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プロローグ


戦国時代。


それは、多くの戦国武将たちが戦いを繰り広げ、下克上を繰り返した時代。

数多の英雄たちが沢山の血を流しながら、天下統一を進めていった。

その英雄の中に異彩を放つ者が一人。


その者の名は、織田信長。


尾張(おわり)で生まれ、かの有名な本能寺(ほんのうじ)で終えた生涯。

代名詞は、天下布武。

多くの重臣を従え、数多の戦いを勝ち抜き、天下統一をあと一歩のところまで進めた。


その一生は欲望に満ちながらも、気高く。


血にまみれながらも、美しかった。


そしてその最期は、一人の部下の謀反(むほん)により自害をする。


一面に広がる紅の炎の中。最期の瞬間、それを静かに見つめながら、彼は考えた。


どこから間違ってしまったのかをー。


そして願った。


来世こそは、穏やかな日々をおくれるように、と。




















ーあれから、400年余りが過ぎた。


「‥‥と、これが織田信長の生涯です」


日本史の担当教師が今日の日直だからという理由で、私に織田信長の生涯の説明を求めてきた。

かなり短縮して説明したつもりだったが、気がつくと20分近くは経っていた。


「さすがだな。織田信長の生涯をよく捉えて説明できている」


「‥‥ありがとうございます。」


おおーと、周りから歓声が上がる。


桶狭間(おけはざま)の戦い


姉川(あねがわ)の戦い


長篠(ながしの)合戦



そして、本能寺の変。


先生は私の説明に補足を加えながら、テストに出るところを言っていく。

そして先生はふと気づくように私に話しかける。


「それにしても、織田。説明にかなり感情がこもっていたが、お前は信長ファンだったのか?」


織田が歴女だったなんて意外だよ、と笑う教師を静かに睨みつける。


そうすると周りからの抑えた笑い声も止まる。


仕方がないじゃないか、と思わずにはいられない。感情も入らないわけがない。

冷静でいろなんて無理だ。不可能に近いに決まっている。



なぜって?



なぜなら私、織田撫子(おだなでしこ)(♀)は、織田信長の転生体なのだから‥‥ー。



そこまで思考を巡らして、思わず頭を抱える。

そもそも「私」が一人称の時点でじわじわとした恥辱がやってくるのだ。


戦国時代から400年後の日本。

本能寺で生涯を終えた信長はこうして謎の生まれ変わりをはたした。

織田撫子としての人生を始めて16年。流石に、この生活にも慣れてきてはいるのだが‥‥


そもそもなぜ、あの天下の信長が女に生まれ変わってしまったのか。厄介だ。


‥‥だが、厄介なことはこれだけにとどまらない。



「失礼します。」


突然教室の扉が開く。すると、ふわりと梅の香りがした‥‥気がした。


入ってきたのは1年生の男子生徒。


その瞬間に湧き上がる女子たちの黄色い声援。それにしても、凄まじい勢いである。耳が痛い。


彼はスタスタと真っ直ぐ私に向けて歩いてくる。

そして私の目の前で立ち止まって口を開く。


「お迎えにあがりました‥‥撫子さん」


きゃあああと再び上がる声援。

もはやぎゃあと、叫んでいるようにも聞こえる。


すると、流石に見かねた先生が口を挟む。

‥‥悲鳴で、ほぼ聞こえないが。


「おおい、君は一年生だろう。授業に戻りなさい」


「僕のクラスは自習です」


「いや、だからって」


「担当の先生は自習の時間何をしてもいいと言っておりました」


「そん、」


「担当の先生の指示に従っているだけですが?」


「‥‥」


いやいや先生、論破されるなよ!弱いな!


というか、もっと頑張ってくれ。私が困るから。

そんな願いも虚しく、先生は何も言わなくなる。

すると彼はくるりとこちらを向いて、にこりと微笑む。

あ、やばいなと思った時には手をがっしりと掴まれていた。


「それでは、撫子さんの体調が悪そうなので、保健室に連れて行きます」


きゃあああという再び上がる悲鳴。失神している生徒もいる。

どうにか事態を収集して欲しいと期待を込めて教師を見るが、何故か先生までときめいている‥‥。


抵抗することすらも出来ず、私は彼に手を引っ張っられるままに教室を出たのだった。




廊下は少し肌寒かった。まだ授業中なので、2人の足音のみが響きわたる。


康久(やすひさ)!康久!」


「‥‥」


徳川康久(とくがわやすひさ)!」


そう叫んで、やっと彼は振り返る。


「なんですか?」


「いい加減、手を離せ!」


「ああ、すみません」


爽やかに笑って手を離すが、全く反省した気色が見られず、頭を抱えそうになる。そもそもこいつはなぜ、こんな風に生まれ変わったのか。


そう、何を隠そう彼、徳川康久は徳川家康の転生体だ。


徳川家康(いえやす)ーー幼少期は人質として織田家や今川家で育つ。桶狭間の戦いにて、織田信長が今川義元を倒したのち、独立。織田家と同盟関係に。

性格は我慢強く、何事に対しても丁寧で有能。私が信頼していた数少ない人物の一人であったが‥


私は聞いていない。聞いていないぞ‥!


あの家康がこんなに美男子に生まれ変わるなんて‥‥!!女子が悲鳴を上げずにはいられないこの見た目!どうやらファンクラブまで存在しているらしいし!


私なんて女に生まれ変わってしまったのに‥‥!しまったのに!!


「あの、撫子さん?大丈夫ですか?」


「!」


思わず、思考に入り浸ってしまった。誤魔化すように咳払いをして、康久に気になっていたことを質問する。


「何故、授業に乱入してきたんだ」


わたしの質問に、康久は少し考えるようにしながら、手を唇に当てて言う


「生徒会選挙。雑務(ざつむ)がいくつか残ってましたよね?」


「ああ、そうだったな」


と、次はまた別の理由で頭を抱えたくなる。ここ千石学校では、生徒会選挙が6月に行われる。


私は今世こそ天下統一を果たすため、様々なことを実施してきた。


その計画の中の一つが今回の生徒会選挙だ。

私はこの名門校で生徒会長になり、それを天下統一の足がかりにするのだ!


まあ、ただ単に、生徒会長になれば、名門大学への推薦が貰いやすいからなのだが。


内申書に大きく影響することもあって、生徒会選挙は面倒くさい作業が伴う。その作業の締め切りが近いのだ。


「いや、でも授業に乱入する必要はなかろう!」


はたと気づいて、声を上げる。抗議はしつつも、足は既に生徒会室に向かっているのだが。


桃吉(ももきち)先輩に言われんですよ」


「なに?桃吉が?」


「今の日本史の授業は戦国時代だから、撫子さんに授業受ける必要はないでしょうって」


「あいつ‥‥」


気を使ってくれたのか。思わずじーんと来てると、康久が付け加えた。


「あ、あと。自分の黒歴史聞くの辛いだろうからって笑ってました」


「あ、あいつ‥‥!」


私の感動を返せ!

あとでしばくことが決定した。


そうこうしているうちに、生徒会室に辿り着く。


扉を開けると、そこにはー


「あれー、意外と来るの早かったねえ」


もっと駄々こねるかと思ってたと、笑うそいつー桃吉は、生徒会室の椅子の上で女子と絡み合って座っていた。


前言撤回。後でじゃない。今、しばく!


「桃吉!生徒会室に女を連れ込むとは何事だ!!」


「あはは、のぶちゃん怒ってるねえ」


「のぶちゃん言うな!」


私が激怒していると、横をすり抜けるようにしてその女子生徒が生徒会室を逃げていく。脱兎のようだ。


「あーあ。のぶちゃんが怒るから」


「だから、のぶちゃんはやめろと言ってるだろう!」


「そんなこと言わないでよ。前世からの仲じゃあないですか」


そう、実はこいつも私や康久と同じ転生体。それも、豊臣秀吉(ひでよし)の。


豊臣秀吉ーー生まれは農民であったが、自由な発想と機転の効く行動が信長に気に入られ、重臣に。信長亡き後、その裏切り者である謀反者を倒し、天下統一を果たす。


昔から人懐っこく、他者から気に入られやすい体質ではあったが。


私は聞いていない。聞いていないぞ!


なぜあの秀吉がこのような女たらしに生まれ変わったのか!


日替わり弁当かと突っ込みたくなるくらい、毎日不特定多数の女子と遊びふけているのに特定の彼女はいないらしい。

前世からひとたらしな面は確かにあったが、だからといって今世、女をたらしこむ必要はないはずだっ!


私なんて女に生まれ変わってしまったのに!しまったのに!!


「あのー、のぶちゃん?そろそろかえってきてくれる?」


気づくと目の前で桃吉が私の顔を覗き込んでいた。

不必要に顔が近かったので、桃吉の肩を押しのけ、椅子に座る。


すると桃吉、康久の2人はヒソヒソと声を潜めて話し出す。


「桃吉先輩。撫子さんって昔からあんな感じなんですか?」


「うん。女に生まれ変わったのが相当悔しかったみたいでよくトリップする。前世を引きずるなんて重たらしいよね」


元部下がなんか言ってる。

ヒソヒソと喋ってるつもりらしいが、普通に聞こえてるから!


「そういうところ誰に似たんですかね」


「それは、もちろん信長様でしょ」


「ああ」


「桃吉!うるさいぞ!康久も納得するな!」


私が怒って声を上げると、2人は顔を見合わせて肩をすくめる。そういうところが信長様っぽいよねと言わんばかりだ。


ええい、うるさい。



「それより、生徒会選挙の話し合いをするんだろう!授業をさぼった意味がない」


「そうですね。はじめましょう」


「あーあ、めんどくさいなー」


3人で向かい合って座る。


「で、何するんだっけー?」


「明日が締め切りなのは、スローガン作りと、アピールポイントの用紙提出ですね」


「あー、アピールポイントは俺たちも書かなきゃなんだよね」


「そうなんですよね。生徒会長、副会長選よりはやるべきことは少ないですが‥‥」


康久は会計、桃吉は書記を目指すらしい。

ちなみに、去年、私は会計、桃吉は書記に当選していた。


「そういえば、撫子さん。スローガンは決まりましたか?」


「そうそう!どうするのか気になってたんだよね」


突然、思い出したように、2人が私に問う。


もちろん決まっている。

私を誰だと思っているのだ。


自信たっぷりに腰に手を当て、宣言する。


「スローガンはもちろん。天下布武、だ!」


しーん。


生徒会室の空気が一瞬にして凍る。

しばらくして康久が気まずそうに口を開く。


「あ、あのそれはちょっと‥‥奇抜というか突飛というか‥」


するとそれに続くように呆れ顔の桃吉も口を出す。


「厨二病引きずってる奴だって思われるよ」


「風評被害に合うかもしれませんし」


「そんなものは私がねじ伏せる」


「ねじ伏せるって何するの?!」


「暴力?!暴力ですか?!」


「ダメだよ!!今は戦国時代じゃないんだから!」


「‥‥」


2人が喚き始める。うるさい。


「お願いだから、法に触れることだけはしないで!」


「生徒会選挙どころではなくなってしまいます!」


「だああああ、もう。そんなことする訳なかろう!」


「え」


「え?」


不思議そうにこちらを見る2人。なにをそんなに疑っているんだか‥


「あのな、この時代にはこの時代の流れがあるんだ。だから、私は時代を生きるものとして正当な方法で正しい道を歩むつもりなんだ」


「そうだったんですか」


「天下布武だのなんだの言ってるから、てっきりに動乱の中で生きたいのかと」


「いや、動乱って。2人の中の私のイメージってどうなってるんだ」


「ま、でもそういうところも、ある意味信長様らしいよね」


「そうですね。時代にいち早く適合するところとか。常識に囚われない発想とか」


「前世でも鉄砲を誰よりも早く有効的に活用しましたし」


「そうそう、そういうところ本当に尊敬をしていたんだよねえ」


「お前たち‥‥」


桃吉、康久の言葉に思わずじーんとくる。


そんな風に思っていたなんて、前世は考えもしなかった。それは、今、この時代だからこそ、分かることだろう。

だから、こんな時どうしようもなく、思ってしまうのだ。


生まれ変わってよかった、と。


少しだけ泣きそうになってしまったのを、ごまかして笑う。

多分、前世では絶対にしなかったような顔だ。


康久は小さく驚き、桃吉は少したじろいだ。

そしてその笑顔のまま2人を安心させるために言う。




「よし。じゃあ、私に逆らったやつは社会的に抹消(まっしょう)するから、心配しなくていい」




「「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥え?」」




その途端、2人は不用意に焦り出す。



「え、今の顔、そんなこと言う雰囲気じゃなかったよねえ?」


「先輩。突っ込むところそこじゃないです。社会的に抹殺って、逆に現実味おびててこわいじゃないですか」


その瞬間、ばっと桃吉が私の肩を掴む。


「のぶちゃん!お願いだから、裁判にかけられるようなことしないでね?!」


「そうなると、さすがに僕たちも庇えませんから!」


勢いよく捲し立てる桃吉に、後ろで(わめ)く康久。

なんだか、さっきと同じパターンになっていないか?


「バレなきゃいいとかもうありませんから!」


「そうだよ!」


もう、本当にこいつらは‥‥


「だああああああああ、うるさーい!!!」 


静かな校舎に私の叫び声が響く。


全く。

どうやら今世も、私は穏やかに生きられないようだ。


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