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魔力解放

「魔法を使って紐で縛ろう」


 後ろから来た男が、先が輪になった魔法の捕縛紐を投げる。通常であれば、犯罪者や獣を捕らえるために使われるものだ。輪投げのように見事に私に引っ掛かったその紐は体を締める直前、体の周りでボワッと燃え上がって灰に変わった。


「どうなってやがる。くそっ! 少々傷つくが仕方がねえ。気絶させろ」


 地面に落ちて燃え上がる紐の切れ端を見た男の一人が乱暴にそう叫ぶ。すると、もう片方の男が道路の脇に落ちていたこん棒のようなものを片手に手を伸ばしてきた。


「きゃっ!」


 殴られる。そう思ってぎゅっと目を瞑る。


「エド、助けて! エド!!」


 無意識に呼んだのは、かつて私を守ってくれた護衛騎士の名だった。

 その瞬間、空気がふわりと揺れる。


「なんだお前。どこから現れやがった」


 驚いたような男の声。

 いつまでも来ない衝撃に恐る恐る目を開けると、男二人と私の間に立ちはだかるように白いシャツとズボンという楽な姿をした男の人がいた。闇夜に混じるような漆黒の髪が風に靡く──。


「──エド?」


 驚きのあまり、私は目を見開いた。

 そんなわけがない。いるわけがない。

 だって、彼は死んだのだから──。


 信じられない思いで、私は掠れた声で呼びかける。その人はチラリとこちらを振り向くと、安心させるように微笑んだ。


「もう大丈夫ですよ、姫様」


 少し幼い顔つきは、この世界のエドだった。エドは少し屈んで私に顔を近づけ、耳元に口を寄せた。


「こいつらは俺が相手をしておきますから、姫様は逃げて下さい」

「でも……」


 目の前の男達はへへっとせせら笑った。


「綺麗な顔したお坊ちゃん一人で俺らを相手するって? 舐められたもんだ。これでも、昔は王国の保安隊にいたんだぜ?」


 男が気合を入れるように捲った袖からは、逞しい腕が覗く。


 私はさーっと青ざめた。

 こんなごろつきみたいな人達が王国保安隊ですって? きっと、何か不祥事でも起こして首になったのだろうということは、容易に予想がつく。


 エドは澄ました表情を崩さなかったが、もう一度私の耳元に口を寄せた。


「正直言わせていただくと、邪魔です。姫様を人質に取られると、どうしようもなくなります。急いで助けを呼んできてください」


 かつて、サンルータ王国で私が捕らえられたせいで抵抗できずにエドが捕まった過去を思い出し、私は真っ青になって首を縦に振る。


「ええ。わかったわ」

「よし。では、行って」


 大きな手でトンと背中を押され、私は走り出した。ズキンと足首に激痛が走る。


「待て。逃げるぞ!」

「さっさとこいつをやって捕まえろ」


 背後からそんな物騒な声が聞こえてくる。

 私は痛む足に鞭打って必死に走った。けれど、先ほど挫いた足が痛くて、思うように走れない。


 息を切らせながら後ろを振り返る。先ほどは何も持っていなかったエドの手には、昔、私の誕生日に見せてくれたようなクリスタルの剣があり、大の男三人を相手に戦っているのが見えた。ただ、相手は元保安隊。いくらエドが強いとはいえ、三人相手では相当苦しそうに見えた。


「早く助けを……」


 そう思って再び走り出そうとしたとき、私は目の前の光景に、思わず口許を両手で押さえた。

 ぼんやりとした暗闇の中で、前にいる二人を相手にしていたエドの背後から、もう一人の男がこん棒で殴りつけたのだ。エドの体が、ぐらりと崩れるのが見えた。


「嫌……」


 掠れた声が喉から漏れる。


 脳裏にフラッシュバックしたのは、仄暗い牢獄で見た、あの光景だった。


 度重なる暴行で、顔中が傷だらけのエドの姿。きっと、見えなかっただけで体も傷だらけだったのだろう。エドはまた、私のせいで傷ついている。私の浅はかな行動のせいで。


「やめて、お願い……。やめて……」


 男がふらつくエドを蹴り上げて、体が空に浮く。溢れた涙で霞むエドの周囲に、ぼんやりと光が集まるのが見えた。


「嫌、いや、いやぁぁぁ!」


 自分でも、こんなに大きな声が出るなんて、知らなかった。

 すっかりと静まり返った夜の町に、私の絶叫が響き渡る。同時に、体の中心部が急激に熱を持つのを感じた。


 あまりの熱さに両腕を自分の体に巻き、抱きしめた。

 この感覚を、私は知っている。


 耐えきれずに頭を下げて体をくの字に折ると、周囲が不意に明るくなって地面が昼間のようにはっきりと見えた。転がっている小さな小石の一つひとつが認識できるほどに。


 ──ドーン!


 耳が痛くなるような轟音が鳴り響き、突風が吹く。通り沿いの窓際の花台に飾られた鉢植えが煽られて落ち、すぐ横で砕け散った。見上げた先に続けてまた鉢植えが落ちてくるのが見えたそのとき──。


「姫様! 危ない!」


 焦ったような声が聞こえ、体がぎゅっと温かな感触に包まれた。思わずきつく目を瞑り、両手で耳を覆う。


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