後輩ちゃん、わたし捨てられちゃった・・・ ~ホストに貢ぎ続けて三千万。サクッと捨てられたので、これからは二次元に生きます。ふむふむ、最近はVtuberが流行っているのね!~
貢ぐ。それは唯一他人を信じられる方法。
ただ優しい人間には必ず裏がある。どれだけ甘やかされようと決して安心できない。しかし、お金を渡して優しい人間ならどうだろうか。とても安心できる。
彼女の心は擦り減っている。
年収は二十代にして四桁万円。仕事内容は、交渉。一言で述べれば、自社の商品やサービスを強引に売り付けること。
残業や休日の概念など無い。ひたすらに結果だけが求められる完全成果主義の世界。
交渉相手の趣味嗜好や競合の動向を調査して、常に言葉の裏を読みながら、自分が最も優位になるよう舌を回すことが求められる。
思考は常にフル回転。それは体の内側からエネルギーを奪われるような疲労感を生む。もちろん精神的な負荷も尋常ではない。彼女の仕事は、四桁万円の報酬が安く思える程の激務である。
繰り返す。
彼女の心は擦り減っている。
ところで彼女は面食いである。
ある日、彼女は夜の街で白いスーツのイケメンに声をかけられ煌びやかな――中略。要するにホスト狂いとなった。
総額、およそ三千万。
彼女は約半年で財産の九割をホストに貢いだ。
その結果――
「うううぅぅぅ、ああああぁぁぁっ、あぁぁ……」
号泣。
とあるバーで、彼女は大泣きしていた。
「よしよし。大丈夫ですよ」
「うぉぉんっ、うぉんっ、んぁああああ!」
およそ生物とは思えないような泣き声。
そんな彼女の背を優しく撫でるのは、知的な雰囲気をしたスーツ姿の女性だった。
「おかわり! もっと飲むぅ!」
「ダメです。さっきので最後って言いましたよね」
「やぁだやだ! 飲んで忘れるのぉ!」
「ダメです。明日も大事な交渉があるんですから」
彼女の推しが結婚した。
全財産の九割を貢ぎ、対価として癒しを受け取っていた相手。心の拠り所であったホストが寿退社した。
例えるならそれは、彼氏の二股が発覚して、当然のように自分を選ぶと思っていたら、あっけなく捨てられてしまったかのような絶望だった。
受け入れ難い裏切り。
彼女の心は、ボロボロだった。
「……大変ですね」
カウンターの向こうで店主の男性が苦笑する。
そして、知的な女性に向けて静かな声で言った。
「私も会社勤めだった頃は、部下の世話で手を焼いたものです」
その言葉を聞いて、知的な女性は咄嗟に手で口元を押さえる。それから横を向いて、くすくす肩を揺らした。
何事かと困惑する男性。
号泣していた女性は唇を一の字にして、涙目で男性を睨みながら言う。
「私が上司なのぉ~!」
「えっ!? あ、いや、えぇ!?」
「謝れー!」
「も、申し訳ありません!」
再び号泣する。ひたすら謝る男性と、くすくす笑い続ける知的な女性。店内の空気は混沌を極めていた。
* * *
「先輩、起きてください。朝ですよ」
「……ん~」
昨夜、後輩は酔い潰れた先輩を自宅に運んだ。後輩は先輩をベッドに寝かせ、自分はソファで眠り朝を迎えた。
「ほら起きてください。そろそろ始発ですよ」
「まだ寝る時間~」
「ダメです。帰って着替えてください」
「……いや~」
子供みたいにゴロゴロする先輩。
後輩は腰に手を当て、まったくもうと溜息を吐く。
「……うぅぅ、ううぅうぅうう~」
先輩は唐突に泣き始めた。
「後輩ちゃん、私捨てられちゃった……」
「そもそも拾われてません。夢から覚めてください」
「覚めない~! ジークリーデ様は人生なの~!」
「まったく……あんなに仕事が出来る人がどうしてホストなんかに」
その一言が先輩の逆鱗に触れる。
「わかってない!」
「何がですか」
急に起き上がった先輩は、ぷんすかしながら言う。
「貢ぐのは他人を信じられる唯一の方法なんだよ!」
「先輩、末期ですね」
「だってだって! みんな嘘吐きなんだもん!」
「私もですか?」
「後輩は先輩を敬うのが仕事だからいいの~! 仕事は嘘つかないの~!」
ガバっと後輩に抱き付く先輩。
後輩はやれやれと溜息を零しながら受け入れる。
「引きこもる~!」
「やめてください。先輩が居ないとダメな案件が山ほどあります」
「後輩ちゃんならもう一人で大丈夫だよ! 私はこれから二次元に生きるから放っておいて! 二次元なら裏切らない! 絵だから! 絵だから!」
「でも作者が逮捕されて終わったりしますよね」
「うっ」
「あと二次元は返事してくれませんよね」
「……する! 返事する! 夢の中で会える~!」
話は平行線。
やがて後輩は折れることを決めた。
「先輩、あらたな貢ぎ先を見つけましょう」
予想外の発言。
先輩はポカンとした表情になった。
「最近ならVtuberとかじゃないですか。スパチャですよ。スパチャ」
「……なにそれ。酸っぱいお茶?」
「スーパーチャットです。いわゆる投げ銭です」
「……お金なげると、どうなるの?」
「メッセージが読まれます」
「……え、読むだけ? アホくさ」
お前が貢いでたホストは何してくれたんだよ。
後輩は背中で拳を震わせる。
「でも貢げますよ」
「……ふむ」
「めっちゃ流行ってますよ」
「……ふむふむ、最近はVtuberが流行っているのね」
「そうです。流行っているということは何か特別な魅力があるということです。きっと心が癒されますよ」
「……癒される」
「はい。とっても癒されるはずです」
「……癒されたい」
「癒しは有料です」
「……有料」
「お金を出すほど優遇されます」
「……稼がなきゃ!」
よし、交渉成立。
後輩は背中で拳をグッと握り締めた。
「帰るよ!」
「はい、お疲れ様です」
そして数日後。
「ぐへへ、ミーちゃん可愛いよぉ~。ふひひっ、今日も赤スパ投げちゃお~っと」
彼女は、それはもう見事に貢いでいた。
「うへへへ、私の怪文書ちゃんと読んでる~! かわいい~、かわゆいよぉ~!」
一日に複数回のスーパーチャット。一回一回はドンペリを注文するよりも遥かに安い。しかし気軽に無限に貢げるスーパーチャットは、まるで栓を抜いた湯船みたいに彼女の財産を減らしていった。
借金は、まだ、無い。
破滅を避ける程度の理性は残っている。
「ふへへ、ミーちゃんのためにお仕事頑張るからね」
満面の笑み。ある意味では正しい金の使い方なのではないかと思える程に、幸せそうな笑顔だった。
~~
「はぁ、今日も疲れたな」
ミーちゃんというキャラを演じ切り、しっかりとパソコンの電源を落とした後で、彼女は息を吐く。
「先輩、今日もたーっぷり貢いでました」
――何もかも計画通り。
「本当にダメな先輩です。でも安心してくださいね」
恍惚とした表情で、後輩は言う。
「私が、ちゃーんと管理してあげますからね♡」
クリスマス
↓
プレゼント
↓
貢ぐ
ということでクリスマス小説でした(๑˃̵ᴗ˂̵)
サンタ読者さんに星ボタンをポチッとして頂ければ幸せです。