プロローグ
どうも、春野仙です。
無性に短編とミステリーのネタが溜まってきたので短編を書き始めました。基本的に1~2話で完結させるつもりです。
どうぞお楽しみください。
幽霊の正体見たり枯れ尾花
世の中は極めて単純だ。
生き物は欲望に従うだけであるし、計算の答えはいつも変わらない。
あらゆる情報が分かれば完璧に未来を予想することができる。
不思議なものは何もない。
なんて諦観していた時期もあった。
だが、世の中は意外なことに複雑だった。
そしてその複雑さを見るために必要なのはただ一つ。
『あらゆるものを疑うこと』
この事実に気付いてから俺はあらゆるものを疑った。
そして如何に人が面白いのかを理解した。
アミノ酸の集合体が……なんて無粋な話をするつもりはない。
人の行動はいくら情報があっても完全に予想できないのだ。
例えば朝ごはんとしてパンとごはんがあるとする。
毎朝パンしか食べない人を集めて、「朝ごはん用にパンとごはんがあります。どちらを食べますか」と聞いても、いざ蓋を開けると何人かは必ず米を選ぶ。
「このように、人は多種多様だ。だから一元化することなく個々で対応を考えることが重要なんだ」
「だから私は紅茶にレモンを入れ、あなたはミルクを入れても問題ないのね」
「ああ、そうだ」
「でも、洗い物の手間は増える」
「……」
これはちょっとした開店前の紅茶談義である。
自分のモットーをこんなくだらない議論に使う日が来るとは思わなかったが。
俺は内心でため息をつきながら店内を見回した。
白い壁に紺の絨毯、学校の教室ほどある空間には色あせた本棚と無駄に高級な机とソファーが置いてあるくらいだ。
ここは黎明探偵事務所。
俺、星野恭介が大学生活に慣れてきた昨年の夏頃に開いた事務所だ。
表向きは私立探偵だが後援者がいるのでその辺りは微妙だと思っている。
依頼料は文字通り勉強を兼ねているため基本的に千円。
まあ金については高校生の頃のバイトやら両親の遺産やらで不自由はしていない。
よって一人くらいなら生活費は痛くもかゆくも無いのだ。
そう思いながら目の前の少女を見据える。
透き通る長い白髪に整った顔立ち。長いまつげや華奢な手足などから幼げな可愛らしさを感じるが、それに加えてゴシック調のフリルの多い服装を好んで着ているのは反則ではないだろうか。
彼女の名前は星野ヒナ。同じ苗字だが、血縁者ではない。かといって赤の他人とうわけでもない。
ちなみにこの言い方をしたら「じゃあ同棲中の彼女?」とか犯罪紛いのことを言われたので先に否定しておく。
彼女は数か月前、この事務所の前で倒れていたのだ。
今時そんなことがあるのかと思ったが、どうやら記憶喪失らしくヒナという名前しか覚えていなかった。それからいくらか悶着が起きたが結局、うちで探偵助手という名目で居候しているのが現状だ。
……いや、最近は家事もできるようになってきたから住み込みで働いているというべきか。なお「結局同棲中では?」という問いは受け付けていないので他を当たってもらおう。
俺はヒナが淹れてくれた紅茶にミルクと砂糖を加えて奇麗な小麦色を楽しみながら適当に話題を変えた。
「そう言えば今日の依頼は?」
「えっと、午前に2件と午後に1件だけ」
「夕方に講義があるからさっさと済ませるか」
「話を聞くだけなら私が……」
「いや、大丈夫だ。というか、お前もそろそろ学校行けよ」
「私はきょうす恭介に助けられた。だからお返し」
そう無表情で見つめられると冗談かどうか判断しにくいが、日頃の言動から本気で言っているのだろう。
……だが、それと高校へ行かないことは関係ないのでは?
俺の伝手で入学条件無視の完全裏口編入で入れてもらった高校だが、全寮制だったのが失敗だったか。そこに入れば引っ越す……かと思えば普通にうちにいるしな。時々授業には出ているみたいだがやはり学校に馴染めないのだろうか。
とはいえ、こればかりは彼女に任せるしかないだろう。学校へ行く、という権利を与えるのは親切であっても学校へ行く義務を与えるのは違うのだから。
そんな父性に目覚めそうな勢いで理由を検討していた時、壁に掛けられてアンティークな時計が九時を告げた。開店時間である。
「それじゃあ、開けるよ?」
抑揚のない降り積もる新雪のような声に俺は頷く。
さて、今日はどんな依頼が来るのだろうか。
前書きでも書きましたが、不定期にネタができ次第投稿していきます。
今後もお楽しみいただけると幸いです。