第12話 ホトトギス
朝。
まだ日の光も完全に行き渡っていない朝だ。
校舎にはまだ、先生も来ておらず、人っ子一人いない。
そんな薄暗い中、下駄箱を前にして、クスクスといった笑い声が響く。
3人はいる。全員女子の声だ。
「ねー、今回はなんて書いたの?」
「ひみつ。でも、今度こそ不登校になるよ」
「けどさ、これバレたらやばいんじゃない?」
「その時は、寧々に責任押し付けるからだいじょーぶ。そのために手書きで書かせてるんだし」
「さすが、姫野っち!やるう!」
クスクスと静かに笑う声は、悪意に満ちている。が‥‥‥‥
「お前たちは、ドのつくアホだな」
私は、彼女たちの目の前に躊躇なく姿を現した。
彼女たちは、口を開けて固まっている。
当たり前だ。
嫌がらせをしている真っ最中の相手が、突然目の前に現れたんだから。
私に続けて、桜秀も姿を現すと、女子たちは更に目を白黒させた。
さて、時は昨日に戻る。
「どういうことなんだ???」
昨日あった寧々とのこと‥‥一部を隠して、桜秀に話をした。寧々いわく、『生徒会選挙を降りろ』という手書きの紙や『つべこべ言わずに、さっさと辞退しなさい!!』という手書きの紙は自分で入れた。しかし、パソコンで私に対する罵詈雑言が書かれた紙は入れてないというのだ。
そして最後に意見を聞く。すると、彼はうーんとしばらく考え込んだ。
「そう、ですね‥‥別人物がいるのかも知れないですね」
「別人物?」
桜秀は、はい、と頷く。
「おかしいと思ってたんです。なんで手書きのものとパソコン打ちのもの二つが入れられているのか」
「確かに」
「北野さんの言葉を信じるのだとすれば、必然的に別人がやったと考えられます」
「それは、誰が?」
「それは、俺にもちょっと分からないです」
桜秀は悔しそうに首を振る。まあ、分からないよな。
調査が振り出しに戻ったな。
「鳴かぬなら‥‥」
「は?」
「鳴くまで待ちましょう」
恐らく、かの有名な俳句のことだ。
鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス
のことを言っているのだろうが‥‥
それ、家康を表す句なんだが。
しらけた視線を送ると、桜秀は少し恥ずかしそうに咳払いをして続けた。
「最終手段です。あなたの下駄箱を張りましょう」
その言葉に、私は、苦渋を示す。
「そこまでして、これの犯人知りたいわけじゃないんだが」
そこまで実害を被っているわけでもない。最初は、放っておいてもいいとさえ思っていたのだ。
「これはあなただけの問題ではないです。北野さんが、犯人にされかけている。つまり、嵌められているような事実は、クラスメイトとしてあまり見過ごしたくありません」
桜秀をじっと見つめると、それだけは譲れないと言うように、見つめ返された。
め、面倒くさい。そこまでする必要はないんじゃないかと、私は思ってしまうが。
こいつは、周りを大切にし過ぎる。そのせいで、いつもそんな役回りをすることが多い。多分、ここで私が断っても、一人で下駄箱を張るのだろう。
「分かったよ‥‥」
だから、私は渋々了承したのだった。
⭐︎⭐︎⭐︎
と、いうわけで昨日の放課後と今日の朝、つまり今、下駄箱前をはっていたのだ。
そしてに現在に至る。
まったく、桜秀のせいで疲れた。
「お前たちが来てくれてよかったよ。徒労に終わったら、殺してしまったかも知れないしなあ‥‥!」
「は、はあ?」
女子たちは私の意味不明な言葉に戸惑っている。
「ちょっと、織田さん。引いています。そういう物騒なことは言わないでください」
「うるさい。お前は逃がす奴のくせに」
「‥‥短気な方に言われたくないです」
「はあ?!」
犯人女子一団を無視して、私たちは言い合っているので、ポカーンとしている。
恐らくなんのこと言っているか分からないだろう。
なぜなら私たちが話していることは、戦国武将を表した名句についてだからだ。
織田信長の短気さを表した、
鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス
明智光秀の優しさを表した、
鳴かぬなら 逃してしまえ ホトトギス
について。私だけ欠点を言われているようで納得いかない。
と、まあ、こんなことで言い合うなんて、私も桜秀も少し気が立ってるのだと思う。
「そもそも、逃すってどうなんだ。せっかく捕まえたのに」
「逆に言いますと、殺す方がどうかと思います」
「いや、あれ私の性格表しただけだから。実際はそんなこと‥‥‥‥‥‥‥しない」
「今、間がありましたよ」
「うるさい!!!」
「ちょっと!」
と、私たちの会話に、放置していた女子の中の1人が割って入ってきた。姫野さんだ。
「どういうことよ」
挑戦的にこちらを見つめているが、動揺を隠し切れていない。
その様子に、私はあっとため息を吐く。
「どういうこともこういうこともない。お前たちの会話は録音させてもらったし、こういうことはやめてもらいたい」
「なっ‥‥」
ちょっと、寧々のせいにするんじゃなかったの?どういうこと?と、姫野さんは他2人から責められる。
その様子に思わず笑いが漏れる。
「滑稽だな。そうやって責任を擦り付け合ってるから、こういうことになるんだ」
「な、なに」
「そもそも、寧々に責任を押し付ける、だ?ふざけるな」
少しずつ壁に追い詰めて行く。
「そんな風に友人を利用して、貶めて、何が楽しい?」
「‥‥」
「寧々も同罪だが、彼女の方が潔かったぞ。私に一人で立ち向かってきたんだから」
鋭い視線で一人一人を射抜いていく。
忘れるなよ。
お前たちのやったことを。私を敵に回したと言うことを。
相手は、恐怖に怯えている。
「そんな寧々に責任を押し付ける資格がお前たちにはー‥‥」
「やめて!!」
その時だった。
切迫詰まった声が聞こえてきたのは。声をした方を見ると、そこには寧々がいた。
泣きそうな顔だ。
それを隠すように、彼女は走り去ってしまう。
「寧々!」
「ちょ、ちょっとお!」
すぐに追いかけようとしたが、北野さんに呼び止められてしまう。なので、少しどうしようかと迷った。
しかし、桜秀に目で「行ってください」と伝えられたので、迷わずに、彼女を追いかける。
あとのことは、桜秀がなんとかしてくれるだろう。
「寧々!待てって!」
私は寧々に追いついて、手を掴む。
だが、こちらに顔を向けようとはしない。
「‥‥‥私を馬鹿にしてるの?」
「違う」
「違わない!!」
荒らげる声は、僅かに震えている。
「言っとくけどね、私が自発的に生徒会選挙を降りろって書いていたのよ。だから、責任を擦りつけられて当然なの!」
寧々は、声を荒らげる。
「あんな風に言ったってどうにもならないじゃない。今日から、みんなにどうやって顔を合わせたらいいのよ‥‥」
「寧々‥‥」
寧々は、友人との仲を壊したくなかったのだろう。いくら利用されたとしても、そこは寧々にとっての居場所だったのだ。
私にも、そんな時期があった。
親との関係があまり良くなく、孤独を感じていた信長の幼少期。
居場所が欲しくて、「うつけ」の格好をわざとし、悪友と一緒にいるようになった。
あの時は、そうとは思わなかったけれど、私はただただ居場所が欲しかったんだと思う。
そして、反抗することで、親に自分を見て欲しかったのだ。
寧々も、自分自身ではそうとは気づかず、自分のいるべき場所を欲しているのだ。
グッと拳を握りしめる。これからいうことが寧々にとっていいことかは分からない。
だけど‥‥
拳に力を入れて、寧々の目を真っ直ぐに見る。
そして、言う。
「寧々、お前は生徒会に入れ」
「はあ?!」
「書記の枠が一つ空いている。今からでも出馬は可能だ」
居場所がなくなってしまったのなら、新しくつくればいい。そして、その場所は私がつくることができる。
しかし、寧々は未だこちらを睨んでいる。
「同情してるの?そういうのいらないわよ!」
「ちがう!!」
私は声を大きくして、寧々を制止した。
そして、もう1度、寧々を真っ直ぐ見つめる。
「馬鹿にしてないし、同情もしていない。私は織田信長の生まれ変わりだぞ。無能な人間を引き受けるほどお人好しじゃない」
「じゃあ、なんでよ」
素朴な疑問だ。まあ、普通そう思うよな。あーうーと言葉にならない言葉をあげる。
うーん。なんていうか‥‥
「ただ、お前の字が綺麗だったからだ」
少しだけ恥ずかしい。口説いてるのか?と自分で自分に思う。
ひたすらに照れている私に対して、寧々は元々大きな猫目を更に大きくして、こちらを見ている。
そして、少しして私を睨んで、けども顔を赤くして、一人で焦って、百面相をした。
そして、最後にポツリと一言。
「馬鹿じゃないの‥‥」
そう言って、走って行ってしまった。
「寧々!」
追いかけようとする。が、私は腕を取られて、歩みを止められてしまう。私を止めたのは、桜秀だった。
彼はゆっくりと首を振る。
「今は、一人になりたいんだと思います」
「‥‥そうか」
これでよかったのか、と疑問に思う。私はいつも結論を急ぐから。
ふと見上げると、桜秀はこちらを見ていた。
「なんだ」と眉を潜める。
「いえ‥‥ただ、あなたも充分優しいのに、と思って」
ホトトギスの俳句のことを言ってるのか。
なんで、今、そんなこと言うんだ。
いつも穏やかな桜秀だが、今はいつになく優しい顔をしている。
だからなのか。
少しだけ、胸が痛くなった。