プロローグ
本能寺の変。
そこで起きたことは、戦国時代最大のミステリーと言えるだろう。
かく言う当事者でも、分かっていないことがある。それは、何故、光秀が信長を裏切ったのかということだー‥‥
「う、裏切り者‥‥っ!!」
生徒会室の扉を開けると同時に、悲痛な声が聞こえてきた。
季節は夏になりかけていた。が、外では雨がシトシトと降っている。
私の名前は、織田撫子。織田信長の生まれ変わりである。本能寺の変で死を遂げた信長は、なんの因果か現代日本に転生した。‥‥女子として。
同じく豊臣秀吉の生まれ変わりである・桃吉や、徳川家康の生まれ変わりである・康久と、今世こそ天下統一をするために奔走していた。学生のうちに攻略するべき場所は、生徒会だった。
しかし、ある日突然、前世の裏切り者の明智光秀の生まれ変わりである・桜秀と再会。最初は滅茶苦茶焦って、彼を拒否したが、最終的にはには和解した。そして紆余曲折あったが、私は生徒会長として、桜秀は副会長として協力し合う関係を築いたのだ。また、秀吉の妻の生まれ変わりである・寧々も、同様に書記として生徒会役員に加わった。
そんな謎の戦国時代メンバーが、この高校の生徒会役員である。
生徒会室の中には、桃吉と康久、寧々。それに桜秀の姿があった。今日も生徒会の会議があったのだが、私は担任の教師に頼まれごとをされてしまい、少し遅れてしまった。
なので、状況が全く分からない。
何故、桃吉は勝ち誇った顔をしていて、桜秀は鎮痛な面持ちで悔しがっているのか‥‥
私が呆然としている間にも、こちらに気づかず、奴らは会話を続けている。
「ざまあ、明智。俺に勝とうなんて100年早いんだな!」
「っそもそも!最後に康久が俺を攻撃していなければこうはならなかったのに」
桜秀が抱えていた頭を上げて、康久に話しかける。すると、康久は相変わらずの爽やか100%な笑顔で、さも不思議そうに言いのけた。
「すみません。なんか押したら、先輩に当たってました」
「絶対悪意ある。この間借りたCD、まだ返してないの、怒ってるん?」
「怒ってませんよ。‥‥‥そろそろ返して欲しいですけど」
「怒ってるやん!」
そんな桜秀と康久の会話に、パンパンと手を叩いて桃吉が割り込む。そして、とんでもないことを口にし始めた。
「はーい。人のせいにしなーい。実力だよ?負けた人は勝った人の言うことをなんでも聞くんだっけ」
「‥‥‥‥」
上機嫌な桃吉がわざとらしく考え込むそぶりを見せる。しばらくすると、「そうだなあ」と手を打った。
「半裸で職員室前を30往復する」
「鬼か」
「分かったわかった。なら、半裸で教室をスキップ」
「なんで全部、半裸系やねん!!そんなの犯罪やろ?!」
「はあ?全裸にしてないだけマシじゃん!良心的じゃん!」
「どこがや?!」
桃吉は中々エグいこと言い出すし、桜秀は素の関西弁が出てしまっている。2人の言い合いは益々ヒートアップ。本当に、何がしたいのか、何が言いたいのか最早わからないので、流石に止めに入る。
「お前ら!!いい加減にしろ!!」
途端に、空気の凍る生徒会室。その瞬間、
まず目に入ってきたのは、生徒会室に常駐しているテレビに繋げてあるゲームの存在だった。よくよくみると、男子ども3人の手にはコントローラーが。
「‥‥‥‥‥‥へえ」
「やばい」と口パクで桃吉が言ったのを、私は見逃さなかった。
「あ、あー‥のぶちゃん?意外と来るの早かったね‥‥?」
気まずそうに第一声を発したのは、桃吉だった。なんとかこちらに笑顔を向けているが、そんなものには騙されない。
「そもそも、それはなんなんだ?」
テレビに繋げてあるそれを指差して、私が問う。ゲームの持ち込みは校則違反なんだけどな?まさか、ゲーム機ではないだろうな、と。校則違反を取り締まる生徒会役員が、まさか生徒会室で、違反なんて。
静かに、ゆっくりと、念を押す。
「まさか、そんなことしないよな?」
「す‥‥」
「ん?」
「すみませんでしたあ‥‥!」
3人の男どもは同時に私の前で崩れ落ちた。
⭐︎⭐︎⭐︎
話を聞いてみると、やはり事の発端は桃吉だった。
「のぶちゃん中々来ないからさ、やっぱ暇じゃん?だから、なんかして暇潰そうって話になって‥‥」
たまたま桃吉がゲーム機を持ってきていたとかで、「これで勝負しよう」という話に。たまたまゲームを持ってくることなんてないはずだが、取り敢えずそこは静観しておく。
勝負の内容は、ある国民的ゲーム。カートで走って‥‥順位を競う‥‥‥甲羅とか投げる、あの‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥お馴染みのゲームだ。
そこで桃吉と桜秀は賭けをすることに。負けた方が勝った方の言うことをなんでも聞く、という賭けだ。なんともバカばかしい‥‥‥多分、仕掛けたのは桃吉で、売られた喧嘩を買ってしまったのは桜秀なのだろう。
そんなこんなで3人で始めたゲーム。最初は桃吉と桜秀はデットヒートを繰り出し、いい勝負をしていたそうだ。しかし、ゴール直前で康久が投げた‥‥甲羅によって、桜秀は一時停止を余儀なくされてしまい、結果負けてしまっそうだ。康久の攻撃により、負けてしまった桜秀。
そして、あの「う、裏切り者‥‥っ!!」という言葉に繋がる、と。
「お前らは、アホだな」
私の一言に撃沈する男子、約2名。しかし、残りの1名は相変わらず笑顔で反省の色が見えてこない。
「おい」と脅しにかかると、康久は何故かはにかんだ。
「撫子さんに罵られるなんて、嬉しくて‥‥」
「お前、なんでそんなに変態になったの?」
恥じらいながら目を伏せる、康久。意味わからん。
何?前世そんな奴じゃなかったよね?
ほんと、何があったんですか‥‥‥
「まあ、もういいじゃない。それより会議始めましょうよ」
そこまで静かに成り行きを見守っていた寧々だったが、飽きたと言わんばかりの声色で、言ってきた。
「でもなあ!こんなこと生徒会長として見逃さないだろう!」
「あ、それなら!のぶちゃんも一回このゲームやろうよ!」
「はあ?!」
桃吉が急にとんでもない提案をしてきた。どこでそんな思考に至ったのか見当もつかない。
「ほら!一回やってみたら、ゲームの良さが分かるから!」
「やらないぞ!!」
桃吉は訳のわからんことを言って、私にコントローラーを持たせてくる。私は拒否するが、桃吉も一歩もひかない。
その時だった。生徒会室の扉が開かれたのは。
「やってるかー?差し入れ持ってきたぞー」
入ってきたのは、担当教師。そして、ゲーム機に注がれる視線。
「あ」
「あ」
先生は、私たちの状況を見て、眉をあげる。そして、どんどん顔を険しくしていった。
あー。これは、完っ全にやばいやつだ。
「お前ら、どういうつもりだ?」
「すみません‥‥‥!」
その後、全員でお説教をくらった。
⭐︎⭐︎⭐︎
サンサンと照り注ぐ、太陽。ジャージを着る私たち。そして、濁ったプール。
「ほんとさ!なーんで、俺たちがプール掃除しなくちゃならないわけ?!」
「お前のせいだ!おまえの!!」
桃吉の文句に、私は思いっきり怒鳴る。桃吉は、口を尖らせて拗ねている。ジャージとモップ、そして前髪を髪ゴムで上げている姿が、最早ふざけているようにしか見えない。
結局、ゲーム機を持ち込んだことをたっぷりと怒られてしまった私たちは、罰としてプール掃除を命じられたのだ。プール開きも近いしな。
「こういうことってさ。普通、体育委員とかがやるんじゃなかった?!」
「まあ、それもそうだが‥‥」
桃吉の主張にも一理ある。私たちの学校の体育委員があまり機能してないらしく、その皺寄せがこちらにいっただけなのだ。しかし、それも全部、桃吉がゲームを持ってきたことが原因なので文句は言えないはずだ。
「せめてのぶちゃんの水着見れるならいいけどさ!今年違うクラスだし!」
「おい、変態その2。いい加減にしろ」
私が本気で起こり始めると、桃吉も流石に「はーい」と素直に返事する。ちなみに、その1は康久だ。
「もう、最悪。日焼け止め塗らなきゃ」
そう、声を上げるのは寧々だ。今回のことに巻き込まれた形になってしまった。
「寧々、悪いな」
「別に。私も止めなかったしね」
そうしてそのままブラシ作業を続けてくれる。‥‥‥日傘を持ちながら。
すごい、器用だなー。あえてツッコミは入れないからな?
一方で、真面目な桜秀や康久は既に掃除を始めている。
さっきまで桃吉をあやしていた(?)が、私もさっさと始めてさっさと終わらせなければ。
黙々と作業を続ける。
「夏、ね‥‥」
「そうだな」
不意に、寧々が私に話しかけてきた。
夏には、生徒会としての活動も多い。夏休みが明けたら、文化祭もある。忙しくなるだろう。でも、きっと‥‥
「きっと、忘れられない夏になる気がするわ」
「そうだな」
きっと、このメンバーが生徒会に所属している限り、今までにないくらい大変で、楽しい夏になると。そう確信できる。私と寧々は静かに微笑み合う。
そして寧々は「ところで」と私の袖を少し引っ張った。
「あれ、放置してていいの?」
あれ、と寧々が指差す先には、桃吉と、それから水に濡れた桜秀と康久の姿があった。何やら言い争っているようだ。‥‥‥急に現実に戻ってきた感がある。
正直、見なかったことにしたい。
そんな考えを断腸の思いで消して、寧々に答えた。
「と、取り敢えず。様子を見に行くか」
寧々と静かに頷き合って、3人のいる場所に向かう。近づくにつれて、会話が聞こえてきた。
「だから、ごめんって!康久に水をかけるつもりはなかったんだって」
「ちょっとまて。それなら、俺にかけるつもりがあったってことになるんやけど」
「そうだけど?」
「‥‥‥‥」
そのまま桜秀が桃吉に水をかける。
「ちょっとー!何すんのさ!」
「お返しや」
そのまま2人は言い合いを続けている。本当に、仲の悪い‥‥そして、康久はずっと黙っている。
うん。なんとなく状況を理解した。桃吉がふざけて桜秀に水をかけようとしたら、近くにいた康久にまでかかってしまったという訳だと思う。
そして康久はブチギレている、と。
「‥‥‥‥とりあえず」
今まで黙っていた康久が遂に声を発した。途端に2人は黙る。
「お二人には水をかぶってもらいますね」
ニッコリと笑う康久が持つのは、高水圧のホース。ブチギレてる‥‥!
「ちょ、やめろって」
それを見かねて私が止めに入ったのと、康久がホースのボタンを押すのが同時だった。
私は言うまでもなく、後ろにいる寧々にも水がかかってしまったのは当然の結果だろう。
一瞬の沈黙。そして、慌てだすバカ3人。
「な、撫子さん!タオル‥‥!」
「寧々も!大丈夫?!」
「タオル持ってきますから!」
そんな3人を手で制する。
もう、いいだろう。私は、この精神年齢はいい歳してるくせに、ただのガキでしかないこいつらに堪忍袋の諸が切れた。
「お前ら‥‥‥」
近くにあったホースを拾い、ゆらりと奴らに近づく。そして‥‥
「いい大人が何をしてるんだーっ!!!」
そのまま水をぶっ放つ。「それのぶちゃんが言う?!」という桃吉の声が聞こえた気がするが、気にしない。
結果、私たち全員水浸しになり、再び怒られる羽目になるのだが。その話は、蛇足だろう。
日差しが、キラキラと照り注ぐ。
私たちの騒がしくて、喧しい、2度とこない夏が始まる。