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ダニエルの悪夢

 話し合いが終わりアロルド殿下が舞踏会の会場へと再び戻ってゆく。ダニエルはその後ろ姿を見送ってから、こちらを振り返って私とエドの顔を見比べた。


「アナベル姫、それに、エドワール殿だったか? 少しいいか?」

「もちろんです」


 私はこくりと頷く。

 そのために、ダニエルにわざわざ同席してほしいとお願いしたのだ。

 私がダニエルと話したいと思っているのと同様に、ダニエルも私と話したいと思っていることは想定済みだ。


 ダニエルは周囲に目配せして人気(ひとけ)がないことを確認すると、廊下の端にある柱の陰へと私達を導いた。


「先ほどの『入れ替わっている』というのは、間違いないのか?」

「そう思っておりますが、確証はありません。エドが診た限り、エレナさんに幻術を始めとする数々の魔術がかけられているのは間違いないそうですわ」


 同意を求めるようにエドに視線を向けると、エドは「はい、間違いありません」と頷いた。


「非常に複雑で解析に時間がかかりましたが、少なくとも幻術、黙秘など複数の魔法がかけられています。しかも、あのかかり方は、魔法が切れないように定期的にかけ直しをしている念の入れようです」

「そうか……。本人が自分で姿を変えているのではないのだな?」

「俺には何者かから『かけられている』ように見えました。本人ではないかと」

「では、キャリーナ姫はどうだ?」

「キャリーナ王女に関しては全く解析できていない状況ですので、なんとも言えません。ただ、状況から判断するにキャリーナ王女がやっていると考えると色々と筋が通ります」

「それはそうだろうな」


 そう言ったきり黙り込むダニエルは、地面の一点を見つめて表情を険しくしている。私はおずおずと話しかける。


「ダニエル殿下。私に昼間に言っていた『南の魔女』とは何か、教えていただけないですか?」

「南の魔女は──」


 ダニエルはハッとしたように顔を上げると、私の顔を見つめて苦しげに表情を歪めた。


「南の魔女ついては、俺も正体を知らない」

「知らない? では、なぜ南の魔女は姿を変えるなどと言ったのですか?」


 私は眉を顰めてダニエルを見返す。

 夢で見たと言うからには『南の魔女』の正体を知っているのではないの?


「正確に言うと、アナベル姫に話したとおり『南の魔女』と呼ばれていた人物が姿を変えていたのを夢で見た。ただ、『南の魔女』が誰なのかは知らない」

「では、『南の魔女』という名前はダニエル殿下が付けたのですか?」

「違う。君たちが、彼女をそう呼んでいた」

「君たち?」

「アナベル姫とエドワール殿だ」

「私とエドが?」


 私は驚いて目を見開いた。


 ダニエルの話は、私の予想とは全く違っていた。

 私はてっきりダニエルに私と同じあの過去の世界の記憶のようなものがあり、それが夢として甦っているのだと思っていた。

 けれど、前世において私は『南の魔女』などと、一言も言ったことはないし、私の知っている前世のエドもそうだ。ダニエルの夢の話は、私の前世とは全く別の世界の出来事なのだろうか。


「ああ。南の魔女は俺と初めて出会ったとき、キャリーナ姫の姿をしていた。だが、あるとき全く別の姿へと形を変えた」

「エレナさんの姿ではなかったですか?」

「俺が夢で見た限りでは、エレナの姿をしていたことはない」

「そうですか……」


 どういうことなの。

 キャリーナに姿を変えているという点は同じだけれど、それはエレナではないと言うことなのだろうか。

 考え込む私をじっと見つめていたダニエルは、記憶を呼び起こすように目を閉じて額に手を当てる。


「南の魔女──キャリーナ姫の姿をした彼女と初めて会ったときに、あっという間に霧がかかって霞んだように記憶が曖昧になり、何が正しいのか判断がつかなくなった。『魅了の術』とでも言うのだろうか? とにかく、全ての事実がどうでもよくなり、彼女こそ正義なのだと思い込んだ」

「魅了の術……」


 魅了の術は多くの人々が開発しようとして未だに成し遂げていない術のひとつのはず。感情と記憶の両方に作用する幻覚作用を起させる魔術だ。ダニエルの話だけでは本当に魅了の術を使ったのかは判断できないけれど、話を聞く限りは記憶に作用する魔法を使われたのは間違いなさそうだ。


「──もしかして、ダニエル殿下が魔術研究所を設立して防御術を研究させていたのは『南の魔女』が現れることに備えてのことだったのですか?」

「……」


 ダニエルはしばらくの沈黙ののちに、「そうだ」とたった一言だけ答えた。


「南の魔女が現れて世界が一変した。築き上げてきたものを一瞬で、全てを失った」


 ダニエルは小さな声でそう言った。

 アイスブルーの瞳は寂寥の感が滲んでいる。


 思い返せば、サンルータ王国に招待されて初めてキャリーナに会ったとき、ダニエルは防御の魔導具の腕輪を沢山身につけていた。そして今も、さり気なくカフスや指輪などの魔導具を身につけている。これはダニエルなりの自己防衛だったのだ。


「その南の魔女は、最後はどうなったのですか?」

「わからない」


 ダニエルはそれだけ言うと、寂しげに笑う。


「わからない。俺には知る術がなかった」


 その表情があまりにも辛そうで、私はそれ以上聞くことができなかった。私の知らない世界で、ダニエルは一体何を失ったのだろう。


 ダニエルははあっと息を吐くと、エドを見つめる。


「エドワール。防御の魔導具を身につけている状態では自身に害をなすような魔法をかけられることはないと我が国の魔術師は言っていたが、それは間違いないか?」

「はい。殿下を害するようなものであれば、魔導具の防御術が発動して魔法はかからないはずです。ただ、術者の魔法が強力で魔導具の力を上回る場合はその限りではありません」

「術者の魔法が強力で魔導具の力を上回る可能性があると事前に知る方法はあるか?」

「そうですね……」


 エドは考えるように視線を斜め上に投げ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「その魔導具に付いた魔法石は、急激に魔力を放出し尽くした衝撃で割れるはずです」



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