再び一度目の人生へ(4)
「あんた、見かけない顔だけど、どこから来たんだい?」
老婆が私に尋ねる。
私は答える代わりに、小さく首を横に振った。
目の前の老婆が悪人だとは思わないけれど、今は自分の素性を明かしたくない。身分を知られればやっかいだし、もし私がここにいることがキャリーナやダニエルの耳に入れば、追っ手が来る可能性がある。
老婆はじっと私の顔を見つめていたが、私が話す気がないようだと悟ると小さく息を吐く。
「言いたくないなら言わなくてもいいよ。森に入ってくるのは、大抵訳ありの人間だ」
「ごめんなさい……」
助けてもらった恩を仇で返すようで申し訳なく感じる。
「名前は? それも秘密なのかい?」
「名前は──」
(アナベルと名乗って大丈夫かしら?)
アナベルという名前自体は、そんなに珍しい名ではない。
けれど、見た目と相まって私を捜索するサンラートの兵士に見つかってしまう可能性は高くなる。
「エリー」
私は少し考え、自分の侍女だった女性の名前を告げる。
エリーはナジール国にいる間ずっと私に仕え、サンルータ国にも一緒に来てくれた。私が最も信頼しているひとりだ。
「エリーかい。いい名前だね」
老婆は皴だらけの口元を綻ばせる。
「ありがとうございます」
私も会釈して、目を伏せる。
(エリーとは牢獄に入るのと同時に会えなくなってしまったけれど、今どうしているのかしら? 無事だといいのだけれど……)
大切な人たちの消息が何ひとつわからず、焦燥感が募った。
親切な老婆によると、ここはニーグレン国とナジール国を隔てる国境沿いの森にある村で、私が今いるのはこの村でひとつだけの診療所のようだ。ただ、診療所と言っても常駐の医師はおらず、医師の診察が必要な場合は森に隣接する隣の村まで呼びに行くらしい。
そしてこの老婆──名前はセリアと言うらしい──は普段この診療所の管理をしているようだ。
「この森で見つかった人は、全員ここに?」
「そうだね。この森の中に、村はここしかないよ」
「わたくしの他に、誰か来ませんでしたか? その……若い男性とか」
私は身を乗り出して、セリアに尋ねる。もしかしたら、エドも森の中で発見されてここにいるかもしれないと思ったのだ。
「若い男性? さあ、聞かないね」
セリアは首を横に振る。その返事を聞き、私はとてもがっかりした。
(エド、どこにいるの?)
私はピンク色の石が嵌まった魔法珠を見る。
(また少し色が濃くなったかしら?)
魔法珠の魔力が回復しているということは、この魔法珠を作ったエドは生きているということだ。
(なんでまだピンク色なのかしら? 以前、魔法珠が白くなってしまったときは、一日経てば真っ赤に回復していたのに)
もしかしたら、瀕死で魔力をほとんど失っているのかもしれない。そんな嫌な想像が浮かび、私は必死にその考えを振り払う。
「ナジール国に行きたいのだけど、どうやったら行けるかしら?」
私はセリアに尋ねる。
今は一刻も早く祖国に帰りたい。もしエドが生きているならば、彼もきっとナジール国を目指すと思うから。
「ナジール国に? 残念だけど、ナジール国に行くのは難しいよ。なにせ、戦争中だからね」
「もう終わっているのでは?」
「まさか。終わっているもんか」
セリアは顔を顰めて片手を振る。
「そうなのですか……?」
牢獄に入れられて情報隔絶されていたせいで、今の状況がわからない。
ダニエルからおまえの祖国は滅んだと聞いていたけれど、実際はまだ滅んでいないのだろうか。
(そう言えば──)
牢獄の中で、エドから聞いた話を思い出す。
(王宮から、王族と騎士が忽然と消えた──)
たしか、そう言っていた。だから、魔法騎士として国の要職に就いていたエドから、その行き先の鍵を聞き出そうとしていたのだ。
(まだその消えた王族や騎士団が見つからないのかしら?)
そうだとすれば、戦争は終わっていないというセリアの言葉も頷ける。
(なんとかして、ナジール国に戻らないと)
そうしないと、これ以上の情報が入ってこないしエドを探すこともできない。
「難しいことは重々理解しているけれど、どうしてもナジール国に行きたいんです。何か方法はないですか?」
私の真剣な様子に、老婆はうーんと唸る。
「そうだねえ、方法はないことはない。ひとつ目は、従軍看護師になること。負傷した兵士の救護を志願すれば、前線に行ける。あとは──」
セリアは少し言葉を溜めてから、おもむろに口を開く。
「国境を越えられるような力を持つ誰かに手助けを頼むことだね」
その答えを聞き、私は絶望した。
(そんな人がいたら、最初から頼んでいるわ)
誰に頼めばいいのか、見当もつかない。それに、祖国ナジール国を侵略しているサンルータ国軍に従事
するなど論外だ。
以後、週末に更新予定です




