第9話 不穏
⭐︎×3で場面切り替えですが、⭐︎×10で人物視点切り替えです。
うーん。なんだろうなあ。
目の前には、平謝りする咲田の姿。そして、足元にはぶちまけられたインク。
「すみませんっすみません!!!」
流れる微妙な雰囲気に、私は頭を抱えた。
本日は、演劇に使う大道具制作の作業をしていた。大道具とは、舞台の後ろに使う絵のことだ。横幅3メートル、縦幅1メートルとかなり大きい。これを演劇部から借りることが出来たのだ。しかし、所々色が剥げていて、少々見栄えが悪い。
なので、演劇部から許可をもらってみんなで手分けして作業をしていた。そのうちインクが切れたので、咲田にインクを持ってきて欲しいと頼んだ。彼は、喜んで引き受けてくれたので、安心して任せたのだが‥‥
彼は、走って戻ってくるなり、すっ転んだ。
そして、なんでそうなったのか、インクをぶちまけたのだった。
「大丈夫か?」
「怪我はない?」
とりあえず、私は彼を助け起こして、寧々は怪我の有無を尋ねた。桜秀は、インクを拭き取る為の雑巾を取りに行ってくれているみたいだった。
咲田は私達の気遣いに感涙している。
私たちは、苦笑いを浮かべるだけだが、それで終われないのが約2名ほど。
康久は相変わらずニコニコしているが、目は笑っていない。桃吉は、目を細めていて、明らかに機嫌が悪い。
二人がこうなってしまうのも無理はない。
咲田が失敗を冒すのは、一度や二度のことではなかった。
ある時は、熱いお茶を資料の置いてある机にぶちまけ。
またある時は、生徒会資料を捨ててしまい。
そしてある時は、生徒会担当の先生のヅラを転んだ勢いでとってしまい、何故か全員お説教をくらった。
そういった事例が山ほどあるのだ。
お陰で、私達の作業効率は下がっている。
私と桜秀と寧々は基本的に彼の失敗は、許している。しかし、基本的に女子には優しいが、同性には厳しい桃吉と康久が、薄々苛ついているのだ。
遂に、桃吉が口火を切った。
「あのさあ!咲田くん。君のせいで作業止まってんの、分かってる?!」
「桃吉、やめておけ」
「やめないよ!!」
諫めるが、桃吉は止まらない。
「分かっているよね。君が頑張っているのは知ってるけど、それにしても仕事増やしすぎ。君が来てない時の方が作業捗ってんの!」
咲田は涙目だ。戻ってきた桜秀は複雑そうな顔をしている。
「忙しいから居てもらってるのに、逆に」
「桃吉!!!」
私が大声をあげると、桃吉はびくりとして言葉を止めた。
「これで、人が死ぬか?」
桃吉は虚を突かれた顔をする。他のみんなもその一言でハッとした。
「死なないよな?だったら、そこまで言う必要はない」
咲田は何がなんだか分からないようだ。
しかし、前世のある私たちは分かる。生死をかけて、戦ってきた私たちには分かるのだ。
戦国時代は、一つの失敗も許されなかった。何故ならそれが、何百という命を失うことに繋がる可能性があるからだ。
だから、私は常に部下を叱咤していたし、家臣もそれを理解していたと思う。時に、その命を奪うことも躊躇わなかった。
しかし、今はどうだ。
確かに、彼の行動は迷惑になっている。しかし、所詮私たちが行っているのは学校の運営。しかも、その責任は大人が背負っており、大した権限もない。
自分の判断一つで何万という命を握っていることもない。
このくらいのミス、大したことはないのだ。
それを、みんなが思い出したようだ。
桃吉は、1度俯いてから、咲田に向き合った。まだ、全てを納得した顔ではなかったが、私の言いたいことは分かったらしい。
「‥‥言い過ぎた。ごめん」
「いえ‥‥‥‥」
桃吉が謝罪をしたことで、その場は事なきを得た。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
「それで、うまくいってるんだよな?」
「はい‥‥」
彼、咲田の前には一つの大きな影があった。威圧的かつ高圧的な態度で、咲田を見下ろしている。
咲田は、本日の生徒会室で起きた出来事を手短に話した。彼の仕事は、生徒会室で見たこと・聞いたことをこのお方に話すことが仕事だった。
彼が指示通りインクをぶちまけた話を、聞いた時点で、1人の男はクックと笑った。
「あの信長が、そんな醜態を晒しているなんてなあ‥‥」
この部屋には、不穏な空気が流れていた。
「あやつに会うのが楽しみだ」




