてくれ!」


私の言葉に、桜秀はまた目を丸くする。

まったくもって、愉快痛快だ。


「な、そんなこと‥‥」


「その代わり、私もお前の応援演説をする!」


「ええ?!」


今度こそ声を出して驚いた桜秀。慌てふためいている。

ああ、本当に面白い。


「でも、それは‥‥」


「応援演説、もう誰かに頼んだのか?」


「まだですけど」


「じゃあ、決まりだ」


勝手に提案して、勝手に決める横暴さに、桜秀はまたしても、驚く。


「前代未聞ですよ」


「だから、いいんだよ」


ずっと打開策を考えいたが、思いつかなかった。

でも、それは多分自分の勝利しか考えていなかったからだ。

こうやって視点を広げてみれば、ワクワクしてしまうような面白い案も浮かんでくるものだ。

全部、桜秀が「信じろ」と言ってくれたから、思いついたことだ。


「共闘だ」


堂々ともう一度手を差し出す。

目を丸くしっ放しだった桜秀は、不意に吹き出して笑う。腹を抱えて笑う。


そして言うのだ。



「あなたには、いつまで経っても敵わない」


笑いすぎて出てきた涙を拭い、彼はこちらを見上げる。


「俺を選んだからには、後悔はさせません」


意志の強い、いい目だ。

桜秀は立ち上がり、手を差し出す。

私も歩み寄り、かたく手を握り合った。


生徒会選挙まで、あと2週間。

二人の交じりあった陰謀は、功を奏すのか、否か。


こうして、私たちはライバルとして、共闘することになったのだ。



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