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学園舞踏会 2

 ワルツが始まると、周囲がくるりくるりと回る。周囲の華やかさと煌めきが、まるで夢の世界のように感じた。その中心にいたエドは私の方を見つめて微笑んだ。


「普段は制服姿か楽なワンピース姿しか見かけないので……。今日は、いつにも増してとても可愛らしいですね」

「ありがとう。お父様とお母様が用意してくれたの」

「とてもお似合いです」


 エドは優しく目を細めてそう言った。

 最近更に低くなったエドの声は、昔私の護衛騎士だったエドの声ともう変わらなくなった。まるであのときのエドにそう言われているような錯覚に陥りそうになる。


 そう言えば、かつての世界でサンルータ国に行ってからというもの、私の護衛騎士をしていていつも近くに控えていたエドは、国政で忙しいダニエルに代わって時々ダンスレッスンの相手をしてくれた。そのときはいつもとある曲を選んだ。エドがそれがいいと言ったから。


 そう、あの曲は──。


 演奏が終わり、私達は動きを止める。


「次は『湖畔の白鳥』です」


 会場の演奏係りがアナウンスした声に、私は小さく体を震わせた。それは今まさに私が思い浮かべていた曲だから。


「端に寄りましょう」


 ホールの中央から出るように促したエドの手を私はギュッと握った。


「姫様? どうされましたか?」


 エドは戸惑ったようにこちらを見つめる。


「もう一曲、次の曲をエドと踊りたいの。駄目?」


 驚いたようにエドが目を見開いたのは、連続で同じ相手と踊ることはそのパートナーと親しい関係にあると周囲に知らしめるようなものだからだろう。

 ここで踊れば、私とエドが友人以上の関係であると周囲に憶測を生むかもしれない。けれど、私はそんな外聞よりもう一度目の前のエドとあの曲を踊ってみたいという思いの方が強かった。


「もちろん、構いませんよ。喜んで」


 エドはふわりと笑うと、私と向き合う。曲が始まり、再び体が密着した。


「それ、今日もつけてきてくれたのですね」

「え?」


 エドは私の首元を視線で指さした。そこには、赤い魔法珠が飾られている。普段は制服の下にしているので見えないけれど、今日はドレスを着ていて胸元が開いているのでつけているのがよく見える。


「ええ。いつもつけているわ」

「それを誰から貰ったのかは、まだ教えて頂けないのですか?」

「……ええ、秘密なの。でも、いつか話してもいいと思えるときが来たら教えるわ」


 教えてもいいと思えるときとは、即ちあの悲惨な未来が回避できたと確信できたときだ。エドは器用に片眉を上げると「では、必ず聞き出して見せましょう」と囁く。


 その後、私はエドに誘われてテラスへと出た。

 通常の貴族の屋敷や王宮なら手入れの行き届いたバラの咲き乱れる庭園が広がっているところだけど、残念ながらここはグレール学園の敷地内だ。テラスの前には気持ちばかりの花壇があり、その向こうにはエド達がよく剣の練習をしていた訓練所の塀が見えた。


「剣術場だわ。もう学園内ではエドの剣技を見れなくなってしまうと思うと寂しいわね」

「ええ、そうですね」


 しばらくそちらを眺めていたエドは、こちらを振り返ると私を見つめる。


「姫様にひとつお伝えしないといけないことがありまして」

「伝えないといけないこと?」


 私は首を傾げる。

 エドは、まっすぐにこちらを見つめていた。赤い瞳が射貫くように私を捕らえる。


「俺は、王宮魔術師になろうと思います」

「え? 剣術大会のときに頂いた魔法騎士のオファーは? 断ったの?」


 私は驚いて目を見開いた。

 てっきり、エドは前世と同じく魔法騎士になるとばかり思っていたのだ。


「はい。どうしても手に入れたいものがあって、魔法騎士では難しいのです。魔法騎士と王宮魔術師の両方からオファーを貰っていてずっと迷っていたのですが、先日の姫様の誕生日に決心しました。とは言っても、王宮魔術師になっても、それが手に入れられる可能性は低いですが……」

「私の誕生日に決心した? 欲しいもの? 何かしら?」

「なんだと思いますか?」


 私を見つめていたエドは、赤い瞳を細めて優しく微笑んだ。また、ダンスのときのようにトクンと胸が跳ねる。


「わからないわ」

「…………。本当に?」


 少し首を傾げてこちらを見つめるエドの瞳に、胸がドキドキしてくるのが止められない。いつもと違う、まるで熱を孕んだような──。


「もしもお嫌だったら避けてください」


 そう言ってエドは私の方へと手を伸ばす。大きな手が頬を触れても私は避けずにエドを見つめ続けた。

 指先で私の反応を確かめるように頬をしばらく撫でていたエド。そして、ゆっくりと瞬きをすると秀麗な顔がこれ以上ないほどに近付き、ほんの一瞬だけ唇が触れて離れる。

 私は驚きで瞠目(どうもく)したまま、エドを見返した。


「お嫌でしたか?」

「……嫌じゃないわ」


 自分の唇を手で触れ、私はふるふると首を横に振る。

 嫌ではない。むしろ──。


「よかった」


 エドは嬉しそうに目を細める。


「身の程知らずは承知していますが、お願い申し上げます。長くは掛からないよう努力します。数年間だけ、お待ちいただけませんか?」 

 

 私を見つめる真剣な瞳と、その言葉で悟った。


 エドはきっと、高位の爵位が欲しいのだ。王女である私に求婚し、娶ることができるほど高位の爵位が。

 王宮魔術師になるということは、目指しているのは魔法伯だろう。大魔術師ロングギール以来、誰も得ることができていない幻の爵位だ。


「ええ、待つわ」

 

 ぽろりと涙が零れ落ちる。

 かつて仄暗い牢獄で私が願った『恋に落ちて好きな人と結婚する』という願いを、この世界のあなたは叶えてくれるのだろうか。


 本当はずっと前から気付いていた。あの牢で手を握り返してくれたときから、私はずっとエドに惹かれていた。いつも私を守って励ましてくれる、私だけのナイト。


「必ず手に入れると誓います」


 エドはそう言って、私の手を取ってその場に忠誠を誓う騎士のように(ひざまづ)いた。


「──必ず。約束よ?」

「はい。必ず」


 嬉し涙で、答える声が震える。

 扉の向こうからは学生たちの笑い合う声と、オーケストラの演奏が聞こえた。


 一度目の人生では、初めての舞踏会でダンスに誘ってくれたダニエルと婚約して悲劇が起きた。


 二度目の人生では、初めての舞踏会でダンスに誘ってくれたエドと、今度こそ幸せになりたい。


 今度こそ絶対に──……。

 

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