第11話 なんでよ
「えーと、あの黒い手紙を出したのは‥‥北野さんでいいんだな?」
「そうよ。悪いかしら?!」
少し迷ってから、核心を突くことを聞くと、彼女はあっさり認めてくれた。
「先生にチクりでも、なんでもすれば?もう、なんでもいいわよ」
若干、投げやりになっている様子。彼女の目はどこでもない虚空を見つめていて、うつろだ。
私が寧々を先生に突き出すと勘違いしてるみたいなので、訂正しておく。
「そんなことはしない」
そう言うと、チラリと私を睨んでくる。
「なに、いいことぶっちゃってるの?」
「違うが‥‥‥この手紙の真意くらいは教えてほしい」
パシン‥‥‥
小気味いい音が、響いた。
頬を叩かれたのだと、気づいたのは数秒後だった。
何かを言おうとしたが、また睨み付けられる。
しかし、今回は目に涙を滲ませており、私は少しだけ怯んだ。
「何よ!分かるでしょう!わざわざ言わせる気なの?!」
「いや‥‥」
「なんで、秀吉様は、こんなのと‥‥‥っ」
「ねね‥‥」
寧々は自身の発した言葉に、ハッとする。
「やっぱり、前世を覚えていたんだな」
それは、なんとなく予想していたことだった。そして、彼女の想い人が今でも、桃吉ーー秀吉であると。
そのことに気がついたのは、彼女が犯人であると目星をつけた時だ。
黒い手紙が入り始めたのは、1ヶ月ほど前。
もっと言うと、桜秀の歓迎会が開かれた翌々日からだ。
あの時、桃吉と言い合う桜秀を、寧々は迎えに来た。
なかなか戻ってこないから心配して、と。
けれど、それは事実ではあれ、真実ではなかった。
彼女があの時に気にしていたのは、桃吉だった。
その証拠に桃吉が私を連れ出す時、こっちをじっと見ていた。
失意と悲しみと、それから、僅かな怒りを滲ませて。
それは、今だから気付けたことだ。
僅かな沈黙ののち、寧々は悔しそうに口を開いた。
「‥‥あんたに気づいたのは、最近よ」
「‥‥」
「でも、あの人のことは、入学してからずっと知っていた」
寧々は絞り出すように語り始める。
運命だと思った、と。
その声は辛そうで悲しそうで聞いていられない。
「だけど、隣にはあんたがいた。別に、ただの幼なじみならいいと思って気にしてなかった。だけど‥‥‥」
寧々は涙を流して、言葉に詰まる。
「っなんで、あんたが女に生まれ変わってるのよ‥‥‥」
彼女の言葉に私は何も言えなくなる。
こういう時、何を言ったら正解か分からないからだ。
前世、秀吉とねねは恋愛結婚だった。政略結婚が当たり前だった戦国時代では珍しく。
良家に属していたねねは、農民出身の秀吉との結婚を、実家に相当反対されたらしいが、結局押し切った2人は結婚を果たす。
子には恵まれなかったが、ずっと2人で寄り添いあって過ごしてきた姿は、幸せだったのだろう。
しかし、それも打ち砕かれてしまう。
秀吉が天下をとったからだ。
彼はねね以外にも嫁をもらった。その中には、私の姪もいた。
そのなかには、少しばかり信長に顔が似ている姪だった。
そしてその姪ーー茶々は、たやすく秀吉の子供を産む。
その時には、私は既に死んでおり、彼女の心情は想像するしかない。
しかし、秀吉を一途に慕ってした彼女を思うとー‥‥
「なんで‥‥なんでよっ‥‥」
「ねね‥‥」
かけるべき言葉が見つからない。何十年生きてきても、私は所詮この程度なのだ。
だけど、ありきたりな言葉は逆に彼女への侮辱だろう。
だから、私の気持ちだけはっきり伝えることにした。
「私は、生徒会選挙を降りるつもりはない」
もしここで私が選挙を降りたら、それは同情でしかない。それに、自分の目標もある。ここだけは譲らなかった。
寧々は黙って聞いている。
「だけど、気が済むのならあの手紙は書き続けて構わない」
「‥‥‥‥」
寧々は複雑そうに目を伏せた。私は構わず続ける。
「一つ言わせてもらうと、これはあまりにひどいと思うから、やめてほしい」
彼女に、黒い手紙に入っていた紙を見せる。私の罵詈雑言がパソコンで打たれている紙だ。
私が以前倒れたのも、多分これのストレスが少なからず原因になっている訳だし。かなり酷いことも書かれている。
それを、寧々は受け取って食い入るように見つめる。
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
沈黙が流れる。
「それじゃあ、もう行くから」
なにも反応を示さないので、仕方がない。出て行くことにする。
しかし。
「まって!」
「?」
「これ!」
引き止められて、振り返ると寧々は少し驚いた顔をしていた。それが意外で、予想外だった。
寧々は、私が渡した紙を掲げる。そして、言うのだ。
「こんなの、私、入れてないんだけど」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥なんだって?
明日は投稿をお休み致します。