第5話 準備
ネタ回です。
途中、少しボーイズラブ的表現がありますので、苦手な方はご注意下さい。
夏休みに入り、本格的に文化祭の準備が始まった。
本日は、生徒会の5人全員で演劇部の部室にお邪魔することとなった。理由は、衣装選びのためだ。
「おっじゃましまーす!」
「おー!入れ入れ!」
演劇部の部長と友人の桃吉が陽気な声で先陣を切る。人の良さそうな部長は、張りのある声で答えてくれた。
「ここが衣装室だから、なんでも使っていいぞ!」
ここ、と部長が案内してくれたのは演劇部が誇る衣装室。丸々一部屋を衣装のためだけに使い、全500着はあるそうだ。全国大会出場常連校であるからこその、この量だ。
しかし、これをなんでも使っていいとは、かなり太っ腹である。
「なんでも、ですか?」
「ああ!俺たちが文化祭で使う衣装は既に別の場所に置いてあるからな」
康久が尋ねると、気のいい部長はなんとも太っ腹な答えを返してくれた。私はお礼をいい、5人で手分けして使えそうな衣装を探すことにした。
私たちが探すべきは、明治レトロな和装、もしくは洋装だ。
「あ、これとかいいんじゃない?書生さん」
「桃吉さんは猿よ?私は、町娘風の袴がいいんだけど、なかなか袴がないわね〜」
「‥‥寧々、わざと言ってるでしょ」
「そうだけど何か?」
桃吉と寧々は相変わらずの夫婦漫才をしている。最近、私が「さっさと付き合えばいいのに」と康久に洩らしたら、なんとも言えない可哀想な人を見る目で見られたが。
‥‥とにかく、雑談で作業が進まなくなってしまっているので、注意をしなければならない。
「ほら、邪魔になるから早く探せー‥‥「きゃーー!!!」」
わたしの言葉にかぶさって、悲鳴が聞こえてきた。何事かと思って、声のした方を見ると、衣装室の扉の前で、1人の女子が口に手を当てて震えていた。
体調が悪いのかと思って近づくと、ガシッと手を掴まれた。
「生徒会長様じゃない!!」
「え?」
そして彼女はどこから取り出したのか、「こっち向いて」と書かれた黒い団扇を出してきた。向いております‥‥
「まってまって!本気と書いてガチと読むほど萌える!やばたーん」
ただただ戸惑っていると、その後ろから眼鏡をかけた知的そうな後輩女子がやってきた。
「落ち着いて下さい、副部長」
そして、嗜めてくれたので、黒い団扇を持っている女子は私の手を離してくれた。よかったと思ったのも束の間。眼鏡をかけた彼女は、視線をキラリと光らせて、そのまま康久と桜秀の方に目線を滑らせた。
「ところで、徳川君に、明智先輩。‥‥‥ちょっとそこで壁ドンしていい感じに絡んでくれません?」
「はい?」
桜秀もだが、康久も笑顔のままドン引きしている。
すると、後ろから小柄な男の子がヒョッコリと顔を出してきた。すると元気よく手を挙げて、またもぶっ飛んだ主張してきた。
「はいはいはーい!皆さんには、コスプレさせましょーよ!コスプレ・イズ・ジャスティス!!」
そのまま3人はお互いの主張をし合っていて、私たちのことはそっちのけである。すると、部長が私の隣にやって来て「悪いな」と言った。
「部長」
「全員悪い奴らじゃないんだがな。紹介させてもらうぞ」
私が頷くと、
「左から副部長、ドルオタ。会計、腐女子。エース、コスプレオタだ」
自己紹介の一環に部員の趣味をブッ込まないで欲しい‥‥
そんな切実な私たちの気持ちに気付くはずもなく、更に部長は自分を指差して堂々と言い切った。
「ちなみに、部長である俺は、筋肉バカだ!よろしくな!」
‥‥ものすごい個性的なメンバーだと思う。それ以外、考えないことにしよう。思考放棄だ。
「まあ、という訳で」
と、その時、部長がパンパンと手を叩いた。すると、演劇部員らしき人達が私たちを囲った。何故演劇部員と判断できたのかというと、着ているTシャツに「演劇LOVE」と書いてあったから‥‥
他の奴らの姿が見えなくなり、「え?ちょっと」「どういうこと?」とか声だけ聞こえてくるのがめっちゃ怖い。
そして、そのまま私は演劇部員に腕を掴まれ、羽交い締めにされる。別に、私の力なら振り払うことも出来たが、別に同じ学校の生徒だし悪いようにはされないだろうということで抵抗はしなかった。
‥‥‥‥だが、そのすぐ後、それをとても後悔したのだった。
⭐︎⭐︎⭐︎
なんっで、私はこんなことをしているんだ。
私は屈辱に体を震わせている。
「あ、いいですねー。こっちに視線下さーい!」
そう言われて、ギロリと睨むが、頬を染めるだけで全く効果はなかった。
「はあ、最高です‥‥‥‥生徒会長様にコスプレ撮影会してもらえるなんて!」
そう。私は今、何故かコスプレをさせられている。
羽交い締めにされて別室に連れていかれた私は、女子生徒たちに着替えを強要させられた。一応拒否はしたのだが、そもそも「演劇部に衣装を借りる代わりに、コスプレ撮影会をする」という約束だったのだそうだ。ちなみに約束を取り付けたのは桃吉だ。あとでしばく。
予算的に、衣装を借りないわけにはいかないので、私は致し方なく演劇部員に言われるがまま、衣装を着ていた。
その衣装は、胸のあたりにレースのついた大きなリボンがあり、何というか‥こう、全体的にフリフリしていて、黒が基調で‥‥
「ゴスロリって言うのよ、それ」
「へえ‥‥‥‥」
隣で私と色違いのピンクを基調とした衣装を着ている寧々が教えてくれた。
「はあ‥‥なんでこんなことに‥‥‥」
「まあ、あれよりはいいんじゃないかしら?」
私がぼやくと、寧々は肩を竦めて、「あれ」を指差した。あれとは、桜秀と康久のことである。
2人は、うちの学校の制服とは違う、学ランを着せられていた。そして‥‥‥
「はい。いいですね‥‥‥‥では、次。顎クイしましょうか」
撮影をしているのは、演劇部会計の女子生徒。とんでもない要求をしている。桜秀はその要求に辟易としている。
「こ、これ以上は‥‥!」
「大丈夫ですよ、先輩。僕に任せて下さい‥‥」
まあ、予想通りというか、対照的に康久はノリノリだ。長い睫毛を伏せて、意味ありげに桜秀の肩に手を置く。その瞬間、桜秀はびくりと肩を震わせる。
「無理やて!てか、そのセリフ地味に嫌やわ!!」
桜秀の必死の訴えにも答えず、康久はそのまま桜秀の頬に手を添える。桜秀は青ざめているが。
「ほら、大丈夫ですよ‥‥」
「あっ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
シャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ。
その瞬間切られるシャッター音。音が静かなところがまたガチっぽい。しかも連写だし。
本当、何を見せられているんだろう‥‥‥
「ね、あれよりはいいでしょう?」
「まあ‥‥‥」
「あっ!今度はこっち着てくださーい!」
「ワカリマシタ‥‥‥」
無心だ。無心でやり過ごせば大丈夫だ。
まあ、寧々は可愛らしい服を着れて、それなりに楽しんでいるようだし。桜秀はともかく、康久もこの状況を楽しんでいる。
事の発端になった桃吉はというと、自ら進んで衣装を選んでポーズをとっている。調子に乗ってらっしゃる。絶対あとでしばく。
その後、私は巫女服やら某有名キャラクターやらのコスプレを言われるがままにしていった。
あれ、ここって本当に演劇部だっけ‥‥?キャラクターの衣装とか使えなくない??
「はい。じゃあ、これ最後ね」
「あ、はい」
渡された紙袋を無心で受け取る。が、その中身を見たとき、私は目を見開いた。
「これって‥‥‥」
「えへへ、生徒会の皆さんって戦後武将の名字ばかりだから、用意しちゃいました」
演劇部副部長の彼女は、「安直だったかな?」と、少し恥ずかしそうに笑って言った。
「最後はそれで記念撮影をしましょう?」
その言葉に、頷き、着替えを済ませる。
急いだつもりなのだが、久しぶりなので少しばかり時間がかかってしまった。
私が出ていくと、皆んなもう既に着替え終わってスタンバイしていた。
「おっ!のぶちゃん来たねー!」
「本当に似合うわね」
「懐かしいです」
桃吉、寧々、康久が私に声をかける。そして、桜秀は少し困ったように迷った後、小さな声で最後に言った。
お久しぶりですね、と。
「そうだな‥‥‥久しぶりだなあ」
泣きたくなるほど、懐かしい。どうしようもなく、前世に戻ってきてしまうもの。
私たちが最後に着たのは、戦国時代の着物だった。
もちろん生地も何もかも違うけれど。それでも、昔を思い出すには十分なものであった。
他の人にとっては、これはコスプレなのだろう。でも、そんな一言では済ませられない感情が込み上げてくる。
私たちが横に並ぶと、副部長が元気な声をあげた。
「はーい!じゃあ、撮りますね!!笑って下さい!」
3、2、1。
カシャリ、とシャッターが切られる。
そうして私たちは、はにかみながら、あの頃にはなかった手段で思い出を残した。
⭐︎⭐︎⭐︎
「はあーっ今日は衣装借りられて、本当によかったよね!」
ようやく衣装を借り終えることが出来、生徒会全員で校門に向かって歩いていた。日が傾きかけている時間になっているそんな時、出し抜けに、桃吉がそう言ってきた。なので、私は彼の頬を引っ張った。
「お、ま、え、は!誰のせいであんな撮影をしたと思っているんだよ!」
「ひょめんて!らって、あっちからこうかんしょうけんもちかけられたんらって!」
「ちゃんと喋れ!」
「理不尽!!」
そう言われては仕方がないので、頬から手を離した。桃吉はつねられた頬に手を当てて「いたいいたい」と言っている。
「あっちから、そうしたいって言われたんだもん!」
「それなら予め言っておいてくれっての!」
「ごめんてー」
まったく反省していない様子に更に怒ろうとすると、康久が私を嗜める。
「まあ、なんだかんだ楽しかったからいいじゃないですか」
「‥‥‥‥」
うん、全然いいんだけど。後ろでげっそりしている桜秀を見ていると、可哀想で同意しかねる。
「そうよ。最後にはいい思い出も出来たじゃない」
寧々は、ひらりと1枚の写真を取り出す。そこには私たちが最後に撮った姿が写っている。演劇部の部長がすぐに現像して、私たちに配ってくれたのだ。
私はその写真をポケットから取り出して、改めて眺める。
「‥‥‥まあ、いい思い出にはなった、かな」
「でっしょー!!」
「お前は調子に乗るな!」
私の雷が落ち、他の皆からどっと笑いが起きる。
そんな、夏の1日。




