見知らぬ町_エド視点(2)
(姫様のためにも、この状況をなんとかしないと──)
この世界は、何かがおかしい。
俺の知る前の世界とあまりにも違いすぎる。
(ナジール国に帰ろう)
祖国が今どうなっているかはわからないが、状況を確認するためにも帰らなければならない。それが、姫様へのせめてもの恩返しになると思った。
(すぐに転移魔法で──)
魔法を使おうとして、魔力が上手く放出できないことに気付く。魔力放出防止の拘束首輪のせいだ。
(この首輪を外さないと、何もできないな)
だが、両手で力一杯はずそうとしても、びくともしない。
「くそっ!」
なにか道具があれば状況が変わるかもしれないと、人のいる大通りに出る。降り注ぐ日差しの眩しさに目を覆った。
行き交う人々に視線を向ける。多くの人が着ている少し広がったズボンとベストを組み合わせた格好は祖国ナジール国とは少し違う。サンルータ国で多く見られる衣裳だ。
みすぼらしいボロ布を被り、靴すら履いていない俺の姿を見て、道行く人々が眉を顰める。物乞いとでも思われているのだろう。時折目が合う人がいても、慌てたように視線を逸らされた。
(どうするかな……)
金もなければ、金に換えられる物もない。
どうにかならないかと大通りを歩いていると、大きな話し声が聞こえた。
そちらを見ると、男がふたりいた。斧と金槌が描かれた木製の看板がぶら下がっているので鍛冶屋のようだ。刃こぼれの酷いボロボロの剣を持った三十代半ばの男が、壮年の鍛冶屋に詰め寄っている。
「なんとかならないか?」
「なんとかって言われてもねえ。これは状態が悪すぎる」
「そこをなんとかしてほしいんだ。あんたはこの町一番の鍛冶屋だと聞いた」
「そりゃそうだが、そうは言われてもなあ」
鍛冶屋は困ったように肩を竦める。
男が持っている剣は元々は立派だったのかもしれないが、いささかボロボロすぎる。一番大切なブレイド部分がさびてしまい、刃こぼれしている。グリップ部分には泥にまみれた布が何重にも巻かれていた。
(あれを元に戻すのは無理だろうな)
鍛冶屋が言うとおり、あれだけさび付いて刃こぼれしていると元の状態に戻すことは難しいだろう。
それこそ、魔法でも使わない限り──。
(いや、待てよ。魔法?)
ふたりのやり取りを見て、ふと閃いた。俺であれば、あの剣も魔法で直すことも可能だ。
鍛冶屋であれば一通りの道具を揃えているはずだから、その見返りとして物理的に拘束首輪を破壊して外してもらうこともできるはずだ。恩を売って、損はないはず。
俺は逡巡してから、その男達に声をかけた。
「俺が直そう」
「誰だ、あんた?」
鍛冶屋は突然会話に割り込んだ俺をいぶかし気に見る。
「たまたま通りかかった、旅のものだ。俺ならその剣を治せる。その代わりと言ってはなんだが、この首輪を外してくれ」
俺は拘束首輪を指さす。
ふたりはあからさまに警戒感をあらわにしてこちらを見た。物乞いさながらの格好をした見知らぬ男。警戒心もひとしおだろう。
「ちょっと、あんた。でたらめ言われると困るよ。俺はもう何十年も鍛冶屋として働いている。これは直せない」
鍛冶屋は気分を害したようで、不満げに片手を振った。自分の技術が劣っていると言われたように感じたようだ。
「それは分かっている。俺は魔法使いだから直せるんだ」
「魔法使い? あんたが?」
鍛冶屋は驚いたように目を見開く。サンルータ国では魔法使いが珍しいので、俄には信じられないのだろう。
「本当かどうか、魔法を使って見せてくれよ」
鍛冶屋が言う。
「この首輪を外してくれたら見せる」
「なんだ、この首輪?」
鍛冶屋は俺の首元をまじまじと見つめる。見たことがない首輪に、訝しげに眉を顰めた。
「これは魔力を制御するためのものなんだ。魔法使いはよく使う。だが、壊れてしまって魔力がうまく放出できず、困っているんだ」
「へえ、そうなのか」
こんな非人道的なものを嵌めている魔法使いはおそらく全世界に俺ひとりだが、嘘も方便。普段魔法使いと接する機会がなければ、嘘に気づかない。
「どうだ? これを外してくれれば、俺がこの剣を直す。剣を直した報酬は、鍛冶屋のあんたが受け取る。三人全員がハッピーってわけだ」
「ほう……」
鍛冶屋は腕を組む。道具を使って物理的にこの首輪を切ることくらい、鍛冶屋であれば朝飯前のはずだ。それで剣を直した報酬を受け取れるなら、悪い話ではない。
そのとき、客の男が「待て」と言った。
「その首輪を魔法使いはよく使うだと?」
明らかな警戒が宿った視線を向けられた。
(この男、魔法使いと接したことがあるのか?)
サンルータ国に魔法使いはほとんどいない。きっとこのふたりも一度も魔法使いと接したことはないと高を括っていたが、迂闊だったかもしれない。




