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第3話 撫子と桃吉の関係



「それで、逃げてきちゃったの?」


「うっ仕方ないじゃないか‥‥」


呆れた桃吉の指摘に言葉がグッと詰まる。


今、私は桃吉の家に来ている。

これでも家が近く、お互い食卓を家族で囲むことはないので、こうして二人で食べることはしばしばあるのだ。


桃吉は、料理を作るのがうまいため、いつも二人分の夜ご飯を作ってくれる。

こうして夕食前、二人でその日あったことを話すことは、二人の習慣だった。


「でも、本当に明智光秀とはねえ」


包丁で味噌汁用のネギを切りながら、桃吉は言う。


「まさかすぎて、どうすればいいのやら‥‥」


そう、私がぼやくとクスと笑ってからかうように言った。


「それでも、逃げることはなかったんじゃないの?」

「‥‥‥」


そう、逃げてしまったのだ。体が反射的に動いて。





あの時。


『あなたは、織田信長の生まれ変わりですよね』


『‥‥』


『‥‥あの?』


『違うから!全く違う!たまたま名前がそうっぽいだけ!』


全力で否定した。もう、そんなに言ったら、逆に怪しいくらいに。そして‥‥


『いや、でも』


『用事思い出したから、もう行くから!自分で教室戻ってくれ!』


と、こんな風に全速力で逃げ出してしまった。

しかも、逃げる前に鳩尾に蹴りまで入れて‥‥




それを言った時、桃吉は思いっきり吹き出し、「のぶちゃん、最高」と大爆笑した。今も思い出しては笑っている。


「もうさ、のぶちゃんの力で蹴られるなんて可哀想すぎる」


「ううううるさい。分かってる」


あまりの羞恥に突っ伏する。

自分でも、あんなに嫌がることはないと思っている。だけど、怖いのだ。


私は光秀を信頼していた。


なのに、あんな風に裏切られて、その理由が未だに分からない。分からないから、怖い。


「まあまあ、これ食べて元気出してよ」


コト、と食器が置かれ、いい匂いが漂ってきた。顔を上げるとチキン南蛮が‥‥


「悪い。私も手伝う」


「じゃー、コップとってきて」


立ち上がり、桃吉を手伝う。食器を洗い、料理を次々と運んでいく。

ほぼ毎日のことなので、慣れたものだ。二人で作業すれば、あっという間である。


「よし、それじゃあ食べよ」


エプロンの紐を解いて、彼は元気に言った。


「ん」とだけ答えて、向かい合って座り、手を合わせる。これも今世ならではのことだよなあ、なんて。


まずは先ほどからいい匂いを漂わせていたチキン南蛮に手をつけてみた。口に入れた瞬間、重厚感のある旨みが広がった。


「うまいよ」


「そ?よかった。実はからしを隠し味に使ってるんだけど」


「へえ、だから味が引き締まってるんだな」


「はなしもどほすけど、明日からどうひんの?」


「口に入れたまま言葉を喋るな‥‥‥明日からか」


「そ、気まずいでしょ。大丈夫?」


「あー。実は、歓迎会をやることになってな」


「歓迎会?」


あの後、急いで教室に戻り、しばらくしてから桜秀も戻ってきた。

すぐに謝ろうとも思ったが、クラスメイトがすぐに彼を囲んでしまった。

休み時間ごとに質問攻めに合わせ、最終的には話し足りなくなったらしい。

その流れで放課後に『歓迎会をやろう』とのことになったのだ。

そこからはノリのいいクラスゆえにどんどん決まっていってしまい、「いやだ」ということも出来ず‥‥


「それが、明日なのかあ」


「そうなんだよ‥‥どうしたらいいのか」


謝るタイミングも逃してしまったし、気まずいの限界値を超えている。

頭を振りながら、うんうんと悩む。

そんな様子に桃吉はくすりと笑って、手で肘をついて言ってきた。行儀悪い。


「ま、頑張ってきなって。俺は関係ないし」


「はああああ、一緒に来てくれよ」


バッサリと切り捨てられた言葉に抗議をする。一人で行く自信なんて、ない。


「やーだよ。あいつ嫌いだし。そもそも他のクラスのやつ混じってたらおかしいでしょ」


彼の正論に言葉が詰まる。確かにそうだ。そうだけど‥‥


「き、嫌いって。初耳なんだが‥‥」


「言ってないし、前世そんなこと言えるわけないし」


確かに、前世は私が主君でこいつらは家臣。いくら相手が気にくわなくとも、「嫌い」なんて家臣が主君に愚痴ることは出来ないだろう。


「お願いだ!桃吉、一緒に来てくれ!」


「いやだよ」


「織田信長命令だ!来てください、お願いします!」


「言ってることが支離滅裂だよ」


とにかく、とにっこり笑って最終通告を発する。


「ダメなものは、ダメだから」





⭐︎⭐︎⭐︎





て、言ってたのに。


「はーい!次、桃吉歌いまーす!」


きゃあああと歓声が上がる。


「てか、桃ちゃんなんで出来てるのー」


「そうだよ、違うクラスでしょ」


周りの女子から上がってくる言葉に、「えー」と言いつつ、答える


「桃吉といえば歓迎会、歓迎会といえば桃吉でしょ?」


「何言ってんのー」と笑いが起こる。そのうち桃吉の入れた、流行りの洋楽が流れ出して、場は一気に盛り上がっていった。


私は一人落ち着いて、よく来てくれたよなあと考える。


今、私はクラスメイトと共にカラオケ店にいる。もちろん桜秀の歓迎会の為だ。

あんなに嫌がっていた桃吉も最終的に私についてきてくれた。そしてなんだかんだ思いっきりこの場を楽しんでいる。

多分、このクラスの誰よりも楽しんでいるのではないかとさえ思うくらいだ。


そして‥‥


チラと斜め前を見ると、桜秀が座っている。周りには沢山人がいて、楽しげに喋っている。会話に興じていて、さっきから何も歌おうとはしていない。

そんな調子なので目さえも合わず、私の心配は杞憂に終わりそうだった。


それにしても、否が応でも桜秀達の会話は聞こえて来る。


「桜秀!何歌う?」


「いや、俺はいいかな」


「えー明智くんの歌聞きたいなあ」


「そーだそーだ!歌えよ。てか、関西弁じゃないんだ?」


「あー、こっちで浮かないようにと思って、練習してきた」


「えー!もったいない!関西弁聞かせてよ!!」


「おま、歌か関西弁か選べよ」


うまく馴染んでるなあ、と思う。

私は、クラスに友人はいない。友人関係など煩わしい為、必要だとは感じないからだ。

必要ないものは、必要ない。

そう、割り切ってしまうのは、前世からの私の悪癖とも言える。


こうして、クラスで集まるのも、あまり慣れない。

その点、桃吉は物凄く器用であると言えよう。


すると、クラスメイトに誘われて、一曲歌うことになってしまった。「次期生徒会長」なんて、言われて頼まれては断れない。

仕方なく、知っている曲を歌った。


クラスメイトにもそれなりにウケて、無難に終わったと思う。しかし、桃吉がなぜか大爆笑していて、それだけが解せなかった。


ちょうど飲み物がなくったので、気分を変えようと、取りに行くことにした。


次は桜秀が歌を予約していたから、ついて来られることもないだろうと予測して。


だが、私の考えが甘かったことを思い知らされる。

飲み物を取りに行く途中にかけられた、「織田さん」という声にビクッとする。


「あ、ああ明智」


「俺も飲み物を取りに来たんです」


一緒に行きましょうと言う彼に動揺を隠せない。

沈黙が流れ、気まずい。

織田信長だと悟られてしまいそうで、何か言うことも躊躇われる。

いや、でもこれは昨日のことを謝るチャンスか。

よし。


「「あの」」


二人同時に声を出し、驚きを隠せない。


「あ、先いいぞ」


「いや、‥‥どうぞ」


そう譲られ、覚悟を決めて、答える。


「昨日は本当にすまなかった」


と、潔く頭を下げる。

すると今度は桜秀が焦って声を上げた。


「いえ。あの俺が急に迫りすぎてしまったから」


「でも、痛かっただろう」


「いやそんなに痛くは‥‥」


と、そこまで言ってハッとした顔をし、気まずそうに目を逸らされた。


うん。痛かったことは分かった。

本当に嘘のつけない奴‥‥


もう一度「すまない」と言うと、再び沈黙が流れて気まずくなる。

ここで、何も喋らないのも逆に変か、と気付いて、なんとかはなしかける。


「‥‥歌は、歌わなくていいのか?」


「ええと、キャンセルしてきて」


「そうか」


「織田さんは‥‥」


とそこまで言って肩を震わせ始める。なんだ?


「そんなにおかしかったか?」


「そう言うわけじゃないんですけど」


あの曲って、織田信長が主役の映画の主題歌じゃないですか、と。

そう。私が歌ったのは、少し前に公開された戦国史映画の主題歌。織田信長の生涯が描かれた典型的なやつ。熱唱してしまったし、指摘されると、結構恥ずかしい。


「悪いか」


ムスッとして答えると、


「織田信長関係のものは結構見てるんですか」

「‥‥」


それは、図星だった。

自分が今どのように描かれて、解釈されているかはかなり興味があるのだ。

しかしその理由を言ってしまうと、昨日全力で拒否したあれはなんだったのか。


そう考え、答えあぐねていると、桜秀はスッと真剣な声色になる。


「やはり、あなたは‥‥」


「違う」


否定の言葉を述べるが、それで信じてもらえるわけがない。

多分、桜秀の中では、ほとんど確信しているのだろう。肯定すれば、楽なのは分かる。

だけど、自分の中の何かが、それを許さない。


「俺、生徒会長に立候補しようと思うんですよ」


「なにが、言いたい」


「あなたが織田信長だと認めたら、立候補やめようかと」


なんで、そんなに執着しているんだ。あっさりと私を裏切ったくせに。


「俺が生徒会長に立候補したら、あなたは困るでしょう?」


それなのに、こちらを真っ直ぐと見つめる。

捕らえられてしまう。


「わ、私は‥‥」


なんとか、声を振り絞った時だった。


「はいはーい。そこまででーす」


桃吉だ。

私と桜秀の間に割って入ってくる。壁に手をついてニコニコしているが、目の奥は全く笑っていない。


「あのさあ、明智くん。嫌がってるのにしつこいよ」


「お前‥‥」


桃吉の言葉に、何かを悟ったらしい明智が目を見開く。

やはり、察しがいい。

彼は言葉を探しながら、慎重に口を開いた。


「‥‥豊臣桃吉くんだっけ?」


「お、覚えていてくれて嬉しいなあ」


「なんか、俺の知り合いの名前に似てる」


にっこりと、桃吉に負けず劣らずの営業スマイルで桜秀が言う。


「ふーん。気のせいじゃないかな」


「‥‥」


バチバチと二人の間で火花が散る。


と、そこで。


「明智くん‥‥あ」


クラスメイトの女子がやって来た。ふわふわとした長い髪の毛の子だ。

どうやらいつまで経っても戻って来ない主役の桜秀を迎えに来たらしい。

しかし、この異様な雰囲気にドン引きしていて、なんだか申し訳ない。


その隙をついて、桃吉は私の手をとり、出口に向かう。


「それじゃ、俺たち帰るから」

「それなら俺も‥‥」

尚もついてこようとする桜秀に向き合って桃吉は首を傾げる。


「明智くんは、今日の主役でしょ?」


それに対して彼は、何かを言おうとして、口を開きかけたが、結局やめて行ってしまった。


「行こ」


桃吉にそう言われて、手を引かれる。ふと後ろを振り向くと桜秀と一瞬だけ目が合った。

その逡巡の中で、私は。

彼は、何を考えていたのだろう。



「あーっもう。あいつ本当ムカつく!」


街中で桃吉の叫びが響く。私は手を引かれたまま、呆れた声を出す。


「そんなにか?」


「そんなにだよ!そもそも前世から気に入らないし」


「そうなのか」


「そうだよ!俺より後に家臣になったのに、俺より高い地位にいたし。いけすかないし、お高く止まってるっていうかさあ!」


前世の愚痴が止まらない様子。


「でもきっと‥‥信長様が1番信用してたのは、あいつ‥‥」


「え?」


小さな声だったので、何を言っているか聞き取れなかった。だけど、横から見たその表情は悔しそうで、切なそうで、何も言えなくなってしまう。


「もも、」


「何でもないよ。あーあ」


そう言って、手も、離れてしまった。


「ごめん」


「いーよ。のぶちゃんを守るのは俺の役目だからね」


このままではダメな気がして、謝ったが、今日のことを言ったと思ったらしい。

そんな答えが返ってきた。


‥‥多分、桃吉は、誰よりも前世を悔いている。


本能寺の変の日、秀吉は信長の命で中国地方の毛利氏と戦っていた。

いわゆる、中国攻めだ。


自分が側にいたなら、本能寺の変の結末を変えられたのではないかと、自分をどこかで責め立てている。

だから、今世はずっと私の側を離れようとしない。

幼なじみとしてずっと一緒にいる。私はずっとそれに支えられてきたのに。



困った顔して、そんなこと言って。



もう一度、ごめんと言おうとした。


だけど、やめた。もっと違う言葉があるはずだ。

寂しそうな背中に向ける、より良い言葉が。


「桃吉!!!」


桃吉は振り返る。私はぶっきらぼうに目を逸らして、何回も言い淀んだ。

こんなこと、前世は言うまでもないが、今世だって改めて言ったことなんて、ない。


最後に「一回しか言わないから」という言葉を言って、意を決した。




「いつも、一緒にいてくれてありがとう」




桃吉はゆっくりと目を見開き、そして、顔に手を当てて天を仰いだ。


「あーもー。なんでそんなこと言うかな」


「え?わ、わるい」


「謝って欲しいわけじゃなくて‥‥‥‥」


そのあとも、桃吉はあーあーと言葉にならない声を繰り返した。


「ほんとに、そういうことを素で言ってくるとか。しかも、なんか上目遣いだし」


「ん?なんて?」


小さな声で早口で言っていたので、よく聞こえなかった。しかし、わたしが聞き返した言葉は無視される。そして、


「へへっ」


そう笑って、桃吉は私の手を絡めとってきた。怪訝な顔で手を見て、顔を見上げると、嬉しそうな顔をしている。


「やっぱり、こうして帰ろう」


「‥‥」


いつもなら、ふりほどく。ふりほどくが。

今日は、いいかと、思う。

桃吉には沢山助けられたし。


「それにしても、こんな風にして歩くの久しぶりだね」


「久しぶりって、幼稚園の時のことか?」


「そ。親に手を繋いでなさい!って言われたし」


「懐かしいなあ」


こうして、他愛もない話をしながら、私たちは帰路についたのだった。

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