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いたずら 1

 グレール学園では三種類の魔術の授業がある。魔法実技、魔法理論、魔法応用学だ。


 魔法実技とはその名の通り、魔法を実際に使う練習をする。

 これは私が最も苦手な授業だ。だって、魔力解放できないから魔法が一切使えないのだもの。授業ではいつも先生が教えてくれたとおりに呪文を唱えているけれど、たんぽぽの綿毛一本動かすことすらできないわ。


 次の魔法理論とは、この世界における魔術の歴史や、なぜこのような魔術が使えるのかという理論について学ぶものよ。全てが座学の暗記ものであり、いつかエドが言っていた大魔術師ロングギールのことなどもこの授業で学ぶ。

 実技が苦手な代わり、私はこの授業が得意だった。前世で勉強したことも多く、圧倒的に有利っていうのもあるけれどね。


 最後の魔法応用学は、魔術の行使を補助する様々なものや、それを応用した道具について学ぶ。例えば魔法薬のポーションであったり、魔法陣についての講義がこれにあたる。


 この日の放課後、私は魔法実験室でこの魔法応用学の授業の復習をしながら、お兄様の授業が終わるのを待っていた。シーンと静まり返った広い部屋で、ひとり教科書を見ながら、見よう見まねで魔法陣を描いてゆく。


 今日習ったのは、その陣の中でだけそよ風をおこすことができるという〝送風〟の魔法陣だった。魔法陣の中では、初級にあたるらしい。私は石灰石で出来た白いチョークで三重の円を描くと、丁寧に古代文字の呪文を書き写した。


「よし。できたかしら?」


 ようやく出来上がった、一見それっぽく見える魔法陣と教科書の中の魔法陣を見比べてゆく。私が確認した限りでは、その二つは全く同じに見えた。


「うん。大丈夫ね」


 私は満足げに独りごちる。

 ああ、せっかく魔法陣ができたのに試せないのが本当に口惜しいわ。


「何をしているのですか?」

「ひゃっ」


 後ろから突然声がして私はびっくりして肩を揺らした。恐る恐る振り返ると、そこにはエドがいた。赤い瞳は興味深げに私が描いた魔法陣を見つめている。


「エドワール様! びっくりしたわ」


 魔法陣を描くのに集中してしまい、ドアが開いた音に気が付かなかったようだ。私は胸に手を当ててホッと息を吐く。


「魔法陣?」

「はい。今日、魔法応用学の授業で習ったの。上手くできているでしょう?」


 私は得意げに胸を張り、片手で床を指し示す。魔法陣を一人で描いたのは初めてだけれど、なかなか上手くできたはずよ。


「えーっと……」


 エドが困ったように首を傾げる。そして、申し訳なさそうに口を開いた。


「ここ、間違っていますね」

「嘘!」

「本当です。教科書をよく見て。ほら、ここはくっつかない様にしないと」


 エドは私の持っていた教科書の魔法陣を指さし、次に私の描いた魔法陣の該当部分を指さした。確かに、私の描いた魔法陣では線がくっついている部分が、教科書では隙間が空いている。


「こんな細かいところ、気が付かなかったわ」

「まあ、そうですよね」


 エドは同意するように頷く。


「魔力を込めて確認しなかったのですか? 何も起こらなかったでしょう?」


 不思議そうにこちらを見つめる瞳に悪気はないのだと感じ、逆に気持ちが沈むのを感じた。

 こういった初歩の魔法陣であれば、少し魔力を込めればうまくできているかどうかが簡単に判別できる。現に、クラスメイト達は魔法応用学の授業で魔法陣を描くと、それに微量な魔力を込めて上手く発動するかを確認する。けれど──。


「だって……」


 思わずむすっとした顔をしてしまう。


「だって?」


 エドは首を傾げ、続く言葉を待つように、こちらを見つめる。


「魔力が込められないのだもの! 仕方ないじゃない!」


 そう言ってキッと睨みつけた瞬間に、エドは目を見開いた。『しまった』と言いたげに口元を抑える。


 以前、私が上手く魔力を解放できないことをエドに話していたけれど、あれからもう何ヵ月も経っている。きっと、エドはとっくに私が魔力解放に成功したと思っていたのだろう。まさか未だに最初歩部分で躓いているなんて、夢にも思っていなかったはずだ。


「……申し訳ありません」

「いいわ。あなたのせいじゃないもの。不甲斐ないわたくしの責任よ。せっかくアドバイスまでくれたのに、ごめんなさい」


 気にしないで、と手を振って見せる。

 エドは本当に困ったように眉尻を下げた。


 ああ、こんなことで謝らせてしまうなんて。自分の不甲斐なさに呆れてしまい、私はふうっとため息をつく。


 そのときだ。


 ──ピシャン!


 嫌な音がして、天井から頭に何かが落ちてきた。急に重みを感じた頭の上に、嫌な予感がする。


「……え?」


 そーっと手を伸ばすと、湿り気のあるペトペトした感触がして、指先に触れる何かが(うごめ)くのを指先に感じた。


 硬直したままエドに目を向けると、彼は何も言わずに私の頭の上に注目していた。私は意を決し、それの正体を確認するためにむんずと摑んだ。


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