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 そして、また独房に静謐(せいひつ)が訪れる。

 ピチョン、ピチョンと天井から雫が垂れる音が響く、静寂が耳に痛い。


「……エド?」


 すぐにいつものように「はい、姫様」と優しく返事をしてくれると思っていた。それなのに、いつまでも返ってこない返事に、私は急激に不安を覚えた。


「エド? お願い、返事をして……」

「──姫様。これを」


 返事があったことに、ほっとする。

 大丈夫、私はまだ一人じゃないと、勇気を貰える。

 一旦手を離したエドが何かを差し出したのを、指先に感じた。手探りで確認すると、それは丸い形をしている。私はそれを受けとると、手を引いて目で確認した。


「これ……」


 それは、魔法珠だった。薄暗い牢獄でもわかる、エドの燃えるような赤い瞳と同じ、深紅の魔法珠だ。


 『魔法珠』とは、その人の魔力を結晶化させたもので、魔術師や魔導士にとって、特別な意味を持つ。

 同時にひとつしか作ることができず、本人が死しても中の魔力が切れない限り、それを贈った相手への加護を残し続ける。


 多くの場合、婚姻の証に愛する人に渡したり、戦場に向かう者が残される家族や恋人、親友に託すものだ。


「やだわ、エド。なんでこんなものを……」


 そう聞きながら、嫌な予感がせり上がる。

 嫌だ。私をずっと守ってくれるのでしょう?


「エド?」

「姫様、願いは叶いますよ。その願いが叶うまで、私が……必ずお守……りしま……す」

「もちろんよ……。だって──」


 喋りかけた私は、握っていたエドワールの手からフッと力が抜けるのを感じた。

 サーっと頭から血の気が引くのを感じた。


 嫌だ。嫌だ。嫌だ。


「エド? 返事をして。エド? ……エド?」


 返ってこない返事に、私は天を仰ぐ。

 王女たるもの、決して人に見られる環境で声を出して泣いてはならないと教えられたのに、嗚咽が抑えられずに涙が頬を伝う。


 ああ、私はどこで間違えたのだろう?


 国のため、民のため、愛する人達のため、全てを捧げた。

 私がどこかで違う道を選んだならば、ダニエルの機嫌を損ねずに済んだ? 故郷は潰されずに済んだ?

 せめて、最期まで傍にいてくれたこの忠実な騎士だけでも救うことはできた?


 わからない。もう、わからない。

 何もかもがわからないのだ。


「……エド? エド? お願い、返事をして。エド! エド!」


 シーンとした独房に、私の慟哭が響き渡る。

 私の声に気付いた看守が訝しげな表情で近づいてくる足音がした。もう何日も剃っていないような白髪交じりの髭面でこちらを覗き、次いで隣のエドの独房を覗く。そして、「なんだ、死んだのか?」と、なんでもないことのように呟いた。


 ──そう、まるで、彼にとっては()()()()()()ことのように。


 襲ってきたのは体の奥底から沸き上がる怒りだった。それと同時に体の芯が急激に熱くなり、あまりの熱に耐えきれずに両腕で自分の体を抱きしめる。

 体験したことは一度もないけれど、知識としては持っている。これは、怒りによる魔力暴走だ。

 十八年に亘り私の中に蓄えられた魔力が急速に膨れ上がるのを感じた。


「いやああああぁー」


 悲鳴と共に、ドッシーンという轟音が響き渡る。天井や壁が吹き飛ぶのと同時に視界を粉塵が覆い、白く霞んだ。


 今さら魔力の放出に成功するなんて、遅すぎるわ。

 何もかもが、遅すぎたのだ。


 なくなった外壁から、王宮のテラスとその前の大広場が見えた。

 着飾った人々が集っているところから判断すると、あれは新王妃誕生、もしくは勝利を祝賀するパーティーか何かだろう。


『望遠』


 小さく呟くと、視界がぐっと近くなる。羽のついた扇を持ち優雅に微笑むのは忘れもしない、あの女。牢獄にいる私に向かっていい気味だとせせら笑った、キャリーナ=ニークヴィスト──このサンルータ王国の未来の王妃、その人だ。


 祖国を、家族を、友人を──。

 私から全てを奪った。

 絶対に……絶対に許さないわ。


「滅びるがよい!」


 慟哭とも言える叫びと共に、もう一度体からの奥底から魔力が膨れ上がる。轟音が響き、遠い宮殿の塔が崩れ落ちる。下にいる人々の悲鳴が聞こえた。


 どれ程多くの魔力を持とうと、それを使えなければ意味がない。


 視界が霞んだのは、舞い上がる粉塵のせいか、それとも、目に溜まった涙のせいか。天を仰げば、今は亡き祖国で見たのと変わらぬ澄んだ青空が見えた。一羽の鷹が、悠然と飛んでいる。


 熱いものが一筋、頬を伝う。



 もしもときが戻るならば、私は──



 再度強烈な閃光が放たれ、辺りに粉塵が舞い上がる。



 ──こんな馬鹿げた運命にあらがうため、全力を尽くすだろう。



 耳をつんざくような轟音と共に、私の意識は闇に呑まれた。

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