閑話 寧々、規格外で予想外
寧々視点になります。
私は、人気の無い廊下を走っていた。
その間、私はただひたすらに一つのことで頭がいっぱいになっていた。
織田撫子という人物は、私にとって、規格外の人物だった。色々な意味で。
私の名前は、寧々。北野寧々。
ゆるくウェーブのかけた髪をサイドで結んで、生まれつき大きな猫目は、軽い化粧でさらに強調。
自分で言うのもなんだけど、結構可愛い部類に入ると思う。
男子から告白されることもしょっちゅうだし。だけど、お付き合いをしたことはない。
なぜなら、私にはずっと想っている人がいるから。
その人の名前は、豊臣秀吉。
かなり有名な歴史上の人物だけど、私は歴女とかオタクとかではない。
私には前世の記憶があるのだ。
私の前世は、秀吉様の妻だった。前世の名前も、ねね。晩年の地位から、北政所なんても呼ばれていたわ。
秀吉様は、私を大層可愛がり、愛してくれた。もちろん、私も秀吉様を愛していた。
だからこそ、今世も、絶対に秀吉様を見つけて、一緒になろうって決めてた。
だから、高校に入学して、彼に会った時は、胸が高なった。
やっと会えたんだ!やっと会えたんだ‥‥!
だけど、その胸の高鳴りも僅か後に、終えられた。
彼の隣には、幼なじみがいたのだ。
その幼なじみの名前は、織田撫子。入学式の代表をつとめていて、有名だから、すぐに分かった。
整った顔立ちに、凛とした佇まい。流れる長い黒髪。
しかし、見た目などどうでもいいというように、化粧っけはない。
多分、私の方が美人だ。
だけど、何故か彼女に目を奪われてしまう。惹きつけられてしまう。存在そのものに、人を魅了してやまない何かがあるように感じた。
それが、彼女が規格外だと思った理由その1。
桃吉さんも彼女の元にいることを望んでいると分かった時は、とてもショックだった。
でも、それなら仕方がない。
戦国時代の妻を侮るなかれ。もっと理不尽な目に遭ったこともあった。もう2度と立ち上がれないと思うほど泣いた時もあった。
だけど、全て乗り越えてきたの。
こんなことどうってことないわ。
相手は幼なじみ。どうやら恋人同士という訳でもないようだし、二人の間に割り込む余地はあるわ。
とにかく今は時を待とう。
そう思っていたのに。
明智さんの歓迎会のカラオケの日に、気がついてしまった。
あの子が出て行って、明智さんが追いかけて。そして、桃吉さんがそれを追う。周りが怪訝な顔するのも気にせず。次に桃吉さんが入れていた曲を歌うこともせず。
明智さんを呼んでくるという体で、慌てて私も追って行った。
『織田信長関係のものは結構見てるんですか』
『あなたが織田信長だと認めたら、立候補やめようかと』
『‥豊臣桃吉くん、だっけ?』
大して意味のなさそうな言葉。
そんな明智さんの言葉が、一つ一つ繋がっていく。時を戻していく。
ああ、そうか。
あなたは、織田信長様なんですね。
なんで、また彼の元に現れたのですか?現れてしまったのですか?
私は前世、よく考えていたことがある。それは、「信長様が男性でよかった」ということだ。
秀吉様は、信長様に陶酔していた。主君と家臣という一言では言い表せないほど慕っていた。だからきっと、信長様が女だったら、秀吉様は私にも見向きもしないだろう。きっと、信長様を本気で愛するのだろう。
そんなことを思っていた。
なのに、なんで。
女に生まれ変わっているのよ。
私より先に秀吉様と出会ってるのよ。
許さない。許せない。
毒々しい感情が、止まらなかった。自分を律することが出来ない。
そこからは早かった。
撫子に対して嫌がらせを始めた。
黒い手紙で罵倒したのは、もちろん。
彼女じゃなくて、明智さんを頼るようにクラスメイトを誘導したりした。
それとなく悪口を流したり。‥‥‥最後のは、あまり効果はなかったけれど。彼女の人望が厚すぎたのだ。
とにかく、そんなことを続けていた。
けれど。
『誰が辞退するか、ばーか』
は?って思った。普通、ああいった怪文書に、ふつう返事するの?
意味が分からず、私もよく分からないことを書いてしまった覚えがある。
それだけに、撫子の行動が意味不明だったのだ。
これが、彼女を規格外だと思った理由その2。
こうして私たちは、怪文書の送り主とその返答者という、歪な関係を築いたのだが、これが中々楽しかった。
楽しい、と思ってしまったのだ。
だけど、それは見当違いで、間違っていることなんだ。
だから、彼女を呼び出したし、頬も叩いた。これで懲りるだろうと思って。歪で楽しい関係に終止符を打つために。
けれど、その後、私は彼女を見誤っていたことを痛感することとなる。
『寧々、お前は生徒会に入れ』
は??
更に意味が分からない。自分に嫌がらせをしてきた人間と仕事しようなんて思う?
バカにしているのかと思った。桃吉さんに全然見向きもされない私に同情して。
でも、その理由は私の予想を遥かに超えていた。
『ただ、お前の字が綺麗だったからだ』
はああ?(3回目)
この子、何言ってるの。
おかしい。絶対おかしい。
私は、そのまま撫子の元を走り去って行った。それでも彼女は私を追いかけようとしたけど、明智さんに止められたらしく、それ以上は放っておいてくれた。
正直、助かった。
明智さんは私が泣いていると思ったんだろうけど、そうじゃなくて。
心臓がバクバクしている。多分、顔も赤い。
そして、それはきっと走っていることだけが原因じゃないんだろう。
そして、私は先ほどから頭を巡っている考えをもう一度思い起こす。それは。
それはーー彼女・織田撫子を友人と呼べる日が来るのだろうか、ということだ。
しかし、すぐに無理だと思う。今まで私がしてきた仕打ちを考えると、生徒会仲間くらいにしかならないだろう。
そもそも、真剣に友人というものをつくったことがないのだ。今更できっこない。
でも。それでも。もし、そうなれたら‥‥と思ってしまうのだ。
「こんなの、予想外よ‥‥っ」
私は顔を両手で押さえて、誰に言うでもなく、独りごちた。