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オリーフィアからのお誘い

 うとうととしていた私は、持っていた万年筆を落とすカランという音でハッと意識を覚醒させる。慌てて辺りを見回したが、周りの生徒達は何も変わらぬ様子で黒板の方向を見つめ、時折ノートにペンを走らせていた。


 久しぶりに、あのときの夢を見たわ。

 目を伏せてポケットに手を差し込み、ころんとした丸い物に触れてほっと息を吐く。


「それではゴーデンハイムさん。浮遊魔法の触媒にはマンドレイクの根の粉末と何を混ぜればいいのか、覚えていて?」


 不意に先生が問いかけてきて、私は慌てて立ち上がる。椅子が後ろの机に当たり、ガタンと揺れた。どうやら居眠りをしていたことは、バレていたようだ。


「はい。死海の塩とカエルの卵を干して粉末状にしたものを新月の夜に二対八で調合したものです」

「よろしい。正解です」


 何事もなかったように澄まし顔で答えると、先生は右手の人差し指で眼鏡をくいっと上げて息を吐き、また黒板へと向かう。隣に座るオリーフィアが笑いを堪えるように口を押さえ、こちらを見つめていた。

 そういえば、以前オリーフィアはあの先生があまり好きではないって言っていたかしら。時々意地悪なことをするからって。確かに意地悪だわ。居眠りしているのに気付いていながら、わざと不意打ちで難しい問題を当ててくるなんて。


 でも、この世界が()()()の私にとって、これくらいの問題は朝飯前なのよ。

 私は片眉を上げ、オリーフィアにペロッと舌を出して見せる。そして、お互い口を覆って声を殺して笑った。少し離れた席から、クロードが呆れたようにこちらを見ていたことには気が付かないふりをしておいたわ。



    ◇ ◇ ◇



 最初こそ腫れ物に触るように遠巻きに私を眺めていたクラスメイト達も、私がオリーフィアやクロードと親しげに話しているのを見るうちに徐々に打ち解け始めた。

 グレール学園に通い始めて三カ月が過ぎた今では、会話も普通にしてくれるし、向こうから気軽に話しかけてくれること増えてきたわ。


 ただ、男子生徒が近づいてくるとなぜかクロードが毎回のように『用事がある』と私を外に連れ出すので、男の子とはあまり親しくなっていない。大した用事もないところまでがセットなので一度だけどういうつもりなのかと理由を尋ねたら、「僕も自分の命と将来が大切なのです」と大真面目な顔で意味の分からないことを言っていた。


 そして、かつての十八年間の記憶を持つ私にとって、グレール学園の授業は何も難しいことはない。

 ナジール国一の授業を提供すると有名なグレール学園だけれども、私に付いていた家庭教師もまたナジール国有数の優秀な先生方だったのだ。なので、私は殆ど全ての授業を難なくこなした。


 ──ただ一つを除いて。


「ああ、もう! 上手くいかないわ」


 あら、いけない。苛立ちから思わず口調が荒くなってしまったわ。淑女にあるまじき行為だと、私は慌てて口を噤む。


 それでも、やっぱり腹立たしいものは腹立たしい。

 私は、目の前の空の器を睨みつけた。


 今は魔法の実技の授業中で、先生は空の器に水を少し発生させて、かつ、表面に波をおこすようにと言った。

 もう一度言うわ。水を発生させて、かつ、波をおこすの。

 なのに、私の器は空のままなのだから苛立ちがつのるのも仕方がないわ。

 さっきから何回も呪文を唱えているのに!


 魔法が盛んなナジール国でも、まだ十二歳の時点ではそれほど多くの魔法の実技は習わない。けれど、将来魔法をうまく使いこなすための基礎はこの時点で習うのだ。

 それは例えば、そよ風を起こすだとか、羽根をほんのちょっぴり浮かせるだとか、小さな波をおこすとか、その程度のものだ。


 そして、それを行うために最も大事な基礎中の基礎。それが、『魔力を自分の意思で放出させる』ということだ。


 世界を見渡せば魔力を持たない人はたくさんいるらしいけれど、ナジール国では魔力を持たない人間はほぼ存在しない。故に、グレール学園の五回生も全員が魔力持ちだ。

 魔力の強さは親からの遺伝の影響が一番大きく、王族である私は他に類を見ないほど魔力が多いらしい。らしいというのは、測定してもらったらそう言われただけで、私自身はよくわからないからよ。


 もう一度意識を集中させる。体の中の魔力を意識して、それを指先に乗せるように……──うーん、駄目だわ。できない。

 結局、この授業の時間中に私は雫一滴すら発生させることができなかった。


「ベル。落ち込まないで。きっと、次はできるようになるわよ」


 落ち込む私を元気づけるように、オリーフィアが励ましてくれる。ちなみに、オリーフィアの器には少しどころか、器から溢れそうなくらいの水が溜まっていた。

 ああ、本当に私ったら、なさけないったらありゃしないわ。


 かつて、サンルータ王国の牢獄で体の奥が燃えるように熱くなったあの感覚が魔力の放出なのだろう。それを再現させようと努力しているけれど、どうしてもできない。


 無意識にはあっと息を吐いた。


『魔法を使えない王女を寄越すなど──』


 サンルータ国王でダニエルが放った言葉が胸に突き刺さる。このままでは、サンルータ王国に嫁がなかったとしても、別の国でまた同じことを言われる可能性だってあるわ。早くなんとかしなければと気ばかりが焦り、空回りする。


 すっかりと落ち込んでいると、オリーフィアがおずおずと話しかけてきた。


「ねえ、ベル。明日、一緒に町に行ってみない? わたくし、髪飾りのリボンを新調しようと思って明日は寄り道する予定なの。ベルが一緒に行ってくれたら、とても嬉しいのだけど」

「明日? 町?」


 机に肘をついて項垂れていた私は、オリーフィアのお誘いにがばりと顔を上げて目を瞬かせた。


「い、行きたいわ!」

「本当? 嬉しい! じゃあ、今夜陛下にお伝えしてね」

「ええ」


 私は一も二もなく、こくこくと頷く。

 このグレール学園に通うようになって、車窓から町並みと庶民の暮らしを垣間見ることは随分と増えた。けれど、未だに町に遊びに行ったことは一度もないのだ。


 町のお店って、王宮に出入りする御用商人と品揃えは違うのかしら? 

 馬車が通る大通りから一本入るとどんな町並みが広がっているのだろう?

 大通りから何店舗か見える『カフェ』にも行ってみたいわ。


 色々と想像が膨らんで、自然と表情が綻ぶ。

 魔法が上手く使いこなせずに落ち込んでいた気持ちも、少し上向いた。



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