第9話 彼の元嫁、襲来?
本日は第8話・9話の2話分投稿しております。ご注意下さい。
「この間の小テスト返すぞー」
昼休みである。
この時間、私はある作業をしていた。
休み時間中の突然の小テスト返却にクラスは騒然とする。
一方で私は、いつも通りだ。
小テストの内容は簡単だったし、そこではつまずくまい。思ったより早く返ってきたな、としか思わない。
「織田‥‥は、受けてなかったな」
名前を呼ばれて受け取りに行ったが、何も渡されなかった。
そうだった。受けてなかったんだった。
「‥‥‥」
耐えきれずに、机に突っ伏する。
何がいつも通り、だ。余裕こいてるんじゃないぞ。
多分、まだこの間の熱を引きずっているんだ。
あの日は桜秀と話し、「作戦」たるものを聞いた後、再び倒れてしまったらしい。
そして、気づいた時には、家にいた。どうやって帰ったか思い出せないが、家には桃吉がいたので、恐らく彼がおぶってくれたのだろう。
あの日の桃吉はテンションが高くて、しきりに喋っていた。
から元気、というのか。
最終的には桃吉がおかゆをつくってくれて、帰っていった。
早めに布団に入り、ぐっすり眠ると、体調もすっかり回復していた。が、桃吉の勧めもあって、大事をとって1日学校を欠席した。
1日明けて、学校に復活した私は、クラスメイトからかなり心配されたが、元気に生徒会選挙活動に復帰している。
そして、それは現在進行形だ。
昼休みの今、私はアンケートの集計を行なっている。質問は、生徒会に求めるものは何かについて。範囲はうちのクラスのみ。
生徒会選挙に役立てるのはもちろん、これは桜秀の提案だった。
『まずは、犯人を特定した方がいいと思います』
『だから、それは』
『もちろん、先生には頼りません。自分たちで特定するんです』
警戒する相手は見えていた方がいい、と。
『でも、どうすればいいんだ?』
『筆跡を辿りましょう』
『筆跡?』
『先ほどの手紙には、手書きのところがありましたよね?』
手紙を開き確認してみると、果たして手書きの紙がそれぞれ1枚ずつとプリントが数枚ずつ入っていた。
手書きの文字は「生徒会選挙を降りろ」とだけ。
あとは、パソコンで打ったであろう罵倒の文字が羅列している数枚の紙だった。
『この文字を確認するのか?だが、筆跡はいくらでも変えられるだろう』
『確かに、ある程度なら変えられますが、筆跡のくせは、案外残っているものですよ。例えば‥‥』
ここと、ある文字を桜秀は指を指す。
『ここの丸み帯ているところは本人のくせです』
『??』
観察してみるが、よく分からない。むにゃむにゃと難しい顔をしていると、桜秀が説明を付け足してくれる。
『文字を書いている本人が意識しているか、していないか。例えば、ハネやハライなどのパーツ部分には本人の意識せず書いている場所が必ずあります』
『???』
私の様子に、桜秀が少し考える。
『それじゃあ、織田さん。剣道する時って、筋肉の動きとか使い方を意識はしますか?』
『しないな』
『そうでしょう。筋肉を意識して動かすと、ぎこちない動きになるでしょう?だけど、ずっと意識していることは出来ない』
彼に「分かりますか?」とチラリと見られたので、頷く。
『どこかでいつもの自分の癖が出てしまう。筆跡も同じで、その癖が出やすいのが、ハネやハライなどのパーツなんです』
『あ、なるほど』
ようやく理解した私の様子に、桜秀はホッとした表情を見せる。それにしても‥‥
『なんでそんな詳しいんだ?』
私の問いに桜秀は苦笑する。
『器用貧乏なんですよ、俺』
なるほど‥‥
なんとなく分かるが、うまく質問をかわされたような気もする。
『筆跡は、生徒会のアンケートで、集めて調べましょう』
桜秀は最後にこう言って、言葉を締めた。
という経緯で、私はアンケートの集計を行なっていた。
もう、筆跡の調査は終わっている。特定までは出来なかったが、3人まで絞ることは出来た。
女子2人に、男子1人だ。
この男子は、なんとなく違う気がする。
勘の域を出ないが、私の勘はよく当たる。とりあえず、除外。
あとは、女子2人である。
名前は、姫野さんと北野さん。
この2人は、このクラスで1番派手な女子グループに属していて仲が良かった覚えがある。
筆跡は、どちらかというと姫野さんの方に近い気がする。
しかし、筆跡を変える時は、最も親しい人の字に自然と似せてしまうことがあると桜秀は言っていた。
そう考えると、北野さんの可能性も大いにある‥‥
教室では、テスト返却がまだ続いている。
うーんと考えていると、不意に先生の声が耳に飛び込んできた。
「北野ー北野寧々」
はーいと返事をして、北野さんがテストを取りに私の横を通り過ぎていく。
ちょうど彼女のことを考えていたので、さりげなく彼女を見てみる。
ふわりと髪がたなびく。
それが目の端に映った時、雷に打たれたような感覚を覚えた。
なんで、今まで気づかなかったんだろう。
北野、寧々。ねね‥‥‥‥‥‥‥
その名は、豊臣秀吉の妻と同じであった。
バッと桜秀の方を向くと、アイツも驚いた顔をしてこちらを見ていた。
多分、同じ結論に思い至ったのだろう。二人して急いで教室の外に出る。
パタン、と扉が閉められた音と同時に捲し立てる。
「北野寧々って、ねねの生まれ変わりかっ?!」
「その可能性は高いですね。今まで気付きませんでしたが」
「私もだ。名前で呼ばれてるところ聞いたことないし」
「やはり、『ねね』というイメージが強いですからね」
うーんと、二人で唸る。全然、全く、気がつかなかった。
ねね。またの名を、北の政所ーーー豊臣秀吉の正妻である。秀吉がまだ一武将であった頃から彼を支え続けた健気な女性。
しかし一方で関ヶ原の合戦においては、徳川家康側につき、側室の子供を退けた強かさを持つ。
もちろん、私自身も前世は交流があった。共に食事をしたこともあるくらいだ。
だからこそ、私の結論は複雑な心境をもたらすものだ。
「‥‥ねねが、犯人なのか」
ポツリと呟くと、桜秀が目を見開く。
「筆跡、辿れたんですか?」
「ああ」
筆跡の調査結果と私の考えを手短につたえ、桜秀の見解を聞いた。すると途端に難しい顔をした。
「犯人が北野さんである可能性は高いですね」
「そうか‥‥」
「複雑ですよね、俺もです」
「は‥‥?」
いやいやいやいやいや。
「お前が言うか‥?」
いや、本当にお前が言うかって感じだ。
もちろん、桜秀自身、寧々とは前世で懇意にしていたし、その気持ちも分からなくはない。
しかし、どっちかというと私の方が複雑な気持ちのはずだ。
前世で自分を殺した男と共闘する方が複雑な気持ちなのだが?
「え?!あ、すみません」
私の思惑に気づいた桜秀、めちゃくちゃ焦る。だから、私はため息をついて許す。
「‥‥‥まあ、いいけど」
「え?!」
焦っていたのに、今度は目を丸くして驚いている。なんだその反応。
「文句でもあるのか?」
「いえ‥‥」
「言ってみろ?」
口籠る桜秀に、ニッコリと笑って威圧する。僅かに怯む桜秀。笑顔は力なり。
「‥‥‥こう、激怒して、暴れ回って、俺に切腹でも命じるのかと‥」
「いや、どんなイメージだ」
まあ、織田信長ってそうだったよな。こうやって改めて聞くと、ひどい人だなぁ。自分のことなのだが。
「まったく。そんなことはしない。私は信長じゃなくて、撫子だ。16年間生きてきたな」
桜秀はその言葉を聞くとハッとしたようにこちらを見る。なんなのか、今更気づいたのか。
「そうですよね」
桜秀は複雑そうな、しかし穏やかな顔をしている。その言葉に、私はふっと笑う。
「それより、だ!私はいいこと思い付いたぞ」
「なんですか?」
「実はな‥‥‥」
桜秀に顔を近づけて、話す。
話終えると、少しだけ笑って、
「いいんじゃないですか?」
と言った。
「いい案だと思うか?」
「斬新かと」
「そうだろう?そうだろう?」
桜秀はニッコリと笑う。その言葉に、私も嬉しくなる。前世でも、光秀にそう言われると、自信が持てた。
まあ、否定されることもあったから、その時は暴れ‥‥うん。察してくれ。
さて、さっさと犯人を特定してやろうじゃないか。