第14話 演説
今日は、生徒会選挙戦の演説日だ。
演説をするのは、生徒会選挙の生徒会長・副会長選に出馬する4名。その4名の中から、生徒は選び、1番票を集めた者が生徒会長に、2番目に票を多く集めたものが副会長となる。
今は、他の候補者と、その者を応援演説をする者が、喋っている途中なので、私と桜秀は舞台袖で待機中だ。
カーテンを僅かに開けて、チラリと壇上を見てから、桜秀に話しかける。もちろん、小声で。
演説前に言っておきたいことがあったのだ。
「言霊だぞ、桜秀」
「言霊、ですか?」
「そう。それは、時に爆発的な威力を持つ。そうだな、例えばーー」
例えば、桶狭間の戦い。
私は、隣国の武将、今川義元と争っていた。
当時の私は、まだまだ若い武将で、一方今川義元は有名武将。
更に兵力にも大きな差があった。
兵たちの士気は上がりきらない。
口にこそしないものの、どうせ負けるだろうという雰囲気が漂っていた。
そこで、私は戦地へ行く途中、熱田神社に立ち寄った。
そして、神社に参拝する際に、社殿の中からくつわの音が響いた。
兵士たちが不思議な音にざわめく。
「縁起がいいな」
私は兵士に向かって叫んだ。
「神はワシらに味方しているぞ!!!」
うおおおおおおおと、場が沸いたのをよく覚えている。
実は、そのくつわの音だが。
私があらかじめ家臣に言って、その音を鳴らしてもらっていたのだ。
しかし、それを知らない家臣の士気は大いに上がった。
そして、その戦いで私達は勝利をおさめたのだ。
「ーもちろん、これだけが勝利の要因ではない。しかし、このように、私の一言がその場にいる者の心を動かしたのは確かだ」
「なるほど」
「だから、今日の演説は重要なものになる」
私と彼ー桜秀の目は軽く交差する。そして私はニヤリと不敵に笑って、拳を突き出した。
「やってやるぞ。ドカンとな」
桜秀は、少し迷った後、拳を突き出す。そして、私たちは静かに拳をぶつけた。
前を向くと、ちょうど前の候補者が演説し終わり、舞台袖に戻ってきたところだった。
そして、私は、静かに舞台袖から体育館の壇上に登って、マイクの前に立つ。
目の前には、実に800人以上の生徒が広がっていた。
もう既に2人の候補者とその応援演説が終了しており、会場内には散漫な空気が流れていた。この状態だと私の演説を聞く気がある生徒は少ないだろう。
まあ、演説の順番が3番目と決まった時に、こうなることは予想済みだ。
だからー
「私の目標は、天下統一をすることだ!!!」
ドカンとやってやった。一発。
一瞬で凍りつく会場内。
チラリと舞台袖を見ると、すっかり青ざめている桜秀の姿が見えた。
そして、会場内は騒めき始める。その騒めきは私に対して否定的なものが多いが、少なくともこちらに注意を向けることは出来た。
「いいか。今の世の中、理不尽なことが多い。それは皆も、感じているはずだ。意味の分からん校則はあるし、勉強はきついし、人間関係はしんどいし」
昔も、今の世も、憂うことばかりだ。時代によって、悩みは違えど、悩まない人間なんていない。
それを悲観して、「そういうものだ」と諦めるのは簡単だ。だけど、私は諦めたくない。誰も悲しまない世の中をつくりたい。
そういう思いを込めて、力強く演説を続ける。
「私はそういう嫌なものを少しでもなくしていきたいんだ。もちろん、すべてをなくすことはできない。それでも、努力することはできると思う」
私の力は、まだ小さいかもしれない。だけど、私には心強い仲間がいる。彼らとなら、決して不可能ではないと思うんだ。
「理想論だと笑うかもしれないが、理想論を語らなければ、理想は実現できないと私は思う」
誰にも信じられなくてもいい。そう思いつつも、必死に訴える。1人でもいいから、伝わってくれ。
「だから、私は生徒一人一人の要望に向き合っていきたい。そのためにまず、目安箱にある要望一つ一つに向き合い、答えていこうと思う」
凍りついていた会場が再び騒めき始める。学校に対して望みくらいあるだろう。しかし、これまで目安箱に入れられた意見はあまり反映されてこなかった。
それを仕方ないと諦める風潮があったのを私は知っている。
これは、前生徒会に属していたからこそ、知っていることだ。
あと、一歩だ。
「まず初めに、去年1年間で1番要望の多かったスマートフォンの使用許可、購買の商品充実、校則の規制緩和化を、私の公約にする」
生徒の何人かがリアクションをする。そして、少しずつどよめきが広がっていった。
「目安箱をクラスに一つ設置するから、愚痴でも落書きでもなんでもいい。みんなの気持ちを書いてくれ。私が実現していくから」
頭をかすめるのは、前世の記憶だ。
秀吉がいて、家康がいて、光秀がいて、妻も子供もいた記憶。
しかし、私は、孤独を感じていたこと。
あの時、成し遂げられなかったこと。その後悔。
しかし、それを振り払って、前を見据える。
「‥‥‥‥‥‥私だけでは無理だな。でも、私の信頼する書記と会計と、副会長がいれば、実現できる。そう信じている。どうか、皆さんの清き1票をよろしくお願いします」
しん‥‥‥‥
会場内に静寂が流れる。だけど、決してそれは否定的なものではないと、肌で感じる。
もう、言うことはないだろう。
「以上です。ご清聴頂き、ありがとうございました」
一礼し、舞台裏に戻っていく。
戸惑いつつも、静かに拍手が生まれる。
うん。言いたいことは、全て言った。上出来だ。
あとはーー。
「あとは、頼んだぞ」
ポンと、彼の肩に手を置く。桜秀は若干冷や汗をかいていた。
「まったく。無茶苦茶ですよ‥‥」
そう、桜秀は呆れてこちらを見る。うん。私も無茶なこと言いすぎたかな、とは思う。
だけど。だけどな、桜秀。
お前が、応援演説をしてくれるから、これだけ無茶なこと出来たんだぞ。