とある愚かな愚かな王子の自己満足
気が向いたので一気に書きました。まだまだ稚拙な文章です。
「アンジェラ・ヴァーミリオン、貴女との婚約を破棄する」
王家主催の卒業記念パーティの中央で、目を丸くして驚くこれまで婚約者だった女性を前に、私は目をそらさずにそう告げる。
突然の婚約破棄に周囲は騒然としているようだ……まあ、当たり前だろう。彼らの心情を推察するなら……愚かだとは思っていたがこれほどとは思わなかった――といった所か。
私とアンジェラの婚約は政略的なものではあるが、必須ではない。私という王族と呼ぶにはあまりに愚かな存在に、価値を持たせるためのものでしかなかったのだから。
物心ついた頃から婚約者であった女性を、大衆の前で婚約破棄するなど………気違いじみた事をしでかしている自覚はある。
その上この婚約破棄は、国王の承認も受けていないし、私にこれまですり寄ってきた貴族共の指示も無視しているのだ。撤回する事が不可能な以上、彼らも泡を食っている事だろう。私が愚かで操りやすいからとすり寄ってきた貴族共はともかく……尊敬する君主である国王に対しては本当に申し訳なく思う。―――おそらく弁明の機会も謝罪の機会もあるまいが……。
数人、私が婚約破棄を口にした時点でこの場を離れていったところから察するに、既に情報は届いているだろう。今日からしばらくは自室か牢屋で謹慎だろうか……この場で身分剥奪からの放逐の可能性も高いな。
それほどに私の第二王子としての価値と評価は低いのだ。民衆にも疎まれているし、まっとうな貴族なら私に近づくことは無いだろう。国王や第一王子からもとうの昔に私は見放されている。嫌われている、不穏分子として警戒されていると言っても良い。貴族の中でもクズの部類が掲げる神輿になっているのだから当たり前だ。
これを機に、私もろとも腐った膿を切り離しに動くだろうし、彼女の生家であるヴァーミリオン家は王家に届き得るほど影響力も高い家だ。
公衆の面前で彼女を傷つけた私が行きつく先が、断頭台か謹慎先での病死になる事はほぼ確定だろう。死を避けられたとしても……まあ、二度このような場に立つことはあるまい。
「…………理由を、お聞かせ願えますか。ルード殿下」
―――理由を聞いてくれるのだな……公衆の面前で貴女を貶めた、貴女自身、欠片も愛していないであろう私に…………。
―――本当に、本当に優しい方だよ……貴女は。
「私は、こちらのフィリア男爵令嬢との真実の愛に目覚めたのだ!!それに私は彼女から、貴女がいかに非道な事をしていたか聞いている!!」
私のあまりにも愚かな行動に慌てている香水臭い女性を抱き寄せ、そう告げる。パーティに出席するにはあまりにも常識はずれな服装に顔をしかめたくなるが、それを顔に出す事はすまい。出来る限り彼女に嫌われるためには、そうせねばならないのだ。彼女は優しすぎるから…。
「ル、ルード殿下!!私、な、何か勘違いをしていたようです!!アンジェラ様とも……」
「何を言っているんだ、フィリア?アンジェラにいじめられたと何度も何度も私に相談してきただろう?安心してくれ、貴女の発言はきちんと記録にとって学校側に提出してある!学校側も真偽をきちんと確認し、アンジェラを裁いてくれるだろう!!学校内の出来事とは言え、令嬢へのいじめや流言飛語など言語道断、いくらヴァーミリオン家のご令嬢とは言え裁きの対象からは逃れえない!!」
今更になって自分がしでかしたことを理解したのだろうか?いくら青い顔をして慌てたところで逃がすわけが無いだろう?お前の吐いたいくつものアンジェラを貶める流言や嘘を見逃すつもりは無いし、お前自身もお前の家族も筋金入りのクズな事は知っている―――幾人かの頭の足りない有力貴族に粉をかけている事もな。
私が言えた事では無いが、この女は間違いなくこの国にとっての毒だ。逃がすつもりはない。私は愚かでクズな男だが、せめてお前という毒婦だけは必ずあの世に連れていく。優秀な施政者である第一王子やヴァーミリオン家当主がこの女をどうにかしようとして私の派閥の貴族共に阻まれていた事は知っている。証拠をきちんと揃えた今なら、間違いなくこの毒婦を私共々取り除いてくれるだろう。
「………ルード殿下のお気持ちは理解しました。申し訳ありませんが、私はここで退出させて頂きます」
私達の…いや、周囲の視線に耐えかねたのか、アンジェラが悲しげな顔をしながらそう告げ退出しようとするが……婚約破棄を唐突に言いつけられた衝撃からかふらついてしまう。こんな非道な事をされたのだから、当たり前だろう。
思わず駆け寄りたくなるが、唇をかんで衝動を抑える。
既に、私にそれは許されていないのだから。
その権利を自分で投げ捨てた以上、私が貴女に寄り添ってはならない。
貴女をこれ以上ないほど傷つけた私が、貴女を思ってはならない。
―――そもそも傷つけたという思い自体が、私の願望に過ぎないとしても。
―――大丈夫だ。彼女は優しく、とても美しく、そして気高い人だから。きっと駆け寄って支えてくれる人がいるはずだ………ほら、やっぱり。
「ルード殿下!!貴方は何という事を!!」
アンジェラを支えた第三王子が、彼女を気遣いながら私に怒りの声を向ける。彼らしい真っすぐな瞳で私を睨みつけながら。
―――やはりもう兄上とは呼んでくれぬか。彼奴はアンジェラを姉のように慕っていたからな……。
私が貴族を集めた自分の派閥を作ってからは、失望したのか私を毛嫌いして事務的な会話しかしてくれなくなったが……。
思えばそのころから彼奴自身アンジェラに惹かれていたようにも思う。アンジェラも私のせいで積み重なった心労を癒してくれる弟を憎からず見ているのは私にもわかっていた。本人達が自覚していたのか、までは知らないが……。
こうして改めて見ても、アンジェラと第三王子は非常にお似合いだ。誰よりも義侠心と才能に溢れ、何より真っ直ぐな彼奴ならば、きっとアンジェラを幸福にしてくれるだろう。私の隣にいては絶対に与えられなかった幸福を、きっと与えてくれるだろう。
それに、周囲のアンジェラに対する視線も決して嘲りや冷たいものでは無い。むしろ、気の毒そうに見つめる視線が大半だ。私がいかに愚かな人間で、アンジェラがどれ程必死に努力していたのかは良識のある者なら知っていたから。この場における悪役が私である以上、アンジェラの名誉はきっと保たれる。
きっと彼女はこれから幸福になれるだろう。
これでいい。
いや、これしかなかった、と言うべきか。
幾つもの足音と共に、国王の令状を携えた衛兵たちが入室してきた。
向かう先が放逐なのか、断頭台なのか、牢獄なのか、私は知る手段を持ち得ない。
分かっている事があるとすれば、彼女と会う事が二度とない事だけだ。
私は、愚かな人間だ。
国王のように、人を引き付ける魅力なんてありはしないし、
第一王子のように、どうすれば国が富むのかを知らないし、
第三王子のように、真っ直ぐ生きる才能も持ってはいない。
それは私が貴族でなければ許された事なのかもしれないが…………
王族である以上、ただの罪にしかなり得ない。
私と結婚したとしてもアンジェラが幸福になどなれるはずがない。彼女を幸福にするには、私はあまりにも無才に過ぎた。
この婚約破棄が、自己満足に過ぎないことなど、百も承知だ。
悲しくはある。しかし後悔は無い。
私にはこれしかなかったと、何度でも私は胸を張ろう。例え、その胸がどれ程痛んでも。
ただ、これぐらいは、言葉にしても許されるだろうか。
愚かな愚かな王族ではなく、ただ一人の人間として。
君を幸福にしたかった、ただ一人の人間として。
「愛していたよ。アンジェラ。幸せにな」
◇蛇足(ルードが身分を失い追放されて後)
とある王太子の愚痴
「馬鹿だよなぁ……本当に。居なくなってからクズ共の不正の証拠を送りつけてくるなんて……。一言言ってくれたらそれで良かったのに……。後はお任せしますって…………私はクズで愚かだからって…………本当に……本当に馬鹿だよなあ…………」
とある元婚約者の寂寥
「ねぇ、殿下…………私は別に、幸福になれなくても良かったんですよ?私が義務だけで貴方の傍にいたなんて、本当に信じていたのですか?例え貴方がどれ程愚かでも、私はついて行ったんですよ?……見つけ出します。絶対に。駄目だと知ってなお、才能が無いと打ちのめされてなお、あがき続ける生き様を、その気高さを、誰よりも近くで見ていたんですから…………」
とある兄弟の後悔
「自分の婚約者を弟に任せる奴が何処にいるんですか………全く。隠し事をされて意地を張っただけなのに、いったい何時までルード殿下、なんて呼ばせるんですか…。貴方の方が、私なんかよりよっぽど真っ直ぐ生きてるじゃないですか…………ねぇ、兄上……」
特に発言はありませんでしたが、王妃様は既に亡くなっています。
主人公は、決して馬鹿ではありません。愚かではあるかもしれませんが…。
※誤字報告、ありがとうございます。