第10話 世界一大切な存在
「行ってしまわれるのですね、撫壱様‥‥」
「すまない。爺さんと婆さんによろしく言っておいてくれ」
「それで死ぬつもりなんでしょう?!」
「‥‥」
「ねえ!」
「猿吉とキジ久が、お前を守ってくれるから、大丈夫だ」
「そんな‥‥1人で鬼の都に行くなんて」
「鬼秀を倒すこと。それは、私の使命だから‥‥‥‥さようなら」
「撫壱さまー!!!」
寧々は、その場で崩れ落ち、さめざめと泣く。けれど、撫壱は振り返らずに去って行った‥‥
「はい、カットー!」
その合図と共に、息をつき、私は崩れ落ちる。ぶっ通しで演技をしていたので、大分疲れた。
今、私たち生徒会+手伝いは、体育館を借りて演劇の練習をしていた。体育館に冷房設備はないため、ものっすごく暑く、服は汗に濡れていた。ベタっとした不快感が漂うが、とりあえず我慢する。
近くにいた桃吉に、演技はどうだったかを聞いてみる。
「いやもう、カオスで面白いと思う!」
「そういうのを聞いてるんじゃない」
いやまあ。この話をカオスと言わずとして何というかって感じなんだが。後ろで康久はずっと笑いを堪えている感じだったし。
呆れている私に対して、咲田が話しかけて来た。
「俺、飲み物買いに行ってきますね!」
「あー、ありがとう。じゃあ‥‥」
何を買って来て欲しいか伝えようとするが、彼は聞かずに体育館を出て行ってしまった。
「まったく、アイツは‥‥」
こっちもこっちでツッコミきれん。
「財布も忘れちゃってるみたいだし、そのうち戻ってくるでしょ」
「はー‥‥追いかける気力ないしな」
追いかけてもよかったが、そこまでしてやる義理もないし、何より疲れた。取り敢えずその場に座って、一旦休憩を取る。
私の横で座っていた桃吉が「うへえ」と声を上げた。目線だけ桃吉の方に向けると、私にスマホの画面を見せて来た。
「しず姉えが帰省してるらしい。予定では、来週の筈だったのに。彼氏と喧嘩したに違いないよ‥‥」
絶対に機嫌が悪い、と青ざめる桃吉に対して、私はああと、静かに納得する。
そんな会話をしていると、康久がこちらに近づいてきた。
「桃吉先輩、お姉さんがいらっしゃるんですね」
康久に尋ねられて、桃吉は肩を竦める。
「そう。姉二人。今はどっちも一人暮らししてるけど」
「何歳差なんですか?」
「3と5歳差。大学生と社会人だね」
「僕は兄弟いないので、羨ましいです」
「どこが!奴隷みたいに扱われるよ」
康久がにこやかにそんなことを言うと、桃吉は顔を勢いよくあげて、顔をひくつかせた。まあ、その反応は分からなくもないと思ってしまう。
幼い頃には、よく桃吉と姉2人と遊ぶことが多かった。まあ、その時は、年下で権力の弱い桃吉と私は体のいいおもちゃにされたというか‥‥‥今でこそ、それなりに私のことは可愛がってくれてはいるが。
「そういえば、撫子は兄弟いるの?」
「いや、いないな。寧々は?」
「いないわね」
私たちは顔を見合わせる。多分、お互いに「いなそう」とか思ってる。多分というか、絶対に。お互い思ってる。
あと聞いてないのは、桜秀だけだ。桜秀は‥‥なんとなくいそうな気がするが、どうなのだろうか。
「桜秀先輩はいらっしゃるんですか?」
「‥‥‥‥俺は、妹が、いる」
何故か桜秀は硬い表情でそう告げた。と、同時に桃吉が目を輝かせる。
「えー!妹?可愛い?ねえ、可愛い??」
「すーぐそっちにいくのね?」
そんな桃吉に対して、寧々は彼の耳を引っ張る。
「重要でしょ!ね、ね、可愛い?」
ねえねえ、と繰り返す桃吉を最初は無視していた桜秀だが、しばらくして観念したかのように口を開いた。
「‥‥‥‥‥まあ」
「へえ!写メ見せてよ!そして連絡先頂戴」
その言葉に、桜秀は心底不快だと言うような顔を見せた。彼がこんな顔をするのは、珍しいというか、見たことがない。
「いややわ。天地がひっくり返っても豊臣にはやらんわ」
「は?なんで?」
桜秀は立ち上がり、桃吉を見下ろした。そして、ひどく真剣な表情で。
「世界一大切だから」
当たり前のように、さらりと告げる。そして、そのまま、「咲田迎えに行ってきます」と言って、体育館を出て行ってしまった。
体育館には、静寂が流れる。
「え‥‥‥えー!怪しくない、あれ?」
しかし、ワンテンポおいて発された桃吉の言葉に、寧々も康久も一気に口を開いた。
「どシスコン説でたわね‥‥」
「先輩、まともそうなキャラぶってて、シスコンとは‥‥」
寧々も康久もドン引きしており、かなり好き勝手な見方をしている。
「やばいわね‥‥」
「やばあ‥‥」
「やばいですね‥‥」
「全部聞こえとるから!!」
体育館の外で桜秀の声がするので、どうやら丸聞こえだったらしい。まあ、みんな声量とか気をつけてなかったし、当たり前だな。
‥‥‥それにしても。
桜秀に、妹がいる。そのこと自体は大して意外な事実という訳ではない。むしろ、あの穏やかな性格から考えると納得だ。
しかし、「世界一大切」とは。どういうことなのか。
その言葉の意味も、その時に彼が切なそうな表情をした理由も、私は何も知らない。
何も、知らないのだ。
それが、何故だか、悔しかった。
本年の投稿は最後になります。ありがとうございました。




