第8話 撫子の一人語り
重めの話です。ご注意下さい‥!
暗い場所に、いた。そして、一人で考えていた。寧々の言う言葉について。
「あなたは、明智さんが好きなのよ」
あり得ない。私があいつを好きなんて。
だって。そもそも。
私が「好き」という感情を持つはずがないんだ。
私は、前世、母から愛されなかった。
そして、今世も、それは変わらなかった。
親から愛情を受けた覚えはない。
だから、今、こうして一人暮らしをしているのだ。幸い、私の叔母は理解のある人で、その人の支援を受けながらではあるが。
更に、前世の妻も、決して私を愛してはいなかった。それなりにうまくやっていたとは思うが、別の人に恋をしていて、私を見てくれたことなどなかった。
血族にも、添い遂げる人にも、誰にも愛されない自分。
それが嫌で、誰かに見て欲しくて。かなり無茶な行動ばかりを取っていた。けれど、諦めてしまえば簡単だ。
今世は、もうそんな感情をもらうことも、与えることも諦めていた。
そうすれば楽になって、私は穏やかになれたと思う。
だから、私が誰かを「好き」になるなんてあり得ないんだ‥‥‥‥‥‥
なのに。
なのに、なんで、あいつの顔ばかりが思い浮かぶんだ?かけられた声が、浮かんでは消えていく。
ガラガラ。
突然、扉が開かれ、暗い部屋に光が差し込んだ。その瞬間、独特の埃と発汗臭の混じった匂いが鼻を貫いた。
そう、私は未だ体育館倉庫にいた。寧々と話した後、なんとなく帰れなくなってしまった。否、帰りたくなかった。
だから、一人で入れる場所、体育館倉庫に入った。
それでも、昔のことを思い出して仕方がなかった。多分、もう最終下校時間は過ぎているだろう。
恐らく、ここに来たのは、最終確認に来た先生なのだと思う。
扉からは私の姿は見えないらしく、扉付近で備品に触れている。
ここで、名乗り出て、外に出なければならないと思う。そうでもなければ、閉じ込められてしまう。でも、今は出て行きたくない。お願いだ。私に気づかないでくれ。
しかし。
「あれ‥‥」
その時、ドキリとした。その声は、よく知ったものだったからだ。
「おかしいな」
来ないでくれ、頼む。そう思うが、足音は近づいてくる。
「うわっびっくりした‥‥」
顔を覗かせたのは、桜秀だった。驚いた様子がよく分かる、が。私はあまり顔をあげないようにしていた。
「明智、だよな」
「え?そうですけど。どうしたんですか?こんなところで」
なんでお前が来るんだとか、タイミングを考えろとか。言いたいことは色々あるが。私は彼を追い出すことにした。
「後ろを向け」
「はい?」
桜秀は訳が分からないと言ったふうに声を上げる。
「そのまま体育館から出ろ」
「‥‥‥分かりました」
意外にも、すぐに引き下がってくれた。足音が遠ざかっていく。それでいい。
こんな顔を見せたくない。私はきっと涙目だ。こんな情けない姿は見せたくない。
顔を擦り、私はノロノロと顔をあげたのだが‥‥
「は?」
「‥‥‥‥どうしたんですか?」
目の前に、桜秀がいた。いつのまにか、こちらに戻ってきていたのだ。こんなに近ければ、涙目なのに、気づかれてしまう。
私は恥辱に、じわりと顔が赤くなるのを感じた。桜秀を睨みつける。
「なんで、来るんだよ」
「すみません。気になって‥‥」
気になる?そんな曖昧な理由で、戻ってきたのか。
「私のことは気にするな!そんなものいらないから!」
「‥‥‥」
どうして、そう、いつもタイミングがいいんだ。
「あり得ない!あり得ないんだよ‥‥」
好きなんて気持ちはありえない。いらないもの。必要がない。でも。
「こんな感情、ダメなんだ。お前は‥‥お前が‥‥」
私は、好きなんだ。どうしようもないくらい。
「‥‥‥」
いつだ?いつからだ。
分からない。多分、急激に意識したのは、文化祭からだと思う。けど、こんな感情を持っていたのは、ずっとずっと昔からな気がする。私は、お前に見てもらいたくて堪らないんだ。
私が言葉を切らしていると、桜秀はゆっくりと口を開いた。
「大丈夫ですよ?不安に思わなくて」
「は?」
「あなたが激昂する時は、いつも不安な時です。前世から、ずっと‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
堪らず、涙が溢れた。
しかし、彼は私には触れてこない。ただそばにいるだけだ。
それが、正しい距離感。正しい在り方。
それがもどかしくてたまらないと感じている事に、初めて気がついた。
私は、愛に飢えている。ずっとずっと。