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塩味のミルクティー

短編第一号です!

各話での完結を目指しますので、一話でこの事件については完結しています。

お楽しみいただけると幸いです。

「はあ」


 桜が散り、多くの生物が活動的になる一方で、人間は新学期というイニシエーションが過ぎて鬱々と過ごし始める時期になってきた。


 窓掃除をしている表情の少ない少女も例外ではないようで、外を見ながら、まるで作りかけのドミノを無邪気な子供に倒されたような悲痛なため息を付いている。


「珍しいな。どうした?」


「……ちょっと難しい事件があった」


「具体的には?」


 事件と聞いて詳しく知りたくなるのは探偵の性というものだろう。


 付き合いが長くなってきたおかげで、表情の乏しさは相変わらずとも、諦観したような拗ねた声から愚痴を言いたいのだということくらいは察せる様になってきた。


「今日、学級委員長を決める選挙があった」


 やや遅い気もするが必要な行事だろう。とはいえ、大体はどこかの馬鹿が調子に乗って引き受けてくれるものという認識しかないが。


 俺は沈黙で続きを促す。


「誰も立候補しなかった」


 そこまで言われて大体察した。


「推薦されたのか?」


 コクンと頷くことで肯定を示すヒナ。


「人望があっていいことじゃないか」


「私にはここがある。恭介を一人にすると知らない女の子について行きそうで心配」


「おい、お前はどんな目で俺を見ているんだ……」


 きょとん、と可愛らしく首を傾げその長い髪を揺らす様子はまるで愛でられるためだけに生まれてきた人形のようなのだが、発言の内容的にそれを許容するわけにはいかなかった。


 やがて


「恭介は私の恩人」


「成り行きだが……そうなるか」


「恭介は私の彼氏」


「違うな」


「恭介は私の旦那さん?」


「全くの誤りだな。東京の卵焼きと大阪の卵焼きくらい違う」


「……どう違うの?」


「今晩作ってやる」


「たのしみ」


 こうして俺が今日の夕飯当番に決まった。


「それで……何の話だっけ?」


「学級委員に推薦されたんだろ?」


「そうだった」


 何か思い出したのかヒナは再びため息を付く。


 ため息を付くと幸福が逃げるとか言うが、実際には呼吸換気量が増加して血中酸素量が多くなり冷静に頭が回る様になるらしい。


 無論、だからと言って他人の前で頻繁にする行為ではないが。


 窓を拭き終わったのか、ヒナが掃除道具を片付けながら話始めた。


「綾ちゃんとか他の友達に推薦された。いろいろできるからって」


 綾ちゃんというのがどこの誰か知らないが、おそらくクラスメイトだろう。


 色々、というのは本当に色々なんだろうな。一応保護者という名目で昨年度の成績表を見たが、五段階評価でまさかの一教科を除いてオール5。「恭介は保護者じゃない」と頬を膨らませていたヒナの横で「記憶喪失とは?」と喉まで出かかったのが懐かしい。


「それで?」


「本当の理由を話すと恭介が捕まっちゃうから、自信がないと断った」


「模範解答だな」理由以外は。


「そうしたら、それだけできるから自信もってという人と、自信がないならやめた方が良いという人に分かれた。おしまい」


 ……さっぱりわからん。


 きっとこれは話し手の問題だろう。


 考えて分からないことは訊くに限る。


「で、どうため息につながったんだ?」


「人は自信を持つべき?」


 思ったよりも面倒な話しに派生したな。


 片づけを終えたヒナが無表情のままこちらへ近づいてくる。


 一歩踏み出すごとに無垢な白い髪が揺れている。


「そうだな……」


「お話はここまで。お客さんが来た」


 俺の発言を押しとどめるようにヒナがそう言った瞬間、ピンポーンというチャイムを鳴らす音が聞えた。


 どうやら依頼人が来たらしい。


 そのままいつものゴシックドレスの姿でドアを開けた。


 


 ドアを開けると、一人の女性が立っていた。


 見た目二十歳前後だろうか。失礼ながらあまり綺麗とは言えない顔立ちだが所作に気品を感じる。また、就職面接にでも来た様なしっかりとしたスーツには皺ひとつなく、清潔さをアピールするように髪の毛を団子にして頭に載せていた。しかし少しフレームが歪んだ眼鏡や白いワイシャツにうっすらと付いたシミからあまり几帳面ではない性格が伺えた。それとは別に赤いヒールが激しく自己主張している。


 ヒナを妖精でも見つけたように不思議そうに視線で追った後、孤独な犬の様に周囲を見回しながらゆっくりとソファーに近づいて、俺が促すことで浅く座った。


 勿論、俺はチャイムが鳴った時点で上座の定位置に移動済みだ。


 ヒナがお茶を運んできたのを合図に場の空気が少し緩む。


 お茶がいきわたり、ヒナが俺の隣に座ったところで改めて正面の女性を見据えた。



 では、話を伺おう。



「本日は何用で?」


「はい。ミルクティーがしょっぱいんです」


 しょっぱいんです……か。


「では病院に行ってください」


「ちょっと!」


「電話番号です」


 俺の発言に文句を言っている間にヒナが病院の電話番号を書いて渡す。


 一部の隙も無い完璧なコンビネーションだった。


 目の前の女性はプルプルと肩を震わせながら俺達を睨みつけてくる。


「あなたたち!折角この私が勇気を出して相談に来たのに何ですか、その態度は⁉」


 俺は真顔で淡々と説明した。


「いえ、これは俺の専門外ですので」


「まさか、もう真実が⁉病院に何があるのですか⁉」


「病院には医者がいます。そこで見てもらうといいでしょう」


「恭介、精神科であってる?」


「ああ。さすがヒナだな」


「もっと褒めて」


「えらいえらい」


 さっさと出て行ってくれないかな、と思いつつヒナと茶番を進める。


「……ちゃんと聞いてください!」


 依頼者は青筋を立てて大変お怒りであった……。




 コホンと俺の咳払いを合図に依頼人というかイライラ人が話し始める。


「私は色典いろのり美湖みこと言います。近所の大学に通う一年生です」


「で、ミルクティーがしょっぱいというのは?」


「それは今朝のことでした。いつも通りポットのお湯を沸かして、マグカップにティーパックを入れました。そして、身支度のために台所を離れました」


「それで?」


「3分程度でしょうか。戻ってきてから、牛乳と砂糖を入れて、焼きあがったトーストにバターを塗り簡単なサラダと一緒に朝食を取り始めました」


「今朝の私たちと同じメニューだね」


「そうだな。今朝のトーストはオーブンの気分がいい時にだけできる絶妙な焼き加減だった」


 などと軽口を叩いていると依頼人こと色典がこちらを穴が開く勢いで睨んでくる。


 俺達が黙ると続きを話し始めた。


「それで、ミルクティーを飲んで私は叫んだのです。しょっぱい、と」


「これは何という演目ですか?」


「恭介、これは落語じゃないよ?」


 バン!と色典が強く机を叩いて立ち上がり、強引に続けた。


「容疑者は分かっていますの。お父様とお母様と弟の三人ですわ!」


 第一に身内を疑うか……。


 いい懐疑主義だ。


 始めて色典に好感が持てた瞬間だった。


 だが、探偵として絶対に消しておくべき線がある。


「第三者の可能性は?」


「ありませんわ」


「どうしてそう言い切れる?」


「私、人に恨まれませんから」


 両手を腰に当ててやや胸を反らしてそう言う色典。


「どうしてそう言い切れる」


「ちょっと、なんで質問が同じですの⁉」


 意味が違うんだよ。


 もういい。さっさと話しを聞くだけだ。


「それで容疑者がその三人になった理由は?」


「まず、お父様とは半年くらい前から上手くいっていませんの。最近はさらに酷くて昨晩も夜中まで口論を続けていましたわ」


 娘にイラついたから紅茶に塩を入れた父親。平和だなあ。


「次に、お母様は最近声を聞かせてくれませんの」


 娘が嫌いで話したくもない。だから嫌がらせで紅茶に塩を入れた母。平和だなあ。


「最後に弟。一昨日誕生日だったのに昨日祝ってしまいましたの」


 誕生日を間違えられたので拗ねて紅茶に塩を入れる弟。


「平和だね」


 ……やっぱりそう思うよな。


 それから俺達は幾つか簡単な質問をした。




「過去に似たようなことは?」


「実は一週間くらい前にも同じことが」



「その格好は?」


「先ほどまでバイトの面接に行っていましたの」



「その靴、歩けるの?」


「興味がお有りでしたらお似合いのを見繕いますわよ」



 ヒナの関心が逸れてきたのでそろそろ茶番を終わらせよう。


 俺は顎に手を当てながら俺はため息交じりに告げた。


「犯人が分かったぞ」


「本当ですか⁉」と驚く色典。


「流石は恭介だね」と無表情の中にやや笑みを浮かべるヒナ。


「というか、こんなの誰でも分かるだろ……」


 俺はコホンと咳払いをして言った。




「まず前提だが、お前、一人暮らしだろ?」


「え、家族と暮らしてるんじゃないの?お父さんやお母さんが怪しいって」


 ヒナが不思議そうに聞いてくるので逆に訊き返す。


 この手の不自然さを探すには自分の行動に置き返すと分かりやすいものだ。


「ヒナ、お前は朝食作る時に自分の分だけ作るか?」


「いや、恭介の分も作る」


「そういうことだ。家族と住んでいて、自分の分だけ食事作る可能性はかなり低い」


 ヒナは納得したように頷いていた。


 俺はなおも続ける。


「仮にそういう家庭だとして、弟の誕生日を一日遅れて祝うというミスは不自然だ。早いのならあり得るがな。それに付け加えるなら、眼鏡が曲がっているのは下宿を始めたばかりで眼鏡屋を知らないからだし、服のシミに気付かないのは指摘してくれる人がいないから。面接に赤いヒールなんて履いて行こうものなら良識ある親なら全力で止めるぞ」


 一気に言い切ったので茶を口に含む。


 ぬるい口当たりが飲みやすかった。


「以上を踏まえれば色典、お前は一人暮らしをしているはずだ」


「もちろん。そうですわ」


 さも当然、というように頷く女性……大学生ならまだ少女か?いや、そもそも少女の定義とは……。


 思考の脱線しつつあった俺に代わってヒナが尋ねる。


「なら、お父さんとの喧嘩は電話で?」


「ビデオ電話ですわ」


「お母さんとは話さないの?」


「使い方が分からないそうですわ」


「弟さん、悲しんでると思う」


「うう。それは反省していますの」


 俺が現実に戻ると目頭を押さ得ている色典の姿があった。


 こちらも気になっていたことがあったので確認する。


「どうやって一人暮らしの家に塩を入れたと思ったんだ?」


「知りませんわ。それが訊きたくてここに来たんですもの」


 それはあれだ。君は探偵ではなく小説家になるべき、ってやつだ。


「とはいえ、おそらくテレビ電話から私の見ていない間にこっそりと忍びだして入れたとは予想していましたけど」


 ……もう既に小説家の域は超えていた。


 SF作家か、ホラーあたりか。


 まあ、どうでもいい。


 俺はさっさと終わらせるべく話を進める。


「さて、では誰が犯人か」


「まさか、知らない間に人の恨みを買って⁉」


「いや、お前だよ色典」


「……今なんと?」


「犯人はお前だ、と言った」


 呆然とした様子で俺を見つめるが慌てて他の可能性を思いついたように話し出す。


「いえ、だから他の人がこっそりと私の家に忍び込んだ可能性も」


「第三者の可能性はないな」


「どうしてそう言い切れますの⁉」


「これは俺の予想なんだが」


 念のため前振っておくのは良識ある探偵のマナー。外れたら恥かしいからな。


「お前の家はオートロックだろう。というか、それ以外の下宿はお前の父親が許さないだろし」


「どういうこと?」


「色典が父親と揉め始めたのは半年前だ。今から半年前だと何月だ?」


「十月か十一月?」


「そう。世間一般ではその時期の学生は大学生活を意識し始めながら志望校を考えている。要するに一人暮らしを反対されたんだろう。なら、心配した父親が妥協案としてオートロック式の防犯性が高い家を借りるに違いない。そしてなにより」


「「なにより?」」


「それらを掻い潜って侵入した先でミルクティーに塩を入れて帰るなんて馬鹿らしいことするアホがいるわけないだろ」


「「……確かに」」


 さっきからこの二人仲いいな。


 だが、二人の表情は全く異なる。


 ヒナは軽く頷くだけであるが、正面の色典はぽかんと口を開けていた。


「どうして、どうしてそこまで分かるのですか……」


「あらゆる可能性を考えて、今日聞いた情報と自分の見分を照らし合わせて合理的に選択肢を消した結果だ」


 調子乗って話過ぎたか。そろそろ最後の話題に戻そう。


「という訳で、アホなお嬢様が砂糖と塩を間違えたということだが、お前はさっさと実家に顔を出した方がいいぞ?」


「……どういうことですの?」


 睨みながら訊いてくる色典。怖い怖い。


「一週間前にも似たようなことがあったと言っていたな。それに最近は父親との関係も悪化しているとか」


「……そうですわね」


「それなら仕送りを止められる前に家族と一度ゆっくり話した方が互いに都合がいいだろう。母親が話さない理由も直接顔を見たいからだろうし、精神状態が安定した方がこの手もミスも減る。どうせ実家は近いんだろ?」


「……我が家の位置までお見通しですのね」


 ただ呆れた様に、それから優雅に立ち上がった色典はハッキリと告げた。


「ありがとうございました。明日にでも顔を出しに行きますわ。これが今回のお礼です」


 そう言って差し出された封筒の中身は確認しない。


 それからいくらか簡単な挨拶をして、色典は黎明探偵事務所を後にした。




「さすがの名推理だったね」


「これくらい夕飯前だ」


「頭使って疲れた?私が夕飯作る?」


「いや、これを頭を使ったとは言わないだろ。それに今日は俺が引き受けたからな」


 それから色典が来る前の話を思い出す。


「そう言えば人は自信を持つべきか、だったな。色典の話を聞いてどう思った」


「自信家」


「そうだな。底抜けなまでの自分の考えが正しいという自信。それが今回のこれ以上ない単純な出来事に色典が気付けなかった理由だ」


「なら自信は持つべきじゃない?」


「いや、自信がないとろくに行動できない。臆病になって行動しないのは、行動する馬鹿よりも愚かしい行為だからな」


 ……どうするの?


 まっすぐな瞳が俺を見つめていた。


 思わず明後日の方向を向いて持論を述べる。


「自信は持つべきだ。だが、行動する前に一度自分を疑う謙虚さを持つこと。それで大体どうにかなるさ」


「私には難しい」


「なら、自分なりの答えを見つけるまで考えるんだな」


「うん」


 そう言って俺がヒナの頭をポンと叩くと、余り表情を出さないヒナが微笑みを浮かべた気がした。


 やや時間は早いが玄関へ向かい看板をcloseにする。


 これで店仕舞い完了。


 さて、地域別卵焼きを焼きますか。



 砂糖と塩を間違えないようにしないとな。


いかがでしたでしょうか。

砂糖と塩を間違えるお嬢様の事件でした。

今後も不定期ながら更新を続けますので、お楽しみいただけると幸いです。

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