宝石店でのひととき
ところで、剣術大会の後からとある光景が学園内でしばしば目撃されるようになった。
「ドウル様、ごきげんよう」
「ああ」
「エドワール様、ごきげんよう」
「こんにちは」
少し無愛想なドウル様に対し、となりにいるエドは話し掛けてきた女子生徒に丁寧に言葉を返す。辺りから「キャア!」と黄色い声が聞こえる。
事前にオリーフィアからは聞いてはいたけれど、剣術大会に勝ち進むと本当に学園における女子からの人気に影響するようだ。
ドウル様とエドはそれぞれ侯爵家の嫡男と公爵家の次男だ。二人とも見目も悪くなく、むしろ整っている。男らしく凛々しい印象のドウル様と、整った顔立ちで少しクールな印象のあるエド。その二人を連れて見た目はキラキラの王子様であるお兄様(あ、お兄様は中身も間違いなくキラキラの王子さまよ。誤解なきよう)が歩けば、たちまち学園内の全女子生徒の注目の的だ。
お兄様は勿論のこと、ドウル様とエドの二人も女性に対して親切ではあっても、必要以上に甘い顔をするタイプではない。
だから、特に何が変わったというのでないのだけれど、やたらと目につくこの光景に、私はなんとなくもやもやしたものを感じた。
そんなある日、私はオリーフィアに誘われて街歩きに出かけた。
護衛兼案内役は、今日もアングラート公爵家の従者であるオルセーだ。
学園に通い始めてそろそろ二年が経過した。街歩きももう片手で数えきれない数になってきたので、私達は、今日は初めて行く場所に行ってみたいとオルセーにお願いした。
「初めていく場所……。どこがいいかな」
オルセーは回答不能な難問を突き付けられた学生のように難しい顔をした。
「いつも通り過ぎている小路は?」
オリーフィアがすかさずそう尋ねる。
町の大通りからは何本もの小路が繋がっている。いつもオルセーは『そっちにはいかないで』と言って行かせてくれないのだけれど、大通り沿いはだいぶお店を制覇してきた。
「小路はならず者が出ることがあるので、危ないことも多いのです」
オルセーは大まじめな顔でいつもそう言うけれど、結構子供の姿を見かけるわよ?
暫く考え込んでいたオルセーは「そうだ。お嬢様達もだいぶレディになって参りましたから、あそこはどうでしょう?」と一軒のお店に連れてきてくれた。
私達は初めて訪れるその店の外観を眺める。
通りから三段ほど登ったところにある大きな両開きの扉は三メートル近い高さがあるだろうか。格子の中に丸が埋まったような彫刻が全面に施され、更に金色に塗られているのでとても重厚感がある。扉の左右には等間隔の石造りの円柱があり、ここだけ見ると、まるで王宮の中のようだ。
そして、そのお店の入り口の上壁面には【サンクリアート】と文字が彫られていた。
「ここはなんのお店?」
オリーフィアが不思議そうに尋ねる。
「貴金属店ですが、高級品から庶民向けの廉価版まで幅広く扱っております」
オルセーは扉を開けると、私達に中に入るように促した。
貴金属店は三階層に分かれていた。一階が庶民でも使えるような廉価版のアクセサリー、二階が少しだけお高めのアクセサリー、三階が貴族をターゲットとした高級貴金属だ。
学園の帰りにふらりと立ち寄っただけの私達は、当然ながら一階を見て回る。
「ねえ、これ可愛い」
オリーフィアがショーケースの中のネックレスを指さす。水色の石のシンプルなネックレスだ。値段はさほど高くないので、宝石ではなくてガラス玉なのかもしれない。
「あ、こっちも可愛いな」
続いてオリーフィアが目を付けたのも、水色の石が嵌ったブレスレットだ。
「フィアって、水色が好きなのね」
「え?」
「気付いていなかったの? さっきから、気にしているのは水色の石ばかりだわ」
キョトンとした表情のオリーフィアは、全く気が付いていないようだ。私はくすくすと笑う。
ちなみに水色はクロードの瞳の色でもある。ごく稀に例外もあるけれど、魔法珠の色は瞳の色と同じことが圧倒的に多い。エドがくれた魔法珠もエドの瞳と同じ赤だった。私は心の中でクロードに「よかったね」と祝福を贈った。
暫く見て回っていると、オリーフィアはひとつのショーケースの前で立ち止まった。
「これ、不思議な形だわ。石がないのね」
じっと覗いているので何かと思って、私も横から覗く。
そこには、石の嵌っていないチェーンやリングの台座が陳列されていた。シンプルなチェーンに石のない台座があり、それだけのものもあれば、台座の上に木の葉を模したモチーフや小花がついているものもある。
「石は別に購入するってことなのかしら?」
二人でショーケースを覗きこんでいると、後ろから覗き込んできたオルセーが「ああ、これは」と声を漏らす。
「魔法珠を嵌めるものですね。お嬢様もそのうち、贈られますよ」
「わたくし達も?」
私とオリーフィアはきょとんとして顔を見合わせる。
魔法珠を貰うのは、通常であれば結婚するときだ。
その意味を理解すると、私達は二人して頬をほんのりとピンク色に染めた。
オルセーはそんな私達を見つめ、表情を綻ばせた。




