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第4話 ヒーローの名前


ピンポンパンポーン。えみちゃんの親御さんを呼び出すための放送が流れた。

康久にブチギレた私たちは、とりあえず彼女を迷子センターまで連れて行った。

しかし、しっかり康久に懐いてしまった彼女が彼の袖を引っ張って離さなかった。なので、仕方なく私たちは彼女の親御さんがやって来るまで迷子センターで待機することにした。

私の隣にはえみちゃんが暇そうに足をプラプラさせて座っている。ので、鞄からチョコレートを取り出して与える。


「ほら、これいるか?」


「いる‥‥‥お姉ちゃんも好き」


ストレートな物言いに、固まる。

かわいい。なんて思ってしまう。そんな私を他所に、えみは私のあげたお菓子を夢中で食べている。その様子を桃吉と康久はニヤニヤしながら見ているからムカつく。


「よし、えみちゃんだと言いづらいから、私がニックネームを名付けよう」


「にっくねーむ?」


私の提案に、彼女は首を傾げる。私は大きく頷いた。


「そうだ。こう見えて、私はネーミングセンスがあるんだ!!」


「あ、やばいやつだ」


桃吉はツッコむが、えみは笑顔で「うん!」と頷いてくれた。なので、私は真剣に考える。えみから連想される名前‥‥‥


えみ、えみ、えみ、えみ、エミ、Emi‥‥‥‥‥きた!!


「え‥‥エミリア」


「だからあ。ネーミングセンスないんだって」


キリッと答えるものの、桃吉に一蹴される。そして、桃吉はえみ、もといエミリアに話しかける。


「ねー、えみちゃん。お兄ちゃんとも遊ぶー?」


しかし、その答えは残酷にも辛辣だった。


「ももきち、いや」


「‥‥‥」


「いや」


念を押すように2度も「嫌」と伝えて、どこかに行ってしまう。あまり女の子に拒否されたことのない桃吉はダメージ大。フラフラしている。


「俺、もう心折れそう」


「頑張ってください!桃吉先輩!」


「黙れ。お兄ちゃん」


「お前らなあ‥‥」


そんな私達の様子をジッと見ていたエミリアは唐突に「ねえ」と私の袖を引っ張る。そして、純粋な瞳で聞いてきた。


「おねーちゃんは、どっちのおにーちゃんと付き合ってるの?」


瞬間、何故か凍りつく空気。

私はというと、ませているなと感じつつも、このくらいの年齢だからそういったことに興味も出てくるのだろうと思う。だから、私ははっきりと言った。


「それは、絶対に、ない」


「そうなの?」


「そうだな。あり得ないな」


「そっかあ!」


満面の笑みを浮かべる彼女の頭を私は撫でてやる。しかし、隣を見ると、何故か桃吉と康久は頭を抱えて遠くを見つめていた。

「どうしたんだ?」と二人に聞いたが、特に返答はなかった。無視された‥‥‥‥


「じゃあ、おにーちゃん達はおねーちゃんのなんなの?下僕?」


「どーしてそんな言葉をしってるんだああああ」


相手が子供だということを忘れて、全力で突っ込んでしまった。最近の子、恐ろしい。


「いや、ある意味あってるけどさ‥‥」


「あってないあってない!これ以上精神的ダメージを負わせないで!!」


桃吉は涙目で訴えてくるが、前世では臣下だったし。全く違うってことはない気がする。

すると先ほどまで遠くを見つめて黙っていた康久がエミリアに近寄り、膝をついた。


「撫子さんの下僕も悪くはないけど‥‥」


「おい変態」


私の呼びかけにはガン無視だ。そして、女児に見せるには悪影響を及ぼしそうな妖艶に微笑みを浮かべた。


「強いて言うなら、ヒロイン、かな?」


「ひろいん?」


その言葉に、私は目を瞬かせる。エミリアは意味が分からないようで、不思議そうに首を傾げた。


「そうだね。強くて、かっこよくて、かわいい存在のことだよ」


「‥‥ふーん」


エミリアはやはり意味を測りかねるようで、曖昧に頷いた。私の隣で桃吉は「うまいこというねえ」と言っているが。

何故か褒め殺しされた私は、照れるしかない。だが、照れていることを勘づかれるのは恥ずかしいので、思いっきり顔を顰めておいた。


‥‥‥そんな感じで、私たちはエミリアと積み木をしたりおままごとをしたりしていた。最初は彼女もはしゃいでいたが、段々と元気をなくしていく。


「来ないなあ‥‥‥」


終いには、寂しそうにそう呟いた。なので、彼女の頭を無造作に撫でてやる。


「そのうち来るぞ」


そう言っても、彼女は不安そうな顔を隠さなかった。が、唐突にぐいっと首を上げた。そして。


「あ!ねえ、あれ見て!!」


何かに気づいたらしいエミリアは突然走り出した。しかし、エミリアは足元に小さなボールが転がり落ちているのに気づいていない。そして、彼女はそれを踏もうとしていた。


「危ない!!」


「え?」


案の定、彼女はボールを踏みつけてしまい、バランスを崩す。そして、そのまま頭は机の角に向かっていった。

私は考えるより先に、彼女のもとに走り寄る。そして手を引いて、頭を抱えてそのまま2人で倒れ込んだ。


「う‥‥‥‥」


「大丈夫か?!」


私はエミリアを起こして、尋ねる。見たところ、取り敢えず怪我はないようだった。しかし、彼女はもう既に目に涙を溜めていた。


「ふええええええええええええええええええええええええん」


先程と違って、私は彼女に慣れて来たので、取り乱したりはしない。そのかわり、涙を拭ってやり、エミリアの瞳を見つめた。


「エミリア‥‥えみ、笑え。笑ったら、それだけでしあわせな気持ちになれる」


私の言葉にハッとして、涙を拭った彼女は、ジッとこちらを見透かすような目で見つめてきた。そして、純粋な言葉を投げかける。


「お母さんみたいなこと言うね」


「え‥‥?」


彼女の言葉に、どきりとした。


「えみの名前はね、笑った顔が美しいようにっていう意味なんだって」


無邪気に笑って、そう告げる。


「だから、笑っていなさいって、お母さんはよく言うんだ。そしたら、私もみんなもしあわせな気持ちになれるからって」


「‥‥‥‥‥」


「そういえば、おねーちゃんは『なでしこ』って名前なんだよね?どんな意味なの?」


「え‥‥‥‥‥」


ドクン。

心臓が、嫌な音を立てた。

不意に、何処からか「撫子」という女の声が聞こえてくる。私を責め立てる声色で。

急に呼吸が、し辛くなる。胸が、苦しくなる、


「‥‥‥‥お姉ちゃん?」


彼女の顔もぼんやりと曖昧になる。そのかわり、幻聴の存在が強くなる。

彼女は、「もう限界なの」「ごめんね」と囁きかけてくる。

あれ‥‥‥私。

私は、なんだっけ‥‥‥?なんていうんだっけ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥


どうしたら、いいんだろう。


その時。


「信長様」


優しく、それでも力強い声が背後から聞こえてきた。ゆっくりと振り返ると、穏やかな顔をした桃吉がいた。

織田でも、撫子でも、ない。信長。

それは、一種の安定を私にもたらす。

私は困ったように、桃吉に笑いかけて、それから呼吸を素早く整える。そして、改めてエミリアと話を続けた。


「それは‥‥‥」


そのことは、一生。


「考えたこともないな」


考えることはないんだろう。知ることもないんだろうと、そう思う。

私の困り顔に対して、エミリアは「そっか」と残念そうに呟いた。その時、ちょうどよく迷子センターの係員の人がやって来た。


「えみちゃーん!お母さんが迎えにきたわよ!」


やったー、と無邪気に駆けていく彼女に、私はほっと胸を撫で下ろす。気がつくと、隣には桃吉がいた。


「大丈夫?」


「悪いな。平気だよ」


「そか」


康久はエミリアのお母さんと楽しげに談笑していた。アイツ、ママさん受け良さそうだもんな。

なんだか、どっと疲れが押し寄せてきた。

まあ、とにかく何事もなくて本当に良かったとは思うが。


先程のエミリアの言葉を思い出す。何故、「撫子」という名前なのか、という問い。

知らないし、一生解ることもない、私の、業。

私が抱えていかなければならないもの。


桃吉は心配そうに私を見ているが、気づいていないフリをしておく。別に、少し動揺しただけで、何も問題はないのだから。

しばらくすると、先ほどまで母のそばにいたエミリアが突然こちらに駆け寄ってきた。そしてそのまま私に抱きついた。


「え?どうした?」


彼女は私を引っ張って耳に顔を寄せた。ヒロインはよく分からないけど、と前置きをして。


「さっき助けてくれたお姉ちゃんはヒーローみたいだったよ!!」


今まででいちばんの満面の笑みを浮かべて、彼女は言う。そして、母に呼ばれた彼女は「また会おうね!」と言葉を残して去って行ってしまった。

‥‥‥‥‥本当に、笑顔の似合う子供だ。成長が楽しみだ。

少し赤くなった私の顔を見て、桃吉は少しだけ笑う。


「ヒーローだってさ」


「‥‥ばーか」


「照れてる」


「ほっとけ」


ヒロインでヒーロー、か。それも悪くはないかもな。

まあ、そうだな。なんだかんだで、今日は、楽しい1日だった。


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