第16話 桃吉、2人の業《裏》
「あーあ。結局アイツにいいところ取られちゃったな」
俺は今、体育館の横端に立って演説の様子を見ていた。
「そうですね」
俺の横に立っている康久が同意をする。
本当に、悔しい。だって、のぶちゃんはあんなにも楽しそうにしている。
のぶちゃんが、「天下統一したい」と言い出したのは、小学校低学年の時だった。あの頃は、まだ俺も彼女のことを「撫ちゃん」と普通に呼んでいた。
彼女が、突然そんなことを言い出したのには驚いたし、理由も聞いた。
すると、「現代の仕組みも分かってきた。どうやらこの時代は、女で天下統一目指すのも無謀じゃないらしいしな」と、いかにも彼女らしい返答が返ってきたのだから、笑ってしまう。
そこからはずっと一緒に目標に向かって突き進んでいった。小さな俺たちにはできることは少なかったけれど、それでもコツコツと何かをすることは楽しかった。ずっと、隣で彼女の天下統一事業を見ていられたら、俺は幸せだったのに。
なのに、あんなにも楽しい顔して。
自然と嫉妬心が湧き上がってしまう。
「なんだかなあ」
明智の演説は目にもくれないで、俺はぐちぐちしている。そんな様子をチラリと康久は横目で見た。
「撫子さんのこと、好きなんですよね」
そして、爆弾発言をしてきた。俺は、少しばかりむせる。康久がこんなストレートなこと言ってくるのって、珍しいから。いつもなら、遠回しに聞くのに。
「え、ちょっと。なに?!急に恋バナ始める感じ?ないない!!」
俺の慌てように、康久は小さく笑って、前を向いた。真っ直ぐと。
「きっと、撫子さんが本当の意味で背中を預けられるのって明智先輩だけなんですよね」
「‥‥‥‥‥うん。前世からずっとそう」
本当に、悔しいくらい俺は前世からアイツに敵わなかった。生まれも能力も、何もかも。主君の信頼だって、勝ち取っていた。
そして、その事実は、前世に謀反を起こしたことだけでは、揺るぐものではなかったらしい。
「それにしても、自分を裏切り者なんて言うとは思わなかったよなあ」
「そうですね」
「まあ、本能寺の変については、お互い触れないってことが暗黙の了解になってるみたいだけど」
「あの時のことは、悔やんでも悔やみきれません‥」
「‥‥そうだね」
康久は、本能寺の変を止められなかったことを悔いているのだろう。それは俺も、同じだ。
だけど、違う。
俺と康久は根本的に背負っているものが違う。どちらかというと、俺と近いのは明智。本来なら、俺も明智も、彼女と口を聞く資格もない。
俺は、明智と同罪だ。
「ほら、撫子さん達が帰ってきましたよ」
のぶちゃんは、やり切ったという顔をして、こちらに来ていた。
なので、ありったけの笑顔で手を振る。
‥‥‥笑顔の裏に本心を隠して。俺は、今日も彼女の隣に居続ける。
俺には、どこか罪の意識がある。それでも彼女の側にいたいと願ってしまうんだから仕方がない。
それなら、せめて。
せめて、彼女が生徒会長に選ばれることで、彼女の思いが報われて欲しい。
いや、違うか。
そうすることで、俺がそばにいることを許されたいだけだ。
そう願うのは、傲慢だろうか。